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新自由主義モデル市政の粉砕へ
下関市長選巡る本紙記者座談会
              公共性と郷土愛回復のたたかい    2009年1月12日付

 安倍代理・江島市政の任期満了が近づき、3月15日投開票の市長選挙が迫っている。昨年秋口には無投票気配が漂っていたが一転選挙戦の様相となってきた。市民運動の力であり、安倍派の恐怖政治が崩れ始めているということができる。95年の初当選から4期14年をへた江島市政とはいったい何だったのか、市民とのあいだでの対立点はどこにあるのか、市民の世論と運動をさらに発展させ、候補者に市民の要求を公約として約束させ、市民主導の選挙戦を勝利させることが求められている。本紙ではこれらの点について、記者座談会をもって論議してみた。

 数カ月前の無投票気配は一転
  わずか数カ月前の秋口までは江島続投で無投票気配だったが、一転して選挙戦が避けられない情勢になってきた。動きとしては、どうなっているだろうか。
  昨年来、選挙に“出る出る”という保守系議員が何人もいたが、本気で準備している者などおらず「あれらは結局、出る出る詐欺だ」「市民派の本命候補登場を牽制しているのだ」と話されていた。安倍・江島支配はいかんともしがたく、放って置いたら無投票という雰囲気だった。しかし市民運動が突き破っていった。満珠荘存続を求める運動が「日共」議員どもがあきらめを煽るなかで、「6万で無視するなら10万集めよう!」「市長選で決着つけよう!」と馬力を上げ始め、短期間で8万6000人まで署名が集まった。江島打倒の機運が乗り移ったかのような展開だった。新市庁舎問題や学校統廃合問題など、様様な運動が連動して盛り上がり始めた。市民運動の力が主導して選挙戦になってきたというのを確信すべきだ。市民の怒りと運動が沸騰しているなかでの市長選というのが今までにない第1の特徴だ。
  新市庁舎建て替え反対を訴えた9月の決起大会でもそうだが、市民世論は爆発的なパワーを秘めている。「何をやってもダメだ…」「あきらめろ」と保守系議員だけでなく「日共」もふくめた飼い猫勢力が煽ってきたが、この過程で市民そのものが登場して、主導する形で選挙情勢が動き始めた。年末にかけて一転して立候補が相次いだ。
  11月28日、均衡を破って真先に出馬表明したのは友田有県議で、みなを驚かせた。安倍代議士の筆頭子分で自民党下関支部長をやっていた人物だ。“市民党”で出馬するといい、「江島市政は地域の力をつぶしてきた」と批判した。4年前の市長選時期に安倍代議士が「江島の次は友田」と指名したとかの話は以前から安倍グループのなかで語られていた。すると12月22日には、同じく自民党安倍派から香川昌則市議が立候補表明。“市民党”を掲げ、学校統廃合の白紙撤回、新市庁舎移転・建設支持を唱えた。「江島市政は市民との対話にかけている」と主張した。
  現職の江島市長は調子が狂っているようだ。12月議会でも明言を避けた。20日までには立候補表明をするだろうと近辺は話しているが、動く者が見あたらない。新年会の話題が広がっているが、適当なことをいって、さっさと帰っていくとみんなが驚いている。市長選を前にした者の行動ではないと話題だ。4年前がそもそも死に体で、安倍派の丸抱えで得票率19%の当選だった。安倍派が丸抱えしなければ江島選挙にはならない。足がない、幽霊状態だ。断末魔状態かもしれない。友田で安倍派が走るとなると江島選挙の芽はなくなる。しかし江島氏を抱えるとなると安倍選挙にダメージが出る。安倍氏にとっては自分の選挙が1番大事だ。友田氏もカネをもらって引っ込むのかの風評が流れることになる。いずれにしても安倍派は大矛盾だ。
  一生懸命に江島氏を支えるのは、利権に預かったJR西日本とか広成建設とか、その他江島グループの周辺くらいだろう。このまま引退・「無職男性」かそれとも有権者の審判を受け、市民から通信簿をもらう意地があるかどうか。
