トップページへ戻る

少子化背景に次々と消える学校
山口県内・10年で小・中56校減
              産業衰退放置し県土崩壊    2014年4月18日付

 山口県内から小学校や中学校、高校が次次と姿を消し、各地で廃校を余儀なくされる状況が出てきている。平成17年を前後した市町村合併以後、「効率化」「集約化」が叫ばれ、「適正規模・適正配置」と称して統廃合されていった学校は数知れない。とくに中山間地である農業地域や沿岸の漁業地域ほど顕著なもので、今後はさらに都市部でも本格化する趨勢となっている。少子高齢化が進み、県内の児童生徒数はピーク時のおよそ3分の1まで激減している。現象だけ見るなら子どもの数が多いか少ないかであるが、農業生産や漁業生産が年年停滞し、さらに瀬戸内海側のコンビナート群でも大企業の工場閉鎖や撤退があいついできたことなど、産業の衰退が直接反映したものとなっている。
 
 海外移転で工業地帯も空洞化

 県内全体の公立小中学校の統廃合状況を見てみると、平成17年度には541校(うち休校28)だったが、平成26年度時点で485校(うち休校23)となり、10年あまりの間に56校もの小中学校が姿を消している。
 地域別に見てみると、岩国市で柱島小、端島、波野、柱島中、天尾、御庄、六呂師、向峠、乙瀬、本谷、広東、深須、大原、宇佐、藤河、柱野の各小中学校が廃校・休校となり、25年度末で祖生東小と祖生西小が閉校、新たにそお小が開校している。今後小瀬、杭名、河内、柱野、由西、神東、中田、川上、米川、修成、周北、玖珂、玖珂中央の各小学校、さらに本郷中、美川中の統合も検討されている。
 柳井市では17年3月をもって伊陸中、日積中、阿月小が廃校。また旧大畠町にあった遠崎小、鳴門小、神西小が閉校し、新たに大畠小となった。周防大島町では21年3月に油田中、沖浦中、日良居中、蒲野中が廃校となり、22年3月には屋代小、23年3月には椋野小が廃校。昨年度末に旧東和町にあった和田小学校が廃校となった。
 下松市では笠戸小、江の浦小、深浦小、深浦中が廃校となり、周南市では須金中、久米小譲羽分校、大向小、長穂小、大道理小、翔北中が廃校。粭島小、大島小を閉校し、新たに鼓南小が開設された。今後の計画として四熊小を菊川小へ、須磨小・中須小を沼城小へ、八代小を高水小へ、鼓南中を太華中へ、中須中を須々万中へそれぞれ統廃合する案がでている。
 県央の山口市では、旧徳地町の堀中、島地中、八坂中、柚野中が廃校。18年4月から徳地中となり、これで旧徳地町にあった4中学校が一つに統合されることになった。旧阿東町では、島根県境に近い亀山小が廃校となっている。合併以前の2000年前後には両町合わせて15の小学校があったが、現在は九校となっている。
 宇部・山陽小野田地域では旧山陽町にあった厚陽中が廃校となり、厚陽小へ統合。山陽小野田市では埴生中と埴生小が統合し、宇部市では小野中を厚東中へ、見初小を神原小へそれぞれ統合する計画が示されている。
 美祢市では下郷小・本郷小が秋吉小に統合し、桃木小が豊田前小、田代小が於福小、鳳鳴小が大田小へそれぞれ統合された。今後は28年4月に秋芳南中と秋芳北中が統合することが決まっている。
 下関市では旧豊浦郡豊北町の二見小、旧豊田町の三豊小が休校となっており、旧豊浦町の小野小が廃校。また旧豊北町では合併前に豊北第一、豊北第二、豊北第三、角島の各中学校が廃校し、町内で1カ所統合して豊北中ができた。同町では、公立保育園も広い町内を1カ所統合しており、将来的に小学校も集約する可能性が取り沙汰されている。豊浦町では17年4月に宇賀中と豊浦中を廃校して夢が丘中となり、24年4月には旧豊田町の豊田西中・豊田東中が廃校して豊田中学校となった。
 下関市内では、江島市長時代に市民の猛反対にあって頓挫していた統廃合計画が再び動き始めており、旧下関市内の中心部や旧郡部地域を含め33校が整理対象校としてあげられている。
 長門市では16年4月に文洋、川尻の両小学校が廃校。17年4月には油谷中、青海島小、深川中大畑分校が廃校、さらに22年4月には大畑小、伊上小、向津具中が廃校となり、23年4月には通中が廃校となった。近隣の萩市では佐々並中が明木中に統合された。
 阿武町では平成16年度末に宇田中と奈古中が統合して阿武中となり、21年度末には宇田小が廃校、22年度末には奈古小が廃校となり阿武小となった。今後27年度末をめどに福賀中を廃校にし、阿武中に統合することが決まっている。
 公立高校を見てみると、柳井商業・工業、徳山商業・工業、萩商業・工業がそれぞれ商工高校へ統合。また周防大島の安下庄高と久賀高が統合して周防大島高となった。美祢市でも集約化がすすみ、大嶺高と美祢工業高が統合して青嶺高校となり、そこに美祢高も統合して美祢青嶺高となっている。坂上高、広瀬高、鹿野高、徳佐高など農業地帯にあった小さな高校は、それぞれ岩国高坂上分校・広瀬分校、徳山高鹿野分校、山口高徳佐分校となり、徳山北高、佐波高も分校化されている。田布施町では農高と田布施工高が統合して田布施農工高となり長門市では大津高、日置農高、水産高の三校が父母や地域、同窓生などの反対を押し切って再編統合され、大津緑洋高となった。また、熊毛南高上関分校、田布施農高大島分校、徳佐高高俣分校、奈古高須佐分校が廃校となりそれぞれ統合された。下関では下関中央工業高と下関工業高の統合が決まり、計画が進行している。
 今後の計画について統廃合の対象校をあげていない自治体も多く、水面下では計画を持ちながら、表に出すタイミングを伺っている状況もある。

