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  <狙撃兵> 中学生相手に対テロ戦争?         2010年7月21日付

 下関で中学生の逮捕が相次いでいる。もみ合いになって教師のポケットを破ったら警察が乗り込み鑑別所に送られた。高校進学も断ち切られる。「たったそれだけで」というと、「いや前からいろいろあって」という。はじめに逮捕したいという動機があって、逮捕の口実ができたことをうかがわせている。夏休みを前にした予防拘束とみる見方が強い。学校で陰謀がやられる。世の中はウソだらけだが、学校だけは正しいことが正しいと通るのが、せめてもの期待である。
 「ビンラディンをかくまっているから敵だ」といって武力攻撃をはじめたのがブッシュだった。そして武力攻撃をやればやるほどタリバンが力を増し、にっちもさっちもいかなくなって、オバマと現地司令官がもめる有様となった。下関の中学校はまるでアフガンみたいだ。対テロ戦争の戦場のようだ。暴れる生徒は敵だ、だから警察が乗り込んで武力鎮圧をする。そして学校不信が強まってもっと荒れる。善か悪か、自由か規制か、敵か味方か、といって後先を考えずに戦争をはじめたブッシュの単細胞・新自由主義の脳ミソとそっくりだ。
 暴れるから逮捕する。それは教育には関係のない警察の論理だ。暴れているならなぜ暴れているか、それを理解し、導くのが教育の常識である。しかし理解できないし、それ以上に理解しようとしない。子どもの現実の理解の上に教育があるのではなく、雲の上の為政者の都合に学校と子どもをあわせろというのだ。
 子どもたちが、できないことをできるようになり、乱暴だったのが優しい子になる。日日変化し、成長、発展すると見なければ教育にならないのも常識だ。子どもたちは、さまざまな家庭環境があり、学校生活があり、社会生活がある。このなかで、矛盾と葛藤をともなって変化し成長している。「できない子は永遠にできない子」「悪い奴は永遠に悪い奴」という、数量の変化だけで質の変化を認めぬ石頭が教育と相容れないのも常識だ。
 下関は安倍元首相の地元であり、2年前から文科省のエラい課長が下界に下りて教育長をしている。安倍氏は去年の選挙で「教育の現場はよくなりました」と自慢して回った。安倍内閣が教育基本法や教員免許法、さらに少年法の改定をやったからである。そういえば「教育の安倍」「イデオロギーの安倍」だった。そして子ども相手の対テロ戦争がはじまって、学校現場の荒れは断然ひどくなった。
                                         那須三八郎
 

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