  不思議現象としては、自民党下関支部は、党員である香川、友田両人から推薦願いが提出されていたのに、今回は早早と自主投票を決定する動きを見せた。塩満県議など林派3人組が記者会見して発表した。
  選挙情勢の焦点が前回安倍派につぶされた中尾友昭元県議を巡る動向だ。同氏を担ぎ上げようとする市民有志の動きが起きて、12月初旬には350人の発起人署名を携えて出馬要請する動きが起き、今月13日に再度出馬要請の決起大会が開催されることになった。出馬を前提にして走り始めている。これで選挙情勢は俄然流動的になってきた。中尾氏がどんな政策を打ち出し、どんな政治姿勢でゆくか市民は注目することになる。

 安倍氏も落ち目に バックの米ブッシュ政府も瓦解・組織も動かず
  今度の市長選は第1は市民の運動がかつてなく盛り上がっているなかでやられることと、もう1つは安倍派の崩壊が一般の市民が思っている以上に進行しているのが重要な特徴ではないか。今安倍派議員の大勢は友田で走っているようだ。安倍派の派閥論理でいったら、友田が「譜代の臣」なら、江島は「外様」のような関係らしい。しかし派閥論理で友田となっても、世間はどう見るか、市民がどう見るかというと、まるで心もとない。「江島よりまし」という安倍派もいるが「友田なら江島がまだまし」という反江島派もいるほどだ。「お友達内閣」といわれたが、「お友達派閥」が世間でどこまで通用するか。このへんで安倍氏の威光が、世間では今どこまで届いているのかという結果を見ることになる。安倍氏の思いだけでは選挙は動かなくなっているという現実をあらわしているようだ。これは情勢の大きな変化だ。
  4年前の市長選は、死に体の江島氏を安倍派が強引に丸抱えして得票率19%でごり押しした。このとき安倍氏は、自民党幹事長をやったり、のちに首相になる流れにあって、いわば上り調子だった。もっとも前回、江島氏を担いだおかげで安倍代議士の票は減った。郵政選挙で票を減らした自民党候補は珍しかった。今度安倍氏は、上り詰めるとこまで上り詰めて、坂道を転げ落ちるしかないというなかでの選挙となる。
  安倍氏が逆らいがたい力を持ち、安倍派に逆らったら下関で生きてはいけないという支配を保障していた背景は何か、安倍氏を首相に祭り上げた力は何かといえば、アメリカのブッシュ政府だったし、ネオコン族だった。下関の人間は首相になるなど予測していなかった。安倍氏が訪米をして、ライスなどが「タフなお方ね」といって持ち上げたりしたあと、自民党も右へならえとなって首相になった。このブッシュが今アメリカの歴史上最悪の大統領といわれてひっくり返ってしまった。親ガメがこけてしまったのだ。安倍氏の何ともしれない力のバックボーンがひっくり返ったのだ。
  自民党では疫病神のような扱いになった。参議院選挙が自民党転落の契機となったが、安倍氏が首相として陣頭指揮をとって大惨敗になった。放り投げ以後、山口県の2区衆議院選挙も起死回生の陣頭指揮に乗り出したが、「後期高齢者医療制度は立派な制度」などと宣伝して、福田首相放り投げにつながる惨敗をした。
  肝心の安倍派の組織がどうかというと求心力がなくなっている。首相放っぽり投げをやってからのち安倍事務所もしばらく麻痺していたし、後援会も1年以上麻痺。昨年の夏過ぎに繰り上げで幹事長ポストが埋まったが「誰がなったの?」という人までいる。東京の方の安倍事務所でも古手の秘書が逃げたとか追い出されたとかの話だ。山口県の有力者が行っても「どなたですか」という扱いをされて腹を立てているという話もある。足元の下関では、安倍氏が町内を歩き回って、5人か10人程度の集まりに顔を出して回っている。百何十カ所回ったそうだ。本人が自分の選挙で必死なのはわかるが、組織が機能していないということだ。後援会組織だろうと、秘書集団だろうと頼りにならないから本人自身が回っているのだろう。
  お腹が痛くならなかったらあんなこともできたこんなこともできたの話にこだわっているようだ。「お腹が痛くなって辞めた理由」みたいな上等のパンフレットまで作成して配られている。総理大臣経験者が「哀れ」といういわれ方もされている。
