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大戦の惨禍繰り返すな
学者や法曹界が共に決起
                 気迫みなぎる日比谷集会      2015年8月28日付

 東京都千代田区で26日、安全保障関連法案に反対する学者の会の学者をはじめ、この間全国各地の大学で安保法制に反対する声明を発表してきた大学の教員有志が「全国100大学有志共同行動」をおこなった。法曹界とともに記者会見もおこない、ついで日比谷公会堂の集会に合流した。
 
 真理探求の場の社会的責任から

 安倍政府のすすめる安保法制に対して国民の戦争阻止世論が高まるなかで、6月中旬に「学者の会」が呼びかけ人の教授たちによってたちあげられた。その輪は全国の学者・知識人のなかに広がり、現在、108の大学が声明を発表しており、今後も全国の行動と連帯して、各大学内でのシンポジウムや集会がそれぞれ計画される動きとなっている。行動の一つである記者会見には先月20日を上回る学者が一堂に会し、安倍政府を糾弾するとともに、今後も他大学と連帯を強め廃案に向けてたたかうことを確認しあった。
 13時からおこなわれた会見には、87大学から253人が各大学の名前入りの幟をもって挑んだ。会見では、学者たちが各大学のとりくみや、声明発表に至った経緯、思いを次次とのべた。
 「安保関連法案をめぐる一連の動きのなかで、教育に携わる者として最大に評価できることは若い人が独自の方法で反対の声を上げていることだ」
 「われわれは今度こそ戦争への道を開くことを阻止しないといけない。また、学問を通して真理を追求する研究者の端くれとして、安倍政権のさまざまな政策にみられる反知性主義に深い憂慮を感じる。日本における立憲主義、知性の府である大学を守るために、ここに集まっているみなさまとともに今度こそ決してあきらめることなく、声を上げ続けていく」
 「研究者・学者はわがままで、個性的で一つにまとまらないはずなのに、なぜこうなっているのか。われわれがここにいる理由はただ一つ、廃案にしたい、この一点だと思う。さまざまな立場、観点、意見をこえて最大公約数として“廃案”がある」
 「外国でおこなういかなる戦争も犯罪だ。憲法9条は日本の誇りだ。ここに写真があるが、過去の戦争がいかに悲惨であったか、日本国民にとってもアジアの人人にとってもどれほど悲惨であったか」などのスピーチがあいついだ。
 早稲田大学の関係者は、安全保障関連法案に反対する早稲田のアピールに対して、26日現在の段階で呼びかけ人もあわせて2736人の賛同が寄せられていることを報告し、さらに広げていく意気込みをのべた。
 学者の会は、30日の10万人国会包囲でも幟を掲げて参加する予定。各地での行動にも学者が積極的に参加するよう呼びかけている。
 その後、学者たちは弁護士会館に移動し、元最高裁判事、元内閣法制局長官、弁護士などを含む法曹界の人人とともに会見をおこない、日比谷公会堂の集会に合流した。

