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学校5日制 教科書改訂 子供を愚民にする政策 
教え子を殺させるな 人民教育同盟教師座談会
                                        2002年5月16日 5752号


 多くの批判の声のなかを、学校週完全5日制がこの4月から実施されている。人民教育同盟の小・中学校の教師のかたがたに集まってもらい、学校5日制がはじまって1カ月たち、学校はどういう実態になっているのか、子ども、教師、父母の実情と問題意識はどうなっているかなど語ってもらうことにした。そこでは教育課程が変わって教科書がどのように変わっているのかの問題もあり、子どもに教える教科内容がどう変化しているのかについても出しあってもらった。そこにはどういう問題があるのか、教師はそれをどう見て、どうしていけばよいか、論議してもらった。

月曜は疲れて登校、生活の乱れ顕著

 司会 現場の実情から出していただきたい。
  土、日が2日つづけて休みになり、また連休も重なって、子どもの生活リズムの崩れが顕著に出ている。とくに休み中に規則正しい生活をしていない。夜更かし、ゲームづけ、マンガづけになるということが出ている。他方では、6年生になるとサッカー、野球、バレーなどのスポ少にかかわっている子が多いが、この子たちが休み中ずっと練習して、疲れてあらわれてくる。スポ少の練習は歯止めがなくなっている。それで休み明けの月曜日、火曜日はなまあくびをする子や体調不良を訴える子が多く、ぜん息の発作が出たりで5月最初の連休の翌日は4人が欠席。保健室に行く子もいて、ひじょうにきびしかった。これは、慣れれば解消するという問題ではない。
 つぎに、これまでは月曜日から金曜日まで週5回あった職朝(教職員の朝の会議)が週3回にへり、子どもたちのようすを出しあったり、学校のなかで教職員が認識を一致させて物事にあたるという機会が5分の3にへった。これをとりもどすために、同学年会や研究推進委員会、生徒指導の会議というのが、どうしても放課後、昼休み、中間タイムになってしまう。教職員自体がバタバタして落ち着かないので、当然、子どもが落ち着くわけがない。学校全体が騒然とした状態になっている。
 また、4月、5月は学校行事が多い月で、たとえば保健行事(目・歯・耳の検査)、そして家庭訪問、参観日、PTA総会、新入生を迎える会があるというなかで、授業時間の確保自体がむずかしくなっている。「ゆとり」などは全然ない。

父母の中でも危機感広がる

 家庭訪問に行くと、親から「教科書がカタログのようになっている」といわれる。教科の内容は3割へり、「教科書は薄っぺらであり、授業時間が少ないように思うが、それでいいのだろうか」という不安が出される。どうしても土、日は子どもたちは勉強しないし、そうかといって塾にやる金のない人がふえている。ひじょうに生活が貧困化している。親は、土、日は仕事で家にいないし、平日でも接する機会が少なくて勉強を見てやれないから、どんな子どもに育っていくのかひじょうに心配されている。
 親の圧倒的な意見としては、子どもたちには人の気持ちがわかって、集団のなかで役に立てる人間になってほしい、そういう力を学校生活のなかでつけてほしいといわれる。だが学校生活が少なくなり、集団で行動する機会が少なくなって、子どもは個個の家庭にまかせるという形で放り出された感じがする。友だちや仲間への意識というものが地域からも学校からも薄れていって、これでほんとうにいいのだろうかと、危機意識が語られている。
  授業時間をいままでと同じにしようと、朝にスキルタイム(漢字や計算の練習の時間、15分)を入れたために、1時間目と2時間目のあいだの休み時間が5分に、いままで20分とっていた中間タイムが15分になった。午前中がきりきり舞いの状態で、一休みするはずの昼休みにノートを見ないといけないという状況で、先生たちとあわなくなったし、休み時間に職員室におりてコーヒーを飲みながら子どもたちのようすを話しあうことがしづらくなった。子どもたちにも、「きょうは天気がいいから運動場に出なさい」というのだが、出たとたんに、「キンコンカンコン」とチャイムが鳴って、「早く入りなさい」と大騒動する状態だ。ゆっくり座って子どもと話す余裕がなくなった、これでいいのか、と教師のなかで話されている。
 「やっぱり土曜日が必要だね。週のなかでやり残したこともゆっくりできたし」という声は多い。やり残しができないために、放課後も子どもたちを残して、行事の仕事をさせたりしている。
 教科書について見ると、国語は社会見学の要請文の書き方、たとえば日付や宛名をどう書くかや、どういうことをぬかさずに書くか、また1分間スピーチの仕方など、実用的なもの、社会人のハウツーもののような内容ばかりで、物語文をじっくり読んで考えるということがない。とくに登場人物の気持ちを考えるとか、その場の情景を目の前に思い浮かべるなどということがひじょうに少なくなっており、「話し方、書き方」というこまかいものばかりで、深まらないままつぎへつぎへといく。教師のなかでは「これが国語の教科書か」と話されている。
 社会(6年生・歴史)は、時間数がへった関係か、これまであった最初の旧石器時代や縄文時代の部分がとばされて、いきなり「日本のあけぼの」・弥生時代の米づくりからはじまっている。そのつぎには突然「奈良の大仏」が出てくる。歴史がどのように発展してきたかという流れが全然つかめない、ひじょうに単発的なものになっている。「教えようという意欲をなくすような教科書だね」と話されている。
 教え子の中学生たちは、美術や音楽などが週1時間しかない(行事が入るとそれもなくなる)のがいやだ、あれが楽しみなのに、という。小学校では、体育がへらされていることが子どもたちにはひじょうに不満で、「体育しよう、体育しよう」と訴えてくる。体がうずうずしているようだ。

