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植民地略奪の下請やるな
 「人道」と「復興支援」のペテン
          日本破滅させる武力参戦      2004年1月15日付
 
  イラク派遣撤回のために
 小泉政府は大多数の国民の反対の声を踏みにじって自衛隊のイラク派遣を強行している。イラク戦争についてブッシュは「テロ撲滅」「大量破壊兵器」「テロの温床」などとテレンパレンなことをいってきた。いまでは「民主主義のため」などともいっている。小泉は、「人道復興支援」「国際貢献」であり「戦争をやりに行くのではない」といい、メディアもその雰囲気づくりに奔走している。「2人の外交官が殺されたその遺志を守れ」とか、感情的にあおって結局たいへんな犠牲を強いるのは戦争の常套(とう)手段である。しかし、ことはイラク国民の目から見たらどういうことであるか、大多数の日本人民の側から見たらどういうことか、歴史的な国際的な諸関係から見て問題をはっきりさせ、平和擁護の世論と斗争を力強いものにしなければならない。

   破壊の元凶は米英軍
 小泉政府の自衛隊派兵は、かつての戦争における痛ましい体験から戦争放棄を明記した憲法を覆して、武力参戦する道に踏み出すものである。戦後59年いってきた「平和で民主主義で豊かな国、独立した日本」というものが、戦争と反動と貧困、従属の国に行き着いたことをだれの目にも明らかにしている。いずれにせよ自衛隊派遣は戦後史を画する重大な問題である。
 日本人民の大多数は戦争に反対である。それを押し黙らせ、あきらめさせるため、政党はすべて対抗する姿勢は喪失している。商業マスメディアは「派兵はやむをえない」という宣伝で人人の声を押しつぶそうと騒いでいる。
 小泉政府は自衛隊の派遣を強行するために、「人道支援、復興支援」といい、「国際貢献、日米同盟」「日本はアメリカと同盟しなければやっていけない」などといっている。自衛隊の人道、復興支援というが、赤十字も引き上げ、国連も引き上げるなかで、ど素人の自衛隊がそれ以上のことをできるわけがないのは明らかである。
 「復興」といい、「人道援助」といい、戦争で破壊され生活に困っているイラクの人人の切実な要求であることは明らかである。しかし復興が必要なように破壊したのは米英軍である。戦争で数万のイラクの人民を殺し、傷つけ、石油施設をはじめ国土を破壊するという、どこから見ても非人道的なことをやったのは占領した米英軍である。
 また湾岸戦争後、イラク国内への爆撃をつづけ、国連を使って経済制裁をつづけ、石油の輸出を禁止し、生活用品も医薬品もミルクにも事欠く状態をつくって数十万の乳幼児や老人などを死に追いやったりしてきたのもアメリカであった。
 イラクは湾岸戦争のあとのきびしい経済制裁のなかでも、戦争の打撃のなかから自力で復興してきた。しかし占領下の現在、石油の大産油国であるのに国民は石油を買えない。発電所は破壊されたままで慢性的な電力不足となり、工場はマヒし、水道も動かない。
 そして教育水準の高い国民であり、自力復興の力はじゅうぶんにあるのに、仕事はなく失業率は60%から70%となり職がない。軍隊の解体や政府の解体によって大量の失業者がつくられ、工場はマヒしているところから失業がまんえんしている。
 イラクの豊富な財産である石油は占領軍当局が握り、輸出代金は占領資金にとりこまれている。米英占領軍は石油利権を奪ったうえに、国営企業の民営化で外国資本の乗っとりの自由化、外資100%出資自由化、外国送金の承認など、イラク国民の政府がないあいだにさっさと決めた。「市場原理、自由化」で「民主化」をするというので、医療費や教育費の無料などの「全体主義」制度をやめ、「自己責任、受益者負担」の「自由で民主主義の制度」にするというわけである。
 戦争による破壊のあとにイラク人民が受けたのは、石油資源をはじめとするイラク経済の略奪であり、かつての経済制裁状態以上の貧困と失業である。アメリカのイラク戦争は、泥棒戦争であり、植民地略奪戦争にほかならない。
 したがって、占領後、イラク人民の「イラクはイラク人のもの」「占領者は出ていけ」の声は強まり、反抗が激化する一方となるのは当然である。アメリカの占領が一部のテロ集団だけでなくイラク人民全体の反抗に直面していることは、米英軍がイラク人すべてを敵とみなしてむやみな発砲、殺害事件をくり返していることが証明している。イラク人民の斗争は、ますます激化するすう勢にある。
 小泉は「テロには屈しない」と金切り声を上げているが、現在の治安の悪化は、アメリカが戦争をしかけ、占領したから起きたもので、以前はなかったものである。「戦争をやりに行くのではない」といういい方は、「人道支援に行ったのに攻撃されたのはけしからん」といって武力行使をエスカレートする理由に転化する方便でしかない。イラク人民が、重武装した自衛隊を占領軍指揮下の軍隊ではないと見るものはいない。それはアメリカの強盗戦争の手下になって、イラク人民、それを支持するアラブ人民、そしてすべての民族解放を願うアジア、世界の人民と諸国の敵であることを示すことを意味する。

