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下関市・江島市政の中身
市民に冷酷、アメリカを崇拝
グローバル政治に投機

 来年四月の下関市長選まで半年を切ったが、現職の江島潔氏への批判は市民のなかで渦巻いているのに、対抗勢力はなしという事態となっている。世の中は「自由と民主」が叫ばれているが、その根幹となるべき選挙は、自由も民主もないという現状にある。下関の経済は疲弊しきっており、中小企業の倒産、中小業者から市の職員、高校生までの自殺があいつぎ、失業者はあふれている。江島市長はこれは「自助努力」の問題であり、「自殺も個人の自由」という責任のない姿勢である。選挙で当選したことはまちがいないが、明らかに郷土愛とか愛国心とか、市民の人情とかには無縁な、どこか別の星の宇宙人がおりてきて、かき混ぜてきたというような実感をもたれている。江島市長の二期八年におよぶ市政にたいして検証し、市民論議を起こすことが必要である。
 溢れる倒産・失業・生活苦
 下関市内では先月末に高三男子生徒が、就職しようとしたがうまくいかず、悩んだ末にみずから命を絶った。きびしい就職活動をおこなっている高校生や親、教師、地域では「人ごとではない」と沈痛な思いが広がっている。ある高三男子は「ぼくのまわりの友だちは、一次募集でほとんどが落とされた。みんな就職が決まらずに、不安になっている」と、人生の門出をまえに将来にたいする希望がもてずに悩んでいる。
 山口県内で二〇〇二年度に卒業予定の就職希望の高校生内定率は三三・七%(九月末現在)で、いまだに三人に二人が就職先が決まらずに職を探している。市内の高校進路指導教師らによると、一次試験で落とされるとつぎがほぼない状態で、来年はさらに深刻化するとみられている。家族や地域もふくめて大きな社会問題になっており、「これは政治の問題ではないか」とある母親は訴える。
 職安が集計する失業率は六%に迫り、実質は一〇%に近いといわれている。職安には仕事を求める人の波が押し寄せており、団地や住宅地でも平日も仕事がなくて家でじっとしている人がふえていると切迫感をもって語られている。下関では戦後、水産業や水産加工に加えて造船業が基幹産業となったが衰退のままに放置され、三菱重工など大手では新規採用をへらしリストラ「合理化」をすすめている。電子部品などを生産する三井金属関連会社も、二年ほどまえはITバブルで臨時採用の枠を広げていたが、経済低迷とともに採用枠を狭めている。とりわけアメリカの要求する自己資本比率規制、不良債権処理策で、貸し渋り、貸しはがしを受けている中小企業の零落がいちじるしい。
 三菱重工下請の鉄工所経営者は、十数%の単価切り下げをされたと語り、「仕事や技術力ではなく、中国や韓国と価格競争させられる。休日返上で忙しいのに人を雇えない。若い人を育成したくても、結局は退職者にアルバイトを頼むしかない」と話す。神戸製鋼所やブリヂストンなどの下請にも、単価切り下げがおこなわれている。
 ある中小業者は、「造船不況のときに下関市がやったように、特定不況地域として公共事業の地元発注をやれば、中小企業も五〇万〜一〇〇万円ほどの仕事でも助けられる。市の雇用対策にもなる。奥山工場やリサイクルプラザなど、県外や大手ばかりが仕事をとっていくことはおかしい」と実情を訴える。
 市内では倒産と失業、生活苦があふれているが、市政としてそれになんらかの対策をとるという姿勢はまったく見られない。それは「自助努力」で「自己責任」であって、「自殺するのも個人の自由」といわんばかりである。要するに市政がなく、無政府状態なのである。
 中小企業も絞め殺す 中央の利権を優先
 いま地元中小建設業者のあいだでは、下関市が発注する公共事業が昨年一〇月から条件つき一般競争入札となったためダンピング合戦となっており、新規雇用どころか、経営に行きづまり倒産や廃業があいついでいる。なかには、生命保険で借金を払うために自殺する悲劇もあらわれている。
 今年八月からは小泉首相の地元・横須賀市につづいて全国二番目に電子入札をはじめた。国土交通省も数年はかけるというものを、市議会と組んで真先にとり入れたのである。多くの仕事は市外の業者に流れている。市当局は来年度中には五〇〇万円以上すべての公共事業に導入する計画であり、最低制限価格は横須賀市より一〇%低い七五%にした。
 地元むけの公共工事は数年まえに一五〇〇件あったものが、今年度は九〇〇件前後と激減しており、一件の工事入札に四〇〜七〇社もの地元中小業者が殺到する状況となった。落札率は最低制限価格の七五%にはりついており、「自由競争」の名のもとに、地元中小業者をしめ殺している。
