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市政変える市民の団結広げる
下関市民の会新春のつどい
                安倍代理政治覆す力結集      2015年1月25日付

 民主主義と生活を守る下関市民の会は23日、下関勤労福祉会館四階ホールで2016年新春市民のつどいを開催した。つどいには下関市内の被爆者、戦争体験者や教師、現在国策を跳ね返す洋上風力建設反対の運動をとりくむ地元住民など各界各層が参加した。昨年1年、安保法制の強行に対して全国的な戦争反対の世論が巻き起こったことや、下関市内のハコモノ市政に対する思いなどが参加者から語られると共に、市政を市民の力と世論で動かす運動を強めていくことを誓い合った。
 
 市民の利益守る全市的運動を

 初めに、市民の会の理事である柿田多加子氏が開会の挨拶をおこなった。「昨年は2期目の選挙で票、順位共に前回を上回っての当選となった。昨年1年、会としては30万市民に奉仕する姿勢を貫いて活動してきた」と報告。また、「昨年12月に市民の会の顧問もされた古田好都先生が亡くなった。先生の“戦争を二度とくり返さず、平和な世の中を”という遺志を引き継いで、これからも頑張っていきたい」と語った。
 続いて、同会事務局長・下関市議の本池妙子氏が以下のように、一年間の活動報告をおこなった。
 私たち市民の会は30万市民の要求を代表して議会にその声を届けると同時に、薄暗いベールに包まれた市政の実態を市民のなかに明らかにし、世論と運動で市政を突き動かすスタイルを貫いてきた。議員としての活動で、そのくさびの役割を果たすことが重要な任務だ。
 下関市の人口は毎年2000人余り減少し続けている。働く場がなく若者が県外、市外に出ざるをえない状況となり、産業の停滞が暮らしを脅かし少子高齢化をもたらす最大の要因となっている。にもかかわらず、岬之町の港湾機能を、関係者の反対世論を押しきって人工島に移すなど、わざと産業を潰すようなことがおこなわれている。働く人やその家族の生活はお構いなしに破壊し、都市開発のために産業を潰すという異常極まりない行政運営がおこなわれている。
 第一次産業の衰退とかかわって、県外資本の大型店やディスカウントスーパーばかりが増えて個人商店は激減している。産業、商工業の衰退、少子高齢化の進行など暮らしの変化は、商業、労働、農漁業、医療福祉などすべての政策において国政とつながった行政運営や銀行や大企業による経済政策の産物にほかならない。市民の生活を守るには、まさに沖縄のように下からの世論と運動によって政治を揺るがすしか術はない。
 人工島と巨大道路を中心としたまちづくりに対しては「軍港化」であるということをはっきりさせなければならない。米軍から重要港湾に指定されている下関にとって、平和の問題は鋭いものとなっており、「市内に働く場を作り軍港化をやめよ」の運動を強力にしなければならない。
 また、ゼネコンや特定企業の利益のために湯水のごとく税金が注ぎ込まれる一方で、国の交付税交付金が削減されて市の財政は困難になるばかりだ。そのツケは市民に回され、保険料や税金の滞納者への差押えなど、取り立て強化がおこなわれている。ハコモノをやめさせ、市民の医療や介護、福祉や教育など市民が困っている問題にこそ税金を使わせなければならない。
 安岡洋上風力建設反対運動を、地元の皆さんの行動に参加しながら共にとりくんできた。運動を潰そうとする大企業と国策に対して、住民による結束した運動が広がっている。市民の声に聞く耳を持たない政治に対して「仕方がない」とあきらめるのでは敗北するしかない。そうではなく、世論を全市内に広げ、下からみなの力を束ねて強力にし、世論に訴えていく運動が粘り強くたたかわれている。そのことが全国にも大きな励ましとなっている。私たちも連帯して最後までとりくむ。
 議員活動の基本として、市民のなかにもっと足を運び、その生活や思いを掴むことを重視し、さらに勉強もしながらより役割が果たせるように奮斗したい。

