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市長選にむけ市民運動活性化
下関市政巡る情勢・記者座談会
             江島市長打倒の世論が沸騰   2008年10月8日付

 来年3月の下関市長選まで残り6カ月をきった。安倍派議員などは対抗馬はなく無投票のようなことをいったりしているが、市民のなかではそんなことはない。満珠荘再開の署名を6万人集めても聞く耳がないという時期には、議員らが「無理だからあきらめろ」の大合唱だったが、「6万で聞かないなら10万を目指そう」と運動が活発化するのとともに、何が何でも江島市長を倒そうという機運が俄然盛り上がってきている。衆議院選挙とともに市長選を迎える中での、江島市政をめぐる情勢はどうなっているか。記者座談会を持って論議してみた。
  最近の特徴は市民が元気になっており、江島市政の暴走に負けずに行動しようという動きが強くなっていることだ。ちょっと様相が変わってきた。市民を激励しているのは、満珠荘再開を目指す署名運動だ。6万人の署名を提出しても聞く耳を持たないので、「それなら10万人を目指そう」と再び意欲的な行動がやられている。現在、7万3000人まで集約しており、あと2万7000人で到達だ。
  馬力が上がっているのだが、市民のところでは、市庁舎移転問題や、小・中学校の統廃合問題、郡部では合併でだまされさんざんな結果になっていることなど、江島市長をこのまま許すわけにはいかないというのが激しく語られている。市民運動を強めることが、対抗馬を押し出して市長選で江島市長を倒す力になるというのが強い共感になっている。市民は市長選が強い意識だ。
  利用者の会の総会騒ぎがあったが、あれが運動停滞の最終局面であり、活性化に向かう転換点だった。「日共」議員らから「6万人集めても江島市長は聞く耳がないのだからあきらめるほかない」「議会で多数をとることが重点であり、署名運動とか市役所前の抗議行動をやって議員を怒らせてはならない」というもので、この屁理屈が振りまかれるなかで、人人のなかではどんよりとした停滞感が広がっていた。かれらは代表世話人にも知らせず、勝手に総会開催を通知する葉書を賛同者に送りつけ、役員を変更しようとした。
  市民運動をやめて、議会に任せたら、永遠に議会多数派にはならない。満珠荘問題はあきらめさせる、終わりにするというものだった。だが賛同者たちは、このインチキを相手にせず、総会は流会になった。満珠荘の会は逆にやる気を強めて市民のなかにもっと広範に訴えて10万人署名を目指そうと動き始めた。市民の会は市内中で宣伝カーを走らせ、本紙も号外を4万枚ほど市内にまいて宣伝した。これは非常に大きな共感を呼んでいった。
  高齢者は懸命に街頭で署名をお願いしている。それに、市民が惜しみなく協力している。シーモール駅前や、各地のスーパー前、また自治会や職場など、署名簿がいろんな所を回り始めた。10枚、20枚と預かって署名を取り組む人が次次に現れている。

 小中学校統廃合 教育切捨てに怒り噴出
  下関では今、すごい規模での市民の行動がある。小・中学校の統廃合計画で市教委が各地で説明会を開いてきたが、どこでも父母や地域の人たちがすごい批判をぶつけている。市庁舎移転問題でも、各地で説明会をやってきたが、どこも収拾がつかないほどの批判が噴き上がっている。説明する市の職員は頭を抱える状態だ。
  学校統廃合は今、市内全域で大問題になっている。父母や自治会、地域が本気で動き始めている。77校あるのを55校にまで減らして、財政を効率化するのが狙いだ。これは全国でも前例がなく、文科省の政策を先取りしたものだ。地元説明会はどこでも紛糾していた。学校がなくなると地域の様相が一変するのは明らかで、市街地に“限界集落”をつくるつもりなのかと危機感を持っている関係者は多い。
