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         狙撃兵 衆院選挙でどう行動するか  2003年10月30日付                                 

 衆議院選挙が公示となった。各党ともに大して違いのない政策で、メディアは「政権選択の選挙」などとはやし立てている。小泉内閣は改革を叫び、自衛隊の戦地派遣など憲法で定めた戦後の日本政治のありようを覆す大胆な政治をやってきたが、一度も総選挙の洗礼を受けてはいなかった。主権在民といってきたが、国の政治を決める上で選挙は大して役を果たさなくなっているのである。憲法は破ってしまって、現実にあわないから改定するといい、それでも民主主義というのである。政治家はメディアの機嫌は気にするが、国民そのものに頭を下げるのではなくなってしまった。政治はきわめてごう慢かつ凶暴であるが、国民のところを離れた空中遊泳選挙と化している。
 選挙は、小泉をはじめ各党首がタレントもどきのイメージ作戦で、国民の要求を聞いてそれを代表するという格好すらもなくなり、メディアが主導の選挙となった。候補も2代目、3代目の世襲しか立つこともできなくなって、戦前どころか明治維新もさかのぼって、「侍の子は侍、百姓の子は百姓」といった身分制の徳川時代に逆戻りしてしまった。
 自民党は世代交代が目玉だというので、中曽根、宮沢、野中といった戦中派の年寄りが首になり、または腹を切った。中曽根などは「戦後政治の総決算」といって、レーガンと結んで日本を不沈空母にするといい、現在につづくグローバル化、規制緩和、行政改革の先鞭をつけたが、その結果ご当人そのものが「総決算」される羽目となった。
 しかし政治家は若ければよいというものではない。下関市政などを見ると、安倍晋三、林芳正の代議士がうしろにひかえ、市長は江島潔と40代トリオでやってきたが、「若ければいいだろう」というのは大間違いで、人情や郷土愛などクソ食らえ、アメリカに喜ばれることが自分の喜びといった調子で、全国まれに見るデタラメ市政になっているのは若手政治のモデルといえる。
 40代前後には、池田小学校事件を起こしたり、女児をつぎつぎに殺したビデオマニアとか、下関駅に車を突っこませて無差別に斬り殺したりの、戦前派には想像を絶するひどいのが出ている。小泉をはじめ気安く憲法改定を叫び、イラク派兵を叫んでいるが、どだい「戦中派は古くてダサイ」という「自分勝手坊っちゃん」の戦後教育に染まった「戦争を知らない子どもたち」がいっているのである。アメリカ仕込みの2代目、3代目が国政をもてあそび、やたらアメリカばかりを崇拝してアジアやアラブの国国にケンカを売り、国民には耐乏と忍従を押しつけながら無謀な戦争に引きこむというのでは、かつての日本軍国主義の犯罪の犠牲となった国国に相手にされるわけがなく、日本国民にとってもたまったものではない。それは池田小事件どころの犯罪ではない。
 このようななかで、大衆はどうするか。武力参戦、憲法改悪へすすむ売国反動の道をすすむ方向に大恥をかかせ、独立平和の道をすすめる人民の世論と運動を強める以外にない。選挙の機会にそのような大衆の力を強めることである。
             那須三八郎

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