   略奪の為「民主化」
 アメリカのイラク戦争はイラクの略奪であったが、さしあたり湾岸戦争後たまった在庫兵器の一掃であり、軍需産業がもうけるものであった。さらに近年では米軍も民営化がすすみ、郵便、輸送、給食、情報、軍事訓練などまで株式会社が請け負って、その受注規模は戦費の3分の1にのぼっているといわれている。その民間参入の企業群のおもなところはブッシュ政府ブレーンである。
 ブッシュ政府は、イラク戦争をはじめるまえに、復興事業の入札を仏独などを排除しアメリカ企業で独占してやった。受注計画にそって、石油施設などを爆撃して破壊するというプログラムであり、まさに戦争ビジネスにほかならなかった。さらに軍と一体化しているのは石油・エネルギー企業である。ブッシュ政府のブレーンがそれらのブレーンで占められており、イラク戦争利権を独占的に握っているのがチェイニーのハリバートン社である。
 アフガン戦争につづくイラク戦争は、ニューヨークテロ事件をきっかけにしたテロ対策という装いであるが、実際にはテロ事件のまえからアメリカが計画してきたものであり、それは中東と現在開発にしのぎを削っている中央アジア・カスピ海沿岸の石油利権をめぐる戦争であるというのが世界の識者の常識である。
 米軍がアフガンを攻撃しいまだに占領しているのは、カスピ海沿岸で開発する石油を運ぶパイプラインの確保のためであり、イラクのフセイン政府を倒すのも石油大国でアメリカに対抗する要素をつぶして略奪するためである。軍事力によって石油を押さえ、「自由化、民主化」と称して市場開放を押しつけ植民地的な略奪をするためにほかならない。それは同時に、経済制裁下でイラクへの石油利権をふやした仏独露などのこの地域の石油利権の争奪を激化させることを意味する。
 アメリカのイラク戦争は、石油を略奪し、世界の覇権をうち立てるという強盗の野望に満ちたものであるが、すっかり行きづまり、世界的に孤立しきっている。戦争終結宣言後に戦斗が激化し米兵の死者は激増。イラク人民の民族の独立を求める斗争は全土で発展し、アメリカの不正義の強盗行為に打撃を与えている。全世界でイラク侵略に反対する斗争は発展し、アメリカ国内でも米軍の早期撤退を要求する批判世論が強まっている。経済的にも、2004年末で2000億jをこすとみられる戦費の圧迫でメドがなく、早晩行きづまるものとなっている。
 イラクへの「人道支援」「復興支援」というものは、アメリカのイラク占領による植民地的略奪状態という根本問題を解決することなしには問題にはならない関係である。

   国益を放棄する小泉
 小泉はアメリカから脅しつけられながら、顔を引きつらせて自衛隊派遣にすすんできた。これもテロ事件があったからではなく、そのまえから計画的にすすめてきたことである。96年の「安保」再定義、翌年の新日米防衛ガイドライン、その後の周辺事態法、テロ対策特措法、有事法などと戦時法制化を準備し、アフガンに自衛官を派遣して人殺しの手伝いをやり、国内での戦時動員態勢をつくってきた。はじめからアメリカの戦争に無条件で下請参加をすると決めて、イラクでそれを実施している関係である。
 自衛隊の派遣は、いきさつが示すように、イラク国民に招かれてイラク支援に行くという関係ではなく、アメリカ政府の再三の要求による米軍支援である。実際に自衛隊が、右も左もわからぬ遠いイラクに行って、自力で判断したり動くことなどできず、米軍の指揮下で米軍の情報に頼って、そのいいなりになって下働きをする以外にない。米軍と自衛隊の関係では対等ではなく、「日本人はバナナ」(色が黄色で中身は白)とべっ視されていると自衛隊員が語るほどであり、肉弾としての米兵の身代わりにほかならない。占領軍当局に所属していた2人の日本人外交官が殺害されたが、自衛隊はそれより哀れな人弾になるほかはない。
 自衛隊派遣は、すべてアメリカまかせで、自民党小泉政府が日本の国益に立って自主的な外交をする意志も能力もないことを暴露している。そしてアメリカに日本の国益をゆだねて世界を敵に回すことになる。それが日本の平和貿易などに重大な打撃になることは明らかである。とりわけ、かつての戦争で甚大な被害を与えたアジア各国と敵対することは民族として恥ずかしいことである。

