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市政の向き帰る市民の大運動へ
下関市議選巡る記者座談会
                働く市民の声表に出そう      2010年9月17日付

 下関の街が急速に衰退していることへの危機感が、市民のなかでさまざまに語られている。新規求職者は年間2万人ペースで職安に溢れ、身のまわりで失業や企業倒産、あるいは生命保険をあてにした自殺などの悲劇や困難を耳にしないことがない。商店には客がいない。下関の政治の向きを抜本的に変えることが待ったなしの緊急事態になっている。このなかで1月末におこなわれる市議選は、下関がつぶれるかどうかの鋭い争点が問われている。下関の各界各層の現状はどうなっているのか、これまでの市政、市議会をどう変えなければならないか、働く市民が主人公としての大衆的な市民運動を起こし、雇用をつくり、産業を保護して市政を変え、街を立て直す力ある運動をどう結集していくか、記者座談会をもった。
 
 職がない深刻な現実 親の介護で帰っても再就職先はなし

  本紙では「強欲自由主義の下関潰し転換へ」の号外を宣伝してきたが、市民生活の現状がさらに語られている。とくに雇用の問題が最大問題となっている。商店やさまざまな事業所でも消費需要が極端に落ちているが、それが市内に雇用がないことが最大問題として語られている。市民生活はどうなっているか、実情を描いてみたい。
 B かなりの企業がバタバタいくのではないかと危惧されている。「あの会社は大丈夫」といわれる企業がほとんどないといわれる。この間、シモカネの破産と関わって地元建築大手だったシモケンの行方が注目されてきたが、別の建設会社も不渡りを出したり、あっちもこっちも限界がきている。シモケンの10日決済を関係者は「どうなるだろう…」と見守っていたが、足りなかった2000万円をかき集めてかつがつ乗り切ったという。しかし月末も来月もつぎつぎに決済日が追いかけるようで、どうなるか心配されている。連鎖倒産が起こりかねないからだ。
 C 中小企業はどこも資金繰りで四苦八苦している。公共事業といっても最低制限価格を予定価格の85%にしたというが、おみくじ方式でとれない。しかも設計価格そのものが低い。工事などでガードマンを雇う金額も日当8000円足らずで算出されているが、実際には市内の業者は1人につき日当1万円が相場なので、2000円分は業者がかぶっているという。民間の仕事も元請がギリギリまで単価を切り下げてくるから、仕事量はあったとしてももうけがない。川中区画整理地で住宅メーカーの仕事に入っている業者は「むしろ赤字。2〜3カ月ハウスメーカーの仕事だけしていたらつぶれる」と話していた。資金繰りを回すために請け負っているのが実情だ。
  ある年配夫婦の話だが、次男が関西で働いていたのだが会社を首になり、しばらくしたら奥さんとも別れて孫を連れて帰ってきた。しかし下関には仕事がないから、北九州に働きに行っているという。
 E ある婦人は、娘がデザイン学校を卒業してレナウンに入ってバリバリ働いていたのに、中国に工場を出すなど海外移転して、国内では正社員を嘱託にしたりの大「合理化」を実施したおかげで、実家に帰ってきたと話していた。良い年頃なのだけど結婚もしていないし職もないという。その近所の奥さんは、漁業を継がせられないからと1000万円出して東京の私立大学に息子を通わせたが、技術者として川崎のコンピューター関連の会社で働きはじめたら夜中まで仕事をさせられ、体を壊していくのを心配して連れて帰ってきた。しかし下関には仕事がない。
 D 大学を出て東京に就職していたが、母親の介護をするために帰ってきた男性がいた。しかし仕事がなくタクシーの運転手になった。「まさか自分が…」と思いながらタクシーのハンドルを握る日日だと漏らしていた。最近母親が死んで、タクシー会社も退社したのだが退職金がなかった。改めて仕事を探している。
 B 親の介護で大企業を辞めて帰ってきたけど再就職にありつけず、結局親の年金で食っているという話も結構出てくる。企業で首を切られた男性が戻ってきたのだが、お婆さんは半分痴呆が入っていて、気丈だったお爺さんが倒れて入院した。付き添いのお婆さんが点滴がゆっくり落ちるのを見ていて「遅い!」と腹を立ててネジを緩め、医者や看護師が慌てて駆けつける事態になったとか。仕事がないのに加えて介護まで襲ってくると、頭がおかしくなっても不思議ではない。
  家庭崩壊や悲劇にもつながる。親の介護をしていた婦人が、「2人が死んだ時にホットした心境になって、空の青がまぶしかった」といっていた。それまでは世の中が灰色にしか見えず鮮やかな花を見ても心が動かないほどせっぱ詰まっていたという。感情が死んでいたと。だから、若い母親が子どもを殺したりするニュースを見るたびに、それほどまでに人間の心が荒んでしまう状況に追いこんでいる社会の在り方に根があると熱を込めていた。1人1人の人間を追いこんでしまう。
 F 百歳老人の行方不明問題はよく理解できると各所で話題になる。子ども世代も含めて首を切られたり収入が激減しているなかで、あり得る話だ。国民生活の崩壊だ。

