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社会崩壊させた規制緩和
大企業天国のでたらめ横行
               対抗する労働運動急務     2014年5月7日付

 セウォル号沈没事件は、企業の営利優先で乗客の安全運行に必要な規制を破壊することが、いかに犯罪的な結末をもたらすかを見せつけた。こうした事故がよそ事でないのは日本国内も同じで、90年代から拍車がかかった規制緩和や2000年代から進められた構造改革によって、交通運輸産業、製造現場、医療現場など社会のあらゆる面で無政府的な営利主義がはびこり、無秩序状態が横行してきた。正社員は派遣など非正規雇用にとってかえられ、製造現場では労働技術が伝承されず欠陥製品が続出し、バスやトラック、鉄道の大事故、工場爆発事故、医療事故が後をたたない。トンネルの崩壊、原発事故、震災や豪雨災害の対応不備など、社会全体の劣化と秩序崩壊があらわれている。「規制緩和」「構造改革」はだれがなんのためにやり、どのような社会へ導こうとしているのか見てみた。
 
 国力低下あらわす人口減少

 高校や大学を卒業しても若者に職がなく失業者は増え続けている。求人はパートや非正規雇用ばかりで、今やコンビニのアルバイト、スーパーのレジ打ち、ビル掃除、新聞配達などいくつもの職場をかけ持ちして子育てする若い母親が少なくない。そうした非正規労働に就くにも外国人労働者と競争しなければならない世の中になった。
 「若者は派遣ぐらいしか仕事がないし、年寄りは年金を減らされて、病院にも介護施設にも入れない」「数十年前と比べて自動車やスマホ、テレビなど持ち物は増えたが、暮らしにくくなっている」「これだけ技術が発達しているのに飛行機や列車に乗ってもいつ事故にあうかわからない」「一昔前は今ほど大事故や自分本位の殺人事件はなかったはず。社会全体の荒廃と無関係ではない」と共通した実感が語られている。
 若手路線バス運転手の一人は「失業者がこれだけ多いのに、バス業界は極端な人手不足。人が足りないというより、あまりに勤務が過密だから人が来ない。一旦人命にかかわる事故をやれば一生を棒に振る。だから危険を感じた新人がやめていく。それを残った運転士が公休出勤して補っている。過労から事故が毎月起きている」と明かす。拘束時間は長いときで一五時間。最初の数年は契約社員で、時給800円程度で夫婦共働きも多い。「家に帰って寝るだけで家族との会話もできず離婚も多い。過密ダイヤで寝させない、ご飯も食べさせない、トイレにも行かせない。そんな状態では乗客の安全は守られない」と話していた。
 タクシー運転手も「乗客が少ないのに“消費者のニーズ”といって需給調整規制をなくし、台数規制を緩和してむちゃくちゃになった。オール歩合制のなかでタクシー台数ばかり増やせば、長時間乗るか、猛スピードで走り回らないと足きり(ノルマ)は達成できない。だから家族持ちの若手は無理して事故を起こしたり、過労で倒れる」と指摘した。
 バスにしろタクシーにしろ、90年代までは無政府的な参入合戦や低価格競争を制限し、赤字路線でも安易な廃止は規制していた。その土地で生活する市民、安全運行を目的とする運転士にとってはなくてはならない秩序だったのを、自由競争の流れが強まるなかで、企業経営にとっての利潤の都合に合わせてとり払い、その結果、低賃金と劣悪な労働環境がもたらされ、事故が頻発するようになった。バス運転手はかつて30万円以上あった賃金が10万円台まで落ち込んでいる。
 大店法撤廃によって量販店が増大したが、ここでも非正規雇用ばかりが蔓延している。四年生大学を卒業して電機量販店の契約社員になった男性は、毎日のノルマをこなし、なおかつ会社内で定期的に実施される「試験」の点数によっても給料が増減することから、精神をすり減らしている。「正社員は店長1人で、あとはみな契約社員。1年更新していく仕組みだ。家電ブームが去って売場は寂しくなり、それにともなって人員も大幅に整理された。稼ぎ時にはめいっぱい働かせて、需要が萎むといっきに人件費を切り詰める。契約社員の切りやすさをここにきて痛感している」と話していた。

