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  <狙撃兵>    死に神がとりついた内閣           2007年5月30日付

  「なんとか還元水」とかいってテレンパレンやってきた松岡農相が首をつって死ぬという事件が起きた。政治資金の不正支出問題や林道建設などをめぐる官製談合などを追及されるさなかである。大臣に上り詰めた現職閣僚が自殺する例は過去なかった。自殺したとなると死人に口なしで、疑惑の追及をできなくさせる。本人にとっては死んでお詫びをしたことになり、その疑惑を認めたことになる。参議院選挙を前にした自民党と安倍内閣のために自分が汚名をかぶったまま、命も捨ててご奉公したのであろうか。自民党の大臣になるような者が、殿様のために切腹をするような人物であるとは、国民にとっては信じがたい話である。
 ところが「死人に口なし」はさらにつづいており、その翌日には松岡農相がらみの緑資源機構のボスがマンションから転落死をし、10日前には松岡農相の地元秘書が首つりで死んでいた。みな死んでしまえば疑惑追及どころではない。しかし、現職閣僚とその関係者が次次に死んで盛り立てるような気色の悪い内閣というのは、さっさと辞職してくれとみなが思うのはもう1面である。長崎の伊藤市長銃殺といい、安倍内閣になってから政治がらみの死人が多い。死に神がとりついた内閣なのか」とみんなは思わざるをえない。
 政治家もさることながら、日本ではこの10年近く自殺者が3万人をこえている。自殺としてカウントされてない者もおり、10年で総計すると4、50万人ほどが自殺していることになる。安倍首相は「戦後レジュームの脱却」といって「戦争レジューム」へのやり変えを急いで、自衛隊の海外派遣を本来任務にし、アメリカを攻撃する国には武力行使をするといい、憲法を改定すると息巻いている。戦争をやれ」という側はでっかい利権が入ってホクホクものだが、戦争に行かされる者は「死んでこい」といわれるに等しい。死に神」政治にとりつかれているのは国民である。
 先の戦争で、日本国民は320万人もが虫けらのごとく殺された。戦地では餓死や病気、内地でも原爆や空襲などで無惨に殺された。安倍首相はこれをもういっぺん繰り返そうというのである。殺される側にとって、殺されるのをじっと黙って待っているわけにはいかない。日本民族は虫けらではないのだ。
                                        那須三八郎

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