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下関原爆被害者の会総会
私心なく語る使命で団結
昨年の妨害はねのけ和やかな会に確信
                                          2002年5月30日付け

 下関原爆被害者の会(吉本幸子会長)の平成14年度総会が26日、下関市の西部公民館で開催された。総会は被爆体験を若い世代に語りつぐことを社会的な使命として活動してきた会再建以来の8年間の実績、とりわけ一昨年来の下関原爆展事務局が作製したパネルによる原爆展の全国的な広がりによる運動の発展をいきいきと反映、熱い連帯の感情と活動への確信に満ちたつどいとなった。総会では被爆者、被爆2世への援護の課題とともに、若い世代に被爆体験を語りつぎ戦争反対、原水爆禁止の運動をこれまで以上に強める方針が採択された。
 開会まえに、下関青年合唱団2十数人が被爆者の体験に学び、平和のためにたたかう決意をこめて「花をおくろう」を合唱、参加者は次代への期待のまなざしで受けとめた。
 はじめに、吉本会長があいさつに立ち、「昨年の総会以後、志のあるものが団結していい会になった。みんなが力をあわせて会の運営に努力している」と、会の活動が一部の妨害をはねのけて大きく前進したことを喜ぶとともに、下関からはじめた原爆展が広島、東京、大阪など全国に広がり、小中高生の平和の会の活動など、平和をめざす運動が大きく発展していることを明らかにした。そして「いまの世の中に危ないものを感じている。後世のみなさんのために被爆体験を語っていきたい。平和を願う運動を力をあわせて努力していきましょう」と呼びかけた。
 来賓として、下関保健所の保険予防課長の久保田洋一氏があいさつ。江島市長の「吉本会長を中心に戦争の惨苦をくり返さないために全国的に原爆展を開催されていることに心から敬服する」というメッセージを伝えた。
 同じく山口県被団協の竹田国康副会長は「激動の世の中、悲惨な全人類の破壊に導く核兵器の廃絶にむけて努力しなければならない」とあいさつ、アメリカの核不拡散条約などにたいするごう慢な態度を批判し、「広島、長崎と同じ悲惨な目に世界の人人があわないように、他の平和団体からも被爆体験を伝えてほしいという要求が高まっている。若い人人に体験を語ることが核戦争の抑止力になっていることに確信を強めて前進しよう」と訴えた。

広島・東京・岡山の被爆者からメッセージ

 つづいて、昨年から下関原爆展パネルを使った原爆展をつうじて活動を発展させてきた広島、岡山、東京の被爆者から寄せられた連帯のメッセージが紹介された【別掲】。「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会代表世話人・重力敬三、岡山県被爆者会・岩浅久儀、東京・武蔵野市被爆者の会「けやき会」会長・永井淳一郎の3氏のメッセージは、下関の被爆者に励まされて地元の活動を飛躍させてきたことへの感謝と、今後の協力を願う連帯の感情をこめたもので、会場に感動の渦が広がった。
 杉山真一事務局長が前年度の活動報告と、今年度の活動方針を提案した。
 杉山氏はこのなかで、「政党政派に利用されない被爆者の体験とほんとうの思いに根ざした下関型の被爆者運動が、広島など全国の被爆者の共感を呼び、戦争体験者、青少年や多くの人人の支持を集め、原爆展を軸にした原水禁運動の発展をうながしている」ことを明らかにした。
 また、「下関での原爆展運動が被爆者の側に立った、その怒りと苦しみ、平和への願いをこめた原爆展パネル“原爆と峠三吉の詩”を生み出し、新しい運動を切り開いてきた」。昨年は第3回下関原爆展と市内各地で開催された小規模の原爆展あわせて3000人の参観者があったこと、市内16カ所でのべ40人の被爆者が900人あまりの子ども、市民に体験を語ったことを紹介した。さらに、昨年度の特徴として、「下関市内はもとより、広島、東京など全国に広がって反響を呼び、海外にまで広がりはじめた」ことを強調した。
 さらに、今年度の活動として地区懇談会を重視して被爆者・被爆2世援護の充実をはかる運動とともに、被爆体験を語りつぐ運動を強め、新しい語り手を生み出すこと、被爆体験集(第2集)の発行、創意ある形で原爆展を開催することなどを軸に、原水爆禁止運動にとりくむことを提起した。このなかで、「広島で原爆問題をはじめてとりあげ、峠三吉たちといっしょに1950年8月6日の平和集会を準備し、その後も一貫して平和のためにつくしてきた長周新聞社の福田正義主幹」と、峠三吉没50周年にあたり峠三吉の業績をつうじて、被爆者運動、原水爆禁止運動の原点を学ぶことを訴えた。
 総会には、ともに原爆展や平和教育運動をすすめてきた原水禁全国実行委員会の吉山宏氏、小中高生平和の会代表・本田多恵さん、元小学校教師・今田一恵氏も招かれた。吉山氏が東京、広島での原爆展の反響を報告。本田さんは、被爆体験に学んで成長していることを感謝の気持ちをこめて伝えた。
 一人の婦人被爆者が発言を求め、「昨年の原爆展パネルの寄贈運動から運動に参加してきたが、教育の効果をしっかり聞かせてもらった。わたしたちの最後のパワーの成果が上がり、芽を吹きはじめたと感じた。体験を話していくたいせつさがあらためてわかった。若い人の話を聞いて20歳当時に体験した悲惨な状況を思い起こし、がんばっていかなければならないと決意している」とのべ、参加者の共感を誘った。
 総会は、「有事法制関連三法案に反対する決議」、「上関原子力発電所建設計画の白紙撤回求める決議」を採択。つづいて、「57年前にわたしたちに原爆をなげつけたアメリカが、いまも最大の核保有国として原水爆戦争を準備していることに腹の底からの怒りを感じます」「かつての大戦で幾多の犠牲を出した痛恨の思いから、あの惨苦をくり返さぬよう若い世代に被爆体験を語りつぎ、原水爆戦争反対の運動を被爆者の社会的使命として強めます」「政党政派の利害や個人の利益ではなく、世のため人のために、気持ちを同じくする人人と手を携えて活動します」という総会宣言を採択して閉会した。

懇親会も心こもった交流に
 つづいて開催された懇親会では、この1年の奮斗で総会を成功させたことをともども喜びあい、なごやかな雰囲気のもとで交流を深めた。
 平和の会を指導援助している元小学校教師・今田一恵氏は「被爆体験集や原爆展パネル・冊子が、山口県下の平和教育活動のなかで力を発揮している」こと、「この平和教育のなかから子どもたちが平和教室に結集して、大きく発展している」ことを具体的に紹介して、感謝の気持ちを伝えた。また、「子どもたちが被爆者、戦争体験者の話に学んで、その苦労に負けずに生きてこられたことに衝撃を受け、自分たちの力で、平和のための運動を起こしていこうとしている」ことなど、急速に成長していることを明らかにし、今後のいっそうの協力を訴えた。
 この1年ではじめて被爆体験を語った被爆者も、その経験を感動の面もちで報告、「あの日の苦しさは思い出すのもいやだったが、人のため世のために語っている。子どもはまじめだ。わたしたちも素直に生きていかねばならない」「必死に語ったが、なにを話したかわからなかった。今度は、もっと上手に語りたい」「被爆当時に見たことを絵に描いて残そう」などの意見が活発にとびかった。

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