 この「自由競争」というのは二枚舌である。それは地元業者にたいしてだけいうことで、江島市長自身がやっている公共事業は自由競争では断じてない。人工島にはじまり、唐戸市場、水族館、奥山ゴミ焼却場、リサイクルプラザなどの主要な大規模事業は、ゼネコンや神戸製鋼など大手が事前の談合情報どおりにとっている。ちなみに「あるかぽーと」の大規模商業施設誘致も、市の税金を投入して地元の商業をつぶすというもので、これも断じて自由競争などではない。
 江島市長は二期目四年で六件、約三〇〇億円にのぼる大型公共事業をやったが、それは大企業、ゼネコンとのあいだの官製談合であった。しかも一件をのぞいて落札率一〇〇〜九六%と予定価格でとらせている。昨年八月のリサイクルプラザ入札では、半年以上まえから「神戸製鋼所が落札する」と官製談合が疑われたが、入札のさいには神戸製鋼所以外の六社が辞退する異常事態となり、強引に市当局は六〇億円で随意契約をした。
 最近の奥山工場ゴミ焼却炉、リサイクルプラザだけでも、安倍代議士の出身企業である神戸製鋼所が合計一七〇億円で落札し、地元中小業者が一年間に受注する市公共事業の一・五倍の金額を一社で独占させている。株価が五〇円を切るなど経営不振におちいっている神戸製鋼所に税金をたれ流すことで手厚い保護をおこなっている。
 奥山工場ゴミ焼却炉とリサイクルプラザの下請には、下関市内の業者でもじゅうぶんできるのに、建設労働者も建築資材もほとんど入っていない。仕事をしたという地元業者らは「請負金額の半分からさらに八割というような内容を出され、とても請け負えるような内容ではなかった」と語っている。下請からも相当のピンハネである。
 「西松建設九州支社が窓口で、なかには厚生年金や健康保険にも入っていない日雇い建設労働者が九州から集められており、正社員を雇っているわれわれでは太刀打ちできないと思った。悪貨が良貨を駆逐するとはこのことだ」と語る。契約金額を最終段階になって大幅に値切ったり、数日後の手形が不渡りになる瀬戸際まで追いつめるなど、下請業者をしぼりあげている。
 ゼネコンは不良債権をつくる代表格であるが、これも金融機関の不良債権処理という国策の実行という大義名分となる。江島市長は中央利権優先のために、地元の中小企業しめ殺し、新卒者の就職口を奪うことも平気でやっているわけである。
 IT化も経済産業省の計画に従い全国で先例をつくるために、市民が実験台にさせられている。「みらいカード」作製にかかる二億円をはじめ情報通信への予算を年間で一〇億円近くかけている。自治省がすすめる住基ネットとつなげば、図書の貸出状況や基本検診の情報が一つにつなげられる。使用範囲を広げていけば税金や犯歴など個人情報すべてを管理する方向を先どりしている。それは兵役の年齢がきた男子を台帳からぬき出して、赤紙を送る作業も、コンピューターの簡単な操作でできるようになる。また下関市の場合はほとんどが富士通製品となっている。今年二月から市内の公民館、体育館、図書館など公共施設にも、自動交付機やキオスク端末といったコンピューターがつけられた。
 教育や福祉も切捨て 機械の均等も破壊
 江島市政の特徴は、教育費や高齢者の福祉予算を大幅に削ることでも突出している。下関市立大学の今年度予算は、授業料、入学料など学生から徴収する収入が一三億二〇〇〇万円であるのにたいして、支出は一二億九〇〇〇万円と三〇〇〇万円が市財政にぬきとられている。市大の自主財源率は一〇〇%をこえて全国ワースト一であり、全国六四校の公立大学が平均二三%(九八年度)と比較しても、大学設置にたいする三億円の地方交付税はまきあげ、学生が納める金すらも大学に使わせずに、市がピンハネするという全国の教育界でも例がない事態となっている。
 昨年度より授業料が一万八〇〇〇円値上げされ四九万六八〇〇円となったが、ちょうどこの値上げ分が市財政にピンハネされた格好にもなった。大学を運営していくためには最低限必要とされる金額を、国の算定基準に従い学生数や学部数などを加味して割り出したうえで、足りないものを国が出すという形で地方交付税がおりてくる。市大があることで下関市におりる地方交付税はこの一〇年間で少なくとも二五億円にのぼるが、大型公共事業につぎこまれた形となった。
