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水産業潰す漁港6割淘汰
宮城県・岩手県と対照なす
               外資略奪のための復興計画    2011年12月12日付

 東日本大震災から9カ月が経過したなかで、復興をめぐる国や財界の動きが活発なものになっている。12月に入って国会では「復興特区法案」が成立し、宮城県では六割の漁港を集約する再編案が打ち出されるなど、具体的プランが浮上しはじめた。被災者の生活や三陸沿岸にもともとあった産業を復興させるのではなく、規制緩和、自由競争を促し、財界や金融機関、外資ファンドが復興ビジネスにたかっていく方向性が露骨にあらわれている。一つの国の政府なり行政というものが、震災という緊急事態のなかで人人の生活再建に関心がなく、もっぱら市場原理、金融資本原理で突き進んでいく冷酷さが、日本社会の姿を象徴するものとして問題視されている。だれのための復興かが問われ、被災現地では矛盾が激化している。
 
 漁業権も剥奪する特区制度

 宮城県の村井知事は8日、被災した県内の142漁港について、「拠点漁港」60港に絞り込んで集約することを打ち出した。対象となったのは全体の4割。2013年度までに加工場や海産物の処理場を整備する一方で、残りの6割にあたる八二82港は「必要最小限の復旧に限定する」とした。
 このうち「水産業集積拠点漁港」として優先的に整備するのは、県営主要港である気仙沼、志津川、石巻、女川、塩釜の5港。魚市場や流通施設、水産加工施設を漁港内に一体化させるなど、他の漁港よりも急ぐことを明らかにしている。
 「沿岸拠点漁港」に指定された55港は県営漁港と市町営漁港の一部。漁港ごとにあった加工場やカキ処理場といった施設を55港に集約して、さらに流通・直販機能をもたせて六次産業化させることを視野に入れている。拠点港の整備は年明けに早急に着手し、13年度までに復旧工事を完了させるとしている。
 問題は残された82港で、市や町が管理してきた小規模な漁港が淘汰されることから、生産者の反発が強まっている。これらの漁港では防波堤や船を係留するための岸壁を必要最小限で復旧させるとし、新たな加工施設などは整備しない方針になっている。拠点港整備が年明けから始まるのに対して、82港については来年度以降に五年かけて順次「復旧」させる計画で、後回しになることも明らかになっている。
 地域別に見てみると、気仙沼市では38港あったうち、拠点漁港として整備するのは14港のみ。24港が外された。石巻市では44港のうち18港が指定され、26港が対象外。南三陸町では23港あったうちの8港。女川町では13港あったうちの8港が拠点漁港に指定され、半分以上の隣接漁港が取り残されることになる。
 震災直後の4月には村井知事が「漁港を3分の1から5分の一1に集約する」と表明し、「選択と集中」といってふるいにかけてきた。災害の場合は原状復帰が原則であるが、小規模漁港を以前の状態に復旧させるのは「効率的ではない」「費用がムダだ」という判断が貫かれている。