過密時間で内容薄まる授業

  同僚と、「はじまってみておかしいことがわかってきた」と話している。印象としては、時間割が迫ってきていつもせき立てられている。授業内容についても、小学校2年生の担任だが、国語は文章の読解をさせることが大事なのにそれがじっくりやれない。算数も、学年がひとつ下がっている感じだが、やさしくしたらいいというもんじゃない。理科も、全然理科的ではなく、実験をして結果がどうなったかから法則を見つけていくとか、自然界の現象を観察して原因を考えるということがない。
 父兄懇談会では、親からかなり意見が出た。「土曜日は親が仕事でいないから見れない」「いてもだらだらするのはいっしょだが、休み癖がついてしまう」。あるお母さんは「社会に出たときに一生懸命働けない。なまけ者になる。いったいだれが5日制を考えたのか」といわれた。不満がどっと感じられた。家庭訪問である父親が「学校の質が下がった。こんなんじゃ社会に出て役に立たない」と怒っておられた。新採指導教員として退職教師が来られているが、「“1人1人をたいせつに”といういい方をするようになってからおかしくなった。子どもたちが幼稚化してきた」といわれている。
  月曜日たんびに、子どもたちのテンションがガタっと下がる。水曜日ぐらいに上向きになって、木・金は好調で過ごしているのに、月曜日になると気持ちが落ちこむ。連休明けには「連休疲れを表に出さない」ことが1日の目あてになってしまった。