 各界の要求を横に繋ぎ 熱帯びたスピーチ

 つどいは第2部に移り、乾杯のあと、恒例となっている琴と尺八による演奏で会場を盛り上げた。続いて、テーブルスピーチに移った。
 下関原爆被害者の会の女性は、「私たち被爆者の会は子どもたちなど皆の笑顔に迎えられ、元気に学校に行って被爆体験を語っている。学校の先生からは被爆者が少なくなっているが、教育として大切なことなので頑張ってくださいといわれて元気をもらっている。先生たちのご尽力、市民の会や長周新聞の温かい支援のおかげで会も存続している。私は今まで市政に関してはまったく興味はなかったが、本池さんが市議になり、傍聴にも行くなかで市政のことがわかるようになった。市報や3大新聞にはいい事しか書かれておらず、今の市政の情勢については一つも分からない」と語った。
 被爆者の会の男性は「昨年、市内の小学校に体験を語りに行き、6年生が修学旅行に行ったあとの報告会に呼ばれた。私たちが話した以上のことを長崎で学び、父兄や私たち大勢の前で発表していた。毎年呼ばれているが、少しでも子どもたちの役に立てたかと、毎回うれしく思っている」と話した。また、「下関は第3金曜日はバスが100円で、必ずシーモールに行く。毎回外に立って自転車道を何台の自転車が通るだろうかと見ている。一つも通らない。また、私が住む地域には街灯が全然ない。夏はいいが、冬になると夕方になれば真っ暗になる。目の悪い高齢者にしてみれば人とすれ違っても気づかないほどだ。中尾市長にはよく考えてもらいたい」と語った。
 同じく被爆者の会の女性は「今日、下関駅から海岸線を通って会場まで来たが、岬之町をみると遊ぶことばかり考えて開発されている。観覧車だけは明かりがついていても、あたりには人っ子一人いない」と話した。
 北九州市の小学校教師は「昨年は“みんなのために”をテーマに、縄跳びや鉄棒のみならず、図工や音楽、算数、国語などさまざまな教科で子どもたちのためにとりくんできた。とりわけ力を入れてきたのは被爆者や戦争体験者の話を聞くことだ。体験者の話を聞くことで、子どもたちのなかに“絶対に戦争に反対するぞ”という気持ちを強く持たせることを大きなめあてにしてきた。そして、昨年は現役教師と戦争体験を持つ退職教師とが一致して力を合わせて戦争反対の運動をとりくんでいくことを誓い合った年でもあった。子どもたちは新年に入り、新学期に元気に登校してきた。冬休みの暮らしについて作文を書かせると、2年生だが、家の中では働く親にかわって掃除や洗濯、炊事を手伝い、親御さんも喜んでいる。子どもたちのなかには家族と団結して成長したいという気持ちを強く持っていることが分かった。学校でも掃除や給食当番などを率先して一生懸命するようになった。一方ではマスコミによるいじめキャンペーンが蔓延し、いじめられた相手の名前を書いて自殺して報復するというような戦争に向かっていくイデオロギーや戦争教育が文科省を通じておこなわれている。しかし、このようなイデオロギーでは子どもたちは人人のなかで絶対に受け入れられない。戦争教育と真っ向からたたかって、地域、親世代、戦争体験者の方と力を合わせて戦争反対の教育運動にとりくんでいきたい」と意気込みを語った。
 下関市の小学校教師は「教育同盟は昨年、下関駅前での安保法制反対の署名や、原爆展のパネル展示に参加した。多くの人がパネルや署名に駆け寄ってきて協力してくれる。“下関でこのような活動をやってくれてありがとう。何かやらないといけないと感じていた”と喜ばれた。また、風力反対の行動にも参加した。皆さんの活動に学び、今年も一緒にとりくんでいきたい」と語った。
 下関市の元PTA役員の男性は「子どもをどう育てるかについて、教育同盟の先生たちと集まって論議する機会があった。話しのなかで一人一人が意見を出し合って今年の方向性を見出していった。市民の会でも、皆さんが集う交流会をぜひやってほしいと長年思っている。市内は疲弊し、ハコモノばかりが盛んにおこなわれているなかで泣いている人人は多い。みながどのような問題を抱えていてどのように前に進んでいくかについて論議し、実行に移していく運動を作って解決していくことがみなさんの望みでもあると思う」と話した。

