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<狙撃兵> 安倍派トリオ討死かどうか   2009年2月27日付

 下関市の江島市長はあがきにあがいて告示前2週間になって無念の出馬断念を発表し、市民は快哉を送った。安倍代議士にしかられたとか、衆議院選挙に転出するとか、逮捕されるのだとか憶測が飛んでいる。はっきりしていることは、低調選挙にして棄権票を増やし、投票される江島批判票を3分割するなど七転八倒したが、当選の見込みがなくなったのである。親分がやめろといったとしても、その力関係を判断してのことであって、中尾氏をかついで江島市長を倒すという市民の力に逆らえなかったのである。
 江島市長退場後にとりのこされた友田、香川、中尾の3つどもえ戦で市民はどう対応すればよいか。安倍派は、3つの陣営にみな議員などを配置し、3陣営の集中コントロール態勢をとっている。「3日前の安倍派」とすれば、側近の友田支持が常識だが、余りにも評判が悪いとなったら香川、それもダメとなれば勝ち馬乗りで中尾という選択もないことはない。だれが市長になっても子分にできるのだ。しかしそれでは、安倍派の現職の市長、議員3人を討ち死にさせて安倍派としてはみっともない話にはなる。
 中尾選挙は矛盾に満ちている。市民に押されてようやく政策を発表した。これは市民が歓迎する内容である。しかし選挙態勢を見ると、安倍派、林派をはじめ市議会オール与党各派がダンゴになって占拠し、自民党与党色を漂わせている。10万人署名を2度やった主体である市民交流センターとあいかわらず対立姿勢をとるなど、市民の力で選挙をしているのではないという印象を与える力が作用している。それは市民に縛られるのを嫌い、市民を追い散らして自爆を仕掛けていることであり、それでも崩れなかったら市民の力の上に自民党や各派が便乗するというコースである。
 中尾氏をかついで江島市長を引きずり下ろした市民の力は、中尾陣営に指導されて発揮したのではない。市民みんなが自分たちで自由に考えて発揮した力である。安倍派は3つの選対はコントロールできても市民はコントロールできない。この市民の力は、安倍派トリオを討ち死にさせて、中尾氏に政策を約束させそれを実行させていくという方向で動いている。中尾選対が安倍・林派にコントロールされるとしてもそれは一つの面であり、他面で市民の側が縛り付けて言うことを聞かせていく力を示すのがもっとも大事なのだ。
                                        那須三八郎

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