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  <狙撃兵 放射能よりひどい政治災害        2011年11月23日付

 原発の爆発事故に見舞われた福島県では、放射能被曝によって髪が抜ける人も死んだ人もいないが、生活の見通しが立たないために一家離散となったりうつ病や要介護状態になったり早死にする人がふえている。放射能災害よりはるかに、それに対応する政治経済災害の方が深刻にあらわれている。放射能被曝でガンになるのは数十年先であるが、食べることができなければ数十日で死んでしまうのが人間である。
 被災者が元の町に帰ろうにも、仕事がなく店がなく病院もなく学校もない。人間はみんなが助けあい相互に依存しあって生活しているのであり、一人では生活できないのだ。放射能除染もさることながら、崩壊した地域共同体を再建するのがますます困難になる事態が進行している。そしてみんなが疲れ果て、あきらめて土地を二束三文で手放すのを待つという意図が明確に働いている。
 地域生活の再建は産業の再建からしかあり得ない。その土地で農業をやり、漁業をやり、物を生産する。生産活動が基本になって流通があり、地域社会全体が形成されていく関係である。しかし牛の出荷をはじめたら稲わら汚染の風評被害、コメの安全宣言をしたらセシウム汚染米の騒ぎ。検査されて安全と評価されても、売れないし、買いたたかれて経営にならない。食べ物ではない工業製品までも放射能汚染といって返品されている。政府やメディアはおもしろ半分に騒ぐだけで、地域生活をどう守るかの関心はない。
 問題は政府が日本の農漁業はつぶすという政治をやっているのである。民主党野田政府は大震災を、関税撤廃のTPPをやり、外来資本がこの地を奪い取って新しい商売をするチャンスと見なしている。とくに福島県内の放射能汚染物質だけではなく日本中の原発敷地にたまっている核廃棄物、さらにアジアに輸出しようという原発から出る核廃棄物の処分場、核のゴミ捨て場にするというのが当初からの意図である。
 日本の政府というものが、国民の生活を守るためにあるのではなく、国益など知ったことではないという一握りの恥知らずな財界と、強欲なアメリカの利益のためにあるという現実を嫌というほど見せつけられている。
                                   那須三八郎

 
 

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