崩される教科の本質 ハウツー本となった教科書 考えさせぬ内容
  中学校の教師がいちばん心配するのは教科書で、教科の本質が全部崩されてしまったという。たとえば、国語の教科書を見ると、ニュースをコンパクトにまとめて伝える、「調べて報告しよう」というレポートの書き方、「仲間と討論しよう」というディベートなどが出ている。文学教材を読みこむ、考えるということがなくなっている。かつては「美しい日本語の担い手をつくろう」というのが国語教育の目標だったが、「これでは日本語にならない」という意見が出ている。言語というのは人間がものを思考するうえで重要であるが、それができなくなったらどうなるのか、と。
 社会科でいえば、地理にはほとんど力を入れていない。世界で3つの国(アメリカ、中国、ドイツ)、日本では3つの県(東京、山形、福岡)しか教えない。一方では「国際人をつくる」というが、やるのはそれだけでいったいどうなるのか。他民族の文化や風俗習慣が全然わからんような人間ができるのではないかと話されている。
 音楽や美術の時間は1時間もない。「心の教育」といって文部省は冊子まで出したが、情操教育をひじょうに軽視し、これではどうにもならない。
 また、5日制になると学校の行事をへらすしかない。つまり中学校の場合は1、2、3年がいっしょに活動するとか1つの学年全体がまとまってやるとか、ようするに集団的な行動はほとんど行事でやるのだが、それがへって子どもを集団的に育てることがむずかしくなる。他方で、部活が加熱しているところに、5日制になって土、日もしゃかりきで練習し、日曜日には足をひきずって帰るという状況がある。いま中学校では「精魂こめてやれるのは部活だけ」といわれるほどだ。
 月曜日からの授業は細切れの内容で興味がわかず、そっちには気がむかない。それで中学校では、高校入試があるということもあって、低学力になる恐れがあるから、土曜日に子どもを集めて教科の授業をやるというような動きが出はじめている。すでに「5日制はやめてくれ」という声が出ており、10年もつづけていたら「子どもはバカになる」「学校は学校でなくなる」といわれている。
 親のところでは、あの教科書を見たら子どもがかわいそうになるという。そして「先生、“蛍の光、窓の雪”でしょう」という。つまり、貧乏人の子でも苦学して一生懸命勉強し、立派な人間になって社会の役に立つ、これが日本人の美徳と考えていた。だが、これからは貧乏人は塾に行けるわけでもないし、結局教育が受けられなくなる。これでは日本の将来はないじゃないか、と。

図画体育音楽は授業数も減

  5日制にともなって授業時間の確保のために、家庭訪問がなくなっている。いまでさえ子どもの全生活を教師が知らない状況があるのに、家庭訪問がなくなれば子どもを教育できなくなる。
 ほかの人からも出ていたが、教科書が物事をやりこなす道具になっている。とくに国語がそうなっている。実用面ばかりが強調されていけばどうなるか。文学作品がなくなって、人の気持ちがわかるとか、読みながら心が洗われるという作品がなくなっている。図画、体育、音楽の時間が削られたが、あそこで子どものほんとうの姿が見えるし、子どもを思想面から育てていくことができるのに、それがなくなってしまうと、子どもたちは中身のない、すっからかんの人間になってしまうのではないか。
 ある校長は、いま子どもの状況を見て、「日本語がちゃんとしゃべれない子がひじょうにふえてきた。日本語というのは物事を考える基準であり、人と人とがまじわえる基本であるし、人の気持ちが理解できる、自分のいいたいことを主張できる、そういうことができる基本である。ここがなくなっていくということは、日本の将来はどうなっていくのか、たいへん心配だ」といっていた。全校読書の時間をもうけ、全国でシーンとして教師も子どもたちも読書をしながら日本語になじんでいくとりくみをしている。そうでもしなければ子どもたちはだめになる、といっていた。もう1つは、子どもたちの体力も低下してきているという問題がある。
  小学校でも英語教育をやれといわれるようになって、週3時間、英語の授業を受けないかと学校に話がきたが、断った。市内のそれを受けた学校には、わざわざ英語教員を派遣してくる。これは植民地教育というか、アメリカ的な頭にするのかなと、ちょっと不安になってくる。
  子どもの力を総合的にのばしていくことが破壊されている。これまでは1つの教科でこういう力をつけようというめあてがあったが、このたびの指導要領では細切れに○○という力をつけるとしてたくさんの項目を上げている。T・Tといって、1つのクラスを2人の教師で教えるという場合、1人の教師はメモ帳をもってひたすら黙ってチェックしていく。あるときこれをやれといわれれば、それだけをする、というような人間をつくっている。
 教員の配置が変則的になっているが、中学校の場合、美術・音楽・技術の専門教師がいない学校もある。とくに、小規模学校では生徒数が少ないから2校を兼任している。音楽の教師が美術を教えたりしているところもある。
 E 小学校では、教師が学年で集まって子どもの状況について共通理解をはかろうと思ったら夜の7時からでないと会議がもてない、中学校では夜10時半にならないと帰れない、という状況になっている。
  新学期になって、土、日はほとんど教師が学校にきている。

