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  〈狙撃兵〉   裁判されるのは検察、裁判所          2008年1月23日付

 伊藤一長前長崎市長が選挙中に銃殺された事件を巡る裁判が始まった。この公判で裁判を受けるのは銃殺犯だけではない。弁護士もさることながら、検察、裁判所がどういう振舞をするか人人はその対応に対して審判を下すことになる。
 「事件は個人的動機の衝動的なものであった」という説明を、そのまま信じるわけにはいかない。暴力でメシを食うことを職業とする暴力団の組長が、カネにならない人殺しをするわけがない。さらに、たくさんの人人に迷惑をかける選挙中に殺すというのは、個人的動機などではなく、伊藤市政を転覆することを目的としたとしか説明がつかない。殺し屋を雇った背後勢力はだれかということが第一の問題である。それは原爆投下者アメリカの犯罪を公然と批判したり、大型店の出店などを規制して地方自治を守ったりする市政を嫌がる勢力であることははっきりしているし、アメリカのブッシュ政府を旦那とあがめたて、日本民族の魂を失った勢力であり、殺し屋を雇うカネを使える勢力であることは明らかである。このような謀略的なテロ事件は、松川事件や下山事件など、戦後の日本では珍しいことではない。
 事件は平和や民主主義に挑戦した政治テロである。このような日本で起きた政治テロで、あれだけ「対テロ戦争だ」と警備体制や軍備増強、米軍再編などで大騒ぎをしてきた連中がまったく騒がない。「あっちのテロはけしからんが、こっちのテロはいい」といわんばかりである。警察や検察、裁判所、マスコミなど音無しの構え一辺倒である。それは彼らの「飼い主」がかかわったテロ事件なのだろうと思わざるをえなくさせる。
 真相はどうなっているのか。長崎には当時、安倍政府の防衛大臣で鼻息の荒かった久間代議士がおり、真相を聞いてみたいものだ。久間氏は「原爆はしょうがない」発言で首になり、いまや防衛予算のつかみどりとかの話で落ち目になっている。しかし真相を知らないほどの小物ではなかろうし、そうでなければ知っていて知らぬふりをしているとしか、下下の目には映らない。この事件で人人から審判されているのは、検察や裁判所などの権力側である。公正か飼い犬かである。
                                           那須三八郎

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