  「お友達内閣」とかのいい方をされたが、安倍・江島の十数年で、下関でも人を出し抜いて自分だけイイ事してやろうというのが増えた。人を騙したり、すかしたり、犠牲にしてもへっちゃらで、自分だけが儲ければよいとか、そんな集団ばかりが安倍周辺、江島周辺でとくにはびこった。
 そして今では安倍銘柄といわれた企業が凋落するすう勢になっている。100億円の負債を抱えて倒産したトヨシステムプラント(社長が安倍後援会幹事長をしていたが急逝)などは最たる例だろう。江島市政に因縁の深いパシフィック・コンサルタンツは捜査に入られたし、神鋼のかわりに奥山清掃工場とかリサイクルプラザとかに入って下請いじめをしていた西松建設も裏金で捜査に入られている。安倍氏が落ち目になっているとしかいいようがない。もちろん自民党自体が、麻生政府で終わりになるほどなのだから。

 14年で異常な衰退 ヘッジファンド流儀の江島市政・下関を食潰す
  江島市政の14年で、下関は散散に疲弊してしまった。散散に食いつぶされてきたという状況だ。安倍氏が総理大臣になって、下関は栄えるのではなくつぶれた。「一将功なりて万骨枯る」というが、「一将功なり損なって、万骨だけ枯れた」だ。安倍氏をバックにした代理市政の破綻が今の特徴だ。安倍晋太郎の地盤を引き継ぐ形で安倍晋三が初当選したのが93年。林芳正が参議院に初当選したのが95年。江島潔が下関市長に初当選したのが95年だ。アメリカ仕込みの代議士七光りが登場して以後の下関の衰退は異常だ。
 江島市政というのは安倍、林連合でアメリカ仕込みの新自由主義政治の市政版だった。アメリカで新自由主義時代を謳歌したリーマン・ブラザーズが破綻したが、さしずめ下関版“七光りブラザーズ”も破綻といったところだ。この連中が、中央政界で幅を利かせるために、ハチャメチャやってきた結末が現在の下関だ。
  初期の江島選挙というのは市場原理選挙の先端だった。95年当時は日本新党から市民党を掲げて出てきた。反自民といって票を集め、その実安倍派が正体で、反自民票と自民票の両方を集めるのだから当選間違いなしという計算だ。両方にヘッジをかける。株価が上がってももうけ、下がってももうける、今パンクしたヘッジファンド商法だ。金融工学商法だった。「国民健康保険料の値下げ」「沖合人工島を考え直す」などの公約もほごにした。へっちゃらで騙した。今問題の証券化商品などのイカサマ商法と一緒だ。普通の日本人は、信義とか公約とかを大事にするものと考えていた。江島氏はそんなことはどうでも良いアメリカ型人間だった。票がたくさん集まるのが勝利、だまされたものは自己責任という新型人間、つまり新自由主義人間だったのだ。ホリエモンや村上ファンドより先を行っている。
  初期の江島選挙は女性に人気の「潔ちゃん」ムードがあった。小泉の「純ちゃん」ムードより5年以上も先をいっていた。今では、「女の敵」になっているが。海千山千の企業経営者などが、「若いし可愛がってあげよう」と思っていたら、キレイに可愛がられてしまって手玉にとられた。「江島は宇宙人」といわれていたが、アメリカの新自由主義の時流に乗った新型人間だったのだ。ヘッジファンド流儀だ。
  2期目の選挙で自分の選挙応援をしなかった人たちに腹を立てて残酷な制裁を加えた。“戦犯リスト”なるものまでこしらえて、1年半にわたって入札排除をやった。何社がそれで倒産して首を吊ったか。「派遣社員切り」とか大企業の冷酷さが問題になっているが、モノ扱いならはるかに先行している。それで取り巻きというのが新自由主義人類ばかりで好き放題に公共事業を独り占めして食い散らしてきた。

 制裁をされたのは市民 聞く耳持たぬ強権で
 E 安倍支配の形態としては、恐怖政治・聞く耳持たぬ強権政治が特徴だ。北朝鮮問題で経済制裁と叫んだが、経済制裁をやられたのは下関の市民の方だった。経済界をはじめ市役所から警察、暴力団までを配下において絶対的支配を保ってきた。江島市長が市民からいくら嫌われても安倍派に認められたら市長になれるという神話ができてきた。公共事業からの膨大なピンハネが疑問視されてきたこととも合わせて、まるで「1930年代のアル・カポネが支配したシカゴ市と同じではないか」とまで語られてきた。金融工学理論で全世界を混乱に陥れたのはシカゴ学派だが、新自由主義という詐欺商法はカポネ政治とつながっているのだろう。