 地域全体に影響が拡大 商店、企業、高校へも

 D 商店では客が来ない。誰もいない商店の姿が目立っている。スーパーの店長も同じことをいっていた。「客が来ないから商品の仕入れを減らしている」と。零細商店は朝から一人も来ないのにテナント料は払わないといけないと頭を抱えている。生鮮食品まで買い控えが始まっているから深刻なのだ。魚屋も八百屋も仕入れを減らしている。
 F 化粧品屋のおばちゃんは、「食べ物は必需品だから客が来るが、化粧品のような嗜好品は優先順位が後回しだから、余計に人が来ない。電気代の方が高くつくから、店の電気を昼間は切っている」と話していた。別の不動産会社をたずねた時に驚いたのは、店舗にはガス、水道を引いておらず、コーヒーをつくるのもコンロで湯を沸かし、水は建物の共同トイレの蛇口まで汲みに行っていた。基本料がもったいないから限りなく節約している。
 飲食業界では料亭がキツイようだ。楽々庵がつぶれ、唐戸の魯山亭も店を閉じた。少しの贅沢もできない。消費行動の変化としては街のケーキ屋さんが、昨年の入学式時にはケーキを買う客がまだいたという。しかし今年はゼロに近いくらいだと驚いていた。
 C 医者も「患者が来ない」という。最近は20代の若者で無保険で来る患者が増えているという。非正規雇用であったり、会社が保険料を払えないから国保に入れというけど毎月一万数千円が払えないから無保険になっている。だから、なるべく安い薬で治療にあたろうとするが、だいたい市販の薬で騙し騙しやってくるから、「すぐ総合病院に行け」という状態で駆け込んでくる。総合病院の外来に来る患者数も落ち込んでいる。とくに旧市内が目立っているようだ。医師会で「開業医も同じだ」と話題になったようだ。少し調子が悪いくらいでは医者に行かない。我慢していざ病院に行く時には重症化している場合が多い。かえって医療費が高くつく。
  銀行で働いている婦人がいうには、最近めっきり銀行に来る客が減ったという。同僚たちと久しぶりに唐戸にご飯を食べに出たら、シャッターだらけになっていたと愕然としていた。魯山亭も店じまいしたし、ふぐの中尾が出していた店もたたんだ。シモケンの事もあるし、年末にかけて市内企業のなかで連鎖倒産が起きるのではと職場で話題になっているという。あと、大学3年生の息子も就活しているけれど見つからなくて焦っているようだった。
 E ある私立高校では「7割ほどが地元就職希望なのに求人がまったくない」と教師が悩んでいた。それなら進学させようと思っても親に金銭的な余裕がない。下関市民の平均所得が272万円というのを見て、「これ以下の人がたくさんいる」と話題になった。就職試験が始まっても求人がなければどうにもならないし、かといって第三の道はない。高校無償化で私学にもいくらか補助が出ているが、それでも学費滞納者が増えている。だから、1年生にもアルバイトを解禁して許可するようになった。かなりの人数の子どもたちが放課後になると職場に向かっている。
 F 職安で号外を配布しながら話を聞いたのだけど、1年以上通っている人も多い。「行政が雇用を保障すべきだ」という論調に共感していた。20代〜30代が多い。40代は「子どもが学校に通っているから選り好みできないと思って探すがない」という。60代も「退職したばかりだけど基礎年金が65歳にならないと支給されず、報酬分の年金6万円では生活できない」とアルバイトを求めていたりする。各年代ごとに生活が成り立たない実情がある。
 職安の職員に聞くと、MCSが首切りする前は職員を削減する動きになっていたという。しかしMCSが1000人近く首切りしてからは増員しなければ業務が追いつかず、嘱託職員を増やした。一時期は少し改善されたかな? という時期もあったが、今年に入って再び来る人が増え始めて、窓口の嘱託職員を増やして対応している。夜の8〜9時まで仕事をしている。通常なら5時過ぎには閉めるのに、人が来るから7時くらいまで窓口を開け、土曜日も開けている。職員自身が「こんな事態は初めてだ」と驚いている。深刻だ。
 B 唐戸市場でも、今年に入って支払いに困っている仲卸が出ているようだ。1億円くらい貯めている業者もいるようだ。今年に入ってから滞りはじめ、社員も2〜3人になった。後を追うように振込が遅れている仲卸が出ているらしい。ふぐが高級品というのもあるし、都市部で料亭がかつての半分ほどに減っている。水産業界も相当くるのではないかと心配している。
  彦島では三井化学の合理化と関連企業の撤退が地域に影響を及ぼしている。製造業が盛んな時は活気があったが、この数年で急激に需要が萎んでしまった。上のライバル会社同士が統合したり、海外移転するなかで下関から撤退していった。子どもや家族を連れて富山に引っ越しした人も多い。石膏ボードをつくっているところも「みんなが貧しくなっているから、住宅メーカーからの注文もこなくなっている。従業員も仕事量を半分くらいにして休ませるようにしている。いつになったら回復するのだろう」と心配していた。

