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対米従属の鎖断ち戦争阻止へ
戦後67年目の8・15迎えて
               原爆・空襲から続く絶滅作戦    2012年8月10日付

 戦後67年目の8・15敗戦記念日を迎える。第2次世界大戦で日本はかつて経験したことのない深い痛手を受けた。320万人もの国民が殺された。戦地に送られた兵士は食糧も弾薬もなく放置され餓死や病気で死んでいった。都市という都市は焦土と化し、肉親や友人を奪われ家財を焼かれ、焼け野原に放り出された。戦後人人は、二度と戦争を許さぬ思いを胸に、平和で豊かな国土の建設を目指して献身してきた。だが、現在の日本の状況は、見るも無惨な植民地属国の荒廃をさらし、人人はかつて戦争へと進んだ時期と同じような社会的様相を肌身で感じている。戦没者の死をむだにしてはならず、再び戦争を起こしてはならないという人人の熱い思いは、世代を超えて全国で充満している。今年の8・15をどのように記念すべきか、記者座談会を持って論議した。
 司会 8・15を迎えるが、現在戦争の危機が迫っているなかで、あの戦争で人人はどんな目にあったか、新鮮な怒りを呼び起こすことが第一の問題として重要だ。人人の実感のところから出してみたい。
  満州事変(1931年)からの戦争をみても、日本人の男子の4分の1、のべ1000万人が兵隊にとられた。そのうち約200万人が戦死している。さらに、原爆、空襲、沖縄戦や旧満州などで、なんの罪もない老幼男女100万人が無残に殺された。こうして、1500万人もが家財を焼かれ失った。国民はほぼ5世帯に1人の割合で親・兄弟、肉親を奪われ、さらに親せきや知人、友人で戦争の犠牲者を持たないものはいないという深刻な体験だった。
 B 原爆展をやってわかることは、全国空襲や原爆の実態などについてもあまり知られていない実際がある。自分の郷土でも空襲を受けていたことを知ってびっくりする若い人が多い。戦地では食べ物もなく餓死、病死で殺され、空襲で焼け出されて孤児になり必死で生きてきたこと、女手一つで苦労して子どもたちを育てた話など、みずからの祖父母の姿を重ねて真剣に受け止めていた。
 C 南方で父親を失った遺族が、日本の支配層が負けるとわかっていて、沈められる場所に兵隊を満載して輸送船を送り出したというパネルを見て「見方が変わった。父親の思いを受け継いでやっていかないといけない」と怒りを深め、行動に参加する状況もあった。戦争体験者は、戦後も広島でアメリカが原爆について一切語らせず、日本人絶滅作戦を一貫して続けて原発押しつけまできた実感を伴って「核兵器で始まって最後に核や原発で滅ぼされることが今になってわかってきた」と語っていた。現代とつなぎ、アメリカの戦争目的はなにか、あの戦争はなんだったかが問題になっている。
  戦前の「みんなが貧乏になって戦争になっていった」というパネルから、各地の空襲や原爆投下後をへて、現代の「みんなが貧乏になってまた戦争になる」というパネルを見て「日本はアメリカの植民地だ」と深い思いを語る人が多い。また、関門海峡に何千発も機雷が落とされアメリカの攻撃拠点になったことを知り、下関人工島や岩国基地などと直結する道路整備とも合わせて「また戦争になっていく」と危機感が語られている。
  みんなの実感で出るのは「また戦争になる」ということだ。「今度はアメリカの戦争の矢面に立たされる」と語られている。8・15をめぐっては、「やっと戦争が終わった日」で「平和で豊かで民主主義の出発点」といってきたが、この日は日本がアメリカの隷属の鎖に縛り付けられガタガタにつぶされていく始まりだった。そういう8・15ではないか。さんざんに戦争で殺され原爆を落とされ、アメリカに占領された。そして日本の支配階級は積極的にアメリカの日本侵略支配の協力者になって日本を売り飛ばすことで支配の地位を確保する道を歩んだ。この行き着く先が現在の日本の姿だ。
 B 「なんの解決もしていないし、戦後の決着はついていない」と若者や現役世代も問題意識を語っていた。愛知の戦争体験者は、マスコミや教育で「戦争は国民の世論が日清、日露から高揚して国民が戦争を望んだがために東条内閣が戦争に突き進んだ」と描いていることに「本当の真実が隠され、一億総懺悔が国民に押しつけられ、うやむやのまま戦後ずっと来ている」と語っていた。「その延長で真実を隠蔽し、また戦争に誘導していく報道や教育がされてきている」と強烈に警鐘を鳴らしていた。

