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下関港を麻痺させる中尾市政
故障した岬之町のクレーン放置
             人工島移転のために追い出し   2014年5月14日付

 下関市岬之町のコンテナターミナルに設置されているガントリークレーンが故障し、使用禁止となって1カ月以上が経過した。その後、再稼働のメドがたたないまま放置され、港湾の荷役にかかわる業者たちは東大和町の港で陸上クレーンでの作業を強いられるなど、時間的なロスや経費面での負担に頭を悩ませている。下関港と対岸の北九州を含んだ関門地域は国内6大港に指定され、歴史的に海上の要衝として歴史を築いてきた。下関港は中国大陸や朝鮮半島とのアクセスポイントとして国際交易にも利用され、通関業務の速さが売りで野菜や花卉類が集まる港として知られてきた。港湾機能が麻痺しかねないような事態がなぜ起きたのか、早急な解決に向けて有効な手立てが打たれないのはなぜなのか、関係者に取材した。
 
 産業を犠牲にして遊び場作り

 4月1日に岬之町コンテナターミナルが使用禁止になって以後、国際貨物の荷揚げは東大和町の第一突堤で移動式のクレーンを使っておこなわれている。そこで陸揚げされたコンテナをいったん食品防疫検査のために岬之町コンテナターミナルまでトラックで運び、検査を受けてから荷役業者の倉庫に運び、関東など日本全国へと走るトラックに積み込んで荷物を飛ばしていく。通常なら岬之町コンテナターミナルで荷揚げ→通関といっきに作業は流れていたのに、離れた場所からわざわざ運び込まなければならなくなった。一つのコンテナが港や倉庫の間を何度も行ったり来たりするという、不便な状況が続いている。
 ガントリークレーンなら操縦士が一人で運転して、「亀の手」といわれる特有の装置で掴んでコンテナを運ぶことができる。ところが、工事現場などで利用される陸上型クレーンでは、コンテナを釣り上げるために四方八方をネジで固定して釣り上げるため、そうした手作業に時間だけでなく、人員もとられている。人件費もかさみ、ガントリークレーンと比べても2・5倍のコスト増といわれている。第一突堤から岬之町までの輸送は荷役企業がそれぞれ担っているが、この負担については管理者である市も「最大限支援する方向で今後、検討していく」としている。
 港湾施設は通常ならメンテナンスや管理が徹底され、「壊れたので使えません」という今回のような事態は起こりえない。ほかの「六大港」(東京、横浜、名古屋、神戸、大阪)では聞いたことがない特異なケースとなっている。定期検査でガントリークレーンの不備がチェックされていなかったのか、いい加減な管理だったのかも問われる事態で、実際に損害賠償請求に発展した場合はその責任追及も避けられない。北九州のように数機もガントリークレーンが設置されている港ならまだしも、岬之町コンテナターミナルは一機しか設置されておらず、代替がないことから余計に混乱が広がることとなった。
 運送にたずさわっている関係者は、「今までは午前中にコンテナのばらしまで終わっていたのに、今では夜八時〜九時まで積み込みの作業をして、それから出発になる。だから東京や大阪への到着が遅れる。トラックにリミッターがつけられているから高速道路でもスピードは出せない。取引先からは“なぜこんなに遅いのか”と苦情が寄せられている。末端の業者に全てしわ寄せがきている」と話していた。
 中国や韓国から輸入された野菜や花卉類は船舶で関東や関西に運ぶよりも、下関港で手早く通関業務を終えて、トラックで運搬した方が早く届けられる。当日通関という早さを最大の強みにして、他の港との差別化をはかってきたことによって、「より早く」を重視した生鮮類が集まる港として地位を得てきた。国内に輸入されるキュウリの64・8%、ユリ属の72・7%、パプリカの48・5%、ナスになると98・4%が下関港に揚げられ、そこから全国へと運搬されている。鮮度が命の荷物だけに、その優位性を失ってしまえば下関港の価値は下がり、せっかくの貨物が逃げていく事態にもなりかねない。港湾業務の裾野は広く、そこで働いている労働者やその家族の生活、基幹産業の命運がかかった問題として、その行方が危惧されている。
 ある関係者は「民間企業であれば普通は機械の耐用年数を考えて、予算を計上して購入計画を立てたり設備投資をするはずだ。市港湾局はなぜそれをしなかったのか」と指摘していた。国際貨物を誘致しようと思えば、故障したときのことを考えてガントリークレーンが最低でも2台はなければならず、これまでも一台しかないことを理由に東南アジアの国から断られた経験があった。以前、岬之町はガントリークレーンのかわりにジブクレーンを設置して二台体制をとっていたが、そのジブクレーンを平成21年度に長府港に移動させていた。港湾関係者のなかでは「下関市は岬之町でやる気がない」と当時から見なされていた。最近ではガントリークレーンだけでなく、コンテナターミナルの岸壁が老朽化して使えないとして、こちらも一部が使用禁止になっていた。あっちもこっちも使用禁止措置が講じられ、かといって解決策も示されないことから、関係する人人は業を煮やしている。
 「現状では六大港ではない博多港に多くの国際貨物が揚がっているが、それは行政のバックアップが大きい。下関はアジアの玄関口といわれてきたが、今は全国的に韓国、中国との取引よりもベトナムやシンガポールなど東南アジアからの貨物が増えている。下関には東南アジアの船は一隻も入っていない。その貨物がすべて博多、太刀浦にとられている。このままではアジアの玄関口とはいえなくなる」と危機感を抱いている関係者もいた。
 別の関係者は「定期的にメンテナンスなどはおこなっていた。そのメンテナンス結果に見合う修理をおこなっていれば、まだ使えたはずだ」と指摘していた。老朽化していることはわかっていたのに相応の対応がなされず、起こるべくして起こった事態だという見方が支配的である。というより、岬之町のコンテナターミナル機能を垢田沖の人工島に移したいという行政側の意向が働き、そのもとで「岬之町から出ていってくれ」が具体化されているに過ぎない。

