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下関つぶし政策の学校統廃合
            記者座談会  教育的見地ゼロの説明  2008年6月9日付

 下関市内の77ある公立小・中学校を55校に再編統合する計画について、3日から地元説明会が始まった。下関市では江島市政のもと、全国に先駆けてさんざん教育予算が削られてきたが、今度は学校そのものを削ろうというのである。名池小学校と吉田公民館でおこなわれた説明会では、父母や地域住民から「子どもは地域のなかで育っている」「地域をつぶすな」と次次に怒りの声が上がった。説明会は今後1カ月にわたって市内17カ所で開かれることになるが、下関の子どもたちのために横につながって行動を起こそうと市内各地で話しあわれている。学校統廃合をめぐる問題と運動の方向について、記者座談会を持って論議した。
  説明会の特徴はどうだろうか。
  名池小体育館でおこなわれた説明会には120人くらいが参加していた。現役の親や、自治会関係者など年配の人も多かった。下関市教育委員会がスライドを見せながら、小規模校、大規模校の「メリット、デメリット」といい、適正規模の基準は「小学校は1学級あたり40人、中学校は35人」「小・中学校ともに12学級から24学級」で、それに満たなければくっつけるという説明だった。通学距離の定義も小学校は4`以内、中学校は6`以内という説明で、名池小と王江小と養治小を統合し学校位置を名池小に、日新中と名陵中を統合して学校位置を日新中にするというものだ。
 例えば小学校1年生が大和町から名池小まで歩くのは少少ではないが、地図に半径○`とコンパスで丸を書いて「通えます」と説明する。行政の方は「効率化」しかない。下関はただでさえ教育費を削りに削って、学級の用紙代やトイレットペーパー代まで親に出させ、部活の対抗試合に行くのにも個人負担か、PTAや同窓会、教育後援会などがお金を出して援助している。それを今度は学校そのものを削ろうとしていることに怒りが集中している。下関の教育行政に対してだけでなく、江島市政そのものに親も地域も大きな怒りを持っている。
  吉田地区での説明会にも80人くらいが参加した。市教委は吉田小と王喜小を統合して学校位置を現在の木屋川中に、木屋川中と東部中を統合して学校位置を東部中にするという案を出したが、吉田から学校をなくすことに対して、「吉田をつぶしにかかっている」「“田舎は切り捨てだ”としか聞こえない」という声が強く出された。学校がなくなれば若い者は住まなくなり、それは吉田地区をなくすことになる、将来田んぼはだれが耕すのか、地域の共同体生活を破壊させるなという怒りだ。
 文部科学省の課長からおりてきた44歳の新教育長が、説明会では冒頭あいさつだけで一言もしゃべらなかったことも話題になっている。