  「自己責任」とか福祉に赤字を出したらいけないというが、ダブルスタンダード・二重基準が特徴だ。自分は海外出張の遊び三昧だし、巨額箱物や道楽三昧は良くて、教育や福祉は「財政効率が悪い」「下関は財政難なのだ」という。豊北町のような広大な町で保育園を1カ所に集約するとか、前代未聞のことをやってのける。飼い猫議会もこの同調者だ。そして自由競争というが、地元中小企業にはダンピング競争をやらせて、大型箱物はだいたい神鋼とかの安倍・江島グループ、政治ブローカーの疋田善丸氏の関わりが、取り沙汰される市外大手が満額で奪ってきた。
  満珠荘で働いていたというおばちゃんが、「自分らの感覚としては少少赤字でも、下関の老人福祉のためにと思ってやってきた。それがいけないといわれはじめて、ずっと納得がいかなかった」といっていた。感覚が違うと。
  金融破綻にさいして、「自由競争」「自己責任だ」だと散々カネ儲けを謳歌してきた連中に公的資金をぶち込むのと同じで、こうした借金財政のツケはみな市民が背負わされる。一般会計・特別会計を合わせたら2600億円もの借金総額だから、この箱物のツケはすごい。一部のものが他の圧倒的多数を出し抜いて好き放題利益を得てきたというのは、サブプライム問題など金融資本がやってきた行為とも共通する。下関を見ても似たようなものだ。安倍代議士周辺の一部の覇権を握った者たちが、公共性とか社会性など無視して分け取りをやっている点で、うり2つ。区画整理などの不動産バブルもその象徴だろう。
  市役所そのものが民営化で株式会社みたいになってしまった。もともと地方公共団体というのだが、公共性とか社会性とかまるでバカにされてきた。だから儲からない福祉的なものや教育が真っ先に切られて、郡部の役場機能も崩してしまった。公共性の破壊だ。小泉が登場するずっと前からはじめているのだから先駆的だ。国政というのは市政の舞台で具体的に実行されていく。これが晋三・芳正・潔のSYKブラザーズによってやられてきた。だから町の疲弊がすごい。

 全国最先端の寂れ方 人口減少も少子高齢化も
  人口減少、少子高齢化の指標を見たら驚く。表になっているのは人口20〜50万人の全国84都市のデータを東洋経済誌が調査したものを抜粋したものだが全国でもまさに先端をいっていることがわかる。人口減少もさることながら、平均所得は平成8年の284万7000円から平成17年は173万円と11万7000円減少しているし、産業のなかではとくに小売業で平成9年に3381億円あったのが平成19年には2925億円と465億円(13・5%)も落ち込んでいる。中心市街地の空洞化も問題で、銀行は14から8、生命保険は10から7へと、店舗閉鎖や流出が相次いでいる。
  特徴的なのは中心市街地の寂れ方だ。人口減少が旧市全体をしのぐスピードで進行している。平成12年から平成18年までの期間に中心市街地だけで6・7%も減少した。独居老人世帯が増えていることが、深刻な問題になっている。高齢化率は、わずか6年間で27・4%から32・1%へと4・7%も上昇するなど、旧郡部よりも早いペースで進行している。
 市内全体では4人に1人が65歳以上なのにたいして(中核市のなかではトップ)、中心市街地は3人に1人の割合になっている。商業では、本庁地区の小売店舗数は5年間で2割も減少した。平成9年に1664店舗あったのが平成14年調査では1348店舗になっている。
  就業人口が減り続けているのと比例して全国平均の2倍の割合で生活保護世帯を抱え、就学援助を必要とする家庭の割合は全国平均の3倍にあたる30%超。自殺者はこの10年で約600人と尋常でない数字になっている。ただでさえ購買力が減退するなかで、大型店を野放しに誘致するから中心市街地の疲弊はすごい。それなのに市役所を移転すると言い始めたり、学校統廃合をやったり、市街地が潰れるようなことをやる。「全国的にも人口減少社会で疲弊しているが、その10年先をいっているのが下関」とは、よく関係機関で指摘されている。政策としては電子入札導入によるダメージも大きい。あんなことをするから地元の就業機会もなくなる。そして市外発注ばかりするのだからふざけている。
