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食料安保投げ捨てる売国農政
座談会・安倍「農協改革」の正体
              胃袋牛耳る米国の食料戦略    2015年2月23日付

 安倍政府は、「若者が情熱を生かすことができる農業、競争力ある農業を形成していかなければならない」「農家の所得を増やすため、意欲ある担い手と地域農協が力を合わせ、ブランド化や海外展開をはかっていけるような体制に移行する」「強い農業と美しく活力ある農村を形成していく」といって農協解体へと踏み出している。TPP体制に照応して全中解体などが打ち出され、これに対して佐賀県知事選で示されたように農村部の反撃も始まっている。日本の食料産業の将来とかかわって、いったいなにが起こっているのか、生産者はだれとたたかっていくことが求められているのか、記者座談会をもって論議した。
 
 TPP先取りで加担する安倍政府 協同組合守れの斗争急務

 司会 戦後70年たって、まず農業の現状はどうなっているだろうか。
  惨憺たる状況というのが下関を見ても歴然としている。昨年秋の新米は1俵8000円台、コメをつくる原価は1俵で1万6000円といわれるが、その半額にしかならない。機械は高額化して、そろえると全部で1000万円はくだらず、農家は赤字状態だ。大規模に耕作している農家や法人化しているところなどは、コメの価格が3000円下がれば大幅な減収だ。キャベツにしても、共同出荷で市場に出すと高値のときで10`700〜800円、安いときは400〜500円のときもある。そこから箱代が100円引かれ、市場が手数料をとり、全農や農協の手数料が引かれると1玉40円ほどのこともあるという。農協が「共同出荷で市場に出すより、道の駅や100円市に出した方がいいですよ」というほどだ。
  昨年11月にバター不足が大きな問題となったが、酪農家はピーク時の1963年に約41・8万戸あったのが今では約2万戸と大規模に淘汰されてきた。ここ10年は毎年1000戸のペースで廃業している。安倍政府になってからの円安で、この2年間で輸入飼料が1`c当り45円だったのが60円と15円ほど上がったのに比べて、生乳は1`c当り5円しか上がっていない。餌代だけで生産費の5〜6割だったのが、7〜8割を占めるまでになっている。いくら経費が高騰していても、その分を酪農家が値段に加算することができない。とくに飲用向が1`c100円で取引されている場合、加工向は60円ほどにしかならない。下関市内だけでも2年前に豊北町の酪農家が1軒廃業し、一昨年には菊川町でも1軒廃業した。養鶏も同じで、鳥インフルエンザが起これば、中小の養鶏農家をバックアップする体制はなにもない。
 C 和牛にしても、子牛が不足して高騰し、肥育農家が子牛を仕入れることができない状況だが、それも繁殖農家の激減が最大の要因になっている。宮崎の口蹄疫や福島原発事故の影響もあるが、それ以上に全国の零細繁殖農家がどんどん廃業して国産牛がいないという状況になっている。生産者がいなくなって輸入に依存せざるを得ないなかで、牛肉や豚肉が次次と高騰している。
 A 農家がやっていけないのは、農産物価格が生産費に見合っていないことが一番大きい。市場に出荷すれば買い叩かれるが、背景には市場がスーパーの言い値になってしまったことがある。本来、市場の役割は価格形成で、産地市場であれば集荷して消費市場に送るという役割があったが、今では魚も含めて7、8割が相対取引になり、価格形成機能が破壊されている。市場もスーパーが「この金額で買う」といえば、それ以上の値はつけられない。流通再編とかかわって大型店が小売店を淘汰していくなかでそうなってきた。輸入物も相当流入しており、スーパーも輸入物の価格と競争させて買い叩く。競争相手の中国産野菜も、つくらせているのは日本の商社だ。
  コメも食管法の時代は政府が買い上げていたが、自由化されて、農協が集荷はしているが売り込み先はスーパーなどになっている。結局買い叩かれるのに抵抗できないから、つけが農家に回っている。こうした状況に追い込んできたのは自民党農政で、今さら自民党に「農協が悪い」といわれる筋合いはないと農家や農協関係者は思っている。
  農家はなんとか立て直し、次世代に引き継ごうとしている。だが下関では農協支所の統廃合が進んでいる。貯金額が100億円に満たない支所を統廃合するというもので、豊北町は現在の6カ所から滝部支所と神田支所の2カ所まで減る。豊田町は2カ所が1カ所に、菊川町も2カ所から1カ所になる。豊浦町は3カ所を2カ所に、下関市西部では内日支所が廃止される。
 「農協が農業を切り捨てて金融機関になっている」という批判は強いものがある。金利も昔は低かったが、いつの間にか銀行より高くなったと語られている。
  全中や農協に対しては、生産者のなかで「今の農協のやり方では先がない」という意見がかなり出ているし、協同組合精神を投げ捨てていることへの批判があるのも事実だ。このなかで、安倍が「農業を成長産業に変えていく」などと大きなことをいって全中の監査権・指導権の剥奪を皮切りに、なにをしようとしているのかだ。農林中金が持っている農家の預金90兆円そして保険、共済で300兆円という巨額の資金を外資なりがとっていきたいという魂胆がある。郵政民営化と同じ構図で、TPPと密接にかかわった動きだ。