 農村地域も消滅の危機 郡部で危惧広がる

  豊田町を回ってみると、限界集落のような場所が増えている。山のふもとのある集落では以前は20軒ほどあった民家が7軒まで減って、90歳の男性が1人暮らしで、隣は80代の夫婦その隣は70代の夫婦といった感じだ。「あと5年したらこの集落は消える」と語られていた。80代の婆ちゃんたちが「都会で若者があぶれているというが、うちに来たら仕事は山ほどあるのに」「昔は山のなかまで田をつくって、効率は悪いが美味しいコメができていた。山奥ほど荒らしてしまって、耕作放棄地になってイノシシの巣になっている。災害が起きるのも当然だ」といっていた。
  菊川町では集落営農で大豆や稲を作っている。しかし30軒でやっても半分以上が80代の働き手だったりだ。草刈りができないとか、暑さでばてていた。若い労働力とは比較にならない。40代の若手でも収入と自分の仕事を見比べたら「何の為に農業をしているのかわからない」という。次の世代に引き継がなければ大変なことになる、という危機感で懸命にやっているのだと。非効率の一言で切り捨てられ、農業生産も捨てられてきたが、つぶしたらいけないのだとの思いは強い。「ここまできたら行政が乗り出すときだし、集団的にやるなり、国有化するなりしなければ打開の展望はない」と論議になった。
  耕作放棄地が増えている。田は一回ダメになると元に戻すのに時間がかかる。コメはかつて1俵2万円していたのが1万2000円にまで価格が落ちて、油代や機械代ばかり高騰して農家が食いつぶされてきた。酪農にせよ、機械は巨額な費用がかかるので、中古を使っているところも多い。もうからないけれどもやっている。国の食料生産のための勤労奉仕だ。それが絶えようとしている。
 E 寺の住職から「消えゆく寺院」の様子を記事にしてくれと頼まれた。農村部では人口減少に伴って檀家がいなくなっている。寺の修復工事をして寄付をお願いしたのだが、年寄りの生活がたいへん貧困化している実情を改めて知り、本堂はボロボロだが今度はやめようと話していた。地域の文化や伝統が消えてゆく。神社でも、神主が都市部の大きなお宮に出稼ぎに行っていたりする。
 