  市役所が私企業みたいに私物化されている。そして「心の病」にかかっている職員が増えているのも江島市政になってから顕著だ。定年退職を待たずに部長クラスが辞めていったり、環境部長が「こういうやばいことには関わりたくない」といって異動直後に辞職したり、不可解なことも相次いだ。
  市議会議員の劣化もひどい。市民の代表というのは意識の上でもない。自分のことばかりで、政治がまともに読めるような人物がどれほどいるか。飼い猫のネーミングが市民のなかでは定着している。江島市長から見たら、まこと飼い猫なのだ。

 市政j破綻との対決 政策論議活発化へ・市民の運動が要
  今回の市長選は安倍、林代理の江島市政が体現してきた新自由主義市政による下関破壊をひっくり返すたたかいだ。全国先端で散々破壊してきたわけだから、これを逆のバネにして郷土愛と公共性に立った市政を打ち立て、下関を再建する、そういう全国先端の機会にするための市長選、衆議院選挙だ。世界的には親方のブッシュが退場で、ネオコン勢力に見込まれた安倍代議士も立派にのたれ死にして現在に至っている。そのまた子分の江島市長も破産して実際上は亡霊状態だ。破産しているという事実について、きちんと選挙でケジメをつけなければならない。
 郷土愛にたった公共性回復、市民の為、下関の為になる市政をやらせないといけない。各候補にたいしてそのような政策要求をしなければならない。市庁舎は補修すればまだまだ使えるし、230億円もかけるような無駄遣いはやめるべきだ。学校統廃合、保育園統廃合などは見直すこと。郡部の総合支所などはもっと権限を持たせる形で、農漁村を中心にした地域全体を責任もって振興できるような施策が必要だ。箱物利権をやめ、市民生活になるようなものに予算配分を優先的につけていくべきだ。市の建て直し、下関の再建が急がれる課題だ。
  市民生活が良くならないと税収も上がらない。いまみたいな情勢になって全国がパンクしているなかで、逆バネで先行して建て直ししようじゃないか全国先端でまともな市政をしようじゃないかと。人口も減るばかりで、税収も減っているなかで、もっと人が住みたいと思う街づくりをしないといけないし、就労の場があって子どもを産み育てる環境が整って定着するようにして、まさに内需拡大をやる。全国的にも輸出主導ばかりやって賃金下げて、内需がなくなった挙げ句にパンクした。人人が生活できるようにしなければいけない。
 少なくとも箱物などで市外大手が持ち逃げするようなカネがあるのなら、市内業者に回せばよいし、そうするだけでだいぶ違ってくる。
  大型箱物ばかりに注ぎ込むから中小業者ができるような仕事の量も減ってきた関係だ。あと、産業政策としては極端な観光依存ではどうにもならない。歴史的蓄積がある水産など含め、物作りそのものを振興することが地域経済の活性化にもつながる。合併した下関は、県下最大の農業地帯を抱える自治体でもある。観光なら下関は明治維新の中心地だし、史跡だらけだ。こういうものへの関心は全国的に強くなっているし、東行庵などの客も増えている。こんな地域の誇りになる歴史などを大事にしたら相当な資源だ。だいたい明治維新というような郷土の誇りを否定したり、日本の歴史を切り捨てるのがアメリカべったりの新自由主義だ。
  市長選にさいして、江島新自由主義市政との対立点を鮮明にして、市民の運動を一段と強いものにすること、そして政策論議を広げて立候補者に市民の要求を約束させ、当選後もそれを実行させる力を示すことが重要だ。もちろん市長選は衆議院選に直結している。市民運動の力が決定的だ。

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