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新年社説人民に奉仕する新鮮な活動者集団の大結集へ 2006年1月1日付

 2006年の新年を迎え、読者・支持者のみなさんに謹んでご挨拶を申し上げます。
 昨年は、いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関として創刊された長周新聞の創刊50周年を、読者、支持者のみなさんの力によって成功することができました。今年は、長周新聞を創刊した福田正義主幹が逝去されてから、はや5周年を迎えます。戦後61年目を迎えた大きな転換期のなかで、人民言論事業がはたすべき役割は、きわめて大きいものがあります。
                        一
 内外の情勢は激動発展しています。アメリカのブッシュ政府は登場後、ニューヨーク・テロ事件を契機に、「テロ撲滅戦争」などと叫んで、人人にものもいわせぬ弾圧態勢をとって、アフガンに侵攻し、イラクに侵攻しました。世界中でだれも逆らうことのできない史上最強の帝国のようなふるまいをしてきましたが、いまではすっかり行きづまりました。現代の世界を動かす主要な力は結局のところ、全世界の被抑圧民族、プロレタリアと人民であることをまたも示すこととなりました。
 イラクに侵攻した米軍は、人民の包囲のなかでにっちもさっちもいかなくなりました。いかなる武器を持ってしても、立ち上がった人民のまえには敗北する以外にないことは、かつてのベトナムにおける惨敗、中国における日本帝国主義の敗北が教えているとおりであり、いまの時代の本質です。アメリカに従って派兵した各国軍もつぎつぎに撤退し、ブッシュ政府は孤立をきわめています。アメリカのグローバル化、市場原理主義による世界支配の野望は、裏庭と称されてきた中南米で総反発をくらい、アジアでも独自の共同体形成にすすみ、EUやロシアとの争奪も激化しています。
 西側帝国主義は1980年代後半、「自由、民主、人権」の旗印をかかげて、中国の天安門事件をひき起こし、ソ連、東欧の社会主義国を転覆しました。それは戦争に匹敵するものでした。かれらは有頂天になって、「社会主義の崩壊、資本主義の勝利」を騒ぎました。それから10年余りたった現在、資本主義に発展性があるなどと考えるものはだれもいなくなりました。
 社会主義崩壊のなかからあらわれたアメリカ一極支配の世界は、資本主義の犯罪性をむき出しにしたものでした。それは市場原理主義を叫んで、各国の規制を撤廃させ、外資の好き放題な市場支配を強制し、金融投機のなかに投げこみ、弱肉強食の動物世界をつくり出して、極端な貧富の格差をつくり、各国の国民経済をさんざんに破壊するものでした。「資本は毛穴から血をしたたらせながら登場した」といわれますが、社会主義国という対抗軸が崩壊したら、まさに残酷な正体をむき出しにすることとなりました。それは社会主義陣営の存在が、帝国主義の横暴を規制し、各国人民の実生活にとっても大きな意味を持っていたことを示しています。
 小泉政府は世界中でもっともブッシュ政府に忠実な番犬の姿を世界にさらしています。アメリカが指名した竹中平蔵を大臣に登用し、米大使館が毎年発表する「年次改革要望書」を「構造改革」といって忠実に実行してきました。そして「自己責任、自由競争」といって教育や医療、福祉といった公共的なものの予算をつぎつぎに切り捨て、労働法制もさんざんに撤廃してきました。税金も法人税を減税して消費税の増税をはかるなど、貧富の格差を意図的に広げています。市町村合併を強行して地方自治はないものにし、矢つぎばやに戦時国家づくりの法制化をし、米軍再編の要求にたいして何兆円もの資金を提供し、日本本土を米軍の自由な使用に提供してふたたび原水爆戦争の戦場に投げこむ危険にも追いこんでいます。そして「自主的にやれ」というアメリカのいいなりに憲法改定をもやろうとしています。外交はアメリカの尻馬に乗るばかりで、独立国の外交とはみなされず、アジア諸国と対立し、すっかりバカにされ孤立しています。
 青少年の残虐な犯罪があいついで起こり、自殺者は連続して3万人をこえ、失業は広がり、働くものは食っていける賃金はなく、かつて経験したことのない殺伐とした社会となっています。JR宝塚線に代表される大事故は、安全を無視した営利一本やりの反社会的な経営を暴露しました。ホリエモンなどの株買い占めによる荒稼ぎが「時代の英雄」であるかのようにあつかわれたり、ホテルやマンションの強度偽装事件が起きたりしていますが、経済はバクチのようになり、詐欺や横領が大手を振るありさまです。こうして公共的な利益、社会的な利益がないがしろにされて社会は崩壊現象を呈しています。市場原理とは資本が好き勝手をする原理ですが、社会の成り立ちの厳然たる事実は生産が土台であり、市場だけがあって生産がない社会はありません。いかなるものもこの生産原理に逆らうことはできません。その生産は、多くの人人が協力した社会的生産であり、大多数の人の役に立つものを生産するものです。このような、生産を破壊してあぶく銭を稼ぐものがはびこる社会はつづくわけがありません。
                      
