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食料安定供給放棄する国
            減反廃止で農家の意識転換    2013年11月8日付

 安倍政府は「減反政策廃止」を打ち出した。来年度から一律10e当り1万5000円の補助金を半額程度に削減し、5年後の2018年をめどに減反政策を廃止する、などの内容である。これを真っ先に歓迎したのはアメリカで、カトラー米通商代表部の次席代表代行が6日、「満足している」と表明した。アメリカは環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加を日本に迫り、コメなど農産物の重要品目についても関税を撤廃させ、日本の農業市場を全面的に明け渡すことを強要してきている。コメの減反政策は1970年代から本格化し、約40年間継続されてきており、減反廃止は戦後の日本の農業政策を抜本的に転換するものである。その最大の内容は、コメが日本人の主食であり、食料の安定供給に国が責任を持つという観点を放棄し、市場原理の導入でコメ市場を独占大企業が利潤追求をはかる場として差し出すというものである。日本の大多数の農民を廃業や倒産に追い込み、国民への食料供給は危機に瀕することになる。
 
 TPP参加のための体制作り

 安倍政府の「減反廃止」に対して下関市安岡地区の70代の農業者は「今日本の農業は存亡の危機にある。コメをつくっても野菜をつくっても生活が成り立たず、若者が後を継げない。農地はあっても荒れたままになっている。財産相続でも、農地は相続放棄するケースも増えている。このあたりでも農業の担い手は70代や80代の高齢者だ。あと何年かしたら農業はできなくなる。こんなことでは日本の食料生産はどうなるのか。今こそ、国が食料生産に関与して、農地を集めて、そこで給料を払って農作業をするというくらい抜本的な政策をとるかまえがいる。主食であるコメはなおさらだ。“減反を廃止するから勝手につくれ”などといっている場合ではない。今国が手を打たなければ手遅れになりかねないときなのに、安倍政府はまったく逆の道を行っている」と強調した。
 同じく安岡地区の70代の農業者も「TPPも“聖域の5品目は守る”などといっていたが、今や関税撤廃で突っ走りだ。これまでもコメの値段が安くもうからないので後継者が育たなかった。関税を撤廃すれば、外国の安いコメがどんどん日本に入ってきて、小規模農家のほとんどは淘汰される。国民の食料をまかなうことは不可能になる。今、世界は食料危機の時代に入っている。国の政策として、食料自給率を上げることが不可欠なはずだ。大企業が農業に参入するというが、かれらはもうけが第一なので、もうからなければ農業から勝手に撤退し、農地は別の用途に転用されるに違いない。これまでもさんざん経験してきた」と話していた。
 また、60代の農業関係者は、「四f以上の規模の農家だけに補助金を出すというが、下関市内では大多数がそれ以下の規模だ。補助金も削減されるし、減反を廃止して作付け面積が増えれば米価は下落する。そのうえTPP参加で関税撤廃になれば、もっと安い外米が大量に入ってきて米価は暴落する。そのなかで生き残っていける農家がどれほどいるかだ。今の経営規模では集団化したり、法人化したところでも経営は厳しい。コメは日本人の主食であり、国が責任を持つのが当然だ。補助金を打ち切るのではなく、もっと国の関与を強めるべきだ」と話していた。

 集団化・社会化を要求 下関市内の農業者

 下関市菊川町の農家は「菊川町は農業法人が市内でもたくさんできている方で、法人や営農組合がかなりある。農業はもう集団的にやらないと将来がないというのは、みんなの共通認識になっている。町内でも“担い手”ということで何十町歩も一人でつくっている農家が数人いるがそれも本人が倒れたら終わり。後継ぎがいないのと新規で個人が始めたとしても、必ず機械代で赤字になる。しかし法人化してやっているところも、ほとんどがやっとの経営で成り立っている。コメがこれだけ値下がりしているなかで、コメだけでは赤字なので、転作作物として大豆や小麦をつくっているが、それも補助金が少し入ってなんとか、というのが実情だ。補助金がなかったら法人がつぶれてしまい、地域全体が荒れ地になってしまうので、みな行方を不安な思いで見守っている。どちらにしても国は補助金を削減しよう、削減しようという方向でやっているので今回なんらかの形で残ったにしても、今よりもよくなることはない。農業や漁業という食料生産にかかわるものは、どこの国でも必ず国策として守っている。自由化するとか、企業が参入して競争原理を導入するというが、そんなたやすいものではない。国民全体の食料を確保するということと、国土を荒らさずに守っていくことというのは国の将来にかかわることだ」と話していた。