 仕方ないですまぬ 市が潰れる時に巨額ハコモノ 山銀はボロ儲け

 A
 下関の経済が崩壊している。しかも急速度に加速している。緊急事態だ。最大問題は雇用がない。07年から3年連続で新規求職者数が2万人規模になっている。13万人の就業者のうち2万人だ。下関で金が回らない。その根本は産業が衰退しており、商業にも、さまざまなサービス業にも金が回らない。これは「世界的に大不況なのだから仕方ない」「競争力がないものはつぶれても仕方がない」ではすまない。行政が何をしているかだ。農業、水産業、さまざまな製造業という産業が経済の基礎だ。産業を保護し、雇用をつくるのが行政の第一義的な仕事だ。
 D 中尾市政が市議会にはやし立てられてもっぱらすすめているのは新庁舎建設、駅前開発だ。下関がつぶれようかというときに、どうして市役所だけ新しい綺麗なものをつくるのかだ。市民を愚弄しすぎている。「なぜ山銀や安倍事務所しかもうけないような開発・箱物ばかりするのか」の怒りはひとしおだ。ここまで下関を破壊してきた政治の転換をさせないといけない。
  下関の場合、歴史的に見て以西漁業をはじめ水産業が最大の基幹産業だった。水産業とあわせて造船や鉄工が下関の経済を支える原動力になっていた。そのモノづくりで入ってくる現金収入が街全体の経済に回っていた。この基幹産業を時代遅れのように扱ってつぶれるに任せてきた。農業もあわせて産業をつぶしたら街はつぶれるということだ。
 80年代のバブル経済の風潮のなか、自民党林派が「マリンピアくろい」の使い込みや証券投資などで信漁連を食いつぶし、下関をはじめ全県の漁協をぶっつぶした。市長に江島潔、代議士に安倍晋三、林芳正が登場した90年代以後、下関の食いつぶしはひどいものになった。地場産業を保護する姿勢はなく、地元企業にはダンピングを強いて市外大手に大型の公共事業を分捕らせていく。大型店の出店はむしろ歓迎。下関の金を大都市に回していく。食いつぶし、略奪政治だった。
  結局やったのが不動産バブルだ。マンションや川中、新椋野の区画整理などバブルで架空の需要をクルクル回して、銀行だけがもうかる経済だ。新手の金融テクニックで躍り出た安倍派新興企業が中心のような経済になった。その新興企業もバブルで狂ったあげく大借金をして、これまたつぎつぎに倒産している。銀行は担保や保証をつけて貸し付けているだけで、損金処理しても人のカネなので痛くもかゆくもない。
  大型店も「時代の流れだ」とどんどん出てきて、小売店はなくなって市場も生産者も買いたたかれている。街から野菜屋や魚屋がなくなってしまった。勝山の青果市場にしても唐戸市場にしても機能しない。スーパーにやられてしまう。安売りといって結局生産者が買いたたかれる。
  人間社会の歴史で、農業・漁業など第一次産業を基本にした産業なしに成り立った社会はない。金融は何の富もつくり出さず、産業に寄生して成り立っている。産業の補佐役でしかない。金融立国というのが大間違いであり、それが人間社会をつぶしてしまう根源だ。「農漁業も国内産業も競争力がないからつぶれるのはしょうがない」というのは、そういう産業がつぶれるような社会制度、政治の方が問題なのだ。何をさておいても産業を保護し振興することが人間社会を維持することだ。行政が市場原理とか、競争原理とか、効率第一とか、投資効果とか、高利貸しのような考え方で染まっていることが、日本社会をつぶしている。政治、行政が産業保護に予算を回し、振興することに役割がある。
 競争力がないというのなら、農漁業に助成金を出すとか政治が動けばどうにでもできる。アメリカでもヨーロッパでも莫大な農業助成金を出している。あれだけ自由競争といっていたアメリカでもGMを国有化している時代だ。日本の大銀行も公的資金投入をした。日本の農業も国有化していいし、基幹産業に行政が雇用助成をしてもいい。
 銀行には国の金を出してどうして国のもととなっている産業に金を出さないのか、雇用をつくろうとしないのかだ。ここは考え方として、産業優先、働く者の雇用優先、金融は第二、という風に転換しなければならない。
 F 山銀が下関で威張っているがアメリカの金融資本にキューキューいわされている関係だ。投資信託をすすめて回って顧客に大損をさせている。農林中金はサブプライムローン証券で5兆円を焦げ付かせているが、山銀もその手でひねられているのだろう。山口銀行といっても、結局貸し先がなくなってしまってもうからなくなった。下関は食いつぶしてしまって融資できる企業はなくなり、北九州に出たり、もみじ銀行を傘下において広島に出稼ぎだ。産業がなければ銀行はないんだ。
  競争力といったとき最大の原因は円高だが、これもアメリカが85年のプラザ合意以来強制的にやらせている。菅政府が円高阻止で円売り介入をしたが、もっと大きな資金を動かしているヘッジファンドが円買いをやって円を引き下げる。円売りで買い込んだドルは、アメリカ国債を買い込む仕掛けになっている。日本政府が抱え込んでいるアメリカ国債は500兆〜600兆円になっているそうだ。日本の産業に金が回らない関係だ。競争力といっても自然競争ではなく、人為的なのだ。

