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市政・市民論  福田正義・社説集
            

下関、山口県の政治、経済、文化などの発展の側に立って、中小業者、婦人、農民など市民の生活要求をとりあげ、国政の具体的な実行としてあらわれる市政の反人民的な要素を批判する。
    
婦人解放のたたかい/不正腐敗をなくしよう/“女郎参拝”をやめよ
生き生きとした街にせよ/医師会一部幹部の誤り/対米従属の不
景気内閣/下関を盲腸にするな など全116編
   

        発行・長周新聞社  B6判 277頁 定価1600円


1955 年婦人解放のたたかい 

 婦人は青年とともに戦争の最大の犠牲者である。 戦後の民主主義運動の高まりによって、 婦人の民主的な権利は、 画期的に、 守られるようになったといわれている。
 ところが、 実際にはどうであろう? なるほど婦人は参政権を獲得した。 また、 若干の極端な婦人隷属の法律は改められた。 しかし、 現実には、 職場においても家庭においても、 婦人は少しも解放されていないばかりか、 二重三重の圧迫を加重されつつある。 戦後の労働運動が勝ち得たものは再軍備の道行きとともに奪い去られつつあるのだ。
 生理休暇が取られているのはわずかであるし、 それがあるところでも、 まことに意地悪い方法で実際には取れないようにしている。 産前産後の休暇、 授乳、 託児などでも、 まともな配慮がされているところはほとんどない。 それどころか、 長府の神鋼のように、 婦人は三十歳で停年になっているし、 結婚すれば首になることになっている。 結婚までの期間の小遣い稼ぎとして、 きわめて安い賃金で使う、 というのが、 たいていのところの建前である。
 男女同権ということは、 物質的基礎をもたないのでは何にもならない。 男女同一労働同一賃金の原則は、 どこでも守られてはいない。
 銀行、 会社というところだけでなく、 市役所、 官庁というようなところでも、 顔、 形のよいものを重役室や市長室へつけるということが、 端的に示しているように婦人を男の享楽の対象として見ていることは、 一般的になっている。 婦人が人間としてではなく、 婦人としてのみ使用価値があり、 婦人がその方法以外にまともな賃金の獲得ができにくいという事態こそ、 婦人に対する最大の侮ぶ蔑べつであり、 それが、 売春を公然と認めることと結びついているのである。
 流行、 モード、 八頭身、 ミス何何……という一連のものは、 すべて婦人を男の玩弄物がんろうぶつとして見ていることのあらわれであり、 戦後の婦人の服装のアメリカ的な華美化が実際には、 婦人の民主的権利がつぎからつぎへ剥奪はくだつされてゆくことと 並行してすすんでいることは注目されねばならない。
 婦人を真に解放してゆく道は、 婦人を男の享楽物として見る考え方とたたかうと同時に、 その生活上における物質的基礎をたたかいとることである。 このことは、 平和を守るたたかいとともに労働者階級の重要な課題の一つとして取り上げられねばならないし、 労働者階級を中心とするたたかいのみが、 それをなしうるであろう。