                       二
  人民運動は昨年1年、長期の停滞を突き破りつつ、生命力あふれる運動が発展してきました。中心になったのは原爆反対の運動で、下関ではじまった峠三吉の原爆展は、全国展キャラバン行動などをつうじてさらに全国に広がりました。長期に沈黙を強いられてきた長崎で全市民の真実の声を上げることに貢献しました。八・六広島集会では、広島、長崎の被爆市民を代表した声として、原爆を投下したアメリカを「許して和解を」との説教や、「加害責任の反省」とかの主張の犯罪性を正面から批判し、アメリカに謝罪を求め、広島湾を核攻撃基地として増強する屈辱を断じて許さないという大宣伝をやり、広島に集まった全国、全世界の人人の圧倒的な支持と共感を受けました。
 アメリカの犯罪を暴露した原爆反対の運動は、沖縄戦の真実を明らかにすることにすすみ、下関では「原爆と空襲展」が大きな反響を呼び、戦争を押しとどめる運動へと発展しました。原爆であれ、沖縄戦や空襲、戦争体験全体も、戦時中も戦後もその真実を語らせない力が働いており、黙殺と欺まんが支配してきたことが明らかとなりました。すでに日本の敗戦は明らかなときに、アメリカはどうして無辜(こ)の非戦斗員をあのように大量に殺したのか、どうして皇居だけは爆撃されなかったのか、日本の支配層はどうして早く降伏をせずにあれほどの人人を死地にむかわせ、殺されるにまかせたのか、これらの真実が無数の体験をもとに明らかにされてきました。
 日米戦争をやりながら、天皇を頭とする日本の支配階級が恐れていたのは、アメリカ以上に人民の革命でありました。中国人民の抗日戦争で敗北したなかで、アメリカをして日本人民を焼き尽くし、殺し尽くしてへとへとにさせ抵抗ができないようにすること、そしてアメリカの助けで支配の地位を守ることが最大の目的であったといえます。そしてアメリカは日本を単独で占領し、日本の独占資本集団を目下の同盟者に仕立て、日本資本主義をかれらの都合のいいように再編しました。日本は海外にぼう大な権益を持つ帝国主義国になっていますが、敗戦後の日本社会の基本的な対米従属構造には変化はなく、アメリカの植民地的な隷属下にあります。
 アメリカは幾百万人を殺した戦争によって日本をわがものにし、軍隊をおき、日本の国家機構をつうじ、教育やマスコミなどあらゆる機構をつうじて支配してきました。いまやアメリカの国益のための戦争に自衛隊を肉弾として使い、日本本土を原水爆戦争の戦場にしようとしています。この道はふたたび破滅を強いる道であり、いまや殺されないためのたたかいを不退転の決意でやらなければならないときに来ています。
 下関では、アメリカ型の市場原理主義市政による市民生活の破壊と官製談合の政治のもとで、ゴミ袋を値下げする婦人たちの運動がさらに発展し、市長選を動かす力となり、犬猫以下の学校給食食器の改善やトイレの改修を実行させたり、究極の官製談合といわれるPFI方式の博物館建設をやめさせる力を発揮しました。それは市民のなかで、団結すれば横暴な市政を変えることができることを確信させるものとなりました。また自民党林派がつくった巨大な信漁連の欠損金をすべて漁民に転嫁し、山口県の漁協を単一の漁協に合併させ、協同組合を解散させるという問題で、全県の漁民の「漁協と漁業を守れ」という運動が強力に発展し、反動的な二井県政を立ち往生させています。広範な勤労人民のなかで、戦後60年がたって、「平和で民主主義で豊かな社会」などという欺まんが崩壊し、現状を変革する力があることを、証明しています。
 上関原発を阻止するたたかいは、漁業破壊に反対する全県漁民の力の増大、そして岩国基地増強に反対する岩国、周辺市町、広島県につらなる原水爆基地反対の力、そして市町村合併などによる地方生活の破壊に反対するかつてなく広範な県民の共感と連帯を広げています。この勝利の局面で、「反対派」の看板をかかげた幹部が、漁業権を放棄するという裏切りがあらわれました。それは中電の手続きを加速させるものですが、同時に反対派の裏切り者を使った支配構造を破産させ、最終決着への力関係の転換を促すものとなっています。
 上関における反対派幹部の裏切りは、全国につながるものです。革新を装ってきた多数の組合幹部や政治勢力が、大衆の運動を押さえつけ、大衆の利益を売り飛ばす役割をはたしています。それらの共通した特徴は、大衆べっ視とアメリカ崇拝です。そして他人を犠牲にして自分が生きのびるという利己主義が排外主義となったものです。これも戦争が接近する情勢のなかでいつもあらわれてきた流れです。貧困と抑圧と戦争を押しつける敵にたいしてたたかうには、このような共犯者を一掃することと結びつけなければなりません。
   
