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  <狙撃兵>  「エリート」の低学力            2009年11月9日付

 暴れる生徒の要因として、九九や分数でつまずいた、読み書きができないなどの学力の問題が明らかになってきた。しかし「成績のいい子」の低学力も問題になっている。高校、大学を卒業していざ職場に入ったら、使い物にならないという声が渦巻いている。「勉強ができない子」とせりあう基準ではなく、社会的な基準、昔の基準から見たら、いまの「できる子」も低学力なのである。
 山口県庁に東大出身がいるが、用地交渉などの能力がなく出世コースを外れていたりで、採用の際に学閥は当てにならないといわれている。北九州の製鉄などでも新卒者の特徴として、マニュアルしかわからず応用がきかない者が増えているといわれる。医療の世界でも、マニュアルに当てはめるだけで、患者の実際を全体として把握して対処できず、応用がきかない若い医者が増えているという。
 官僚や大企業のエリートがハーバード大学など外国に留学するが、外国人と対話ができずに部屋にこもっているのが多いという。英語はしゃべれても、しゃべる中身、問題意識が乏しいのである。下関市役所の部長に天下りしてくる30歳前後の中央省庁の役人たちも、対話力の欠如などで破たんする例がある。医学部に生物を習っていない学生が入っていたり、経済学部に数学のわからぬ学生が入っていたりする。大学では、学生の低学力が深刻な問題になっている。頂上が低くなっていることが裾野の低学力を広げているのだ。
 20年ほど前までは、日本の教育は世界1のレベルといわれてきた。400年ほど前にザビエルが日本に布教に来たときも、「日本人の知的レベルは高いので優秀な宣教師を送れ」と本国に書き送ったといわれる。この20年あまりの教育改革で、「優秀なエリート作りのためにバカは切り捨てる」と漢字の読めない首相などが旗をふってきたが実際は優秀なものをなくすものであった。無惨な低学力、バカ民族づくりがされてきたのである。これは民族の危機であり、教育の立て直しは民族の未来をかけた大問題である。このような学校の変貌が隠されてきたが、広く社会的な世論にすることが教育立て直しの出発点である。
                                      那須三八郎

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