 地域で育てる事を破壊
  豊北町では5カ所の市立保育園を廃園にして滝部に新設する幼保一元化施設に集約する統合計画が進んでいるが、この問題ともすごく連関している。地域から子どもを引きはがしていくというものだ。農漁村なら地域の風土とか雰囲気とか、親の生活や地域の生活などを見て育っていく。
 例えば角島は山口県内でも若手漁業者が多く、水産業の活発な地域だが、1人が遭難したら号令をかけてみんなが捜しに行くとか、そういう親の姿、結束して助け合う姿を見て、後継者としての誇りなどが培われていくものだ。保育園をなくし小さいころからよその地域に連れて行って、本当に子どもたちが地域に根付くのかという不安がある。しかし江島市長は損得勘定だけだからそんなことは全然関心がないのだ。
  名池小の説明会でも「ただ頭数だけでくっつけるのなら、しまいには山の田あたりまで行かないといけなくなるのではないか」という意見も出ていた。
  説明といっても教育委員会が一方的にいい分をいっているだけで、説明して納得させるという姿勢はまるきりない。要するに数値目標、ソロバン勘定だけで、教育がない。教育委員会の説明を聞いて地域はさらに怒っている。昔はどんな山奥でも、子どもがいたら分校をつくってでも教育していた。上関町祝島の小学校も、1人の子どもが入ってきて開校したし、上関町四代の小学校も生徒が1人もいなくなるまでやっていた。全国どこでも教育は機会均等、国が責任を持つという建前でやってきた。ここにきてこの常識までやめてしまっているのだ。
  実際、みもすそ川周辺に住んでいる養治小の子どもが名池小まで行くとなったら、通学が心配だ。下関駅周辺から名池小まで通うことを考えても、国道を渡らないといけないし、交通事故などの危険が伴う。昨今は不審者も増えており、犯罪の危険も考えると親の心配は少少じゃない。
  とくに小学校1年生を通わせるとなると、親は気が気じゃない。毎日が鍛錬遠足みたいになる。「見守り隊はどうしろというのか」という意見もあった。市教委は通学距離の説明も平面地図に円を書いて「通学距離○`以内だから大丈夫」というが、「曲がったり、坂を上ったり下りたりして登下校するのだ」と親も意見を出していた。
  吉田から木屋川に出る道で歩道が70aしかないところがあり、親は「中学校に自転車で通うにしても、市はそれも工事するのか」といって怒っている。距離もあるが山・坂もすごいという話だった。吉田地区の1番奥の部落に住んでいた30代の父親が、自分の中学校のときの経験として、吉田小学校まで四`歩きそこから木屋川中までの7`を自転車で通っていたという。それを今度、木屋川中の位置に統合小学校を持って行こうとしているから、「バカげている。1年生がどうやって通うのか。あり得ない」といっていた。
  吉田から通う木屋川中の生徒は、通学路の下りはいいが上りは自転車ではきつくてやれない。だから吉田支所に子どもが待つフロアがあって、帰りはじいちゃんたちが軽トラで迎えに来て、自転車も乗せて帰るといっていた。今でさえそうなっている。
  子どものことも地域のことも全然考えないでやっているということに、親や地域はものすごく怒っている。教育委員会は下下の者をバカあつかいして、いいくるめようとするのが特徴だ。
  「教育長は実際に通学路を歩いてみて、それで安全かどうかを示せ」という声が、各地で上がっている。
  市教委は中学校を教科教室型につくりかえていこうとしているが、通学自体が6`も7`もあって、そのうえ学校に着いたら移動教室型なので、1日中歩き回れという教育だ。子どもたちはへとへとになって、勉強どころじゃなくなるだろう。
  学校が遠くなれば結局バスを利用するしかない。豊北町を見ても、もし統合すれば距離が相当あるし、バスでないと通うのは不可能だ。しかし市教委は、旧市内をスクールバスにする気はないようだ。結局サンデン交通をもうけさせるものだ。サンデンバスは運賃が高く不便なことで有名で、父母負担はたいへんなことになる。

 詰込むだけの収容所化
  子どもの教育ということを考えても、地域の子どもとして地域が育てている。通学1つとっても、子どもが歩いて登下校するなかで、地域住民がかかわって挨拶をかわしたりして見守っており、それ自体が教育になっている。よその子であろうと地域の子どもに対して、愛情と期待を込めて接している。「効率化」といって学校を統合して、学校を親や地域と切り離し、学校に収容所のように子どもを詰めこんで、あとはバスに揺られて帰るだけということで、いったい教育が成り立つのかという話だ。
  市内のある中学校校区では、地域の青少年育成にかかわる住民たちが「学校と親と地域が1つになって子どもの教育に当たろう」と意欲的にとりくんでいる。子どもと教師と地域住民で餅つきをして親睦を深めたり、ある親が学校に怒鳴り込んできて、教師だけでは解決できなかったときも、3者で話しあって解決している。3者の団結がないと子どもの荒れは解決できないといっている。地域と切り離せば、教師も頼るところがなくなるのではないか。
  桜山小や関西小では、約60年間も学校を地域から支えてきた教育後援会がある。卒業生のPTA組織が母体になり、「学校教育を活性化させよう」と資金を集め、市の教育予算が削減されるなか備品や修繕費などを援助してきた。2世代、3世代にわたって学校を支えてきたのだ。
 旧市内中心部や旧豊浦郡部の小学校は明治のはじめに創立された学校も多く、120〜130年の営営と築かれてきた歴史を持っている。それを目先の「効率化」のために2、3年で簡単に覆していいのかと真剣に論議されている。
  「子どもの数が少なければ教育的によくない」というが、大規模校ならいいのか。市内でも大規模校の方が荒れがひどいといわれている。「大規模校の川中中では自殺というような不幸な事件も起こっているではないか」という意見も大部出ている。