 殺人労働と安全切捨て 大事故頻発の労働現場

 「規制緩和」「構造改革」によって、働く者が生きていけない社会に変貌してきたことが強い実感となっている。ところが為政者になると「岩盤規制をわたし自身がドリルになって壊していく!」(安倍晋三)などといい、こうした規制の破壊、緩和が大企業や金融村からは大歓迎を受けている。規制することによって社会秩序を守ったり、行きすぎた営利主義にブレーキをかけてきたが、それをなくして資本側の「もうける自由」を拡大し、その障害になる規制をとり払う方向へと向かっている。
 規制緩和が俎上に上ったのは89年の日米構造協議が直接の契機となった。アメリカから200項目にわたる要求(大店法の規制緩和など)を突きつけられ、さらに93年には日米包括経済協議で日本市場の自由化・開放が迫られ、2000年の「アーミテージ・レポート」では日本経済について「市場開放をしてグローバル化し、たゆまぬ規制緩和と貿易障壁を削減せよ」と要求され、その下で各分野での具体化が進められてきた。最終的にTPPに行き着き、規制はみな撤廃して米国化するところまできた。
 これまでどのような「規制緩和」がやられてきたか。労働分野をめぐっては、もっとも大胆に実行したのが小泉改革で、05年以来の「労働ビッグバン」で雇用形態、労働時間をはじめとする就労形態、職場の安全、外国人労働者の受け入れにいたるまで労働法制は激変した。
 雇用形態では1985年から導入した派遣労働の対象業務を拡大し、2004年に製造現場への派遣を解禁したことによって、いっきに非正規雇用が拡大していった。大企業はリーマン・ショック後、こうした非正規雇用を雇用の調整弁として切り捨てた。今や非正規雇用が雇用者全体の3割をこえ、年収200万円未満で働く労働者が給与所得者のおよそ4分の1を占め、2人以上の世帯で貯蓄ゼロが3割に達するなど、中間層といわれる部分が駆逐されて貧困層が増大することとなった。安倍政府はさらに無制限の長期派遣を認める「緩和」(現行は3年以上の長期派遣は禁止)を具体化している。
 労働時間も1日に働くのは8時間、週48時間(週1日休み)だったのが、労基法を改悪して1週間(週5日)40時間労働制を導入。週間合計が40時間以内であればいいというもので、1日中働かせることを可能にした。やるべき仕事のノルマを与え、その時間配分を労働者自身に委ねる裁量労働制も導入された。
 過労死を防ぐためにつくられた労働安全衛生法も改悪となった。月100時間残業した労働者を医者が診断し、指導するよう企業に義務付けていたのも、「労働者の申し出があった場合」と変更。過労死や過労自殺があっても「申し出がなかった」場合は労働者の「自己責任」になるよう変えられた。このもとで過労死、うつ、睡眠不足による大事故が多発している。さらに18歳以上の女性はもともと、残業が1日2時間、週6時間で深夜勤務を禁じていたのを男女雇用機会均等法改定で全廃。「女性を差別する規制をとり払う」とし男子同等に働かせる体制にした。
 日本人雇用を守るため規制があった外国人労働者の受け入れも「開発途上国の人材育成に貢献する」として90年から受け入れ開始。自民党が多民族国家を叫び始めた時期からさらに急増し、コンビニ店員が外国人という状況は地方都市にまで広がっている。中小企業でも人件費抑制の切り札として採用が目立っている。国内で技術や日本語を仕込んだベトナム人研修生を海外移転した大企業が囲い込み、現地生産の柱にする関係となっている。女性や外国人労働者を引き込むことで国内の低賃金競争に拍車がかかり失業者は中国人やベトナム人といった外国人研修生と低賃金を争わなければならなくなった。
 グローバル化して多国籍企業や金融資本の都合のよい社会に「構造改革」し、「規制緩和」した結果、「国境」の垣根すらとり払われ、国内をますます貧困化させて購買力を後退させるだけでなく、労働力の再生産もできないまでにしている。経験したことがないような人口減少社会に突入していることが、いかに目先のもうけの都合で社会を後退させているか示している。
 竹中平蔵が指揮する国際戦略特区では解雇規制の撤廃も目論んでいる。首切りの自由で、大企業のやりたい放題を保障するのが「規制緩和」「構造改革」であることを暴露している。大企業や金融資本に巣くっている富裕層以外の人間を「モノ」扱いし、社会的利益とか公益性を否定して、営利優先がこらえきれない社会の姿となってあらわれている。また、非正規雇用化によって労働の専門性が否定され、社会全体が蓄積してきた技術が継承されず、素人化と合理化の産物として事故なども頻発するようになった。そして大企業といっても世界市場で競り負け、「ものづくり大国」から技術力や開発力が失われていることも重要な特徴となっている。