  各校区で「うちの学校を残してもらいたい」という意見は多いわけだが、全市内が同じ状況だ。みんなが同じようにいっている。地図にコンパスで円を描いて「歩いて通えます」といっているのが「チーム江島」傘下の市教委で下関の事を知らない天下り教育長が偉そうにディベート(論争)したがる。子どものことを考えていないから、説明を聞かされれば聞かされるほど父母らはイラついている。
  江島市政の側は、つぶす学校と残す学校の関係者同士を分断し対立させようという作戦だ。父母や住民の側も、自分の学校を残してくれというだけではダメだという論議が強まっている。ここで全市内、全学校の共通の問題で、全体が団結してこの計画を撤回させるという方向性がいると思う。
  説明を聞けば聞くほど、教育予算を削減するだけのためにやっている。下関の子どもたちの教育をどう良くするかという説明はまったくない。また学校をつぶしたらその地域はどうなるかも知ったことではないという態度だ。そういう反教育的な計画は白紙撤回させて、下関の教育をどう良くするかという論議をやる、そういう大運動をやる必要がある。そういう趣旨の全市的に共通な署名運動をやりたいという声が強い。
  統廃合の対象でない地域でも、学校予算や教育の切り捨てにたいする怒りはうっ積している。現状ではトイレットペーパー代やコピー代まで父母負担だし、運動会の狼煙や障害走の備品なども、どうやって費用を捻出するか各学校は相当に悩んでいる。よその市から異動してきた管理職などは、ビックリして戸惑っている。玄関が壊れていたある学校では、市教委に頼んでもいっこうに修理してくれないので、父兄が金を出してアスファルトを修理した。見かねた地域の関係者らが運動会に寄付を持って行くと、「学校が受け取ってはならない」と市教委が通達を出しており、断らないといけないようになっている。「地域と学校を切り離す気だ」と、住民側は怒っている。教育予算は出さないくせに「断れ」と命令だけしている。「それなら予算をちゃんと出すべきだ」「箱物をあれほどやっているのに、どうなっているのか!」と語られている。
  母親たちが運動して犬猫が利用するような給食のアルマイト食器を改善させたのだが、トイレも壊れたものが放置されっ放しだった。草刈りは校長らがやっているけれど、草刈り機が壊れても修理代は出ないし買ってもらえないので、昨年は校長が自腹で購入し、今年は教頭が自腹でもう1台を購入して、運動会前にせっせと草を刈っていた学校もあった。市民がさんざん運動しないと改善されないものなのか。学校とは別だが市内の公園も破損遊具がビニールシートや縄でグルグル巻きにされて、使用禁止のまま放置されているのが目立つ。これも予算がつかないから、撤去もできず、新しい遊具を設置することもできない状態だ。ゴーストタウンではあるまいし、市外から来た人からは「下関市はひどいですね…」と驚かれる。
  年寄りは長生きすると国賊扱いだが、子どもたちも金食い虫の厄介者という扱いだ。それが下関を衰退させている。

 新市庁舎移転・建設 白紙撤回の署名開始へ
  新市庁舎の移転・建設も、デタラメが過ぎる。これも、白紙撤回を求める全市的な署名運動が始まろうとしている。移転・建設して良いか悪いかの話を抜きにして、「場所をどこにしますか?」とアンケートをやった。江島市長のトリックだ。市民同士を争わせようというものだ。しかし反発は強くて、説明会をやると旧市内では、手が付けられないくらい騒然となった。意見としては「場所をどこにしてくれ」というものではなく、「箱物やめろ!」がほとんどだ。
  教育予算などはカネがないの一本槍ではねつけながらなにが200億円かといっている。市民生活を守る方に予算は回して、無駄遣いをやめろと。現庁舎を修理して使えばよいし、施設が足りないなら余っている施設を使えば十分だ。合併した旧町役場は総合支所となっているががらがらではないかと。建て替える必要はないし、白紙撤回すべきだという声がほとんどだ。合併特例債といっても借金が積み上がるだけだし、いまどき世界的な金融恐慌になって国家財政もどうなるかわからない中で、何が箱物かとみなが思っている。