 米国農産物の輸入拡大 国内生産破壊が進行

 減反廃止という戦後農政の抜本的転換まできて、農業者のなかでは敗戦後の経験を振り返ってさめざめとした問題意識が語られている。
 1945年の敗戦直後は、戦地から復員したり、満州や朝鮮からの引き揚げ者が帰ってくるなかで深刻な食料難に直面した。そのなかで、農民は鍬や鎌を手に山頂まで段段畑を切り開いて田や畑をつくったり、山林を開墾したり、干拓地を造成するなど、食料増産のために営営とした努力を重ねた。厚生労働省の調べでは1945年以降は農業従事者は拡大を続け、1951〜55年までに100万人も拡大した。そのなみなみならぬ努力のたまものとして、1960年代には食料自給率は82%にまで達し、ほぼ国内での食料自給を成し遂げた。
 国は主食であるコメについては食料管理制度を設け、農家が生産した全量を生産費を基本にした米価で国が買い上げ、消費者には生活の安定をはかるためにできるだけ安い消費者米価で販売した。
 1967年にはコメの生産量は史上最高の1400万dを記録し、はじめて国内でのコメの自給を達成した。
 だが、他方で、日本を占領支配したアメリカは、農業分野では、1947年に農地改革をおこない、大地主から土地を強制的に買い上げ、小作農に土地を分け自作農とし独占企業の市場とした。アメリカはこの農地改革により、日本の農業を1f未満の中小零細規模の農家が主力となる構造にして独占資本の支配下に置いたうえで、MSA協定(1954年)によって、小麦や脱脂粉乳など安価な余剰農産物を大量に日本に流入させるとともに、パンと牛乳の学校給食の普及やキッチンカーに代表される「栄養改善運動」(1956年)によって欧米型の食生活を普及。70年代からはグレープフルーツの輸入自由化、90年代のオレンジや牛肉の輸入自由化など米国産農産物の輸入自由化を拡大し、日本の農産物市場を食い荒らしてきた。
 そのため早くも1955年には離村、離農が拡大する方向に転じた。農業就業人口のピークは1960年の1454万人で、2009年には290万人に減少。耕地面積のピークは1956年の609万f。それが2008年には463万fに減少するなど、すさまじい国内生産の破壊が進行してきた。

 企業の農地所有も解禁 農地も奪い市場化

 この間、コメ市場について見ると、「食料の安定供給に責任を負う」という建前により、食料管理法のもとで国が生産、流通を管理するという体制から、市場原理の導入がなし崩し的に拡大し、生産、流通分野に大企業が参入を加速させている。そのうえでのTPP参加であり、減反廃止である。
 1969年には政府を通さない自主流通米制度を開始、1993年にはコメの不作による外米の緊急輸入。94年にガット・ウルグアイラウンドでコメの輸入自由化の合意。ミニマム・アクセス(最低限輸入機会・MA)米の年間約80万d輸入。95年に食料管理法の廃止となってきた。
 食料管理法にかわって制定された主要食料法ではコメの全量管理を廃止して市場原理を導入。コメの受給への政府の管理責任も放棄、コメ販売も許可制から登録制に変え、大企業の参入を加速し、零細な米穀店が淘汰されてきた。また、禁止されてきた先物取引規制を緩和し、コメの買い占めや買いたたきなどコメ投機の機会を拡大した。
 コメの減反政策は、1970年当時は、「国内自給維持」を掲げて強行された。しかし強制的な稲作の破壊により1993年には冷夏によるコメ不作となり、緊急輸入をよぎなくされた。つまり減反政策はアメリカの強力な圧力のもとで、コメの国内生産を意図的に破壊し、コメ輸入に導く政策であった。
 約4割におよぶ水田を減反・転作しながらアメリカ産米をはじめとする外米を毎年約80万dも輸入するという売国農政を続けてきた結果、米価は95年当時の1俵=60`約2万円が、半値の1俵1万円に下落し、零細な規模の農家が大量に淘汰され、後継者不足や高齢化が進み、耕作放棄地が拡大する事態が進んでいる。
 安倍政府がうち出した減反補助金廃止は、大多数の零細規模の農家をはじめ、集団化された農業法人などの経営も直撃し、離農や廃業、倒産が続出することは必至である。
 それを狙っているのは、冒頭のカトラー米通商代表部の次席代表代行の弁にも明らかなように、アメリカの多国籍企業と日本の独占大企業である。安倍政府は減反廃止とともに、株式会社の農地所有を解禁し、農地転用の規制を緩和しようとしている。農地改革で自作農に分けた農地をとり上げて所有し、生産、加工、販売、流通に乗り出して利益をはかろうとしている。また東日本大震災時にも起こったように、コメの買い占めなど、投機に走ってぼろもうけすることも狙っている。さらには、約90兆円におよぶ農協貯金や約300兆円にのぼる農業共済など金融資産も狙っている。農協が関与する農産物の販売は年間4兆8000億円の取引高がある。それをそっくりアメリカの多国籍企業や金融資本に差しだそうとしている。
 安倍政府がやろうとしていることは、食料の安定供給という一国の政府として当然やるべき責任を放棄し、コメ市場をはじめ農産物市場全体を多国籍企業をはじめ独占大企業のもうけの場にし、「国民は飢えようが、餓死しようがおかまいなし」の後は野となれの暴走である。
 農業者は「今こそ食料生産に国が責任を持って関与すべきである。減反廃止やTPP参加で日本は農業のない国になり、国民への食料供給は保障できない。国民全体の問題だ」と問題意識を高めている。
 戦後68年の経験を振り返り、日本の農業の発展を阻んでいるものは「日米安保条約」にあらわされる対米従属構造にあることを見ぬきこれを打破することのできる全国団結を求めている。

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