どんな子にする気か 文科省のめざす子供像

 司会 学校5日制でどういう子どもをつくろうとしているのか、概括してみるとどうなるだろうか。子どもを育てるというとき、知育・徳育・体育の全面から育てるというが、新指導要領では体育はしない、徳育は音楽・美術・国語など情操面をひじょうにいいかげんにする、以前は「知育偏重」といわれていたが、今度は知育もだめになる。
  だから、まず感性はみがかれない。人の気持ちがわからない。また、筋道立てて物事を考えることができない。社会科を見ると、世界のことがわからない視野の狭い子になる。そういうなかでは、上から出されてきたものに忠実に従う、目前的にやりこなすというようになり、子どもの社会観、世界観、人生観に重大な影響をおよぼす。正しい判断力や批判力、自分で物事を考える力や創造性、その判断にもとづいて自分の力で行動するということができなくなる。戦前にしても、天皇中心の皇国史観で「神の国」とだましていったが、同じような批判力のない人間になる。
 ある戦争体験者は「植民地教育だ」という。「わしらも戦前、“満州”に行ったとき、そういう政策をとった。現地を占領したら、日本語を話させたり、必要なものからまず教える。現地の人間を使い、報告させたりするのに便利なように教育する。それがこの調子だ」と。だから植民地教育だという。
  しきりに同僚がいうのは、文が書けない、漢字が書けない、字をきちんと書くことすらできていない。子どもの側からいっても、いいたいことがいえていない。また計算ができない子がふえている。そして衝動的に行動したり、自分の感情があわなかったら突発的に泣いたりと、子どもたちの荒れもひどくなっている。
  努力して1つの作品を読みきるとか、実験も苦労して結果を出すとかではなく、ダイジェスト版でことをすませるという傾向がある。6年生の理科で酸素をつくる実験があるが、二酸化マンガンとオキシドールを入れて化合してやっていたのが、その過程を省いて酸素ボンベでやれとなっている。水の中で酸素ボンベをぶくぶくさせて酸素をとって、それで実験をすればいいと。それはやらないと教員のなかでは決めたが。文学書でも2、3行のあらすじの書いてあるマニュアル本を覚えて、その文学を読んだ気になっている。
 以前、算数ではそろばんをしていたが、いま5年生、6年生は電卓だ。概算をまず自分でやって、正しい答えを電卓で確認する。それで、高学年の子になると極論が出てくる。計算も電卓があるから、漢字もパソコンで入力すれば出てくるから、電卓とパソコンさえあれば社会に通用するという。ものすごい合理主義で、労力を使わずに結果だけを求める傾向が強くなっている。
  理科の教科書を見ると、「酸とはリトマス試験紙の色を変えます」という調子で書いてある。結局、イオン結合がなくなり、化学式も覚えるしかない。なぜそうなるのかという元の部分がなくなっているから、思考をしない子がふえる。棒暗記ばかりしていたら、知識を習得する意欲もなくなるだろう。
  美術でも、最近の子どもは人物画が描けないと多くの教師がいう。マンガチックなものはかけるが、人間というものがどういうつくりで血液がどう流れているかをとらえながら、相手がなにを考えているのかを考えながら、それを表現するという力が身についていない。だから、6年生になっても肩から手が出た絵があったりする。ものを見ながら、観察しながら深く考えて、本質を見きわめていくという方向が弱くなっている。
  戦争体験者は「愚民化教育が戦争の道をつくった」というが、いまがそのものになっている。文部省が「個性重視」の新学力観をうち出したのが10年まえ。「知育偏重が子どもの荒廃を生み出している」といって、「ゆとり」をうち出してきた。その結果「子ども天国」になって荒廃はいっそうひどくなり、いまや知育そのものも崩れて、低学力が大きな問題になっている。

