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大衆の手で蘇る礒永精神
真っ当な生き方励ます舞台
                11月5日に向け高まる期待     2011年10月28日付

 没35周年記念・礒永秀雄詩祭が11月5日(土)、下関市生涯学習プラザ・海のホールで開催される。詩祭のプログラムと展示作品が確定し、礒永秀雄の世界を現代に蘇らせる舞台の創造、会場設営に向けて、熱のこもった準備が進められている。礒永秀雄作品についての大衆的な論議がこれまでになく発展し、詩祭の充実した内容が明らかにされるなかで、山口県下はもとより全国から熱い期待が寄せられ、地域、学校、家族で集団的な参加を決めるなど、とりくみに拍車がかかっている。
 舞台発表では最初に礒永秀雄がいまわしい戦争体験から真実をうたう詩人になる決意をし、激しい葛藤を経て多くの人人に役に立つ詩を書く方向を定めるまでの内面世界を彫り深くうたった詩劇「修羅街挽歌」を、劇団はぐるま座が演じる。続けて、戦後10年の節目に礒永がその決意を深め確かめるように書いた「十年目の秋に」を、予科練出身者の恩田廣孝氏(愛知県)がみずからの体験と重ねた朗読を響かせる。
 プログラムは、こうした厳粛な戦後出発に立って「高度成長期」の繁栄ムードの欺瞞を鋭く風刺し、60年「安保」斗争後の停滞と裏切りの流れに対してその正体を暴いて人間のまっとうなありようを励まし、さらに訪中詩をへてたたかう人民の側に明るい未来を見て限りなく称賛した礒永秀雄の芸術世界を、戦争体験者から子どもたちまで、世代を超えた人人の朗読や感想発表、歌唱、紙芝居、影絵などを通して、総合的に高められ進展する構成である。
 礒永秀雄は戦後、中学校、高校の教師として生徒たちの信望を集め、県下で多くの校歌を作詞した。室積中学校当時の「礒永先生の思い出」を教え子の岩城英行氏(山口市)が語った後元同中学校長の大楽義人氏(光市)と一緒に同校校歌をうたう。大楽氏はその歌詞を揮毫した書作品(横3b50a)を出品する。
 続いて広島と長崎の大学生が、高校生と教師の対話を通して「高度成長」の浮ついた風潮を批判した詩「ゲンシュク」を朗読。さらに、北九州市の小学校の子ども、教師、父母が親子や仲間のつながり、愛情の大切さを鬼や動物に託して描いた礒永童話「鬼の子の角のお話」を朗読する。
 その後、小中高生平和の会の子どもたち40人ほどが一斉に登場し、「虎」「一かつぎの水」「ただいま臨終!」を感動込めて元気よく群読。退職教師を中心にした萩朗読の会が童話「とけた青鬼」を紙芝居で発表したあと、山口県と北九州の小学生が「おんのろ物語」「虎」「とけた青鬼」などの感想を発表して、休憩となる。
 プログラムの後半は、沖縄の婦人たちによる詩「核をかついで去れ」の朗読から始まる。続いて、「正しいものを修正する」傲慢な態度で裏切りを重ねる者を糾弾する詩「まるい背なかへ」を劇団はぐるま座団員が朗読したあと、会社員有志による礒永童話「桃太郎」が影絵で演じられる。
 そして、広島から参加する原爆展を成功させる会による、大衆とともに進む活動家としての自己を反省し使命感をうたった「真金になるまで」の朗読に移る。それに続いて下関原爆被害者の会の「夕焼けの空を見ると」、下関市民の会の「夜が明ける」と「連帯」の朗読で、みずからの力に確信を持って、未来への展望をうたいあげる。
 最後に長周新聞社の青年たちが、礒永秀雄が長周精神を高らかに称えうたった「新しい火の山に想う」を朗読し、礒永秀雄の詩精神の到達を浮き彫りにして全演目を終えることになる。

