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真相解明し教育機能回復を
下関市立大学問題
              独法化で大学崩壊した顛末    2011年7月27日付

 下関市の中尾市長が市立中央病院の独立行政法人化を強行しようとしているなかで、4年前に下関の独法化第一号となった市立大学の顛末が無視できないものになっている。下関市が30億円もの出資金を拠出している大学でありながら、地方自治体としての監督責任が薄れ、理事長、事務局長による私物化が甚だしいものになっていったこと、教育に責任をもった管理体制がないがしろにされ、事務局の采配で目先の「効率」「成果」ばかり追い求めるようになった結果、学生のレベル低下を招き、学問探究の場が崩壊状況に陥ったことなどが、痛い教訓として語られてきた。立て直しに向けて大学関係者たちの努力は続いているが、その後どうなっているのか見てみた。
 
 市立中央病院二の舞いにするな

 市立大学では今春、大学を私物化して問題視されてきた松藤理事長(元市水道局長)、植田事務局長(元市観光経済部長)がそろって退任に追いこまれた。後任には中尾市長のブレーンである本間総務部長が定年退職にともなって理事長に就き、その後輩にあたる藤田氏が市役所をいったん退職して事務局長に任命された。
 新体制発足から4カ月が経過して、大学では以前のような事務局長・理事長と教員たちとの激しい衝突はなくなった。ただ、それまで問題にされてきた大学運営を巡る幾つもの疑問点、解明されるべき事象について何らはっきりしないままの状態が続いている。「ケジメもなくズルズルと隠蔽してはいけない」「さんざん問題を起こしてきた経営トップの2人が、退職金(1人400万円)をもらって“さようなら”で済ませてよいのか」と思いが語られている。責任追及がなされず、曖昧なままだからだ。
 この間、大学運営をめぐる不可解な金銭の流れを問題視する声が噴出し、真相解明を求める動きに発展してきた。「整備する」といって4500万円も浪費した挙げ句使い物にならないグラウンドができ上がったこと、建設してわずか1、2年でだれも使用しなくなった弓道場の存在、「学生寮」の名目で遠く離れた貴船町に江島前市長が所有するアパートを大学が借り上げたり、前事務局長が個人的に楽器を習っている講師(楽器会社所属)の会社から750万円かけてブラスバンドの楽器を一括購入したり、「だれがどこで決めて大盤振舞をしているのか?」といわれてきた。独法化以後、大学関係者たちに強いられてきた経費節減、ボランティア残業などの「効率経営」とは裏腹に、経営トップの散財癖ばかりがエスカレート。大学を利権の道具にしてきた実態をだれもが問題と見なしてきた。
 講義棟のトイレ改修に至っては、いつの間にかシモケンに約3700万円で発注し、契約書では前払い金は4割と記載されているにもかかわらず、6割(2260万円)を支払っていたことも発覚した。その際、契約保証金もとっておらず、きわめてずさんな発注・契約が交わされていたことも明らかになった。
 市立大学がトイレ工事を発注した昨年12月は、シモケンが海響館前の立体駐車場を市に無断で売却したのが問題になり、落札していた豊北・道の駅の工事契約議案(約2億5000万円)が議会で否決されていた時期にあたる。資金繰りが危ないことはだれもがわかっていた最中にピンチになった代議士関連企業に資金を提供したのが市立大学であったこと、およそ4000万円近い工事が大学内の十分な検討もなくポンと出せる仕組みそのものの問題点が指摘されている。
 工事は完成しないまま進捗率35%、1300万円相当まで済ませた時点で同社は事業停止となり、資金回収の見込みがないまま契約解除。新学期が始まってから、学生たちはトイレが使えずに隣接の講義棟まで出かけるなど、支障をきたした。
 6月末に仕切り直しの指名競争入札が実施され、長野工務店が新たに約3100万円で請け負っている。これまでに支払った額と新たな発注金額を合計すると、トイレ改修に5360万円も費やすことになる。当初の予定よりもはみ出す1600万円分の損失をだれが責任とるのか、また、シモケンは1300万円相当の工事を済ませているのに、なぜ新たな発注金額が3100万円になり、600万円アップの工事になったのか、理解し難い現象が今も起きている。
 “公立”から切り離して民間経営を導入することが「最先端」の扱いで推進され、「独法化すれば独自運営が可能で大学が活性化し、生産性を高めることができる」といってスタートした。あれから5年目を迎えてはっきりしたことは、学問研究や教育の自由が抑圧され、大学のレベルが格段に低下しはじめたこと、「活性化し、生産性が高まった」のは教育とは縁もゆかりもない天下り役人の利権事業だけだったという姿である。
 下関市立大学はもともと勤労青年の「大学で学びたい」という思いを叶えるために設置され、安い授業料で勤労子弟が入学できる大学として全国的にも認知されて、受験生の多さでは公立大学のなかでもグンを抜く地位を築いてきた。西からも東からも全国から優秀な苦学生たちが集まり、広島大学や山口大学にもひけをとらぬ偏差値を維持。社会に役立つ人材を教員や大学関係者たちが一丸となって育てていくキャンパスにはそんな情熱があふれていたという。
 独法化以前から決して資金が潤沢なわけではなかった。2000人の学生が学んでいることで下関市には毎年約五5億円の地方交付税が下りるのに、下関市から運営交付金をもらった試しがなく、学生の授業料・受験料で大学運営のすべてがまかなわれていた。本来なら学生のために使われるべき5億円は、30年間で換算すれば150億円、40年で算定すれば200億円にもなるが、そのお金は市の箱物事業で消化される関係だった。
 約10億円の授業料収入で経営を回すために、学生数に対して教員数は全国平均の五5分の1と少ない。公的助成がまったくないという異常な大学経営のもとで、よその大学の5倍もの学生たちを教員が担当して育てていく。教職員の奮斗がなければ大学としての教育的な質やレベルを維持することなど不可能だったことが語られている。
 そのようにして築き上げてきた大学の有り様が独法化以後の数年間で激変してきた。かつて受験において志願者数は全国トップとして鳴らしていた下関市立大学の志願者は激減し、国公立では最低水準にまで転落。入学者が来なければ大学運営が回らないことから、基礎学力がなくても学生たちを入学させ、かき集めるようになった。きっかけになったのは、経営陣が目先の収入アップを見込んで学費を値上げしたために、全国平均よりも約2万5000円安かった魅力がなくなり、優秀な苦学生たちが敬遠しはじめたことがあげられている。