 またも戦争になると体験者 昔天皇、今アメリカ

  戦後の欺瞞は崩壊している。「終戦で平和になった」「アメリカに助けられて豊かになった」「戦後は民主主義になった」といったがインチキだったことが露わになっている。民主主義などないし、「豊か」というが行き着いた先は貧困大国だ。おまけにもう一度、アメリカの仕掛ける対中国戦争の戦場にされようとしている。
 E 戦争体験者は戦争をくぐった実感を込めて「今は戦争に進んでいる」「子どもたちに絶対あんな思いをさせてはいけない」と話す。あのとき戦争に向かった流れが、戦後一循環して今進んでいるという空気を肌で感じている。
 A 戦争体験者は今の生活からうける全実感が、かつての戦争のときと一致している。「あのときもそうだった」と。貧乏になって戦争になる、メディアはウソばかり報道して煽る、学者は御用学者ばかり。政党政治は崩壊し議会制民主主義は通用しない。いくら選挙をやっても公約を守らないから「選挙で国や政治は動かない」とみなが痛感している。
 この翼賛政治・専制政治をどこが動かしているのか。政治家ではなく権力機構全体がアメリカに直結して動いているという実感になっている。軍隊をみると自衛隊は完全にアメリカの下請けだし、警察、検察、司法機関もそうだ。官僚機構も戦前の体制がそのまま生きている。
 C マスコミもそのままだ。ドイツのマスコミはみな解散させられたが、日本は戦争で大本営報道をやりまくっていたのが、今度はGHQへのおべんちゃら報道をやり始めた。『朝日』も『読売』もCIAの手下になった。緒方竹虎にしても正力松太郎にしても積極的に売国奴を買って出た。戦前の「大本営報道」は戦後も頭が変わっただけで今も続いている。戦後は自主的な検閲だ。
  学者や文化人も戦時中に権力のチンドン屋をやった精神で、GHQのチンドン屋をやってきた。その流れが大きくなり今に至っている。
  戦争体験者は天皇制で徹底的に抑圧され、だまされ、戦争であれだけ同年代の若者が殺された。戦後も天皇がアメリカにくっついてずっと抑圧し、だまし続けてきて、また戦争になってきているのを見ている。「戦後、解放された」という認識が入る余地はない。かつての戦争に動員された感覚で、戦後社会もずっと見てきた。「昔天皇、今アメリカ」でやることは一緒だ。
 司会 やはり、第2次世界大戦がどんな戦争だったのかが問題になってくる。
  そもそも日本の支配階級が第2次大戦でなにをやったかということだ。「みんなが貧乏になって戦争になっていった」わけだが、明治維新後に成立した日本資本主義は、ブルジョア階級と地主階級に立脚した絶対主義天皇制のもとで、農民や労働者は二重の搾取に苦しみ、市場の狭隘性を特徴として持っていた。それは国内における強烈な搾取と強権的な抑圧とともに強い侵略性を特徴としていた。台湾、朝鮮、満州、そして中国全土・東南アジアと侵略を拡大して、その地に市場権益を持つ米英仏蘭帝国主義との市場争奪の帝国主義戦争に進んでいって、そして敗北した。
 B アメリカとの戦争に突入する前には、すでに中国に侵略してうち負かされていた。中国での戦死者はすでに18万5000人を数え、100万の日本軍の主力が抗日戦争によって釘付けにされていた。そのもとで、ソ連との戦争をさけて「南進政策」といって、米英仏との戦争に進んだ。
 A 最初から海軍では「1年しか持たない」といわれていた。そして半年後にはミッドウェー海戦で敗北し、43年にはガダルカナル撤退となり、44年には「難攻不落」といわれたサイパンが陥落し、東条内閣が倒壊しても戦争をやめなかった。制空権も制海権もアメリカに奪われ、南の島にとり残された兵隊は武器も食料もなく、餓死、病死し戦争などできる状態ではなかった。それなのに、戦争を続行させた。
  丸腰の兵隊をどんどん輸送船で運んで、待ちかまえていたアメリカの潜水艦にまとめて撃沈させることまでやった。戦争の勝敗はわかり切っているのに、アメリカに全土を空襲で焼き払わせ、沖縄戦や広島、長崎の原爆投下でさんざん殺させた末、無条件降伏した。