 授業料は国立なみだが、施設は中学校なみで、教官は少なく、貧弱きわまりない大学運営で、学生の多くは高い授業料を払うためにアルバイトばかりしている。市民から見れば恥ずかしいかぎりであるが、江島市長の方はそれが自慢なのである。というのは安上がりな大学運営として全国から視察を受けるほどで、国の大学独立法人化による予算削減と学問統制の先端をおこなっているというわけである。
 二〇〇二年度の下関市一般会計の教育費も九一億八〇〇〇万円(市民会館の土地購入費をのぞく)と、前年比でマイナス三・四%となり四年連続で削減された。一九九五年度は一〇〇億円あり、一割近く削られたことになる。
 小・中学校の大規模改修工事は、昨年までは毎年二校で二カ年継続でおこなわれ、多い年には三校同時におこなわれていたが、今年度は一校しか認められなかった。今年度の学校建設費は三億二〇〇〇万円であり、一〇年まえの同一一億三〇〇〇万円と比べると、四分の一近くにへっている。外壁がはく離したりトイレ、廊下が老朽化しているところも多く、教育現場からの要望は強いが、小・中学校は五〇校もあり、一校につき校舎二〜三棟あるために、「一〇〇年たっても校舎の改修ができない」といわれている。
 学校の管理運営費が削られているため、行事を縮小したり見直しして、用紙代、プリント代といったものを保護者負担にせざるをえなくなっている。放課後の児童クラブ(三四学級)は有料化されて月額千円を徴収されることになり、体育館は使用料をとられるようになり、幼稚園保育料、高等学校授業料、高等学校手数料がそれぞれ値上げされた。「受益者負担」をかかげて、教育の機会均等を破壊する全国の先駆けとなっている。来年度からは、小・中学校の宿日直代行員を廃止して、機械警備に移行する計画がうち出されている。
 また江島市長が第一期の市長選で「国民健康保険料を県下一四市でもっとも低くする」と公約したがホゴにしており、六五歳以上の介護保険料についても来年度から約二五%値上げする試算を発表している。昨年度には六九歳医療費助成が廃止されており、今年度は六五歳以上の一人暮らし、寝たきり老人世帯や低所得者への年末の見舞品が、すべて廃止される。斎場使用料も一・五倍の三〇〇〇円として、ゴミも来年度から有料化とされる。
 福祉、教育など市民生活にかかわる予算は切り捨て、自治会や福祉団体への補助金も一方的に打ち切るなど、税金はとるだけで社会的な費用は「自助努力」などとして切り捨てが露骨になっている。
 際立つ政治の独裁化 対抗要素なくなる
 きわだっているのが政治の独裁化である。選挙は「自由・民主」社会の基本というべきだが、これも断じて自由でも民主でもなく、金と力であることはだれもが知っていることとなっている。下関では、安倍晋三官房副長官、林義郎、芳正という自民党代議士が手を結び、公明や連合、「日共」集団も適当にかかえられて対抗要素がすっかりなくなった。市議会は飼い慣らされ、去勢された猫のようになっている。
 アメリカの中間選挙は、ブッシュの共和党の勝利とされているが、投票したのは五人に一人で、共和党を支持したのは一〇人のうち一人というていたらくである。議会制民主主義はいまや見る影もない。江島市長を擁する下関市政は、このアメリカの選挙の状況を真似たものといえる。
 江島市長の政治は、全国的に見てめだったものがある。それはデタラメきわまるものであるが、それが小泉政府の規制緩和・構造改革、というよりアメリカの金融投機資本が世界をまたに通貨や証券のバクチでもうけることを保証する「グローバル戦略」である。それを日本の市政で具体化する先端をいって、国政、はてはアメリカに認められようとしているということができる。市民の苦難はよそにして、やたら国際会議をひっぱってきたり、海外旅行をくり返すのも、また得意のインターネットで日本の教科書問題での「韓国」の批判を「内政干渉」といい、北朝鮮の拉致問題で難癖をつけたり、下関に多い在日朝鮮人を逆なでするようなことをシャシャリ出てやるのもそのためである。
 下関の政治を操ってきたのは安倍、林代議士であるが、安倍晋三、林芳正代議士ら江島市長と同年代の共通性は、アメリカが規制緩和・グローバル化にカジを切った八〇年代にアメリカの大学に行ってそれを習ってきたことであり、それを元手に出世をはかっていることである。それが下関と日本の歴史を否定した反市民であることは以上見たとおりである。それでいけば、日本中の市町村を江島市政の下関のようにすることになりかねず、下関を全国の恥さらしにするといえる。
 選挙をまえに構えて市民の論議が求められるところである。

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