 企業が儲ける体制作り

  今やろうとしている内容は、安倍のいう通り「戦後農政の抜本転換」だ。今までは「耕作者主義」といわれ、耕す者しか農地を持てないよう法律上も規定されていたが、その農地法も変えて株式会社が農地を持つことができるようにしようとしている。農業委員会の廃止もセットだ。そして、農協は営利目的の組織ではなく相互扶助組織だということで、共同出荷などにも独占禁止法が適用されていないが、それも全部とり払い、全農などの共同出荷に独占禁止法を適用する、営利活動と見なすといっている。戦後一定農民に分け与えていた農地なども全部没収するし、協同組合の活動として保障していた権利も剥奪して大企業と競争させてつぶしていくものだ。「輸出して所得倍増」といっているが、食料生産ではなく、アメリカ農業のように大企業が農産物をつくってもうけていく体制にするということだ。農家を大企業の労働者にしていくという、抜本的な転換をしようとしている。
 また金融面で見ると、農協金融は以前は一般銀行とはまったく違う基準で監査もおこなわれていたが、それが2000年のペイオフの頃から金融と営農が分離させられ、市中銀行などと同じように自己資本比率を上げろとやられた。それをさらに自由化させたいという意図がある。山口銀行のような市中銀行も農家の貯金をほしがっているし、それを外資も狙っている。農協共済などもアフラックなど民間医療保険会社が参入できるようにするために、協同組合の金融として独自に有利な扱いをされる根拠になっている農協法を変えようとしている。
  県一漁協合併や震災復興特区の問題なども共通しているが、やろうとしているのが協同組合の解体だ。この間、水産関係を見ても合併を推し進めてきた結果、浜から協同組合が奪われた。山口県漁協になって支所そのものも奪われ、よりどころにする場所がなくなり、生産者は個個ばらばらの状態にされている。山口県では信漁連が203億円の負債をみな組合員に尻ぬぐいさせて、組合を奪って解体させた。今祝島では原発の補償金を受けとらないで頑張っているが、漁民の権利を守ろうとしたら少少でない苦労がある。山口県漁協が乗り込んで、祝島に「漁業権を放棄しろ」とやっているが、浜の結束を解体して立ち上がれないような状況をつくっていく。ばらばらの漁民が販売体制をつくろうとしても、原資になる金も本店に吸収されて自由がきかない状況がある。
  彦島漁協が設立された歴史を振り返ると、当時の漁業者は多くが半農半漁の零細な生業で、大部分が貧困に苦しんでおり、金融機関がないため高利貸しから2割、3割の高利金を漁業資金として借り入れていたから漁業の近代化はもちろん、貧困から抜け出すこともできない状況だった。それを低利融資できる体制を整え、共同販売を始めるなどして、漁業者の状態は一変していった。「相互団結・相互扶助」の精神で地域をもり立てて助けあうのが基本だったがここまできて、まるで変質してしまっている。それを今度は法律上でも規定してしまおうということだ。
 A 農協なら農協法、漁協なら水協法が憲法といわれ、漁業権を売るときには組合員の3分の2の同意がいるなど厳しい規則がある。だが、「水協法などいらない」というのが宮城県の水産特区であるし、TPPや水産特区の議論のなかでは漁業権を証券化、金融商品にするという暴論を漁業とは関係のない「有識者」たちが真顔で議論している。山口県はまだ水協法があるにもかかわらず、実質ないのと同じことを県行政がやる。その方向に持って行こうというのがTPPだ。