 集落崩壊させると危惧 小規模港ほど後回し

 対象外になった漁港では、水揚げした水産物をどこで処理するのかといった不安や、拠点漁港まで毎回船や車で水産物を運んだりする手間が増える。生活圏と一体になってこその沿岸漁業であるのに、行政のさじ加減一つで置き去りにされることへの不安が高まっている。基幹産業が地元からなくなれば、集落崩壊にもつながりかねないことが危惧されている。
 牡鹿半島の漁業関係者は、同半島で壊滅的被害を被った大原地区や十八成浜(くぐなり)、女川原発周囲の鮫ノ浦や前網といった小規模な漁港が対象外になったことに触れ、「漁港どころか人間が再び生活することすら困難な状況が続いている。住民が出ていってだれも住めそうにない場所については仕方がないが、そうでない漁港も整理対象に含まれている。ホヤや牡蠣、ホタテにしても、浜に加工や処理施設がなければ養殖などやれたものではない。拠点漁港から漏れたハンデを背負って、他地域に漁師が世話になるといっても、利害その他がぶつかったときに必ず少数の弱者になることは間違いない。もともとの所属漁協が違えばなおさらだ。隣近所の漁港ほど張り合っているもので、簡単な話ではない。漁業について何も知らない者が県庁で算盤勘定した構想だ」と話した。
 また、震災から九カ月もたつのに復旧がなんら進んでおらず、年末になってようやく水産庁から激甚災害指定のための調査がやってきたこと、補正予算が国会を通過しても現場には一銭も下りてこないため資金的な困難さが増していることを話した。
 「被災地に救援物資を送ってもらえるのはありがたい。しかし一番大切なのは、私たち自身が自分たちの力で立ち上がっていくことで、以前の生活を取り戻せるように国や県が援助することだと思う。自力でできることは何でもやってきたが、港一つとっても最後は国や行政が動かなければどうにもならない。九カ月間何も動かないのに、集約化や漁業権開放とか、現場が苛立つことばかり出てくる。誰のための復興なのかずれている。なんのために国や行政があるのだろうか」と語った。
 今回のような漁港集約と関連して、震災前から国土交通省など政府機関では、中山間地や過疎の農漁村に電気、水道、下水、道路や公共施設といった社会資本を整備するのは「効率的でない」と見なして、コンパクトシティー(都市の集約)を提唱する流れがあった。平成の大合併もその一環で、過疎地から小・中学校や保育園、銀行や郵便局、スーパーが次次と姿を消して、共同体機能の崩壊を招いた。宮城県で実行されようとしている漁港集約が港だけの問題にとどまらず、地域を丸ごと集約再編していくものにつながっていることや、実際に小規模な沿岸の集落ほど復旧が後回しになっている現状が指摘されている。
 漁港再編方針について、村井知事は「小さな港を廃港にするわけではない」とし、拠点漁港の選定基準について「船、漁業者の数、水揚げ額などを勘案した」とのべている。

 岩手は全漁港復旧方針 地元関係者軸に復興

 これに対して、岩手県では被災した108漁港すべてを平成28年度までの6年間でみな震災前の状態に復旧させる方針を示している。「基幹産業の漁業を復興させることが重要だ」という考え方を鮮明にしている。今月11日の岩手県議会・農林水産委員会のなかで、県は全漁港の岸壁などを復旧する理由として、県管理の31漁港は公共施設の災害復旧が原則と説明し、中小規模の市町村管理になっている80漁港についても、「本県沿岸の集落形成上、住民生活にとって重要な施設である」と強調。集落機能の回復が見込めない地域の港については、復旧するか否か市町村や漁協の方針を待って判断するとしている。また、加工施設や市場などを含む漁港機能の集約化は「検討段階」とした。
 野村証券が復興構想作成の主役になっている宮城県と、地元関係者らで復興会議を立ち上げている岩手県では、震災対応に違いが出ていることは震災後から指摘されてきた。仮設住宅についても地元企業に多彩な発注をして早期に完成させた岩手と、大手住宅メーカー発注で時間のかかった宮城では違いがあった。誰のために何を復興させるのか、行政や首長、議会の判断によって大きな違いが出てきている。
 宮城県や岩手県は全国的に見ても漁港数が多い地域で、それだけ三陸では漁業が沿岸地域の基幹産業として役割を果たしてきた。震災後、とくに宮城県では漁業者や漁協が立ち直れるような支援策が放置されたまま、村井知事が漁業権の民間開放や漁港集約を叫びはじめ、企業参入、つまり従来の沿岸漁業や漁業者を排除して、イオンなどの企業や資本に委ねることを表明。漁業者の猛烈な反発を招いて、対立が激化していた。
 宮城県の漁協関係者の男性は「被災者を怒らせる復興とは何なのか考えて欲しい。住民不在で誰のために村井知事は仕事をしているのか考えざるを得ない。もともと大阪出身で宮城県とは関係のない男が知事になり、“効率化”といってむちゃをしていく。政治に郷土愛がなければ大変なことになる。彼には大阪に帰ってほしい」と切実な胸の内を語っていた。漁業分野だけでなく、仙台空港の民営化や周辺開発、ホテルや国際会議場、外資系研究機関の誘致、医療分野の産業集積など、被災者から見たら二の次、三の次の夢ばかりが「復興構想」にちりばめられている異様さも指摘していた。
 国会を通過した復興特区法案は、宮城方式をバックアップするもので、11道県222市町村で規制緩和や税制、財政、金融など全分野にわたって特別措置をおこなうためのものとなった。津波に襲われた住宅地や農地、海を資本力のある大企業や外資に開放し、そこでは税金免除や土地利用規制の緩和などさまざまな優遇措置を施すものになっている。東北地方を、後進国並みの「企業天国」にし、大収奪の先進地に作り替える、TPP先取りの方向が持ち込まれている。
 特区制度に盛り込まれた特例を大別すると、@土地利用手続きの簡素化、A漁業権(養殖業)の民間開放、B「新規立地企業」の法人税を五年間免除する優遇税制、C「一定の範囲内」で自治体が自由に使える復興交付金、となっている。
 従来なら、企業が養殖事業に参入しようと思えば、漁業権を管理している漁協に利用料を支払っていたが、直接免許を受ければその必要はなくなり、許認可を持っている県知事の采配次第で、地元漁民から漁業権が剥奪されかねない内容になっている。
 建築基準法の用途制限を緩和するのは、建築が禁止されている建築物であっても建築することができるようにするためで、津波浸水地域であっても、GEなど外資が色気を出しているバイオマスエネルギー製造施設や六次産業化の方向に沿った食料供給施設(加工・販売施設)ならば、農地転用や林地開発許可を認めるというもの。工場立地や企業立地促進法で定められた緑地規制を緩和して、市町村が独自に条例で基準を定める緩和策もある。
 税制面では、本来もっとも支援しなければならない地元企業は対象から外し、「新規立地企業」にのみ五年間の法人税免除を実施することが盛り込まれた。被災した地元企業をいかに立ち直らせるか、水産業を中心とした三陸沿岸の基幹産業を復興するかという方策がないかわりに、外来資本にテコ入れする露骨な政策となっている。
 工場立地や企業立地が容易になり、しかも新規立地・新設企業は法人税が無税。さらに設備など新規投資に対する特別償却、税額控除まで優遇され、被災者雇用にかかる法人税額も控除。事業税、固定資産税、不動産取得税も減免。銀行などから借り入れた調達資金への利子補給も国が肩代わりする。
 メガソーラーや野菜工場の整備、洋上風力発電、スマートコミュニティなどを手がければ、研究開発用資産の特別償却や税額控除が実施され、参入事業者に対する出資者、株式投資者には所得控除も実行。メガソーラーやバイオマスエネルギーの拠点整備をする場合、農地法も緩和するとしている。
 東北現地が資本力を失っているのを幸いにして、地価の下がった土地や農地、漁業権を取り上げて企業化し、ファンドの投機市場にし、大量の低賃金労働者をつくりだして外来資本が略奪していく仕組みが法制化され、臆面もなく実行段階に移ろうとしている。