 産業切捨ての転換急務 損得だけの異常市政

  「これが時の流れ、世界経済の流れだ」といってつぶすわけにはいかない。産業第一、働く場第一だ。考え方として政治として転換しないわけにいかないことだ。産業保護、雇用確保が市政としても国政としても第一だ。それが循環して経済が動く。働く市民がいるから税金が集まって、市役所も倒産せずにすむ。
  産業切り捨て、労働切り捨てを政治上から転換しなければいけない。江島、中尾市政でとくにひどい。そうなっている。市役所は「公共性」を捨てて「効率」しかいわなくなった。もうかるかもうからないかしかいわない。老人休養ホーム・満珠荘が大きな焦点だ。「赤字だから」という。「福祉の時代は終わった」というせめぎ合いの焦点にある。もうかるように民間委託にして料金も値上げするという。「年寄りのため」「市民のために」を切り捨てるシンボルだ。だから10万人署名を集めても聞く耳を持たない。農業も漁業もあらゆる産業も「競争力がないのが消えてしまうのは当然だ」というのに通じているからだ。
  区画整理でも結局、山銀が一番もうかる。金を貸して相手が倒れても担保や保証人をつけているから回収できる。地主が破産しても土地を巻き上げれば良いだけ。しかし山銀も目先の自分の損得第一で、地元の産業育成を投げ出して、投機にうつつを抜かしてきた結果、自分がダメになる。産業が衰退するから当然市役所の税収も減っていく。駅前の150億円の開発もそうだ。
  税金といえばすぐに差し押さえがくる事に市民は怒っている。猶予がほとんどない。ある野菜屋では、学校に納入した野菜の支払金を市が差し押さえたから、次の仕入れができなくて困っていた。「唯一の固定収入を差し押さえるからつぶれてしまう。つぶれたら税金も入らないのに…」と店主が話していた。
  ある市議が本会議で、「なぜ山銀ばかり市債を引き受けさせているのか」と一般質問したら、「山銀は街づくりのパートナーですから」と中尾市長が答えていた。パートナーで不動産バブルをやってきて、カネは市内に回ってこない。そんな政治を続けて、下関をぶっ壊してどうするのかだ。昔は行政が失対事業をやっていた。積極的な意味で例えば水産業は技術力とか人材とか潜在的な力を持っているから、そういうところに助成するとか、漁業でもボロボロの船で出かけている以東底引きなど助成するとか、水産加工関係も安いからと中国人ばかりにせずに、日本人を雇うように助成しても良いではないか。市民が一つも喜ばない200億円の庁舎など当然やめて、そっちをやるようにするべきだ。

 議会に働く者の代表を 汚れ議員一掃し

 B 行政が人を失業対策で雇って、高齢化した農作業に入ったり、山林の整備で働くようにしたらよいという本紙の主張は、農業関係者のなかで反響が大きい。農業は安い農産物価格と高い機械代や肥料代でまったく利益にならない。勤労奉仕状態だ。農業をつぶしたら国が成り立たない。必ず食料危機がくるからつぶすわけにはいかない。ここに若い労働力が入って農業を継承するには、行政が給与助成するほかはない。食糧安保だ。荒れた山林整備も必要だ。災害防止の国土保全だ。山の整備は漁業にも影響が大きい。山の栄養が流れて魚が育つ。そういうのこそ行政の仕事として人を雇ってやればいいのだ。そういうことをやらない政治を変える必要があるのだ。
  食料生産を維持するのは国として存立する根本条件だ。それもやれない為政者は終わりだ。どん詰まりであるが、これをやらなければ社会が持たない。
  関西の方から豊田町に来る農機具などの納入業者が「各県を回るが、山口県はとくにひどい。手にとるようにわかる」といっていたという。
  市議選だが、下関の崩壊に加速度が増している。大変な緊急事態にあるということだ。ここで下関を変え、政治の流れを変える大きなエネルギーがいるということだ。農漁業、製造業をはじめあらゆる経済部門で汗水流して働いている市民の力を、産業保護・振興、雇用確保、下関の経済立て直しで、世論を統一することだ。よく見ると、働く市民を代表している議員は一人もいない。みな自分を代表しているだけ、大きな力の下関つぶしの手伝いをしているだけだ。産業の位置、働く者の位置が本当に見えなくさせられている。実際に下関を支えているこの力を裏方から表に出すことだ。それは下関で最大の力を持っている。市議選はそのような市民の、市政の向きを変える迫力ある大衆運動をつくることが最大の問題だ。そして汚れ議員を落とし、働く市民代表をたくさん送り込むことだ。
 D 働く者の代表が議会にだれもいない。そして飼い猫議員どもが1000万も報酬をとって市民とは別世界で浮かれている。
 C 議員報酬を半額にしろの意見は強烈にある。下関市民の平均年収270万にしたら、市民の生活感覚に近づく。「日当でいい。それが嫌ならやめてしまえばいい」という意見もある。