 協同組合が果した役割

 C 各地域に農協が設立されていくのは戦後だ。戦前は地主制度があり農民は小作農として搾取されるばかりだった。戦時中は農村不況から戦争に行ったが、農家は病気になっても医者にかかれないし、東北では娘を身売りしなければならないほど貧乏だった。戦後GHQが農地改革をやって農民に土地を分け与え、自作農にしていくのと同時に農協が設立され、かなり短期間に全国で何万という単協ができた。戦前は地主から借りて耕作しても半分くらいは地主に持って行かれていたので、戦後は「自分の土地ができた」「新しい時代が来た」と、すごい意欲で開拓に入り、山の上まで開墾していった。そこで開拓組合もつくり共同出荷などの体制もつくっていった。
 だいたい1fくらいの農家がほとんどで、そうした零細農家が自分たちの力でやるとなると、機械を買うにせよ農産物を売るにせよ、共同化しなければやっていけない。「共同でやっていこう」という意欲とパワーはすごいものだったし、戦後は兵士たちが復員してきて深刻な食料難であり、「民族の食料を増産しないといけない」という意気込みがあった。戦後70年たって農協を解体するということは、単に農協組織を解体するということではなく、農地改革でやったことをひっくり返すということだ。農民の土地も奪うし、共同出荷でやっていた流通なども大資本が握ろうとしている。
  農協の設立自体はGHQの政策でもあった。GHQの農地改革は、日本の農業をアメリカの資本が支配するうえで、余剰農産物や農機具、また肥料や飼料を売りつけていくために封建的な制度では参入しにくいということでやった。自作農にした農民を支配する必要からも農協が必要だった。金融面でも農民の金を集めて国が使うという側面もあった。農民の側の自作をしていきたい、地域的な相互扶助・連帯で農村を振興させていきたいという思いとの両側面がある。
 戦前は産業組合で、農民以外の商業資本や高利貸しなど外部からの支配があったから、「農民のための農民による農協」「一人は万人のため、万人は一人のため」というスローガンの下、「小さな力の者が大きな力を持った者に対抗するためには協同組合が必要だ」との理念で結成されたし、農協法にもそれが反映されている。紆余曲折はあったにせよ、営農や農協共済事業をしたり、無医村の問題を解決するために農協が病院をつくっていくなど、集めたお金も生産のため、地域生活の繁栄のために使っていくということで「総合農協」となっていった歴史がある。
  農協批判が始まった経緯を見ると、70年代に経団連が農協を批判したが、決定的になったのは80年代半ばに中曽根が「農協が守旧勢力、障壁になっている」としたところからだ。それまでは自民党が票田にしてきたので、どちらかというと革新勢力が農協批判をしていたが、ここから農協解体がアメリカの指図の下で始まった。
 F 安倍が、「農政における戦後レジームからの脱却」とか「非連続的な農業改革」といっている。農民が農協などによって保護されてきたのが「戦後レジーム」で、これからの脱却という意味合いだ。もっと自由に、もっとばらばらになれといっている。安倍のいうようにばらばらになれば戦前以上の植民地的な小作農になるということだ。
 D 農林中金の役割は財政投融資の資金を農村から吐き出させるものだった。農協に貯金させ、「3分の2ルール」で、預金額の3分の2は県信連、農林中金にあげないといけない。農民の預金が農業の再生産に回っていたら、今みたいな状況にはなっていない。農業が衰退して貸出先がなくなったという事情もあるが、農林中金が吸い上げたカネは金融資本主義の餌食になったり、農民以外の金融の亡者たちが食い物にしていく対象となった。農林中金の金を外資が狙っているというが、それは農林中金の金ではなく、全国の農民の金だ。
 F 資本主義経済の下では必ず工業が農業を駆逐していく。それに対抗するものとして協同組合が絶対に必要だった。今から地域を守ろうと思ったら協同組合が不可欠だという流れにもなっている。