                       三
 以上のような運動の発展を見るとき、大衆のなかで現状変革の意欲がきわめて大きいなかで、それを束ねて形にし力にするためには、いっさいの私心を捨てて人民に奉仕する精神で献身する新鮮な活動者集団を結集することがひじょうに重要になっています。戦争体験を見ても、それぞれの体験はバラバラですが、その全体が集中され経過と関連のなかから明らかにすることをつうじて、二重三重に覆われた欺まんをとり払い、戦争の真実を明らかにすることができました。そのような集団を形成することで、さまざまな欺まん、妨害や攪乱をうち負かして、大多数の人人を団結させ、力にすることができます。
 被爆者や戦争体験者の運動にせよ、下関のゴミ署名の運動にせよ、発展している運動の中心を担っている人人に共通することは、私利私欲のためではなく、人人のため社会のために尽くす無私の精神であることです。あらゆる日和見主義潮流は、要するに人民に奉仕するという精神に対立し、私心が第一であり、大衆のたたかう力を信頼することができず、敵に屈服しその手先になっていくということです。情勢が緊張するにつれて、このことは鋭い分かれ目になってきます。
 情勢が激動発展するなかで、デタラメな社会をまともなものにし、戦争を阻止する各階級各階層人民の統一戦線を圧倒的に強めなければなりません。このなかで、社会を正しく発展させ、平和を実現していく最大の力を持っているのは、この社会の主要な生産を担っている労働者です。独占資本集団は労働者の協力なしに戦争をすることなどできません。資本家は労働者がいなければ存在できませんが、労働者は資本家がいなくても社会を運営することができるという関係にあります。この労働者の現状は、戦後の諸権利をつぎつぎにはく奪され、失業か不安定な雇用におかれ、働いても食っていけないような低賃金と殺人的労働を強いられています。労働者の子どもたちは、差別選別が強まる教育改革のなかで、安上がりな商品か戦争の肉弾にされようとしています。労働者は賃金という鎖に縛られた奴隷だというのが実感となり、この社会で失うものはなにもないという実態をあらわしています。労働者はたたかわなければ生活を守ることはできないというのがこの社会の真実です。労働運動は60年「安保」斗争以後、入念な破壊攻撃を受けてきました。全人民的な政治斗争を放棄し、資本主義の繁栄のもとで改良を求める企業主義、経済主義がはびこり、腐敗幹部を培養しました。これらの重圧をはねのけて、労働運動を再建するために力を入れなければなりません。
 利己的で腐敗した植民地的退廃文化がはびこるなかで、文化、イデオロギーの面から人民的で民族的なものを強めていくことが重要です。今年は長周新聞とともにすすんだ礒永秀雄の没30周年となります。礒永の詩業は今日きわめて新鮮な反響を呼び起こしています。詩にふれたことのない多くの大衆、文化活動家、愛好者とともに礒永秀雄の顕彰運動をやり、現在の文化運動の活性化のために役立てなければならないと考えます。
 読者・支持者のみなさんのお力にによって開館した福田正義記念館は一年半のあいだに参観者が5000人を突破し、人人に勇気と力を与えています。この数年来の運動の発展を促した原動力は福田主幹の顕彰運動です。長周新聞社では改めて、福田主幹の著作集の普及、論議を呼びかけ、福田正義没五周年の記念集会を開催したいと考えています。なによりも福田主幹の路線を現在に具体化し、読者、支持者のみなさんとともに戦争を阻止する課題を中心に、文化運動や労働運動など、多面的な運動の再建のために、役立てなければならないと考えます。
 長周新聞社は昨年の創刊50周年の到達に立って、創刊五五周年をめざして活動を大飛躍させる決意です。今年の創刊五一周年を期して、新聞の本文活字の大型化を実施し、読みやすい紙面を作成する計画です。人民に奉仕する、自力で刻苦奮斗するという長周新聞の根本精神を貫き、いっそう変革の意欲を強め、幾千万大衆とともに、戦争を阻止し、平和で豊かな社会実現の展望を開くために奮斗することをお誓いして新年のご挨拶とします。
                    
                           2006年元旦         長周新聞社

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