 個別利権の構図は崩壊 新人を多数出す好機

  相変わらず議員の動きが目立たない。これは市民を相当に恐れているということだ。どこでも自分が有頂天になるばかりで市民のために何もしなかったといわれる。市民の目がきついし、誰もが相当怒られている。市民に調子を合わせる感覚もなくなっているようだ。出ている「しおり」も「元気・活力・情熱」とか、「レインボー・スローガン」とか完璧に時代遅れだ。化粧をして7枚もポーズを決めた写真を出して「誰よりもボクを愛す」姿勢を宣伝しているのもいる。前回の使い残しを配って四年間何も勉強しなかったことを宣伝するヤツもいる。
 F 安倍事務所、林事務所の秘書出身とか、市民代表ではなく議員専門職、議員生活者になっている。
  議員連中が市民を恐れているなかには、従来の個別利権でつながった構図が崩壊している。下関全体がつぶれているのだ。商店も買い物客がこないのは雇用がないからだという。下関のこの間の根本的な経済の構造を問題にしており、この抜本的な転換がいると考えている。個別利権でどうにかなるとは思っていない。議員どもにはこれがわからない。
  市議選では市政の向きを変える働く市民のパワーが求められている。それとかかわって「日共」集団の特徴を見ておく必要がある。かれらも「インチキだ」「汚れだ」の声がひじょうに強い。かれらの特徴は、江島、中尾市政の基本政策には議会では反対の手を挙げる(時には賛成もする)。しかし「保守系が多数なのでいかんともしがたい」という。これは芝居である。市民を貧乏にする金融中心のバブル政策には協力してきている。その協力の仕方は、そういう市民の大衆的な運動を分裂させ、つぶすことだ。満珠荘問題が象徴的だった。江原議員が前面に立って運動つぶしに動いた。
 下関の経済を破壊し、みんなを貧乏にさせる大きな政策には賛成する。貧乏な市民が増えたら市場拡大で、ほくそ笑む。生活保護や市営住宅を斡旋したりで票確保だ。「小さな親切」の格好で、大きな迷惑をやる。貧困ビジネスが正体なのだ。ゴミ袋値下げ署名でもこっちは10万人なのに、連中は7000しか集める力はない。政治的な影響力はまるでないのに五議席もあるのは、貧困ビジネスによるものだし、当局に福祉予算で飼われているのだ。
  安岡方面の国鉄出身の自治会長が「同じ職場だった日共議員が、“貧乏人の味方”というがインチキだ。生活保護をとってはその人をたぶらかして、日曜になったら赤旗を持たせて歩かせている。見ておれない。私たちが若いころに“労働貴族”という言葉があったが、日共議員こそ一番の労働貴族ではないか」と話していた。
  そういうのを突き破って、市政の流れを変えて市民全体のため産業振興・雇用確保のため、代表を送り出すような市民の世論と運動をどれだけ起こすかだ。現職議員はものすごく弱体化している。企業選挙とか組織選挙というが、それこそ雇用不安のなかで遅配やボーナスなしなどで、働く側が「世話になっている」と思わない者がふえている。新人がどーっととるチャンスだ。地縁、血縁、引きずり引っ張りの利権構図をぶっ飛ばして本当に市民代表を出さないといけない。


 

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