  だいたい勝山の候補地では住民が「来ないで」と嫌がっている。閑静な住宅街にローンで家を建てたのに、いきなり1000人規模の市庁舎が移転してくるというのだから、話が違うと。旧郡部などで「場所が近い」という声も一部あるが、むしろ支所機能を充実させる方が先だと話になっている。四町を切り捨てて浮いた予算が新庁舎の箱物予算に回るというのでは、決して納得されない。
  1番大きな問題は中心市街地をスクラップにしてしまうことだ。下関をさんざんに衰退させ、人口は減るばかりなのに、人が少ない山側の勝山に市庁舎を持って行き、その地域を再開発する。市民にとって必要のないことをやる。これを「焼き畑農業と一緒」という人もいる。都市計画のビジョンはなくて市庁舎移転をやる。デタラメだ。
  「海峡の街」ということで“海峡サミット”をやったり、イスタンブールに海外出張に出かけたりしてきたが、今度は「防災の街」にするといい始めた。今の市庁舎は自衛隊のヘリポートにするということらしい。
  下関は関門海峡があって、経済も政治も文化も、独特の歴史の発展をしてきた。こんな下関の歴史や実情を覆すのだから、下関にとっては大問題だ。小・中学校もそうだが、明治維新以後の百数十年、地域と共に歩んだ歴史を持つ学校だ。そういうものを簡単に覆そうというのが江島市長だ。本当に軽薄で横着な男だと思う。
  市庁舎移転・建設計画の白紙撤回を求める行動が唐戸や中心市街地を中心に盛り上がろうとしている。10月末に集会がもたれることになっている。「5〜6人の野党議員を集めただけでは仕方がない。保守系会派も縛り付けていくような全市民的な動きにしないとダメだ」と話題になっている。自治会関係者や商店主などが連携しながら取り組みが進んでいる。野党議員主導で不景気な片隅の運動でお茶をにごすようなことではやる気にならない。全市民的な大運動にするのならやろうという雰囲気だ。保守系の議員を白紙撤回するように縛り付けるような運動でないといけないと話になっている。
  市庁舎移転は議会の3分の2の同意が必要なので、14人の議員が反対したら否決になる。江島市長がゴリ押しをはかると、たいてい飼い猫議会は諸手を挙げて賛成してきたわけだが、全市民的な世論にさらされたら下手に動けない関係だ。あるかぽーと計画などがそうだったように、保守会派を縛り付けるような運動をしないといけない。党派を超えてガンガンやってきたのがゴミ袋値下げ運動であったし、満珠荘存続運動であるし、10万とか7万とかの署名がいっきに市民の協力で集まる関係だ。

 市長選に強い意欲 選挙も市民の運動が力
  市民の運動や行動が強まる過程でみなが元気になって、市長選への意欲が語られている。あちこちで「対抗馬を出そう」の話が出てきた。市長選は対抗馬の動きを封じ込んで無投票かという流れだったが、「やろうじゃないか!」の雰囲気が強まっている。全市的に熱狂的な運動になるような気配だ。選挙を勝つには、市民運動が決定的だといっている。それが満珠荘10万人署名への大きな共感であるし、学校統廃合の白紙撤回、新市庁舎建設計画の白紙撤回などでもそれぞれ10万から20万規模を目指すような大署名運動が展開する状況になったら、市長選での江島市長打倒の現実的な力になる。
  前回2005年の市長選は、有料ゴミ袋値下げを求めた10万人署名運動が市民運動を牽引し、盛り上がるなかでおこなわれた。母親たちの給食食器改善を求める運動などもやられ、市民運動の力で公開討論会を開催するまで威力を発揮した。選挙では、松原候補(連合)が後乗りで登場して票を割った結果、現職が辛うじて当選したわけだが、得票率19%まで追い込んだ。中尾氏との票差は僅か2500票で、松原氏に流れた2万7000票を合わせたら、はるかに反江島票が多かったわけだ。その後の市議選でも反江島の世論がうねりになって、保守系会派のボス連中が複数落選するという波乱も起きた。選挙も市民運動が原動力だ。
