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  <狙撃兵 政治の新自由主義改革の姿       2011年7月6日付

 復興大臣になった松本龍が横柄な言動をして被災民の怒りを買い、あわをくって辞任した。大震災という非常時に直面して、民主党であれ自民党であれ、政治家の劣化、政治のひどい無能ぶりを暴露している。どの方向を向いた政治であれ、大衆の心をとらえ、大衆を動かしてこそ政治となる。この意志と能力がまるでなく、メディアが操作した「支持率」に一喜一憂するのが当節の「政治家」の姿である。
 福島原発事故は東電に買収された御用政治家、御用官僚、御用学者、御用メディアの勢揃いぶりを暴露した。政治家は万事アメリカと財界が喜ぶことをやるのであって、国民を代表するという格好すらできない者が威張りくさってはびこるところとなった。これは戦後の、アメリカの意向にそいさえすれば自分の地位が守れるという売国政治の産物であり、近年では中曽根、小泉に代表される「政治の新自由主義改革」の産物である。「政治の自由化」で、国益とか国民のためとか政治家の社会的使命とかはどうでもよくて、自分が地位を得て金を儲ける「政治家商売の自由」なのだ。それが中央、地方政治にはびこっている。
 こうして大震災の復興は進まない。大臣、政治家も復興会議も、復興をやるというのに、現場がどうなっているかを知ろうともしないから、どうすればよいかが出てくるわけがない。菅などは「再生エネルギーへの転換」などとはしゃぎながら玄海原発の再稼働を画策しているが、その前にある現実の解決すべき問題は福島原発の収束であり、十数万人の原発災害避難民をどう元に戻すかである。津波被災地も国は私権制限はするが、どう復興させるかの動きは4カ月もたつのにまるで見えない。「漁業特区」などと財界の要求の方しか見ていないからだ。
 政治がアメリカと財界の金儲けの道具となって、国益とも国民とも無縁なものになっている。それは官僚もメディアも同じで、横着なばかりで大震災復興の能力はなく、統治能力をすっかり失っていることを暴露している。国は当てにならず、国民自らが行動する以外にない。
 
                                       那須三八郎

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