トップページへ戻る

市政動かす市民の力に確信
               下関 満珠荘の現地存続実現    2007年11月28日付

 下関市の老人休養ホーム満珠荘は、江島市長が今年4月1日から勝手に「休館」 し、解体「閉館」 の方向を進めていたが、存続を求める5万人の署名が集まるなど、高齢者の頑強な運動によって、26日に市長談話として現地で存続を発表した。12月議会で設計予算を組み、3月議会で改修の予算を組むとしている。同時に、宿泊や食堂をやめ、料金も値上げするという面があり、旧来の老人休養ホームとは別物にするのではないかとの問題もある。市政を動かした市民の力の勝利であることを確信するとともに、全面解決ではなく終わったわけではないとの世論が広がっている。
 下関市では10万3000人の署名を集めてゴミ袋値下げを実現させたが、その後も新博物館計画の撤回、あるかぽーと開発計画の撤回など、あいついで市民の運動が市政を動かしてきた。満珠荘の現地再開実現も、連続した市民の勝利につながるもので、「市民が運動すれば市政を動かせる」という確信を深めさせている。
 江島市長は26日の市長談話で、5万人の署名を意識して「多くの市民のみなさまが当該施設(満珠荘)を残してほしいという強い希望をお持ちであることを最大限尊重」したとのべた。しかし同時に、新施設は「入浴ができる日帰り」の「多世代交流施設」にするとしており、5万人の署名の趣旨とは違ったものにしようとしている。
 満珠荘の存続を求める利用者の会では「まず勝利だ。さらに今後、宿泊も食堂もあり、料金もこれまで通りの満珠荘を存続させる運動を強めていこう。市長の勝手にはさせない」と意気込みを強めている。

 存続署名急速に広がる 連続して要請行動も
 満珠荘の存続、早期再開にむけた署名活動が始まったのは、今年2月で、満珠荘の存続を求める利用者の会(世話人代表・古林マサコ、松崎恵美子)が中心になった。2月は市議会議員選挙が4日に投開票され、飼い犬議員に鉄槌を下し、江島市政に反対し市民派議員を議会に送り出そうという市民の運動が高揚したなかである。選挙直後の2月20日や27日にもたれた賛同者会議や市の担当課を呼んでの説明会では「市長や市職員は公僕であり、市民の望むことをやるのが仕事だ」などがあいついで強調された。
 「ペンギン館に22億円、犬猫安楽死施設に11億円、梶栗駅に5億6000万円。老人はペンギンや犬猫以下か」「市民が望むものは切り捨て、市民が望まないものには予算をつける」「市民運動で新博物館も撤回させた。あるかぽーとも廃案にさせた。文化会館建て替えも撤回させた。市民の望まない方向にいくならば、今回も市民の運動で撤回させる」などの発言があいついだ。
 署名は1カ月で1万人をこえ、3月末には2万3000人にのぼった。3月議会ではあるかぽーと議案が26対11の大差で否決された。利用者の会のメンバーも市内の商店主たちといっしょに市役所玄関前で横断幕を持って抗議行動をしたり、唐戸商店街をデモ行進したりし、「市民みんなが力をあわせて行動し、市民の要求を議会につきつけていけば市民の要求を実現できる」と確信を深めた。
 6月議会には3万人をこえる署名とともに、満珠荘の早期再開を求める請願書を提出し、市役所玄関で議員への要請行動を連続しておこなった。おりしも6月からは、市県民税が値上げされ、市役所前では7日から下関市民の会が抗議の座りこみをおこない、江島市長に出てきて説明するよう求め、広範な市民の支持を得た。利用者の会のメンバーも座りこみに参加し、満珠荘の署名を市民に訴えた。
 6月議会では、議員が一斉に「現地再開にこだわるな」と圧力を加えてきた。これに対し、利用者の会としては7月に38人全議員に対して「現地再開に賛成か、反対か」を問う公開質問状を送付し結果を公表した。署名は4万人をこえていたが「公開質問状に16人しか回答しなかった。少なすぎる。もう1段署名活動を広げ、議員にプレッシャーをかけよう」と、毎週土曜日に唐戸のカモンワーフで署名活動をおこなうとともに夏祭りなど各地区の催しやスーパー前、豊浦、豊田、菊川、豊北など旧豊浦郡4町にも出かけて行った。