   日本建設の重要問題
 イラク戦争にどう対応するかは、日本人民にとって、イラクがどうなるか以上にどういう日本にするかの問題である。
 アメリカのイラク侵略への参戦は、それだけで終わるものではなく、朝鮮、中国、ロシアとの戦争を想定している。北朝鮮の拉致問題を戦争で解決せよなどというバカ騒ぎをやり、日本への侵攻能力などない北朝鮮に攻められたら「アメリカに守ってもらわなければならない」と騒いでいる。それはアメリカの軍事力に乗ってそれらの地域を攻めるという意味である。
 この戦争は、ミサイル防衛構想でアメリカから巨額の購入をするように、ミサイル戦争であり、日本をアメリカのアジアへの原水爆戦争の攻撃基地にすると同時に、日本を原水爆戦争の戦場にするというものである。人人がどう思おうと、客観的におかれている事態は、高度成長後から現在までの生活が維持されるかどうかではなく、第二次大戦のようなおびただしい日本人民が殺され国土が廃虚にされるような道を許すかどうかが分かれ道となっている。
 イラクは戦争で破壊され、国は荒廃してかわいそうというが、日本の人民もイラク人のことではなく同じような境遇にある。アメリカの戦争による日本への打撃は、原爆をはじめ世界に類例のないひどいものであった。イラクの「戦後復興」「民主化」も、日本の「戦後復興」「民主化」と重なっている。そして現在のグローバル化、市場開放、自由化なる現在日本社会をデタラメにし、日本人民の生活を圧迫しているアメリカの戦略と、それに従順な日本の支配勢力のやり方も、日本がイラクの先輩格である。
 戦後日本をどう見るかの問題が、戦争による破滅か、平和擁護かをめぐって鋭く対立している。残虐きわまりない原爆投下や空襲を、「戦争を終結させて日本を救ってくれたし、感謝すべきだ」とする宣伝が戦後やられてきた。そして戦争で破壊しつくしたアメリカが、戦後は食料援助など復興を援助してくれたことを感謝すべきだ、とも宣伝された。
 あの残虐な全土への空襲は、日本の降伏が明らかななかで、対日占領にたいして予想される日本人民の反抗を押さえつけるための脅しであった。広島、長崎への原爆投下は、ソ連の参戦に焦って、日本を単独占領し、戦後世界を支配するためにほかならず、戦争を終結させるための平和勢力というものではなかった。それは戦後5年目には日本を基地として朝鮮戦争を引き起こし、ベトナム戦争を引き起こし戦争につぐ戦争をくり返してきたことが証明している。
 アメリカは日本を単独占領して、天皇制軍隊の解体、財閥解体、農地改革などの一連の戦後改革をやって、日本を平和で民主主義の国にし、豊かにしたといってきた。その結果が現在である。
 「平和改革」の結末は、日本を基地にして1000万人近い人人を殺す戦争をやり、いまやアメリカの強盗戦争の下請となって若者が銃をとり人殺しをやり、命を差し出すこととなり、本土がふたたび戦場にされて廃虚にされるところへきた。「繁栄」の結末は、農業、漁業もつぶされ、国民経済は破壊され、大企業は外資に乗っとられ、失業者はあふれるところとなった。増税、社会保障の切り捨てが横行し、老人など弱者は生きていくなという政治となった。「民主主義」の結末は、政治にもマスコミも大衆の声は届かない、フセイン政府どころでない独裁国の姿である。「独立」どころか国の主権がない経済大国植民地にほかならなかった。
   植民地にし廃墟に
 対米従属は、1996年の「安保」再定義で段階を画したが、それ以前の80年代に中曽根が日本を「アメリカの不沈空母にする」といい、行革、民営化をすすめ、86年にはプラザ合意でアメリカの要求に従って円高、低金利をやり、バブル経済のもとで日本経済はアメリカをこえたような浮かれ宣伝がやられた背後で、根こそぎのアメリカからの略奪支配が進行した。グローバル化、市場開放、市場原理、自由と民主の叫びで、政治も経済も文化も教育もデタラメになってきた。イラク占領はそのような同じアメリカの戦略のつづきである。
 規制緩和、構造改革、小泉改革を明治維新以来の第3の改革などと称して、対米従属構造を深めてきた。国鉄民営化にはじまり公共事業の民営化がすすみ、労働政策も戦後の労働者ホゴをとり払って権利はく奪の自由化、いまでは教育や医療、福祉、さらに農業といった公共的なものについても株式会社参入によるあからさまなカネもうけ道具にする。「自己責任、受益者負担」という切り捨て。財政赤字のもとでアメリカの要求する公共投資630兆円の利権事業をすすめ、銀行の不良債権処理、米軍支援、などで国家財政も破たん状況になった。文化はマスコミの商業主義の度はずれた腐敗、教育も「個人の興味と関心」「自由勝手」で崩壊、学問は独立法人化で企業の実用に役立たないものは切り捨て真理、真実は切り捨て。社会全体に弱肉強食の野蛮時代が到来している。これがアメリカの世話になった結果である。
 こうして借金地獄、失業地獄をつくって、自衛隊に入って1日3万円の手当をもらい、死んだら1億円をもらい、しかたがないといって死んでいく状態をつくっている。
 日本人民はかつての戦争で痛ましい体験をした。今度は日本の国益を投げ捨ててアメリカの国益のための戦争に下請軍隊として出そうとしている。大衆はみな戦争に反対であるのに戦争にすすむのは戦前の経験でもある。それを「しかたがない」で、銃を持たされ殺されるのをくり返してはならない。戦争を阻止し、平和で豊かな社会をつくるためには、祈りや個人の戦争はイヤだの願望だけではなく、そのままではバラバラな大衆の声を全国的に一つに結びつけ、全世界の平和愛好勢力と団結し、戦争を引き起こすものと正面からたたかわなければならない。

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