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 <社説> 現有の市議勢力を温存して下関をつぶしてよいか  2010年9月3日付

 下関市議選は来年1月30日投開票となり、あと五カ月となった。しかし議員たちは動かない。選挙の「しおり」もほとんど出回っていない。異様な光景となっている。現職議員たちは、新人が出ないようにして、現職は少しだけ落ち、できれば無投票を狙った作戦が進行中と見られる。そして自分たちの特権を守り、オール飼い猫与党の現有勢力を維持したがっている。中尾市政とこの議会があと4年続いたら下関は間違いなくつぶれる。
 下関市民の中尾市政と市議会への怒りは尋常ではない。市民の苦難が大きくなるなかで、ほとんどの議員に対してその支持基盤となってきたところで「あいつは落としてやれ」と語られている。議員というのが、市民の生活のことを心配するとか下関の将来のことを心配する者がおらず、もっぱら自分の損得ばかりしか関心がない。議会制民主主義といわれるが、市民から見て下関市議会はないのと同じであり、それ以上に有害な存在になっている。
 これは「自分の勝手でしょう」という新自由主義、「自分のもうけが一番」という市場原理主義、金融立国論の強欲主義がつくった模範的な議員像だといえる。公共性、公益性とか公務とか、市民のため、郷土のためという精神の否定が小泉構造改革のなかで進行した。下関は首相になった安倍代議士や林代議士のもと、江島、中尾市政と続く16年ほどの間で、全国でも突出した強欲支配で議会も議会でなくなった。
 その結果としての下関の現状は、下関がつぶれてしまうとみなが心配するところとなった。市政の側から、「競争力のない農業や漁業はつぶれる時代」「製造業も海外でやる時代でつぶれるのは当然」「商業は大型店がやる時代で商店街がつぶれるのも当然」とみなし、大学も病院も図書館も民営化一辺倒で切り捨て、「いまや金融立国なのだ」といって、中小企業はつぎつぎに倒産し、働く者に雇用はないようにした。
 そして市政は大型のハコモノ事業の連続で、しかも市外の大手業者を引っ張ってきて地元には仕事がない。サブプライムローン証券方式の金融技術をとりいれた建築バブルの新興企業が安倍派企業を中心にあらわれ、市の事業をとりこむなど派手な商売をやってきた。だがいまではバブル崩壊で軒並み巨額の負債を抱えて倒産し始め、それが連鎖倒産でさらなる大迷惑をかけようとしている。
 市内に仕事がなく、雇用がないから、消費購買力はなくなって商店は干上がり、市の税収も減る。税収が減ったといって滞納の差し押さえを凶暴にやる。水道料金収入も使用量が減ったので2割も上げるという。そして人工島や市庁舎の建て替え、駅前プロジェクトなど市民のためにならないものに数百億円もつかう。そして市勢が衰退することで権力者の顔色も悪くなる。バカげた構図なのだ。
 下関は一部の権力者の好き勝手がまかりとおっているので、市民はどうしようもないというわけにはいかない。いまや下関をつぶしてよいのかの選択が迫られている。だれでも知っているように権力者の側は少数で、圧倒的に頭数が多いのは市民である。市民が力を結集したなら、いかなる権力者にも負けることはない。
 街を活性化させる原動力は生産活動である。農業、漁業、製造業など労働をしてモノをつくることが、新しい富をつくり出し、現金収入を得る源泉である。その金が商業に回り、さまざまなサービス業に回る関係である。「世の中は金融立国だ」といっても、産業がつぶれ、みんなが貧乏になったら山銀も持たない。確かに円高、海外生産移転などのなかで、国内のモノづくりは困難な条件である。しかしそれは条件の方を変えればよいのだ。産業をつぶすことは国をつぶすことを意味する。下関をつぶさないため、大きくは国をつぶさないためには、なにがなんでも農業、水産業をはじめ製造業がやっていけて、雇用をつくるようにしなければならない。そのような条件をつくるのが政治の役目である。
 市議選は無投票による現有のオール汚れ勢力温存作戦が進行中である。市民を食い物にして自分のための味をしめた議員生活者連中を退場させるために、新人がたくさん登場する必要がある。山口県で最大の農業規模にふさわしい農業者代表・旧郡部代表が何人も出るべきだし、漁業者代表も、水産業者代表も、中小企業代表も、商店界代表も、医療界や教育界、婦人代表、若者代表などさまざまな市民各層が、自分のためではなく市民のために尽くす代表を送り出し、下関市民のための下関市政を取り戻さなければならない。
 市議選を迎えて第一に重要なことは、強欲自由主義市政と市民の間の争点を鮮明にすること、それは下関をつぶすかどうかの深刻な対立になっている。第二に、こういう汚れ連中に鉄槌を加えて下関を立て直すため、真に下関を支える働く者が中心となった市民全体の世論と行動を起こすことである。第三に、自分しか代表しない汚れ議員を退場させて、市民のために働く新しい議員をたくさん送り込むことである。まだ時間はある。

 

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