  今度はこれまで敵の側は議員など使ってあきらめさせようというシカケだったが、崩れてきた。これには運動側の力とともに、情勢の激変が大きく作用している。アメリカの金融危機勃発で世界大恐慌が始まった。国内政治も大変動して、総選挙も先延ばしになった。自民党も解散もできないしズルズル支持率も落ちるし泡を食っている。それは下関の政治支配の構造にも相当に反映する。衆議院山口四区は安倍代議士の独り勝ちといっているが、自民党がこれほど崩れると激変が起こる可能性が大きくなる。
  江島市政を打倒するといった場合、これを無理矢理市長の座につけたのは安倍事務所であり、公明党・創価学会、連合下関だ。なにがあっても安倍派、江島支持でやってきた。そして議会がオール与党で群れをなして江島支持をやり、反市民をやる政治構造になっている。これを爆砕しなければ下関の政治はどうにもならない。
  安倍氏も選挙が先延ばしになるほど、江島市長を抱えたら火の粉を浴びる要素が大きくなる。
  「創価学会についていうことはタブー」みたいなのがあるが、市民はみんながいっている。江島市長の前回得票数のうち、3分の1にあたる約1万5000票は創価学会票だろう。江島――創価学会ラインが麻痺したら3万票になって落選するしかない。創価学会の下の方も、最近は学会に払う会費が高くて貧乏人はきついのだと話題にもなっている。どうして貧乏人を苦しめる江島市長のようなものの選挙に熱を上げるのかとみな思っている。
  信仰の自由はいいのだけど、神様のお告げで政治活動をやられたらかなわない。どうしておたくの神様は貧乏人をいじめる江島市長や安倍代議士と仲がいいのかだ。市民の中では「金をくれるところの選挙をやっているのだ」というのが定説になっている。
  公明党の某市議が「前回の選挙で江島を推したが、今回は反江島が強くて困っている。どう理由をつけて江島支持に(学会員を)もっていくか考えている」と漏らしていたのだと某所で話題になっていた。どんな「Q&A」方式の説明資料をつくって信者の認識統一をするのだろうか。
  市長選とあわせて衆議院選もあるが、市民運動がどこまで発展するかで様相はめまぐるしく変わってくるだろう。伊藤一長市長が銃殺されたあとの長崎市長選では3日で市民が推す現職課長が勝利するということがあった。早く名乗りを上げて潰される事も考えられるが、それまでに市民運動をガンガン押しまくって状況をつくっておけば、やれる。決定的なことは市民の運動だ。満珠荘再開の署名運動、市庁舎移転計画の白紙撤回、小・中学校統廃合計画の白紙撤回、それらの運動を軸に、さまざまな問題で市民の運動を一気に広げることが衆議院選も市長選も決定的な力になる。

 全市民の運動合流へ 重要な市民の会の役割
  市民運動を起こすとき、市民の会が大きな役割を果たす。市民の会が、特定の議員の支援団体という狭いものではなく政党政派、思想信条をこえて全市民の利益を守る広い立場で、市民の大衆的な運動の先頭に立って、反市民的な江島市政を変えていくということで確固とする必要がある。ゴミ運動がそうだったし、満珠荘運動もそうやってきた。保守系議員の支持基盤の人たちも頼りにして、保守系議員を縛るような運動をつくるのに貢献するようでないと江島市政を変える力にならない。
 最近、兵頭議員が市民の会の会長をしているのはその面から良くないというので、自ら会長職を辞して一理事として役立つようにするとなった。市民が江島市長を打倒して市民生活を守るために役立つ議員であり、市民を代表した市民の会から監督を受け、市民派議員として役に立つという位置づけを再度鮮明にしたことは非常に大事だ。そういう意味で3000人もが投票して議員にしたのだ。市民の会がそういう方向を鮮明にさせたのは市民の運動を活性化させることになる。
 市民が運動を起こすといっても、チラシをつくったり署名用紙をつくったり、さまざまな実務をともなう。市民の会がさまざまな市民の運動要求にたいして、それに成り代わるのではなく、そういうことを手助けしていく、そういうものが必要だ。小さい団体の狭い利益ではなく、私心を捨てて人民に奉仕する思想で団結出来るすべてのものが団結するというものだ。それは非常に貴重な存在だ。

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