 新たな利権狙う意図も
  向津具半島では小学校の統廃合にともなって、親が学校の近くに引っ越しているという。豊北町でも子どもが高校生になったら、高校に近い豊浦町などに転居してくるケースが増えている。
  吉田の住民もいっていたが、「地域をつぶすな」という怒りが強い。学校は地域の文化共同体の中心であり、学校があるかないかということは、地域の長期の振興策、都市計画にかかわっている。学校がなくなったら若者は住まなくなってその地域自体がなくなってしまうからだ。しかし江島市政は下関をどんな街にするかという長期の都市計画がまったくないのが特徴だ。
 学校をつぶしてその地域を寂れさせ、新しい学校のまわりに住宅需要を創出する。そうすれば不動産が動く。つまり下関全体をスクラップ・アンド・ビルドして、新たな利権を生み出そうとしている。そうした明確な意図があると思う。
  江島市長も口では「教育は百年の大計」というが、実際には子どもの教育などには関心がなく、目先の利権になっている。川中や椋野で区画整理をやっているが計画性は全然ない。大型店を持ってきて開発業者がボロもうけということしかない。一方で海峡沿いは空洞化しつつある。今でも南部町は豊北町と同じくらいの高齢化率だし、竹崎界隈など古い家屋も多い。「あるかぽーと開発」の事業者選定が再び動いているが、大和システムが出てくるといううわさがある。大和システムは広島駅周辺の開発などでは、デベロッパーになって外資を連れて来たりしている。
  今、都心部と郡部が狙われている。新市庁舎問題がその象徴だ。下関という都市全体を見ると、最大の特色は海峡があり交通の要衝であるということで、なんといっても海峡沿いが中心だ。山奥に市庁舎を持っていけば下関の特徴はなくなる。その中心部をスクラップ化して空洞化させようとし、川中あたりを区画整理してそっちにシフトしていこうとしている。そしてスクラップした一等地である中心部を、再開発で大手や外資がとっていくということではないか。
 王江小や養治小など廃校の計画があるところは一等地だし、売り飛ばせばもうけだという感じだ。学校は運動場などがあるから相当広い土地だ。大手や外資などでこれを欲しがるやつは相当いるはずだ。江島市長はまた箱物ができるというぐらいの考えだろう。
 もう1つは郡部の農漁村をつぶしていく。若い者が住めないようにして、その地域が再生する芽をつんでいく。役場をつぶし、農協や漁協をつぶし、学校をつぶしてその地域が住めないようにする。それは豊北町の保育園統合計画にもあらわれているが、農漁業の破壊を決定的にするものだ。
  関門海峡の向こうの北九州市は道州制になると政令市の権限がなくなっていくから、「関門特別市」にかなり本気になっているらしい。下関市や遠賀郡、苅田町などを欲しがっており、人口140万〜一五〇万を狙っているという。下関の方からすれば、江島市政が下関をぶっつぶして身売りコースを進んでいるというのが市民の実感だ。今回の統廃合の動きは、たんに教育にかかわる問題だけでなく、大きな都市計画で、下関のぶっつぶしを考えていることは間違いない。北九州と下関を一緒にして「西京市」という名前も出ているくらいだ。下関市を財政破たんさせて身売りだ。今でも下関市は年間30億円もの歳入不足といっている。

 地域の将来の為行動へ
  これまた安倍・江島ラインで全国最先端だ。「自治体の財産を売り飛ばせばまたカネが入る」くらいの考えではないか。あるかぽーとも売り払ってカネをつくりたいし、次の利権をやる。江島市長はこれまでさまざまな下関ぶっつぶしをやってきたが、とうとう学校までつぶし、下関の身売りまでやり始めた。教師、父母、全地域の大問題として全市民的な大運動になる問題だ。
  普通、1つの学校統廃合問題で地域が大もめになるのに、下関は一気に「22校減らします」という。教育委員会の役人の説明が、相手の理解を得るというものがなく、一方的に従わせるという姿勢だ。反発を食うための説明になっている。それは安倍晋三代議士型のKY(空気が読めない)政治だ。「自分の言い分だけで、相手がどう思うかはわからない」というものだ。
  学校統廃合はこれほどの重大問題なのだから、江島市長は当然、説明会に出てきて説明しなければならない。若者は職がなく子どもを産み育てられないし、老人は姥捨て、商店は店を閉め、農漁業はつぶし、田舎は切り捨てていく、こうした市政全体の問題と連動した下関をぶっつぶすという問題だ。
  地元説明会の様子が市内の教師のなかで大話題になっている。父母が声を上げ始めているから、教師も元気になってきているし、全市的につながって世論が広がっていくすう勢だ。新教育長は就任早早1カ月間にわたって説明会に出ないといけないが、今のところ棒読み挨拶だけでものをいわない。下関の学校統廃合問題は、父母や地域と結びついた教師集団の形成という、教育運動の大きな転換の契機になると思う。
  学校統廃合問題は、下関の都心部、農漁村部をつぶすという問題があり、教育を地域と切り離して収容所のようにして詰め込み教育をやるという方向だ。子どもたちの教育の問題は地域の将来の問題だ。それを目先の損得勘定一本槍の政策でやる。しかも問答無用で市民無視の暴走政治だ。したがって、下関つぶしの全政治に反対する全市民の問題だ。そして勤労父母、地域住民と結びついて教師がまともな教育をする力をつくる大きな契機になる問題だ。市長選も衆議院選もあることだし、市民の大運動にする必要がある。

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