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森林整備せねば国は崩壊
下関・飲み水、農漁業、工業も
                 所有者責任ではすまぬ      2010年10月15日付

 農村部では、人の手が入らず荒れたまま放置されている森林が増加している。「飲み水から農業、漁業、工業にまでかかわる水を生み出す山は国の宝。山が滅びれば国が滅びる」「個人の所有する山であるが、個人の農家だけの問題ではなく全国民にかかわる問題」として「森林整備に人手を」の声は強く語られている。
 高齢化して手を入れる人がいなくなった山、子や孫にひき継がれても、地元に住んでいないために放置されている山、都会に出ていった山の持ち主が「管理しきれないから」と地区に寄付した共有林が放置されているなど、私有林の荒廃が進んでいるといわれる。「高さ20aほどのスギやヒノキから小さな枝が横に伸びて足が踏み込めない」「間伐をしていないから、ひょろひょろの木が密集して茂り、日光が差し込まない。真っ暗だから下草も生えなければ広葉樹も芽を吹かない、死んだような森になっている」と口口に語られる。また竹林の繁殖も深刻で、猛烈な勢いではびこって木を枯らしてしまう。「放置されて下草が生えない山は、地表がむき出しになっているから雨が降れば表土が流される。木の根が表面に出ている山もあり崩れやすい。最近ちょっと大雨が降れば大きな土砂崩れが起こるのは、そうした山が増えているからだ」と指摘されている。
 山奥に一人で住む年配婦人は、「うちも山をたくさん持っているが、主人も亡くなり、子どもたちも外に出ていったから山に入る人がいない。ヒノキがほとんどで、もう成長したいい木もあるが、切り出す手間賃の方が高くて手がつけられず、台風で倒れた木もそのままになっている。このままだと山も絶えるし家も絶える」と話す。近くに地区の共有林があり、数年前までは地区の男性がみなで手入れをしていたが、高齢化して最近あきらめてしまった。
 ある農家は「昔は農村に人がたくさんいた。風呂を焚くにも薪を使い、暖房は炭しかなかった。農家はみな山に入り、いらない木を切って一年分の薪をとって蓄えていたから自然に山が整備されていた。今は価値がないようだが本当は宝の山だ」と話す。植林が本格的になったのは戦後の復興で材木が足りなくなった頃。農家は稲刈りも終わった冬の間の収入源として山に入り、林業を営んできたという。しかし昭和30年代に関税が撤廃されたことをきっかけに外材の輸入が始まり、また近年では木をほとんど使わないハウスメーカーの規格品の家が幅をきかすようになって日本の木の価格が大幅に下落し、経費に見合わなくなったことが荒廃の大きな原因という。
 旧郡部で林業を営む男性は、「林業を専業でやっているのはうちくらいではないか」と語る。祖父から3代目で家業を継いだが、30年前と比べると木の値段は約3分の1。山の持ち主から立木を買いとり、切り出して出荷しているが、木を売ろうとする山の持ち主が非常に少なくなっているという。
 「木は切り出したら次を植林しないと山が荒れ、水が枯れてしまう。家の井戸でも木を切ると枯れるといわれるほど、山から水が生み出されるのに木はなくてはならないものだ。しかし材価が安すぎて植林するのに30万、40万円と農家が手出しをしなければならない。個人の持ち主は50年後どうなるかわからないから、切らないという人が増えている。このまま放置していたら、本当に荒れ放題になってしまう」と危惧を語る。「50年後のために国や県、市が全部負担するから植林してくれといえば全然違ってくる。個人の経営ではどうにもならなくしてしまったから今の状態になっているが、山の荒廃は国の問題。公共の力が働かないといけない」と指摘した。

 技術の継承も切迫した課題 国土の七割が森林

 日本は国土の7割を森林が占める国である。諸外国と比べても森林面積は多く、最も多いフィンランドの74%に次ぐといわれる。山口県は県土の7割、下関市も720平方`のうち480平方`と67%を森林が占める。山口県内に原生林は少なく、人の手が入り生活と密接なかかわりを持ってきた里山が大半といわれる。
 人が植えた森林は手入れをしなければ死んでしまう。30〜50aの苗木を植えると、まず草がそれ以上に伸びないよう5〜7年間は下刈りをする。11年目には間に生えた雑木を切り、15年目から間伐をして成長の悪い木を除き、木を大きく成長させる。30〜40年の長いスパンで木を育て、切り出して材木にし再び植林してきた。森を整備し育てることで林業だけでなく、国土を保全し、イネや野菜をつくるための水も、市民の飲み水も、魚が育つ海も育んできた。世界的に見ても生水を飲める国は日本くらいであり、「森が死ぬことは、個人の財産の問題ではなく、国の問題だ」と語られる。
 山にはやるべき仕事が山ほどあると語られている。しかし間伐したり、枝打ちしたりする人も高齢化し、平成19年段階で60歳以上が42%を占めている。山の仕事は一歩間違えば死に至る危険性も高い仕事であり、技術の継承もせっぱ詰まった問題だ。
 ある業者は、「うちは50代と60代の男性と3人で仕事をしているが、60代の人が“自分がいなくなったら大きな木を切れる人がいなくなる”とよくいう。森林組合も最近若い世代を育てるために採用しているが、一人前になるには何年もの経験がいる。今のうちに後継者を育てなければ、木を育てる人も切る人もいない時代が来る。しかし国土がこれほど森林で覆われた国で山の仕事がなくなることは絶対にない。今のうちに技術者を育てれば近い将来貴重な人材になることは間違いない」と語る。
 森林組合の作業班の若者たちも、危険できつい仕事にもかかわらず、意欲を持って仕事にのぞんでいることが語られており、市や県が失業者と農村をつなぎ、生活できる基盤をつくれば、若い世代も農業に戻ってくること、農村が活性化すれば全体の活性化に大きく影響を与えることが指摘されている。
 現在山口県では「森林づくり県民税」で荒れた山の整備をしているが、県内全体で予算は年間約四億円。県全体に振り分けると整備できる範囲は少ない。下関市も国からの雇用対策の予算で3カ月間失業者を雇用して竹藪の伐採をしたほか、森林組合に助成(3年間)して3人を雇用しているという。しかし市の基本的な姿勢は「市有林を整備する」ことで、その森林関連の予算も毎年10%カットされている。関係者のなかでは日本の水源地の山林を外資が買い占めていることも危惧されており、「頭を切り換えるときに来ている」と語られている。
 合併前の豊田町で行政にかかわった男性は、「旧町では相当の予算を振り向けて森林整備をやった。町が依託する形で給料を払い、生活を保障した。山の仕事に力を入れることは、山奥の雇用を確保することにつながる。また水源林の整備は飲み水の確保に大きく影響している。森林整備は市民、国民にとって大事な事業だ」と語っていた。

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