●不正腐敗をなくしよう

 一つの建物がたつ、 一つの空地がある……するとそのまわりにはそれにかかわりをもつ役人、 議員、 大ボス、 小ボス、 利権屋、 業者などが、 まるで砂糖にたかるアリのように集まり、 何かよいことをしようと、 ひしめきあう。
 それは政府から、 市町村にいたるまで、 例外はない。
 ひたいに汗を流したことのないやからが、 舌先三寸の手練手管で闇やみ取引に狂奔しているのである。 数十万、 数百万の金を投じて、 市町村の長・議員と名のつく席を争うのもそれに数倍する利益があるからこそであって、 まったく他意はないのである。 だから、 万事は 盃さかずき のやりとりの中で決まってしまい、 会議の議場は手続上のつけたりになっている。
 大事なことは、 これらすべてが今日、 生きてゆくだけで、 たとえようもない苦しい毎日を暮している、 まじめな、 ふつうの市民を食いものにしているということである。 善良な市民の犠牲の上に、 それは成り立っているということである。
 われわれは本号で、 市町村政の不正と腐敗を取り上げてみた。 これはほんの一部である。 根こそぎ明らかにしようとすれば、 数十頁を必要とするだろう。 それほど、 今日の市町村政は腐りきっているのである。 それが直接市民の目にふれないように、 臭いものにふたをしているだけのことである。
 利権あさりを中心に動いている以上、 平和のためにたたかいもしなければ、 独立のためにたたかいもしないし、 ましてや市民の生活の安定のためにもたたかわない。 政府の国民収奪の政策にも唯唯諾諾として従っている。
 われわれは、 このような状態を許すことはできない。 本紙は、 今後も、 機会あるごとに、 不正腐敗を仮借なく明るみにさらけ出すであろう。
 しかし、 何よりも重要なことは全県民が、 自治体の政治を監視しこのような腐敗と、 断固としてたたかうことである。 そのためには、 組織労働者は、 農民、 市民の諸組織と提携し、 広範な大衆の要求を取り上げて、 そのたたかいの先頭に立たねばならない。
 労働組合出身ならびに革新政党の議員は、 議会の内外でのたたかいで特別に重要な責任を負わされている。 議場における反市民的な政策の徹底的な暴露と大衆への報告を、 たゆむことなく、 妥協することなく、 選出母体への義務としてやらねばならない。


●母親は力を合わせつつある 

 多くの母親たちが、 今日おかれている状態は、 たとえようもない苦しみに満ちている。
 収入が少なく、 物価が高いという事情は、 それらのしわ寄せを、 いやおうなく、 一家の生計のきりもりをうけもっている母親におしかぶせている。 今日では、 収入を得るために、 非常に多数の母親たちは、 すべての家事の負担  食べることから着せること、 子供を育てることなどをおいつつ、 何がしかの収入を得るために、 会社、 工場につとめたり、 日雇いの臨時の仕事をやったり、 内職をやったりしている。
 これらの外で働く母親たちに、 必要な子供を預ける施設や、 授乳のために必要な配慮や、 健康を保持するために必要な産前産後の休暇や生理休暇など、 一般に、 母親を守るために必要な社会的な保障はまるでないか、 あっても非常に不十分であるかである。 とくに戦争で夫を失った多くの母親たちの、 子供を育てながら生きてゆく道はたとえようもなくけわしい。
 だから母親たちは、 朝は早くから夜遅くまで、 体を休めるいとまもなく、 その健康を 蝕むしば まれつつある。
 それにもかかわらず、 どうしようもなくおし寄せてくる生活の苦しみが、 しばしば母子心中というどんづまりの悲惨に母親をおいこんでいるのである。
 子供たちの健康を守り、 子供たちを強い、 教養豊かな、 文化的な成人に育て上げたいというのが、 すべての母親の心からの願いである。 しかし実際には、 子供に必要なだけ着せてやることもできず、 勉強を見てやることができず、 十分に学校へ行かせることができない状態、 いや多くの場合には十分に食べさせることすら困難な状態におかれているのだ。
 しかも、 物資の欠乏にあえぎ苦しみ、 空襲の中を子供をつれて逃げまどい、 多くのものが愛する子供や夫を奪い去られた、 あのいまわしい戦争の危機がまたしても身近に足音を立てている。
 また、 植民地的な退廃の中、 愚劣な映画、 ラジオ、 読物の中に子供はおかれており、 子供の将来に深い憂いをもたない母親はない。 日本母親大会は、 これらの状態を少しでも改めるために、 いまだかつて歴史にない全国的な母親の話し合いの場をつくった。
 母親の心が切ないことは、 子供が幸せでないことであり、 一家が幸せでないことでもある。 これらの母親の切ない叫びは、 貧困と栄養不良と病気から子供を守ることであり、 何にもまして平和を守ることである。
 今や山口県の母親たちは、 自分たちがおかれている状態について、 みんなで語り合おうとしている。 子供を健全に、 平和に、 幸福に育てることを阻んでいるものの原因を突きとめ、 母親全体に共通の要求を明らかにし、 よくない状態を取りのぞくために力を合わせようとしている。 それは子供たちの輝かしい未来のために、 大きな成果をもたらすであろう。