 労働力奪われた農漁村統合の先進地・豊北町

 下関で統廃合の「先進地」になってきた豊北町では、急激な人口減少が問題になっている。下関市と合併した同じ旧豊浦郡内でも突出したもので、高齢化率は45・3%にもなる。毎月の社協だよりの香典返しを伝える欄には、亡くなった豊北町民の名前がズラッと並び、市民を驚かせている。
 そんな豊北町のなかでも、農業を基幹産業にしている田耕地区は高齢化率が50%をこえ、スーパーも病院もガソリンスタンドもなく、来年2月には農協も撤退する予定。田耕小学校では17年の合併時には41人いた全校生徒が現在は10人となり、新入生がいない。地域に子どもは他にもいるものの、少人数教育を懸念したり、様様な事情で滝部小学校に通わせる親も少なくない。前述したように、町内にあった公立保育園・幼稚園が統合されて滝部地区に1カ所集約されたため、小学校に入学するさいに幼い子どもたちが友だちと離れてしまうことになる。ならば、そのまま滝部小に進学させようという親心も反映している。
 また町内の4つの中学校が廃校になり、こちらも滝部に1カ所集約して豊北中が開校したが、平成17年には316人いた生徒が現在200人とほぼ3分の2になっており、将来的には100人をきるといわれている。豊北町全体が一校区となり、効率化のために思い切った集約が進められたが、スクールバスも満足に整備されておらず、自転車通学の生徒が事故死する出来事も起こった。スクールバスに乗り遅れると家にたどり着けないため、部活動なども時間的制限が加わるようになり、日常生活のなかで行き帰りの時間が大きな比重を占める。
 豊北高校ではJR西日本のダイヤが変更される度に通学で利用する列車の便数が減り、生徒が困っていることが問題にされてきた。生徒たちが学校に通うのだけ見ても、こうした農漁業地域での困難性が増している。保育園統廃合についても、「地元に残してほしい」と存続を求める運動が角島地区の父母を中心にとりくまれたがごり押しされ、遠く離れた保育園へ送り迎えする大変さや、何か事が起きた場合に近場で対応できない不便な状況がうまれた。「子どもを産み育てやすい環境」から遠ざかり、ますます少子化に拍車をかける要因となっている。
 子どもが減り、その結果対応として学校統廃合が進められているが、子どもを産み育てる親が減っているという根本問題にメスが入らず、産業の衰退に歯止めがかからない。山口県の農林業・漁業就業者数の推移を見てみると、農業就業人口(販売農家)は平成2年段階で7万5981人だったが、平成17年の合併時点で4万7446人になり、22年には3万5201人となり、20年来で4万700人以上減少した。半減である。中山間地に残された高齢者がかつがつ農業就業人口の一員となって農業にとりくんでいるが、現役世代が極端に減少して、都市部に労働力として奪われていることが少子化の最大要因となっている。
 さらに県内の漁業就業者数は昭和63年には1万5478人いたが、平成15年には8084人になり、平成20年には6723人と8700人以上も減少している。こちらも半減である。山口県では信漁連が203億円もの預金を焦げ付かせ、その尻拭いをみな沿岸漁師に負担させて水産県の疲弊に拍車がかかった。自民党林派がマリンピアくろいや証券投資で漁師の預貯金を使い込み、使い込まれた漁師の側が赤字の補填まで請け負うという、バカげた再建策が真顔で実行されてきた。おかげで豊北町では漁協組合員が6割以上脱退するなど漁協崩壊の危機を迎え、その後も沿岸は回復の兆しが見えない。
 一般的な農漁業の困難さに輪をかけて、山口県ではよそにはない水産業破壊がやられ、「担い手」が育たない状況がもたらされた。漁村も農村と負けず劣らず高齢者ばかりになった。こうした大人の世界の生き辛さ、生活しにくい環境が子どもの減少という結果をもたらし、「ならば学校統廃合を」といって行政が嬉嬉としている。「ならば産業振興を!」となぜならないのか、である。