 安岡沖風力断固阻止を 運動強める決意も

 安岡に住み、洋上風力発電建設反対の活動にも参加している男性は「私は風力建設予定地と目と鼻の先に暮らしている。絶対に建てさせてはいけないとの思いで反対の行動にも参加している。市民の会の方方も一緒に行動に参加してくれている。大変心強い。みなで一生懸命やっているので願いは通じると信じたいが、前田建設のことだ。なかなか引き下がらない。覚悟を決めてこれからも頑張らないといけない」と決意を語った。
 元大学教員の男性は「私の現在の下関市に対する最大の不満は、いったいこの街をどの方向に持っていきたいのかがさっぱり見えてこないことだ。いまだにあるかぽーとの活用法もはっきりとした方向性は示されていないことが象徴的だ。また、下関市はかつて全国的にも栄えた街として発展した。この骨格を作ったのは北前船による交易だと思う。よその同じような街にはそのことを現在に伝えるための記念館などがあるが、下関にそのような歴史を感じさせるものは見当たらない。下関市が、“歴史”といっても、いかに浮ついたものしか考えていないかがよくわかる。50年、100年先を見越して魅力のあるまちづくりをしなければ人材は流出するばかりだ。目先のことしか見ないで、ハコモノ事業にお金を使って下関駅を使いにくくしたり、人工島に港湾機能を移して機能させなくしたりしているが、いつまでもそのくり返しではいけない」と問題意識を語った。
 岬之町に住む男性は「岬之町のあるかぽーとに最近、ガス灯が設置された。道の反対側には元から街灯がきちんと立ち並んでいるのに、道の両側から照らすように向かい側にガス灯が立てられた。まったく必要ないものだ。そんなことをするのなら、下関市内の暗いところに一個ずつでも立てた方がよっぽど良い。取り外しても良いくらいだ。ほとんど人も通らないのに、雰囲気のためにやっている」と語った。
 市内に住む男性は「本池さんの議会活動と市民の会の活動が一つとなり、多くの市民が力づけられている。70億円かけた新庁舎は、立体駐車場と窓口のアクセスの利便性は悪く、雨が降れば雨漏りするというものだ。155億円をかけた駅前再開発は駅ビルのテナントも惨憺たるもので、駅ではスーパー・イズミの独壇場となり、JRが丸儲けをしている。自転車専用道ができてバス乗り場も変わり、駅周辺は大変不便になった。これが、まさに市民生活をないがしろにした下関のハコモノ市政だ。安岡の風力反対では、1000人規模のデモ、8万1000人の署名という市民の世論に恐れて中尾市長は逃げ惑っている。この力を全市に広げなければならない。全国で、戦争政治に反対し、平和を願う国民の世論が広がっているなかで、私たちも市政を変えるために頑張りましょう」とよびかけた。
 続いて、長周新聞社の青年が登壇して歌の合唱を披露した。
 テーブルスピーチの最後に、昨年、『礒永秀雄の詩と童話』の下関公演をとりくんだ劇団はぐるま座が挨拶。
 「昨年公演の準備のあいだでは、安保法制反対の強行が図られる中でいかに戦争を押しとどめる力を作っていくかという論議がひろがり、多くの人人の力でとりくみが進められていった。舞台の反響も聞き、これから私たちも下関の劇団として市民の皆さんと一体となった活動を強めていかなければと痛感している。皆さんの率直な意見や思いを受け止めて、その感情に深く学ぶ姿勢で戦争を阻止する力を持った舞台を作り上げていきたい」と語り団員が合唱を披露した。
 最後に、参加者全員で「働く仲間」を合唱し、一人一人の力を束ねて市政を動かしていく決意を込めて「団結頑張ろう」を3唱し、熱気のさめやらぬ中での散会となった。

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