  天皇を先頭にした日本の支配階級は中国に負けるのが必至となって、日本で革命が起こることを恐れていた。アメリカは日露戦争のあとには対日占領計画「オレンジプラン」をつくっていた。ペリー来航以来の野望だ。負けることが濃厚な米英仏蘭との戦争ヘ進み、負けることがわかった後にも戦争を続けたのは、日本人民による天皇制打倒による革命を抑えつけて、欧米列強側に身を寄せることで地位を守ろうという意図を明確に貫いていた。日本民族がどれほどの被害をうけようとも自分さえ助かればいいというものだ。国民の命の抹殺と引き換えに、自分らの地位さえ守ればいいという対応があれだけの大被害になった。
 一方のアメリカは、開戦直後からライシャワーらが日本の軍部に戦争責任をかぶせ「天皇を平和の象徴」とする間接支配のやり方をとる計画をもっていた。実際、戦争中もその方向で日本の支配層に働きかけを強めていた。
 E 天皇やその周辺の者は、原爆や空襲を「天佑」といって歓迎した。近衛文麿の上奏文にみるように「革命」を恐れていたから、国民がアメリカの無差別虐殺にさらされることで、アメリカの占領や天皇の責任追及に立ち上がれないほど疲れはてさせるという点で、アメリカとの利害は一致していた。だから、アメリカは人民を虫けら扱いして殺す一方で、皇居、軍中枢、三菱の工場などは攻撃しなかった。
  戦前に駐日米大使をしていたグルーなどが「日本の軍需工場を攻撃するな」と主張していた。グルーはJPモルガンの利益代表で、三菱や住友と深い関係を持っていた。アメリカは日本の大企業に相当投資してインフラを整備しており、今から日本の資本主義を段階を画して発達させ、収奪していくんだという狙いを持って戦争に臨んでいた。
 三菱の岩崎小弥太は日米開戦のときに、「米英はこれまで通り友人だ。だから資産をきちっと守って、戦後も同じようにやっていけるよう、みんなもそのつもりでおれ」と檄を飛ばしていた。ウォール街の意向と一致していた。
 C この戦争で300万人も殺したアメリカの残虐性は、現在の日本に対する残虐性、横暴さにつながっている。「新大陸発見」などといって北米や南米でインディアンを皆殺しにして、その後ハワイを奪い、フィリピンを奪い、そして日本、その先は中国となっている。
  歴史をみてもアメリカは日本占領の意図を幕末から持っている。ペリーが黒船で来たのを明治維新でうち破った。だが、そこで権力をかすめとった連中が人民を裏切り、戦争に負けたらアメリカの飼い犬になっていった。アメリカはペリーの志を継いで第2次大戦をやったのだ。日本が敗戦した当日の『ニューヨークタイムズ』は、「われわれははじめてペリー以来の願望を果たした。もはや太平洋に邪魔者はいない。これで中国大陸の市場はわれわれのものになるのだ」と書いている。
 E マッカーサーは、ミズーリ号での降伏文書調印式を浦賀沖で、ペリーが停泊した黒船の位置で、ペリーの当時の星条旗を飾り、ペリーが上陸したときと同じ礼砲を撃ち放した。占領の意図を露骨に示している。
  他国を侵略支配するのは大変なことで、満州支配のために陸軍60万人を派遣していたほどだ。最近のイラクでもアフガンでも、権力機構がすすんで手伝うとはならないから行き詰まっている。数万の米軍で植民地のように隷属させているのはなぜかが重要なところだ。日本の独占資本集団、官僚や政治家、メディアや御用学者など日本の支配階級がアメリカの植民地支配の手伝いを買って出ているからだ。民族的な利益を根こそぎ売り飛ばすことで自分の地位を得る。日本の支配階級の無様さの根拠だ。野田や谷垣の顔にそう書いてあると国民は見ている。
 C このアメリカ占領軍の支配を「解放」ととらえたのが共産党の中枢だった。口でマルクス主義を言うが実行することは反対という現代修正主義潮流だった。アメリカの支配はこのもう一つの協力者のおかげでスムーズにできた。つまり日本の権力機構、独占ブルジョアジー、これがすすんで売国奴になりみずから協力し欺瞞してきたが、そこに人民運動の内部からそれをねじ曲げてアメリカの日本支配を支えてきたのが左翼勢力にはびこった修正主義潮流だった。人民運動の内部からアメリカ美化をやってきた。そのイカサマぶりが広く暴露され、今見る影もなく衰弱しきっている。志位など「アメリカ民主主義はすばらしい」といい「オバマ万歳」といったのが最後の叫びという感じだ。

