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   <狙撃兵> 龍馬に媚びるチンドン屋        2009年11月18日付

 NHKの大河ドラマが来年『龍馬伝』というので、「龍馬の第二のふるさと下関」などといってドラマに取り入れるよう、中尾市長を筆頭にして騒いでいる。これに下関の「文化人」が旗を振り、「下関きっての文化人」といわれる古川薫氏などが、「明治維新の一番人気は坂本龍馬」といったというので、東行庵のある吉田とか、高杉晋作終焉の地の新地など、「何をバカいっているのか」とひんしゅくを買っている。
 薩長同盟は龍馬がやったようなことをいう。同盟したのは長州と薩摩である。長州では俗論政府を武力で打倒して倒幕体制をつくったこと、これに直接刺激され呼応した薩摩で島津久光の公武合体路線を覆して討幕派が実権を握ったこと、それが同盟の根拠である。高杉と西郷が主役なのだ。
 龍馬は勝海舟の弟子でもあり、討幕派ともまじわるが、結局は徳川温存の公武合体路線をすすんだ。薩長盟約書の仲介者の署名はしたが、薩長の倒幕同盟とは対抗したのだ。龍馬は開明派ではあっただろうが、倒幕だろうが日本が植民地になろうがどうでも良く、自分が海運業で海外貿易をやって商売をやることが主眼であった。この姿は、小泉、安倍元首相に代表される植民地従属下のグローバリズムという最近の流行にそっくりなのだ。それが、龍馬を明治維新のヒーローとして取り立てたのがライシャワーらアメリカであったゆえんであり、NHKが新撰組や篤姫につづいて明治維新否定・徳川美化で取り上げるゆえんである。
 龍馬は司馬遼太郎の作り話で有名になった。司馬自体、題名を「竜馬がゆく」と「龍」を「竜」と変えて「史実ではない」という弁解の用意をしている。鹿児島の古い商家では、「亀山社中は薩摩の商人が金を出してやらせていただけ」といわれ、長崎では「海援隊はならず者集団で龍馬はヤクザの親分だった」と嫌われている。高知でも龍馬は姉からも「土佐勤王党の裏切り者」といわれていた有様で存在感は乏しい。
 下関は明治維新における全国最大の拠点であった。だから龍馬も商売のうまみを求めて下関にきたのだ。下関の「文化人」がNHKごときのイカサマ・ドラマのチンドン屋をやって、やすやすと下関の歴史を投げ出すところに、下関の文化的荒廃があり、全国の笑いものになる要因がある。
                                      那須三八郎

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