 ”どこも同じ”と署名 訪れた観光客も
 真夏の暑い日も、小雨の日も風の強い日も休まずに満珠荘の存続を訴えていった。署名活動のなかで、「医療費も上げ、年金から所得税も取り、介護保険料も上げる。老人福祉は切り捨てる。満珠荘切り捨ては老人イジメ、老人福祉切り捨ての一環だ」「豊浦郡は合併してよかったことはなにもない。江島市長にだまされた」など、江島市長の市民切り捨て市政に対する共通した怒りが噴き出た。
 また、カモンワーフでは四国や関西、九州などから来た観光客も多くが快く署名し、「年寄りいじめはどこも同じ」「広島市長も市民のいうことは聞かないが下関も同じですか」「小泉、安倍政府で住みにくくなった」などと話し、全国どこでも同じ思いであることが伝わった。
 7月の参議院選挙では自民党が歴史的な惨敗を喫し、9月には安倍首相がぶざまな自滅をした。9月議会には、豊北町の母親たちが保育園の存続を求める請願、川中中の父母も教科型教室に反対する請願を提出した。満珠荘の利用者の会のメンバーも、これらの署名運動に協力し、力をあわせてきた。9月議会でも市役所玄関前で横断幕を持って抗議行動をおこなったが「民意がわからない安倍首相は自滅した。その子飼いの江島市長も同じ末路だ」と一段と力が入った。
 9月議会では、「コンクリートの状態は良好」との耐震診断結果が報告された。耐震診断は江島市長が「満珠荘閉館」の口実にしようとしたものであり、利用者の会では「市民の運動が追い詰めた成果だ」と喜び、運動にはずみをつけた。9月は各地の敬老会行事に出向き、署名を訴えた。下関市民会館と海峡メッセの敬老会では短時間で700人の署名が集まった。訴えると断る人はなく、「署名させてください」と寄ってくるなど、満珠荘の署名が全市的に広がっている確かな手応えがあった。
 メンバーの1人は「最初署名を始めたころは“満珠荘ってなんですか”という反応だったが、今では“ああ満珠荘ですね”とみんなに知れ渡った。年寄りだけでなく、若い人もみんなが署名をしてくれる」と確信を深めた。
 11月9日にはいきいき支援課に再開のため来年度予算をつけるように要請し、年末までに5万人を目標に署名活動に力を入れていたなかでの、26日の江島市長の現地再開発表であった。

 団結すれば必ず勝てる 9カ月で5万人署名
 約9カ月間で5万人の署名を集め、江島市長の「解体・閉館」方針を撤回させ、現地再開を実現させた。下関市の主人公は市民であり、安倍でも江島市長でもないこと、市民の要求することを実行するのが市長であり、市会議員であることを徹底的に貫いた。
 利用者の会のメンバーは「満珠荘をなんとしても存続しようと始めた運動が、市民の改革の意識と結びついて市政を変えていこうとなって広がっていった」「満珠荘も、医療も、年金も、ゴミ袋も根っこは一つだ。みんないっしょになってやっていけば勝てる」と語っている。
 江島市政を動かした力は江島市長の親分である安倍首相の内閣放り出しを余儀なくさせた、参議院選挙の自民党惨敗であらわれた全国的な力が、下関市民の世論と運動と連動した力となった。安倍氏も子分の江島市長も市民にごまをすらざるをえなくなった。
 また、利用者の会の主力は70代、80代であり、「老人パワー」の勝利でもある。この世代は戦争体験世代であり、戦前、戦中、戦後の苦難の中を生きてきて、現在のデタラメな社会に一様に怒っている世代である。8月には市役所ロビーで下関原爆被害者の会と下関市民の会とともに、原爆と下関空襲展のパネル展示もとりくんだ。「戦争で苦労し、戦後復興で苦労し、今またしぼられる。戦後日本はめちゃくちゃになってきた。日本はこれでいいのか」と歴史的な経験にもとづいた深い問題意識を持っている。
 「日共」の看板を掲げる市議などは、「議会の多数の支持を得るために、現地再開にこだわらない」などと説教してきた。しかし運動は、大衆が主人公になって市民の運動を強めること、その力によって議会を動かし、市長を動かすという方向に確信を持たせることとなった。
 利用者の会は、「江島市長がいう“入浴ができる日帰り施設”では、風呂屋と同じだ。そんな施設はだれも望んでいない。宿泊もでき、食堂もあり、料金も安い、今までどおりの老人のための施設を望んでいる。江島市長は、勝手に閉めたうえに、勝手に内容をかえて再開するというのは許せない。再開するなら、まず利用者に要望を聞いてから、どのような施設にするのか決めるべきだ」と、これまでの運動の勝利を確信するとともに、今後とも5万人の署名にこめられた市民の要求を実現していく姿勢である。

トップページへ戻る