 米国の支配助ける修正主義 国際的に共通

 A 共産党中枢がアメリカ占領軍を解放軍と規定したのは、国際的に共通したものだった。「米英仏は反ファッショ戦争の友だ」というのが第2次大戦におけるソ連共産党中枢が世界中に流した観点だ。反ファッショ統一戦線の戦術のもとで、日独伊のファシズムだけが敵で米英仏は友とみなした。そして各国の人民が米英仏帝国主義とたたかってはならず、さらにそれに従うように強制した。それは世界中の人民の解放を犠牲にしてソ連一国を守るという民族利己主義からくる修正主義だ。
 フランスでは戦争中人民はレジスタンスでたたかっていたが、ドゴールなどブルジョアジーはイギリスに逃げていて、ナチスが倒れたら革命ができていたのに、ドゴールの側に権力を渡した。せっかく倒したファシズム国家のイタリアでも日本でも革命は起きなかった。
  戦後のヨーロッパ発の平和運動は「ヤルタ会談の合意」に従い、東西からドイツを侵攻したソ連軍と米軍が合流し、ナチスドイツを倒したことを喜び交流、「平和を誓った」という「エルベの誓い」がテーマだった。これが、戦後の世界の青年運動の柱となり、日本の平和友好祭でも「米英仏は友」論の影響は強かった。
 
 太らせて食い潰す アメリカの戦後支配

 D 
広島に来たヨーロッパ人が、原爆展をすごく新鮮に受け止める。日本でこの歴史的な制約を突破していることに衝撃を受けている。ドイツの歴史学者が「このパネルはすごい。世界で第一級の評価だ」といっていた。外国人のアンケートも衝撃的で、「アメリカは恥じるべきだ」「謝罪すべきだ」「この運動を支持する」「自分の国でもやりたい」などと記されている。
  ヨーロッパでは近年は反米が強くなっているが、ナチスをやっつけたアメリカに反対してはいけないというのがずっとある。反ナチはやってもいいが反米だけは許さないというのがある。
 B 日本でアメリカの原爆投下に文句をいわせない、加害者論と同じだ。
 A 日本社会は戦後も、アメリカの占領と「日米安保条約」によって、一時的には高度成長で豊かになったかのように見えたが、結局は太らせたあと食いつぶすという結末だった。
  戦後の日本社会では1971年のニクソン・ショックが戦後資本主義世界の大きな転換点になった。金ドル交換を停止しドルに世界の通貨を規制させる。ドルを好き勝手に増刷し新自由主義、市場原理主義と進む。そこでアメリカが力を入れたのが軍事力とともに、情報通信技術と金融技術だ。そうしてやったのは大がかりな金融詐欺だった。
 貯蓄ゼロのアメリカ国民に住宅ローンを組ませ、そのローンの不良債権を金融証券に組み替えて、優良証券だとだまして世界中から資金を集めては踏み倒した。日本はアメリカの圧力で金融自由化をはじめ、構造改革を強制され、気づいたときにはアメリカ国債とか、さまざまな証券で700兆〜800兆円巻き上げられた。それなのにIMFがまだ消費税を上げろといっている。
 C 小泉政府に代表される新自由主義・構造改革で、アメリカの要求通りの市場開放がやられ日本社会はガタガタに崩壊した。日本民族の存亡がかかる食糧生産である農林漁業は、早くから安い農林水産物市場とされて独立国とはいえない状態に破壊され、今では製造業も海外移転で後継者もたたれようとしている。教育も文化も学問もアメリカ賛美で崩壊状態。政治も官僚機構もマスコミも皆アメリカの道具だ。
 D しかも対中国の核ミサイル戦争の盾にされている。オバマ政府はアジア重視の軍事戦略へと転換し、成長するアジア経済を食いものにする野望に燃えている。そのためにアメリカが支配するTPPで日本をはじめとする経済ブロックを形成し、中国に圧力をかけて支配下に置く方向となっている。中国を植民地支配するというのはアメリカの百数十年来の夢だ。この中国の海洋進出に対抗し、「尖閣諸島を防衛するのに有効だ」というのをオスプレイの日本配備の口実にしている。
 すると東京都石原知事が尖閣諸島購入をぶち上げてわざわざ中国を挑発する行動に乗り出し、野田は国有化すると表明した。中国侵略でとり返しのつかないまでに失敗したのに、今度はアメリカの盾になってもう一度中国と戦争しようとする。これがどれだけ愚かであるかだ。
 E オスプレイ配備も消費税増税もTPPも原発再稼働もすべてアメリカのためだ。「安保条約があるから、アメリカのおかげで日本は守られている」というまやかしは通用しなくなっている。日本の平和と繁栄、民主主義の根幹の問題として、日米安保条約を破棄しないとどうにもならないという声が全国でうっ積している。独立が最大の課題となっている。