 下関市港湾局 修理せず人工島に誘導

 下関港湾局に取材したところ、ガントリークレーンについては「数十カ所も故障しているところがあり、このままでは人身事故に繋がる恐れがあるということで使用を停止した。設置から22年が経過しており、老朽化が著しいこともあり、オーバーホールをしても五年しか使えない。何億円もかけて修理するよりも、もともと人工島に移設する計画があるのだから人工島に移った方がいい」という見解を示していた。
 「平成21年の3月には人工島に移設する予定だったが、そのときの景気の影響もあって業者の方も“今は移設できない”とのことだった。しかし、ガントリークレーンも古くなっている。今は修理をしながら使っているが、大規模な補修になったときにはもう修理はしない。“そのときは長州出島に行ってください”とアナウンスはしていた」といい、平成4年に岬之町のコンテナターミナルができた当初から、「岬之町は人工島ができるまでの一時的な港」という位置づけだったという説明だった。
 また、老朽化して使えないとされている岸壁については、国の所有であるため下関市が修理の予算などを申請しなければならないが、今後ターミナルを移設させて物流機能ではない場所にするという大きな計画があるため、今のように重たいクレーンなどが乗らなくなれば大掛かりな補修はしなくてもいいとして、今後の方針が決まってから予算を申請するか否か決定するとしている。
 昨年、中尾市長が2期目の選挙に当選するやいなや「五年以内に人工島に移転させる」とぶち上げ、そのもとで「老朽化しました」「修理はしません」「出ていってください」の動きとなっている。コンテナターミナルを人工島に移設したあとの岬之町は、ウォーターフロント計画の一環で観光地として開発される予定になっている。
 観光地、すなわち遊び場作りのために、港湾という下関にとって重要な産業の追い出しがやられ、諸諸の囲い込みが実行されている。人工島移転への誘導である。岬之町については、リーマン・ショック前には安倍派の新興マンション・デベロッパーが「オレがあそこにマンションをつくる」と豪語していたり、観光開発やマンション開発などの利権とセットで跡地利用をめぐる様様な話が飛び交ってきた。
 問題なのは、遊び場確保のために荷役業者が追い出されたとして、肝心の人工島に貨物が集まるのか? である。
 港湾作業者たちによると、クレーンは通常風速16b/秒以上になれば動かすことができないと指摘されている。風に煽られてコンテナが暴れる危険を回避するためだ。「岬之町のターミナルは三方を山で囲まれているから直に風は吹き付けてこない。東大和町の移動式クレーンになって、風が吹く日はかなり時間のロスになっているが、人工島に行けば冬場は毎日のように強風が吹いている。一体どうするつもりだろうか」と語られている。
 クレーン作業だけでなく、船の接岸も危険にさらされるため、これまでに市が誘致を試みた関釜フェリーも移転を断ってきた経緯がある。船会社のなかでも、接岸で船を傷つけるリスクが高いため、「人工島に接岸するなら保険を外させてください」と真顔で保険会社が話していることが話題にされてきた。人工島に移れば関門海峡のように水先案内人がつく必要はなくなるものの、より危険な状態にさらされたのではたまらないという思いが語られ、みなが及び腰である。水先案内人がいらなくなったとしても、人工島付近は時化になることが多く、船が動かなくなるとタグボートで動かさなくてはならないため、水先案内人をつける以上に費用負担を強いられることも語られている。

 願望と現実が裏腹 深刻な産業衰退に拍車

 「いやだ…」といっているものを無理矢理に追い出した結果、国際貨物が下関港を避けて博多港や太刀浦などよその港湾に向かうなら、それは「人工島移転」ではなく貨物の博多港移転、太刀浦移転という結果にならざるを得ない。下関の地場産業をみずからつぶして、博多港なりよその港の活性化に貢献しようとしているのが「経営者の視点」(厳密にいえば唐戸魚市子会社・ハートフーズ経営者の視点)を自慢する中尾友昭で、観光化によって衰退してきた唐戸魚市(中尾市長の出身)の現状とも重ねて考えないわけにはいかない。「5年以内に移転させる!」の願望を実現したと思ったら、実際には港湾という産業の衰退に拍車をかけ、岬之町の跡地には「はい! からっと横丁」の兄弟版が出来上がるという笑えない結果すら想定され、まさに遊びをとるか、産業をとるかが問われている。港湾としての都合や物流の都合、利用者の要求を否定してごり押しした場合に、悲劇的な結末になることが心配されている。
 下関市長や幹部職員たちは、「ポートセールス」といって頻繁に全国や世界を飛び回り、下関港の売り込みに勤しんできた。しかし肝心の港はガントリークレーンの修理すら放置され、とても大切にしているとはいえない姿が露呈している。セールスするよりも前にまずは修理することが求められている。現在利用している荷役業者や船舶を満足させられない港が、よそに行って「我が港」の素晴らしさを披露しても信頼されないことは明らかで、港湾利用者たちの全国ネットの評判を覆せるものではない。
 「人工島移転」を中心にした政策を改め、利用者のニーズに即した対応をとらなかった場合、深刻な産業衰退をもたらす危険性があることから、関係する人人もふくめて重大な関心が寄せられている。


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