再軍備よりも健康を 

自殺者を扱った新聞記事の終りに、 非常にしばしば 「原因は病気を苦にしたものらしい」 というのがついている。 それは病気そのものがもたらす肉体的な苦痛に耐えかねたためのような印象を与える。 そうであろうか?
 病気は、 どのようなものであれ肉体的、 精神的な苦痛をともなわないものはない。 しかし問題は、 単にそれだけでなく、 いやそういうことをはるかにこえて、 経済的な破滅的な苦痛、 すなわち 「生活の苦」 と抜きさしならない関係でからみあっているところにある。
 迷信、 類似宗教のたぐいが、 人をとらえる中心点は、 例外なく病気である。 病気にかかるということは、 一家の経済生活に致命的打撃を与えられることであり、 それは不可抗力的なものとさえ思われるからである。 現代医学がどのように進歩しつつあろうと、 広範な人人にとって、 病気にならない状態をつくることで無縁であり、 病気になって治療することでも無縁に近い。
 すべての工場では、 例外なく労働強化の状態にある。 資本家たちは 「利潤を生み出す」 ことだけが目的で労働者を働かしている。 だから環境はまことに非衛生であるし、 肉体をすりへらすほど働かねばならない。 同一賃金で生産性を上げるために、 つまり資本家がより一層の利潤を上げるためには、 労働者が肉体を酷使して能率を高めるよりほかにはない。 これらのことが、 労働者の肉体をいちじるしく犯している。 中小企業になると、 それははなはだしい。 事務労働者、 教育労働者なども同じである。 農民の労働過重はいうまでもなく、 零細商人たちもまた、 今日でははなはだしい労働過重の状態にある。 それなしには生きてゆけないからだ。
 工場、 経営には、 今日では衛生管理者というのがおかれている。 しかしこれは全く形式的な存在で労働者の健康管理、 つまり働く環境を改め、 労働強化をふせぎ、 栄養の良好な状態を保つために何の力ももたされていない。
 健康を守るということの第一の問題は、 病気にならない状態をつくることである。 このために必要なことは、 何よりも今日 「生産性向上」 の名のもとに おし寄せてきている労働強化とたたかうことであり、職場の環境をよくすることであり、食えない賃金を食える賃金に代えることである。
 第二の問題は、 病気になった場合の社会保障である。 健康保険制度をよりよくしてゆくために、 労働者は医師とともに協力してゆくことが必要であり、 政府の企図している改悪計画をうち破らねばならない。 健康保険制度の中には、 労働者、 医師の間にいろいろの問題があり、 それらは必ず協力できるし、 それによって解決してゆくことができる。
 また現在、 健康保険をうけていない状態にある商人その他一般市民の中では、 国民健康保険の問題を日程にのせることが必要である。
 国民の健康の問題は、 その根を深く 蝕むしば みつつある非生産的再軍備政策とのたたかいなしには、 これを前進させることはできない。


“女郎参拝”をやめよ

 それがどんなに古くからの習わしであろうと、 人間と社会の前進のためによくないことは、 断固として改めねばならない。 われわれの社会は、 幾千、 幾万年の間そうして発展してきたはずである。
 先帝祭の“女郎参拝”が、 すでに四月一日から実施される売春防止法によって取り止めざるを得ない時期にきて、 今各方面で問題になっている。
 売春という野蛮で非人間的な奴隷制を廃止するためには、 明治以来多くの人人がたとえようのないねばり強さでたたかってきた。 それが実を結んで、 不完全ではあるが防止法となったのである。
 売春ということは、 良心あるものの認めることのできないことである。 貧しさのために、 婦人が身を売り、 再び浮かぶことのできない果てしもない泥沼の中で夜ごと日ごと肉体も心も切り刻んで生きているという事実を、 とくに婦人は同性に加えられている最大の屈辱として許すことはできない。 それがどこの片隅にせよ、 法で認められて存在することは、 実に、 その社会においては普通の男女関係においても、 女性が解放されていないことの証拠であり、 男女の関係が平等でないことの証拠であり、 女性が男性に対してまことにひどい形で従属的な位置にあることの証拠である。 そのことは、 たとえ自分がその位置にないとしても、 心うずく思いなしに見逃しておれることではない。
 売春防止法は、 業者と業者の金で動く政治家どもによって執拗しつように妨げられてきた。 それが実施される現在になっても、 たとえば山口、 防府では婦人相談員の実態調査を業者が拒否するというようなことが行われている。 それに対して世論が大きく抗議しないことはまことに残念なことである。
 同じことは下関の先帝祭で、 赤間宮の宮司水野氏のごときは、 了解を得るために警察にお百度を踏んでいるということである。 またこれを将来にわたって継続することを国法で認めさせようとして無形文化財に申請した団体すらがあるのである。 お祭り騒ぎと人間の尊厳とくに女性の解放に関する問題とを混同してはならない。 女郎参拝の継続を主張するものは、 水野氏にせよ誰にせよ、 自分の妻や娘をあの非人間的な世界に沈めることができるかどうかを自分の胸で確かめてからにするがよい。 先帝祭がどういう習わしであったにせよ、 何百年つづいてきたものであるにせよ、 またそれが下関の“名物”であるにせよ、 救われるあてのない世界に身を沈め、 今やっと解放の曙しよ光こうが見えはじめたどん底の女性たちを白昼さらしものにするような非人間的な習わしやお祭り騒ぎと、 全女性の運命をすりかえるようなことは断固としてやめなければならない。 それをなおも継続させようなどという試みは言語道断である。


