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  <狙撃兵> 市場原理主義経営の破産          2011年4月25日付

 東京電力福島第1原発は収拾のめどが立たない。東京電力もメーカーのGEや東芝、日立も政府・保安院も原発学者も原子力をコントロールする能力がなかったことを暴露している。大地震や大津波を想定外とするデタラメ設計で、事故が起きたときの住民避難や放射能防御などの対応策もなく、起きうる事故を収束する準備も能力もなかった。
 そして半径40〜50`にもわたる住民に強制立ち退き命令をするような未曾有の被害をもたらし、東電の原発の総建設費用に匹敵するような損害をつくった。このなかで1950年代にアメリカの代理人になって原子力を持ち込んだ正力松太郎や中曽根康弘の弟子である読売新聞とか与謝野馨などが、経団連会長の米倉などとともに、なおも原発しかないなどといっている。原子力を管理する能力がないことが現実に証明されているのに、それを承認も反省もせずに突っ走る精神構造が現在の大災害をもたらしており、さらにひどい災害を引き起こすのである。
 今度の原発事故は、生産原理否定の市場原理主義経営の破産を証明している。金融自由化とつながった電力自由化によって、コスト万能、金もうけ一本槍で社会的な責任とか安全は二の次でやってきたことの浅はかさを示している。記者会見する東電や保安院、解説する専門家は右往左往するばかりでさっぱり要領を得ない。政治家や政府要員は金で買われ、専門家学者もメディアも買収されて東電に都合の悪い本当のことをいわない。行政も「費用対効果が一番」などといって国民の生命や財産を守るのは二の次になった。
 かれらに共通するのは原発の現場を知らないことである。現場を知っているのは下請の作業員である。生産の原理を否定し目先のコスト欲を追いかけて、東電が吹っ飛ぶほどのコスト高になってしまった。生産労働がまともでなければ、株主も経営者も金融機関ももうけることはできないという根本原理を否定した結果である。
 そういう転倒した社会構造は、アメリカが指図した小泉・竹中改革としてつくられた。アメリカのヘッジファンドを先兵とする金融投機経済が支配するなかで、製造企業は目先の株価至上主義で追い立てられ、生産を担う労働者は原発下請労働者に象徴される非正規の奴隷労働を強いられ、大きな労災事故があいついでいる。日本の立て直しは、市場原理主義なる金融支配による社会攪乱の延長ではなく、農林漁業を基本とする生産立国路線でなければならない。震災で示された日本民族のたくましさは働く者のたくましさである。
                                            那須三八郎

 

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