 安保法廃案日比谷集会

 東京都千代田区の日比谷公会堂でおこなわれた日本弁護士連合会主催の「安保法案廃案へ! 立憲主義を守り抜く大集会」には小雨にもかかわらず全国から約4000人をこえる人人が集結した。全国の学者や法律専門家がその社会的責任から行動に立ち上がり、学生、母親など精力的に抗議行動をおこなってきた人人と繋がり、安倍政府が強行成立を狙う安保法案の廃案に向けて熱気溢れる意志を固めあった。
 はじめに日弁連会長の村越進氏が挨拶に立ち、「安保法案の成立を許してはならないという声が世代や職業などあらゆる違いをこえて盛り上がっている。戦後70年の節目の年であり、日本はさまざまな困難を抱えながらも国民の福祉と人権尊重を改善、向上させながら大きく発展させてきた。なによりも戦争をしない平和国家として着実な歩みを進めてきた。これは焦土のなかから国を築き上げてきた多くの国民の不断の努力によるものだ。だが第2次大戦の筆舌に尽くしがたい苦難と苦痛を忘れ去ったかのような軍事力強化による抑止と平和の議論がまかり通ろうとしている」と強調。「2度と過ちをくり返さないため、今を戦前にしないために真剣に考えて行動しなければならない。“政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのない”憲法前文の決意を多くの国民と共有するために、法律家団体の立場と良識において全力を尽くしたい。廃案に向けて力をあわせよう!」と呼びかけた。
 続いて、各界から代表者によるリレートークがおこなわれた。
 安保法案に反対する学者の会代表の廣渡清吾氏(東京大学名誉教授)は、「安倍政権が突き進もうとしている道は、戦後70年憲法とともにあった日本社会のあり方を根本から二重の意味において掘り崩すようなものだ。一つは憲法9条にとどめを刺そうとしている。もう一つは、政治のあり方を規定する民主主義と立憲主義に対する大きな挑戦だ。国民の過半数が法案に反対し、さらに7割が今国会での成立に反対している。憲法学者も大多数が、歴代の内閣法制局長官が、そして弁護士会が異口同音に法案は違憲だといっている。民意と憲法を無視する安倍政権は反民主主義、反立憲主義、違憲内閣だと断じざるを得ない」とのべた。
 さらに、「大学は社会と学術の中心として教師と学生がともに真理を探究する場だ。教師や学生の反対行動は主権者市民の行動であると同時に、真理を探究する大学の構成員としての社会的責任に応えようとするものでもある。大学を軍事研究の場に2度としないためにも今回の法案を通すわけにはいかない。とくに憲法九条は植民地支配と侵略戦争の歴史を反省し、日本国民が世界に向けてもう2度と戦争をしないことを約束した条文だ。同時に、もう2度と戦争にかり出されることなく、平和のうちに生存する国民の希望を託した条文だ。とりわけ憲法9条は辺野古に基地をつくらせない、沖縄の米軍基地をなくす沖縄のたたかいと本土が連帯する唯一の絆だ。世界とアジアの平和に貢献するためにはこの憲法の約束と希望を原点にしなければならず、持続的にたたかって必ず法案を廃案にし、安倍政府を立ち往生させよう!」と訴えた。
 元内閣法制局長官の宮ア礼壹氏(法政大学法科大学院教授)は、自国が攻撃されていないにもかかわらず他国同士の武力紛争に積極的に介入して武力行使する集団的自衛権は、戦後一貫して政府が違憲と判断してきたものであり、「政府や内閣は、その担当者が変わっても法律問題に関しては国民に対して安定性を提供し保証するべきものであり、変えるのであれば正当な手続きが必要だ。今回の安保法案は手続き的には重大な疑念がある。少なくとも40年間一貫して違憲としてきた内容を法律として出す資格が安倍政府にあるのかという問題だ。国会は“お前が主張する資格はないんだよ!”と政府に向かっていうべきだ。実質的にも手続き的にも違憲性がつきまとうことになり、法的安定性は確保されない。国際的に軍と見なされる自衛隊の軍事行動を根拠づける法制がそんなことでいいのか。立場が違っても多くの国民は否と応えるだろう。この法案は廃案にするしかない」とのべた。
 東京大学名誉教授の上野千鶴子氏は、「大学行事で日の丸・君が代強制に従わなければ学校交付金で裁きを受けることになり、競争的な研究資金獲得のなかで軍事研究に対する助成を受ける大学も出てくるだろう。一八歳選挙権にともなう“国民教育”がおこなわれ、彼らは教育委員会を廃止し、教科書採択は自治体首長の専権事項とするだろう。まさに学問の危機、教育の危機、大学の危機、知性の危機をひしひしと感じている。抗議声明を出した108の大学教員の力で“安倍送り”をしたい」とのべた。
 東京大学教授の石川健治氏(憲法学)は、恩師から憲法学者は政治的要求と繋がってはいけないこと、学問の自立性を護ることを厳しく戒められたこと、「同時に、政治的無能力者であってはいけないともいわれてきた。今まさにそのときだ。政治的に無能であってはならない。立憲はすべての人人が守らなければいけない。最低ラインが冒されようとしている」と強調。「契約をやぶる自由を認めると社会のルールは崩壊する。政府の約束はより公示のルールによって縛られるのが社会の規範構造だ。それを力によってやぶるということは非立憲の専制権力そのものだ。安保法案は社会の法的連続性を断つクーデターでしか成立しないものだ。権力から国民の自由を守る規範論理の一線が断たれようとしている危機感を共有してほしい」と訴えた。
 立教大学特任教授の西谷修氏は「この社会の運営や一人一人の生活を保障する軸を守り、支え、つくるのが法曹人の仕事だ。学者は法の支えとなる理を作り、検証し、支えていくのが仕事だ。法と理の職業集団がこれほど反対に立ち上がったのは、現在の危機がどれほど深いかということだ。政治的中立性というが、中立の土台が政府によって崩されようとしている。あらゆる学問に関わる人間が声を上げなければならないときだ」とのべた。

 創価大有志の会も発言

 ここで創価大学教員の佐野潤一郎氏が登壇。創価大、創価女子短期大学関係者有志の会を8月に立ち上げ、現在までに1557人の賛同を得たことを明かし、「声を上げるのは勇気がいったが、それ以上の応援をもらったことが宝だ。創価大は創価教育の父であり、いまと同じ状況で戦争に突き進んでいく戦前の軍部に対抗して逮捕され、獄死した牧口常三郎先生の遺志を継ぎ、そうした時代に2度としないというのが創価大学の誓いだ。悪口をいわれることがあるが立ち上がらなければいけないときがある!ここにこれてよかった。1557名の一人一人にこれだけの応援があり、立ち上がったわれわれは誇りをもってたたかいぬくんだと伝えたい」と宣言した。会場からひときわ強い拍手がわき起こった。
 抗議行動を続けてきた母親や学生らの発言の後、山岸憲司日弁連会長は「私の父は中国大陸で従軍し、生きて再び祖国の土を踏んだのは終戦の翌年の昭和21年5月、別名コレラ船と呼ばれた劣悪な病院船で舞鶴港に降り立った。私たちは親、祖父母の世代が味わった筆舌に尽くしがたい苦難、戦争の惨禍を私たちの子や孫に味わわせてはならない。国民を守るのは専守防衛、国際協調、平和外交であることを忘れてはならない。子々孫々に禍根を残すことにならないように行動の輪を広げよう!」と呼びかけて締めくくった。
 公会堂の外側にも多くの人人が集まり、集会と同時並行で、国会までデモ行進がおこなわれた。

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