 黒字でも学生の為使われず 箱物散財に拍車

 しかし今になって、「授業料値上げは必要だったのか?」が改めて問題視されている。1人1万5000円値上げしたことで、大学の収入は約3000万円アップした。加えて、独法化した見返りとして、市からは毎年約1億円の運営交付金が下りるようにもなった。市立大学が平成22年度末段階(独法化以後の4年間)で保有している余剰資金は、3億7200万円にものぼる。昨年度は1億5800万円もの当期利益をあげて積立に回した。毎年のように7000万〜8000万円近い「当期利益」が発生してプールされている。経営が苦しいから値上げしたのではなく、以前よりもはるかに経営的余裕は増したこと、収入が増えた分ほど、今度はグラウンド整備やトイレ改修といった箱物事業で散財するようになった関係が浮き彫りになっている。
 独立行政法人になってから、「大学改革」として経費節減やコピーの際に両面使用して節約に励んでいるか、業務の外部委託がどれだけ進んでいるかが細かくチェックされ、職員を嘱託・アルバイトに切り替えて人件費を徹底的に削るなどしてきた。事務局は、各部門の責任者以外は短期雇用の嘱託やアルバイトに切り替わり、非正規雇用が格段に増えた。図書館の司書も一人になるなどし、大学の専門業務が慣れない人員によって滞る事態もうまれた。職員のボランティア労働による人件費削減も徹底され、「黒字」は増えた。
 しかしそれが大学のため、学生たちの教育のために回らなかったことが、大学にとって大きな弊害をもたらしたと大学関係者たちは指摘している。教員の1人は「理事長ポストも他の国公立と同じように学長が兼務すれば1600万円が浮く。正職員が3人は増やせるから、専門業務を3年でも経験すればはるかに大学にとって役に立つ人材になっていく。金銭的には余裕ができたのに、役所の天下りである理事長、事務局長が箱物ばかりに気をとられ、教育が二の次になったことが悲劇をつくった。独法化といって行政的な束縛を受けずに好き勝手をしていく様を見せつけられてきた」といった。
 別の教員は「授業料を上げる必要はなかった。この4年間で大学の管理運営や教育研究のあり方も変わってきた。以前なら教授会の討議を通して合意形成にあたっていたし、下からボトムアップで積み上げていく方式で最終決定され、それを学長がまとめて大学を運営していた。事務局の機能はその方針を円滑に進めるために補佐することだった。独法化によってこの関係が崩れて逆転した。予算を握る事務局長、理事長の権限が絶大になって、規制が効かない状態にまでなった。そして教育機関とは思えないような利権事業が繰り返されてきた。前理事長と事務局長がやってきたことの真相解明は、市立大学が教育機関として立ち直っていくためにも避けられない問題だ」といった。
 2011年度から3つ目の学科として新しく「公共マネジメント学科」が設置され市が17億7000万円を投じて新校舎の建設を進めている。建屋がきれいになるだけではダメで、学生たちが貪欲に知識を吸収する学舎として、運営のあり方を抜本的に考え直さなければならず、そのために膿をしっかり出すこと、これまでの問題点について曖昧に隠蔽していくのではなく、是非を明らかにしなければならないことが大学関係者のなかで語り合われている。
 また、命を預かる病院で市立大学と同じように医療そっちのけの効率経営がやられ、利権の温床にするような事態が起きれば、地域医療は崩壊するとの懸念が高まっており、決して大学内だけの問題にとどまらないことが指摘されている。
 市立大ではなによりも授業料を引き下げること、また職員の正規雇用を増やすこと、それを手はじめに教育機能を充実させていくことが急がれている。

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