 戦争阻止する展望 バラバラの力束ねる政治勢力結集を

 司会 かつての戦争は押しとどめることができなかった。今度はなんとしても押しとどめなければならない。これが8・15を記念するもっとも重要なテーマだ。
  予科練を志願して多くの友人を失った戦争体験者がいっていた。親はみな志願するのに反対するし心配する先生もいたという。今と同じように戦争勢力に抵抗していたのだ。だが突破していく力を見出せなかった。でも今は違うと展望を明るく語っている。峠三吉の時期の原点に返った運動に展望を感じている。
  『原爆展物語』の反響のなかで、バラバラの大衆世論を束ねるスタッフのような勢力が確固として存在していることに展望を見て、「こういう運動だったら勝てる」といっている。
  戦争中は共産党は弾圧もあったが自然消滅をして人民がもっとも苦難のなかにあるときに人民の手助けができなくなる。大衆は戦争に反対しているが、バラバラに置かれたままで指針がなく右往左往している。大衆のなかにはたたかう力は充満しているがバラバラだ。そのバラバラの意見を集中し総合して、歴史的社会的な視点から取捨選択をして本質を明らかにし、人民の敵はだれか、友はだれか、社会の発展方向はどっちか、ここの大衆の意見を集中し整理して高めて返していく。そうしてみんなの力を一つに束ねていく。そういう政治勢力の組織が決定的な役割を果たすということだ。
 C 広島「原爆と戦争展」の感想で「一人一人の意見を丹念に集めていって整理してパネルができている。そうしたら見えなかった真実が見える」といって、そういう「大衆のなかから大衆のなかへ」の活動に衝撃を受けている。パネルを見たら多種多様な意見が出ている。それを全部見たら第2次大戦がなんだったか、いかにだまされていたかもよくわかったという。
  大阪から来た大学教授がパネルをみて衝撃を受け「どうやって声を集めたのか」といっていた。10年かけ全国で原爆展をやり、そこで語られた声だからすべて真実だと伝えるとそこに感動していた。広島の若い人のなかでも「ほかの企画展はすべて裏で共産党や宗教団体が開催していて自己主張。でもこれは体験したことがそのまま書いてありわかりやすい。こういう展示はどこにもない」と語られていた。
 A パネルに描かれた思想の威力を理屈抜きに実感している。真実は大衆の経験のなかにある。戦前の共産党はひじょうに強大だった。敵はだれか友はだれかという戦略問題では正しかった。しかし大衆と結びつくことができず、大事なときに消滅した。しかし中国では、あの広いところで、たちまちにして全土を解放してしまった。この違いは人民に奉仕する思想に徹して、大衆のなかから大衆のなかへの大衆路線を実行したからだというのが、初めて原爆反対のたたかいを切り開いた1950年8・6広島斗争を組織した福田正義本紙主幹の問題意識だった。
  原爆と戦争展のパネルは、広島でも長崎でも市民が自分たちのいいたいことを代表してやってくれているという評価が定着した。そのパネルを見る全国や外国の人たちは、これを見て広島、長崎の人たちの気持ちが分かったという。どの勢力がやっているかではなく市民大衆の事業だとなっている。
 C 今年の広島での、原爆と戦争展、平和公園の街頭展示、市内での宣伝カーの訴え、はぐるま座の『原爆展物語』公演、小中高生平和の旅、そして8・6原水禁広島集会という一連の行動は広範な広島市民の支持と共感を受けるものだった。そこに被爆者や戦争体験者が自分たちの事業として熱を込めて行動する。そこに現役の世代、学生、子どもたちが自分たちの使命として参加する。そしてこういう質の運動に大きな発展性を感じているし、日本を変える展望を感じている。

