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  <狙撃兵>  市民に嫌われると議員になれる?     2007年1月17日付

 下関市議選挙の告示が10日ほどに迫っているが、変わった選挙になっている。「江島市政を打倒して市民の生活を守ろう」という訴えは多くの市民の世論となって盛り上がっている。しかし議員のほとんどがいまになっても、市民の前にあらわれてこない。議員になってなにをしたいのか、人前でいうことがなにもないかのようである。
 選挙のしおりを見ると、「燃える闘志と実行力」とか「夢のある下関」「この街を活かす」「燃える志」「心の通う下関」など、意味のないことをかいて、スターのようなポーズを決めている。自殺や餓死、孤独死にさらされる市民感覚とは異次元の世界で、時代遅れもかなりのものといわなければならない。市民の役に立つ用意はないが議員にはなりたいわけである。「市民のための議会」などというのは「改革」されてしまって、「時代遅れ」といわんばかりである。
 そしてかなりの者が、安倍総理と握手していたり、安倍、林芳正の両氏と握手している写真をのせている。ちなみに林氏や江島市長とだけ写った写真をのせたものはほとんどない。江島市長は市民に嫌われ、当選の見込みなどなかったところ、安倍代議士が乗り込んでかろうじて当選した。そして自分を嫌った市民には制裁政治をやり、安倍縁故企業の利権事業を強行しようとしたり、安倍総理が防衛庁を省に昇格させたら、お祝いの垂れ幕を下げる。市民に嫌われることをすることによって、安倍総理にほめられる関係にあるわけである。
 議員のなかにも、市民に嫌われることをやればやるほど、安倍、林派に見込まれ、サンデンや神鋼、三菱、JRなどの利権あさり企業に抱えられて議員になれるという、江島市長型の特別なタイプができあがって、市長・議会の腐れ縁を結んできた。しかしそれで大船に乗った気になるのは早すぎるというものである。三菱、サンデン、JRの企業代表は前回のきなみ最下位から4位内であった。人は企業ににらまれたらやっていけないというのは一面であるが、企業をもうけさせているのにさんざん痛めつけられているという恨みがもう一面であって、そう単純に言いなりにはなっていないのである。
 その他大勢の議員にしても、「僕らの議会」ではなく「市議会の議員」になりたいのなら、人目を避けた暗がりでゴソゴソ選挙するのではなくて、人前に出てきて、なにをやりたいのか、考えていなければいまから考えて、大きな声で語ってほしいものである。
                                            那須三八郎

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