荒廃促す「ゆとり」 加担する日教組中央


 編集部 福田正義主幹は2・26事件の年のコラムで、いまごろ「知育偏重はいけない」という声が為政者の側からいわれているが、それほど日本人は学識が高いか、まったく逆ではないか、といっている。この知育偏重というのは「軍部あたりが提唱しはじめた」と指摘しているが、支配階級というものは「いざ戦争へ」となったとき、愚民化させようとするし、黙って戦場に行けという。そこがいまも似ていると思う。
 テレビやマンガ、雑誌などの俗悪さもふくめて、自然に腐敗しているというのでなく、腐敗させ、バカをつくるというのが意図的な政策としてやられている。それが大リーグじゃないが、アメリカが優秀で日本民族は劣等という意識と結びついてつくられている。
 この間「ゆとり」とか「個性重視」といってきたが、それは二極構造崩壊以後の「自由・民主・人権」の流れの教育版として出てきている。「自由と民主社会のため」と叫ぶアメリカの戦争に日本の若者を参戦させていく政治がすすめられているが、いまの文科省の方向は、そのような戦争政治に対応している。社会状況にたいする批判力がなく、気づいたときには、戦場に立たされ、人殺しをやり、肉弾になっていく、そうした「安上がりで命知らずの兵隊」にしようとするものではないか。
 「学校はたいへんになっている」と教育だけで見るのではなく、社会全体の動きと関連させて見ていくことが必要ではないか。いまや教えている子どもたちが戦場に送られ殺されるところへきている。そこで教師はどうするかが迫られていると思う。
 アメリカの戦争の肉弾の道か、それに無批判で送り出されていく子どもか。そうではなく判断力をもって、そういうものにたちむかって平和の担い手になる子どもか。教師自身が、大多数の勤労人民と団結して戦争を阻止するたたかいを担うこと、そして力のある平和の担い手を育てることが求められている。
  かつての戦争の痛恨の経験から、戦後、日教組運動は「教え子をふたたび戦場に送らない」ということから出発し、50年代には各地の米軍基地撤去斗争でも日教組の旗がひるがえらないところはないほどの状況になった。中心はやはり、日本の独立・平和・繁栄をめざし、その担い手となる子どもを育てる教育をすることだったと思う。
 そこへ、60年の「安保」斗争後から、子どもの教育を中心にせずに、教師の賃金や待遇改善中心の経済主義がはびこり、主流になっていく。10年ぐらいまえの新学力観が出たころになると、日教組中央は「文部省とのパートナー」を主張し、日教組の教育運動を支えてきた教研の場ですら「教え子をふたたび戦場に送らない」というスローガンがなくなった。そして、その場に「加害者論」や「人権路線」などがもちこまれる。しかしいま、それらがすべて破産してなにもなくなった状況のなかで、平和教育運動で新しい動きが出てきている。
 この流れのなかでは、アメリカが敵、「日米安保条約」とたたかうというものが、日教組運動のなかでぬけてきたことが大きい。賃金や権利要求第一となると、敵は政府の政策となる。
  いまの学校5日制にしても、「ゆとり」を主張し、「これは日教組が勝ちとったのだ」といって現場の教師を抑圧してきた。「これに反対するとはなにごとか」と。そうして日教組の主張が文部省にとりいれられたことを猛烈に喜んだ。
 編集部 日教組だけではないが、とくに60年「安保」斗争以後、労働運動のなかで経済主義、企業主義がはびこって、アメリカの支配を容認するという流れが強まって、運動は総崩れまできた。戦争反対というとき、「日の丸・君が代」に反対するが、アメリカの戦争動員のスローガンになっている「自由、民主、人権」は容認する。石原都知事などは、「日の丸・君が代」に反対する日教組はけしからんといって弾圧するが、それは独立の見せかけで戦争動員をやるというものでアメリカへの屈服が中身だ。
 それは激しく対立しているようだが、両者ともアメリカの戦争へ動員するところでは一致している。「テロ撲滅」「民主社会を守る」がいまの戦争のスローガンだ。湾岸戦争のときも「独裁者フセインをやっつけろ」で、イラクの人民を無差別に殺りくする。そこに天皇の存在はなく、「自由・民主・人権」の旗で戦争をしている。そしてそのときには、修正主義や社会民主主義は戦争協力者になる。
 賃金や権利の要求を第一に
 E 敗戦後の1950年代というのは、教師は貧乏だったが、日本の再建ということが中心問題で、その立場でストレートに行動していた。お寺に子どもたちを集めて「今度は平和で繁栄した日本をつくらないといけない」と熱情をもって教える。それは自分の教え子を戦争に送る手伝いをしたという痛恨の反省があり、そこにたってやってきたわけだ。そういう志がなくなっている。
  日教組の「倫理綱領」というのがある。全国の教師が、ふたたび教え子を戦場に送らないというスローガンをかかげ、同時に民族の独立・平和・繁栄の日本、それを担う青少年を育てるとうたっている。教師の歴史的使命をそこにおいた。それは言葉だけでなく、運動そのもののなかでつくりあげたものだ。それは50年代の岩国の平和教育カリキュラムのなかに体現されていく。
  わたしたちが若いころは、先輩の先生たちから教師としての使命、つまり子どもの未来と日本をどんな社会にしていくか、それをやっていく教師としての誇り、それがいちばんたいせつなものとして真先に語られていた。そこから子どもをどうするかと話していった。いつもそういう論議だった。それがいまはなくなって、目の前のことをどうするか、自分がたいへんだとなっている。しかし子どもの方は、この先世の中がどうなるのかというのが最大の関心だ。戦争にひっぱっていかれるんじゃないか、ぼくらが殺されるのか、というのが原爆展パネルを見ての反応だ。ここで立場を転換して、どういう日本をつくるか、日本を担うどういう子どもを育てるかとならないと、きりきりまいになってしまう。
  いま、多くの教師は「教え子を戦場に送ることには反対だ」という。また、有事法制まできて、日本はあぶないのではないかという意識はかなり出されている。そこで大きく見ると、教師として、現状ここまできた子どもたちをほんとうにすこやかに育てるためには、アメリカに従属した売国的な戦争政策が障害になっているということだ。子どもが立派に育つことを願わない教師はいないし、また日日精魂を傾けてそうなるように努力している。それがまた教育者としての誇りでもある。しかしそれをとことんやろうと思ったら、この障害とたたかわなければならない。