 工場閉鎖で人口が流出 全国屈指の高齢化率

 中山間地だけでなく、都市部でも工場閉鎖や撤退が校区に大きな影響を及ぼしている。
 県内から企業の撤退・工場閉鎖もあいついでいる。2006年4月にはカネボウ防府工場が閉鎖。2008年のリーマンショック後には下関市彦島で3000人が働いていたMCS(三井金属系)が工場を閉鎖した。2012年三月にはJT防府工場が閉鎖。5月には光市の外資系半導体メーカー・シルトロニック・ジャパンが工場を閉鎖し、500人以上を解雇した。8月には半導体製造装置製造の大畠製作所が破産し事業を停止した。9月には半導体大手のルネサスエレクトロニクスが希望退職を募り、宇部・柳井両工場あわせて700人以上が「早期退職」。2013年8月には、柳井工場と宇部工場を閉鎖もしくは売却すると発表した。また今年3月には出光興産徳山製油所の石油精製設備が停止している。
 彦島のMCSに近い西山小学校では、平成20年度には383人だったが、工場閉鎖後の平成25年度には260人となり、5年間で120人も子どもの数が減少している。工場閉鎖によって人口は減少し、彦島全体が急速に寂れていることも問題になっている。富山県やよその工場に親が配転になり、転校していく児童など、いわゆる「自然減」ではない流出も起こった。
 山口県は総人口約145万人のうち65歳以上の人口が42万3000人。高齢化率は29・23%で、全国でも秋田、島根、高知に続いて4位と全国屈指の高齢化が進行している(平成25年3月31日時点)。そのもとで、小学校、中学校に通う子どもたちの数はピーク時のおよそ3分の1まで減っている。学校耐震化の進行は47都道府県のうちワースト2位で、「松陰先生」を語る割には教育にカネを注がないのを特徴としている。中央政府で出世する政治家は多いが、足下では惨憺たる荒廃が進み、アベノミクスの行く末を暗示するような状態が広がっている。
 働く親が子どもを育てようにも育てられない状況の解決なくして、子どもが増えるわけなどない。統廃合に際して、学校のあるなしだけを問題にしていても何も解決せず、仮に学校だけが残ったとしても子どもがいなくなれば学校がその地域にある必要性すら消え失せてしまうことになる。
 TPPを強行し、農漁業のない国作りを進め、大企業天国で国民生活がどうなろうと知ったことかという政治が、生命の再生産すらままならない社会を作りだし、その実、少子化で経済規模を縮小させ、資本の投資先を狭める自爆をやっている。目先の利益を追い求めて社会の将来を食い物にする愚かさを暴露している。国土の崩壊や、農漁業・製造業の衰退が進むなかで、それに対置するものとして徹底的な産業振興を求める運動を強めることが待ったなしのところまできている。

トップページへ戻る