 戦後の「左翼」 全て米国屈服

  人民に奉仕する思想に貫かれた政治勢力、これがまったく新しいものであり、日本を切り開いていく質だ。戦後の左翼勢力のなかでは、ほとんど全部が人民に奉仕しない思想の勢力だ。小集団のセクト主義、自己主張の派閥抗争体質だ。ソ連共産党中枢の民族利己主義とアメリカへの屈服から生まれた現象だ。ロシア革命をやったレーニンのボルシェビキとはまったく違った質、中国革命の八路軍とはまったく違った質だ。そして例外なく大衆を見下して蔑視していることと、その理論、路線はもちろんだが文化、思想となるとみなアメリカを進歩と見なしている。これが人民に相手にされないのは当然だ。
  広島では「日共」系、旧社会党系、さまざまな原水禁を唱える勢力が蛇蝎のごとく嫌われてきた。戦争体験者のなかでもキリスト教や共産党はきらいというのが共通した思いだ。全部アメリカ賛美だからとはっきりいう。そして民主党の枝野、仙谷のようにかつての「新左翼」が右翼をやり始める。
  8・6で広島に全国から集まる政治勢力はみな自己主張派だ。市民を代表するものではない。数が多いように見えても市民のなかでは片隅の勢力にすぎない。大衆が歴史を創造する原動力だし主人公だ。最大の政治的力量をもっているのは働く大衆だ。そのバラバラの大衆をひとつに束ねて社会を変えるエネルギーに転化させる。
 そういう確固とした確信をもって、大衆の意見を不断に学び高めて返す、敵はだれか、友はだれか、どの方向へ進撃すべきかという歴史の発展観に立って返していく。それを代表して先頭に立ってたたかう。人民に奉仕する思想に貫かれた政治勢力の役割が決定的だ。
  キャラバンに結集している学生たちの行動は新しい青年運動の質を示している。空中遊泳型、頭でっかちの理屈が全然なく、被爆者に学びその願いに応えて行動していく。原爆展パネルに心が動くが、さらにそれを見た全国、広島、外国からの参観者の反応に学び衝撃を受けている。パネルに描かれた思想の威力を自分の行動を持って実感している。真実は大衆の経験のなかにあることを確信していく。

 平和の問題は独立問題が要

  8・15の67周年を迎えて戦争をどう押しとどめるたたかいを起こすかだ。広範な世論として、平和の問題は独立の問題が要だ、アメリカの植民地的な隷属を断ち切ることだというのが大きな世論になっている。この日本の人民大衆こそ戦争を押しとどめる最大の力を持っている主人公だ。この大衆の力は、そのままではバラバラであり、あらゆる欺瞞や謀略を駆使する権力にうち勝つことはできない。大衆をひとつに結びつける私心のない政治勢力・組織が形成されていく必要がある。
  巨大な安保斗争になっていく基盤が熟成していると思う。それを束ねる政治勢力が確実に広がっている。それを抑えつけていた政治勢力もばけの皮がはげてしまった。政治は専制政治で凶暴になってくるし、平和公園で右翼が挑発して回るのも近年の現象だ。みかけは凶暴だが、それは弱体化している現れだ。運動が一気に全国に広がる情勢になっている。
 司会 今年の8・15でそのような論議を発展させ、戦争を阻止して平和で豊かな日本を建設する運動のバネにしたい。


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