 復興する力大きく後退 機能せぬ行政障害に

 昭和津波の際、三陸では1年後には元の土地に戻って人人が生活をはじめ、がれき撤去は津波に襲われた翌日から住民が総出でおこなった経験を年寄りは語る。工業化、近代化はすすみ、世界一の債権国になったといいながら、復興する力はまったく後退している。それどころか建築規制などが設けられて人人を仮設住宅におしこめ、9カ月たっても元の生活を取り戻すメドすら立たない状況が強いられている。
 人人の生産活動も生活もひじょうに社会化し、たくさんの人人が依存し協力しあう関係で成り立つようになった。生産をするにも、漁業者がおり、市場が動き、製氷や加工、運送、そして造船や鉄工、さまざまな資材などの業者、そして遠くの市場、消費者などが依存しあって成り立っている。生活するには電気も水道も下水もガスもいり、商店も学校も保育所も病院もなければならない。そしてそれには大きな資本がいる。それは昭和の大津波のときとは大きな違いである。
 被災地を立て直すのは、現地に住む人人が主人公でなければならず、人人の連携を助けるのが国や地方の行政機関の役割である。ところが政府の復興会議のごときは、被災現地に足をおいて、その実情を調べ現地に住む人人を主体として計画を立てるというものではなかった。「創造的復興」などといって、被災地の住民の生活はまったく無視して単なる更地と見なし、外来資本のビジネスチャンスをつくるための道具となっている。
 いずれにしても、政府というものが国民の生命や財産、その生活を守るために動いていない。そして野田政府は、車の重量税の減税で自動車メーカーの利益をはかる一方で、消費税の増税、アメリカに身ぐるみ剥がれ国家主権をも売り飛ばすTPPを強行しようとしている。この国の政府は日本国民の政府なのか、よその国の政府なのか、直視しないわけにはいかない。

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