成長阻む売国政策 日本の独立担う子を

 編集部 日本の労働運動、各戦線の運動は大きな転換期にきている。有事法も根源は「日米安保条約」であり、「安保」を問題にしなければ戦争を阻止することはできない。日本の農漁業がたちゆかなくなり、食糧自給率が世界の先進国にないように低いのも、外資によって銀行から自動車まですべての産業が支配されるのも、根源は「日米安保」だ。そして、いまや若者はアメリカの戦争で命までとられるところまできた。いまの時期に1960年の「安保斗争」をよみがえらせる方向が出てきたら、各戦線ともひじょうに展望が出てくると思う。
 A 子どもと日本の国の将来をどうするのかという大きな観点に立たないと、忙しい、忙しいだけで、日常性に埋没してしまい、なにもできないと感じてしまう。
  学校5日制で子どもを愚民化するものだということは感じていたが、それが植民地的な状況であり、子どもを戦争につれていくものだというふうにつながっていなかった。きょうの論議で、わたしたちが学校の枠内の視野でなく、人民の統一戦線という大きな観点に立つことが大事だということがわかった。
 編集部 福田主幹の「門司新報」の時期の論説やコラムを読むと、時期は2・26事件以降、日中戦争前夜であり、共産党の組織も壊滅して自由主義者もものもいえない時期だ。その時期に、憎しみをこめてヒトラーや広田内閣を批判している。それが大多数の大衆の拍手喝采の支持を得ただろうということがわかる。われ1人文句ばっかりいう「反対派」は、情勢がきびしくなるとくるりと転向しそれを美化するまでになった。
 人民大衆と結びつき、人民のなかにある社会進歩を願う気持ち、文句なしの真実、それを代表していけば強いのだと思う。独立・民主・平和・繁栄の日本を実現するし、その担い手となる子どもを育てることはすべての人民が要求することだ。教師の運動も、広範な勤労人民の統一戦線の一翼として、安保による戦争を阻止し、子どもを平和の担い手に育てるという方向で展望を見出せるし、大きな飛躍をする時期にきていると思う。

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