 第一次産業振興が国益

 E 安倍が「1俵7万円のコメをつくる」「ブランド化だ、輸出だ」といっていることに農家は国民の食べ物をつくるんだという思いが確固としてある。
  国民を飢えさせないというのがない。高ければいい、金になればいいという感覚だ。だれのために農民は食料をつくるのか、その使命感を否定している。社会的有用性を抜き去って、もうけたらいいだけの国際競争力のための食料生産だ。TPPで日本国民はアメリカが遺伝子組み換えなどでつくった農産物を食べ、日本の農民は海外セレブの食べる物をつくる。それを企業化してやっていくということだが、そうなると金のない者から振るい落とされ、みなが奴隷労働になっていく。「中国野菜が…」というが、日本の農家も大規模になると中国人研修生ばかりだ。多国籍企業が外国人労働者を雇って土地も剥奪してつくっていくフィリピンなどのプランテーションと同じ植民地農業のイメージだ。
  平野部で大規模にできる農地は企業がとっていくだろうが、中山間地は放置されて荒れていく。治山治水の面から見ても国を崩壊させるものだ。限界集落の問題も、今農協があるからガソリンスタンドなども赤字でも置いておけるが、もうからなければ撤退というのが資本の論理だ。農協は営利追求の組織ではなく、地元のためだというのでやってきたが、それが郵便局のように過疎地からなくなって人が住めない地域になる。
  政府なり農林水産省が、自国の国民が食べる物を自国でつくるという考えが、まったくない。それが食料自給率にあらわれている。「なければ輸入すればいい」を真顔でやっているが、なにか起こればミルクが足りない、バターが足りないと大騒ぎになり、豚肉や牛肉もどんどん値上がりしている。アメリカで港湾ストが起きれば値上がりする。輸入依存の弊害が、国民生活をたちまち直撃する。最終的に胃袋を完全にアメリカなり商社、金融資本が握っていく方向がTPPだ。そのうえで邪魔なのが農協になっている。影響は国民生活に及ぶ。農家だけの問題ではない。
  これに対抗しようと思ったら協同組合を守らないといけないし、地域の協同化をもっと強めなければいけない。国は法人化を進めているが、これはもし法人が倒産した場合には農地を金融資本が抵当にとってしまうというものだ。農地というのは生産手段だ。この生産手段を資本が握りたいという意図を反映している。
 F 農業委員会の廃止が現実問題にもなっている。厳格な農地管理を否定するものだ。
  農業生産における農地の意味、それを大企業が所有するという意味は、大きなものがある。国民の食料生産にはまったく責任を負わず、自分のもうけのためにはどうにでも利用する。また独占が押さえた土地でできた収穫物を、国民が飢えていても分け与えることはない。海外のセレブが高い値段で買うなら、そっちに売るというのが資本だ。フィリピン人はバナナをつくっているが、バナナを食べられないというのと一緒だ。
  このままでいくと20年後、30年後には田舎は中国人研修生とかベトナム人研修生ばかりになり、その経営は大資本が牛耳る状態が目に見えている。長野県のレタスの年収がすごい町として持ち上げられていたところがあったが、ひもといてみるとみな中国人研修生で安く使っていたというだけだった。全国がそうなりかねない。この方向とどうたたかっていくかというのが現実の課題だ。
 全中の幹部などに対してコメの輸入自由化や減反のときでも、末端の生産者からすると裏切られ続けてきたという思いがある。しかし、だれと団結してだれとたたかうのかだ。佐賀県知事選などでは農協組織が政府に真っ正面から抵抗している。下からたたかって幹部たちも縛っていく関係だ。「協同組合を守れ!」「日本の農業を守れ!」で団結できるすべての人間と連帯・団結して下から斗争を強める以外にない。そのなかで協同組合精神を投げ捨てた状態については解決をはかっていかないといけない。
  農村というと自治体合併もかなり進行している。かといって都会が食えるのかというと都会も非正規雇用ばかりだ。次の担い手となる子どもがいない社会、未来がない社会だ。独占資本の論理では社会は成り立たない。農業も衰退しているが、農業だけでなく社会全体が衰退している。
  世界的には地球の人口が70億人になろうかというほど爆発的に増えており、食料をどう確保するかは大変な問題になっている。そこで自国の食料生産を手放すということは、アメリカの食料戦略の餌食になって国を崩壊させるということだ。TPPで食料自給率が14%になるといわれているが、何か天変地異や国際紛争が起きれば足腰が立たない状況になりかねない。
  スーパーで何でも買えると思っていたら大間違いで、アメリカが輸出をストップしたら、たちまち飢餓状況になるのが今の日本だ。東日本大震災のときでも流通がストップするとたちまち首都圏は食べる物が店頭からなくなり大騒ぎになった。いかに脆弱かということだ。東京で直下型地震などが起きたら、首都圏にいる数千万人が飢えるのは現実問題だ。知識人も、第一次産業は教育や医療と同じで、国民の食料生産を支える食産業だから、商業主義は本来相容れないと指摘している。もうかるかもうからないかに関係なく絶対に必要なものだ。
  アメリカの農業は補助金漬けだ。自分のところは守って他国にはダメだと難癖をつける。世界的に見ると先進国で食料自給率が異常に低いのは日本と韓国だ。直接アメリカに握られている。外圧で押しつけられている農協解体、農業破壊に対して、全国的につなげた斗争が必要だ。協同組合精神を強めることが絶対に譲れないところだ。下から生産者のたたかいを強めていくことが重要だ。

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