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  <狙撃兵 つぎの原発大事故の準備          2011年7月1日付
 福島原発事故を受けて全国的に「原発はやめろ」の声が圧倒するなかで、菅政府は九州電力の玄海原発を全国の原発再稼働の突破口にしようとしている。海江田経済産業相が佐賀県に行き、古川佐賀県知事は容認の姿勢を示した。玄海町長と佐賀県知事が容認するのは金が入るからであり、それ以外に理由はない。被害を受ける一部分だけを買収することによって大多数を犠牲にするのが原発政治である。
 「原発の安全は政府が保証する」といったというが、自民党政府につづく民主党政府には原発の安全を保証する意思も能力もないことを暴露したのが福島原発事故である。メルトダウンして信用をなくしているのは政府である。事故の収束も検証も安全基準のめどもなく、避難住民が古里に帰るめどもない。つまり原子力に対して手に負えない姿をさらしながら、なんの反省もせずに「保証する」という恥を知らぬ神経が大事故をひきおこす要因なのだ。
 「津波対策は十分にしている」という。しかし福島原発の電源喪失は地震による送電線鉄塔の倒壊によるものだった。さらに津波より先に地震による配管破断・冷却水喪失によるメルトダウンという専門家の指摘もある。ドイツではテロ攻撃による原発破壊の危険性が脱原発の理由になった。朝鮮、中国との軍事緊張を強めるなかで、一番近い玄海原発が戦争の標的になるのも「想定外」ではない。
 福島原発事故の巨額の損害額は、結局は電気料金と税金で被害を被った側の国民がかぶり大被害を与えた東電の側が被害者のような顔をして救済される。大事故をやっても電力会社はつぶされず、事故の損害は国民に転嫁するから「原発は一番安いエネルギー」と今もいいつづけ、図に乗って「原発を止めたら停電にする」などと脅す。
 中曽根から小泉そして菅まで、アメリカかぶれの新自由主義改革をやってきたが、国民にとっては首吊りの自由で、大企業にとってはボロ儲けの自由だった。東電に責任をとらせないことが、連続した原発大事故を準備することになる。
                                   那須三八郎

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