 公益否定で行政も劣化 資本主義の末期症状

 命を預かっている医療分野では「医術よりも算術」が支配的になり、高度先進医療の海外富裕層への売り込みがやられる一方で、国内の貧乏人は医者にかかれない状況が広がっている。医師や看護師の世界でも派遣業務が流行し始め、複数病院を掛け持ちする状況が広がっている。教育現場では教師も非正規雇用が蔓延している。
 大店法の規制が撤廃された結果、地方都市では大型店が地元商店街をなぎ倒し、買い物難民を生み出した。全国展開する大資本が資本力や仕入れる量に物をいわせて、農水産物を安値で買い叩き、産地価格の暴落を招き、大手商社と組んで極端に安い外国食品を流入させるようになった。
 日本列島の津津浦浦に全国チェーンが進出し、飲食にせよ、物販にせよ、名ばかり店長やパート・アルバイトの非正規雇用を酷使し、すき家のように集団離職に直面して自爆するところも出てきた。薬の規制緩和によってドラッグストアが増大した結果、身体に合わないものを服用したことによる薬物被害が広がっているのも、規制緩和のもたらした大罪だ。
 公益否定の最たるものが地方自治の破壊で、「官から民へ」と称する「民営化」も拍車がかかった。99年以後「財政基盤の強化」を叫んで「平成の大合併」を強行し、それぞれの町村役場の持っていた機能を近隣都市に集約して人員を減らしたうえに、自治体病院や図書館、文化施設など公的に維持しなければならない機能を営利の道具に変えた。
 JRやNTTにつづいて郵便局も民営化し、外資の乗っとりに道を開いたが、不採算の地方郵便局が赤字を理由に閉局したり、集配回数が減って不便になり、労働者に対しては年賀状を自分で買いとって売りさばく「自爆営業」までやる異常事態となった。民営化の結末がJR尼崎線の脱線事故であり、道路公団も民営化したら高速道路サービスエリアの商業不動産にうつつを抜かし、おざなりな安全管理のおかげで笹子トンネルの天井崩落事故を引き起こした。地方自治体も常にギリギリの人員しか配置していないため、豪雨災害や震災、火災など緊急事態が起きれば対応する人員もいない。行政機構も国民を守る機能を喪失した姿をあらわしている。社会機能の劣化となった。
 規制緩和社会というのは、社会生活を送っているすべての人間に対して規制を緩和しているわけではなかった。もっぱら大資本にとって「障壁」となっている規制をとり払ってきただけであった。緩和し過ぎたおかげで憲法解釈まで首相判断で変更できると主張する者まで出てきた。関税自主権の放棄、すなわち独立国として自国産業保護の砦であるはずの権利を投げ出すTPPが「規制緩和」の最たるもので、食料自給もままならない国、胃袋を外国に握られる国にするという、為政者の無責任が恥ずかしげも無く実行されている。日本国内をアメリカと同じような市場原理制度に改革させ、アメリカ資本が自由勝手に日本市場を乗っとることができるようにするものにほかならない。
 資本主義社会の成長がこれ以上見込めないまでに行き詰まり、そのもとで剥き出しの市場原理があらわれ、社会秩序などそっちのけで構造改革、規制緩和が実行されている。社会をさんざんに荒廃させるものでしかないことは明らかで、横暴な大資本を規制する運動を強めることが、社会全体にとって避けられない課題となっている。

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