都市計画に市民の世論を 

 空襲によって下関の街は焼き払われてしまった。 下関は古くからの港街として発展し、 びっしりと家並が詰まって、 それをクモの巣のように小さな道路や露路が結んでいた。 空襲はそれを一朝にして灰にし、 瓦が礫れきと化してしまったのである。 とくに、 古い歴史をもつ東部と、 東西を結ぶ中央部の問屋街の被害が最もひどく、 その立ち直りができないことが、 市全体としていちじるしく発展を阻害しているのである。 街が再建される場合、 交通量を考え、 火災の場合を考慮して、 十分に道路をとり空地をとることは当然であるが、 下関のように大小の山や丘があってその合い間の平地に家並が発展した街では、 現状のようなやり方ではいちじるしく家が少なくなり、 街は道路ばかりのような形になってしまう。
 試みに東部の中心街である唐戸、 赤間、 西之端、 田中あたりを見ても、 現在やや街はととのってきているが、 戦前にくらべたらほとんど何千軒という家を失った形になっている。 赤間、 西之端の商店の数を見ても、 田中町付近を見ても問題にならないほど家数は少ないのである。 したがって商店が少ないだけでなく住宅もいちじるしく不足し、 遠隔地に散在する形になっていて、 全くまとまりのない街になっているのである。
 下関を根本的に発展させるには貿易ということを考えねばならずそのためには、 中国、 朝鮮との国交の回復、 ソビエトとの経済交流が非常に重要な課題である。 現在のように鎖国的な状態におかれていたのでは、 基本的には発展の道はないのである。 したがって下関はこれらの国国との国交の回復、 経済交流の活発化のために全市的な規模での運動を起すことは第一義的に重要であることはいうまでもない。
 しかし、 それと同時に、 市街の建設計画が、 発展の遠い展望をもちつつ樹立されねばならない。 戦後の復興計画が、 一部のものの利権を中心にすすめられてきたという事情が、 下関の発展計画をいちじるしくゆがめているのである。 県会議員選挙にすら落選の憂き目を見た福田泰三氏が、 市長選挙で当選した事情の基本となったものは、 同氏が古い下関の出身であり下関の復興にキメの細かい配慮をするだろうという期待からであった。 しかしそれらの期待は、 事実上裏切られている。
 大胆な新しい都市建設のための市民の世論が結集されねばならない。 戦後何度となく出、 今また幸町から申請されている法福寺山の市街地化の意見なども、 都市繁栄策として積極的な意見であり、 もしこれが市当局によって取り上げられればきわめて簡単に実現するし、 それは街の様相をいちじるしく変化させるだろう。 重要なことは、 これらのことは、 単に市当局や市議会議員にだけ任されるのでなく、 広範な市民による世論によってすすめられることである。 自治振興会なども広く町民の意見を集めることが重要であり、 それらの意見が市当局ならびに市議会などに強く反映するようにされるべきである。

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