 新たな感動で舞台創造 意欲高める出演者

 出演する個人やグループが稽古や練習に力を入れるなかで、礒永作品やその生死をかけた詩精神への理解をいっそう深め、新たな感動を抱いて舞台に臨む意欲を高めている。
 これは、出演者に共通した特徴となっている。
 この間山口県下や北九州で、礒永秀雄の詩や童話を教材にした教育実践が進められてきたが、子どもたちの礒永作品への鋭い衝撃的な感動が教師を驚かせ、励ましてきた。子どもたちは「とけた青鬼」に描かれたみんなのために役に立って生涯を終えるという精神に感動し、「虎」では、「起きろ 虎」「吼えろ 虎」に喜び、抑圧や腐敗や退廃に負けて「うらぶれた虎」になるのではなく、「龍や獅子とたたかう虎」になることを願って、感想画や感想文で情熱を傾けて表現する意欲を高めてきた。
 こうしたなかで、教師の指導にもかつてなく熱が入り、それが子どもたちの精神を解放して、短期間のうちに人間的に著しく成長させてきたことが、教育する側の貴重な教訓として論議になっている。子どもたちの舞台や展示発表では、そのような成果がいきいきと反映されることになる。
 劇団はぐるま座は「修羅街挽歌」の稽古を通して、これまでもこの詩劇を上演したことがあるが、礒永秀雄の作品理解が生死をかけた精神とは別物であったことを反省。そのうえに立って、厳粛で燃えるような舞台創造への意気ごみを示している。この間の『原爆展物語』の公演を通して発展させた思想世界の到達のうえに、より高められた作品として演じられることが期待される。
 全国に広がった原爆展運動を切り開き、被爆体験を語る使命で団結する路線をうち立ててきた下関原爆被害者の会や、市民を代表して新自由主義市政とたたかってきた下関市民の会では、朗読する礒永秀雄の詩が「自分たちの思いそのものをあらわしている」「礒永さんの作品は反戦の思いに貫かれている」と、熱く深い思いでとりくんでる。
 原爆被害者の会では、戦争のきなくささが強まる一方、戦争体験者の高齢化が進むなかで、地域や年代の垣根を越えて集う詩祭を自分たちの思いを発表する重要な機会ととらえ、生活や身体上のさまざまな困難を克服して成功させるために、一致団結して朗読や書の出品に全力を注いでいる。
 沖縄の婦人たちのあいだでは、礒永秀雄が40年前に書いた「核をかついで去れ」が、今の沖縄県民の心の奥底に新鮮に響く詩であることが論議されている。そして、礒永作品が本土で大衆的な運動として顕彰されていることに思いを深くし、朗読を通して原水爆戦争につながる米軍基地を撤去するたたかいの連帯を強めたいと願って詩祭に臨む。
 会場ロビーでの展示では、運天清正氏(沖縄県書道美術振興会顧問)の「八月の審判」抄の出品に励まされた伊計光義氏(うるま市文化協会顧問)が、「沖縄の心を詩祭に届けたい」と、版画「ガジマル」「さがりばな」の2点を出品する。
 詩祭の舞台は、広範な大衆が主人公になって自分が演じるとともに鑑賞し、みんなでつくりあげるものとして、最後の準備に力が入っている。

 世代こえて展望見出す 段階画す詩祭の取組

 今回の礒永秀雄詩祭のとりくみは、広範な大衆のなかで礒永作品が読まれ激しい反応が返ってくるということでも、これまでと段階を画するものとなっている。
 チラシやポスターを見た人から、礒永が「太平洋戦争の学徒出陣でニューギニアの側のハルマヘラ島へ追いやられ、多くの戦友が死に、自分だけ生き残って日本に帰ってきたとき、残された命を詩人にかける決意をした」ということを知ると、「私も参加したい」と強い反応が返っている。そこには同じ戦争体験世代の抜き差しならぬ思いがあらわれている。また、「自分の父も、兵隊として中国に行き、自分だけ生き残って帰ってきたとき、これからはみんなのために生きようと決意して残りの人生を送った」など、自分の家族の実体験と重ね、今の政治家が国民、市民のことを忘れ自分のもうけしか考えなくなっていることへの強い怒りをともなって、これからどんな生き方をするのか活発な論議となっている。
 そして「大震災のがれきを見ると、戦争の焼け跡を思い出す」「私たちの上の世代が、あの焼け跡のなかから立ち上がり、力をあわせて日本を復興させてきたことを今こそ学ばなければ」「私も世の中に役立つことがしたい」ということが、各地で論議されている。
 下関の被爆者は、被爆者の会が子どものため、平和のためにつくす純粋な気持ちで結びつき、さまざまな困難を乗り越えて頑張ってきたことを思い起こし、礒永の詩「一かつぎの水」から「一心を貫くこと、子どもの代までも貫くこと、真実を世の人に伝えていくこと」を学んでいる。市民の会の婦人会員は、「夕焼けの空を見ると」のなかの「謙虚な熾烈な実践をともなわぬ理論家/日々民衆に学びつつみずからを鍛えなおさぬ指導者に/用はない」の一節が、つねに市民の意見をよく聞いて行動していくことが大事だと勇気づけられるといっている。
 このように礒永の詩は、今の社会がなんの展望も与えることができないほど腐り果てているなかで、それをうち破って立ち上がっていく人民のなかに新しい社会をつくるイデオロギーを見出し、それを激励している。礒永のこの時代精神に激しい反応が出ているということができる。
 子どもたちは、礒永の「虎」という詩がとても好きだ。「暗い暮らしの谷を這い/腹ばいながらこの草かげまで来た」「あいつらも俺と同じように/まだ死なぬまだ死なぬと思いながら/しだいに見さかいのつかぬ/人食い虎に変貌していくのだ」。今の子どもたちにとって学校をはじめとする生活は、戦場を思わせるような殺伐としたものである。その極限状態のなかで、自分のために他人を犠牲にする「人食い虎」になってよいか。
 「俺はいきなり草むらを躍り出/こうべをあげて吼える/起きろ 虎/吼えろ 虎」。北九州市の小学生は、この詩を読んで、気の弱い子が「虎のように強く勇ましく生きる」といい、茶髪でピアスを注意していた女の子が暗誦するまでになった。「さっきまで弱弱しかった虎が、力強く吼えることで、仲間に悪い虎になるなと訴えているところが一番心に響いた」「ちょっと身震いしてしまいそうになった。俺たちの祖先は龍が天に昇るのさえ阻んだというではないか、というところは、とくにすごくよかった」と感想を書いている。礒永の詩は、抜き差しならないところでの人民のまっとうな生き方を描いている。
 こうした礒永作品とそれへの激しい反応は、真面目な芸術家・文化人を激励している。
 下関市のある画家は、礒永の「現代詩の根本問題について」を読んで、「大家の作品は夢を与えることはできるが、現実に生きている人の心の糧にはならない。私も芸術家として、心の糧になるようなものをめざしたい。茶髪でピアスの小学生が“虎”の詩を読んで変わったというが、それこそ本当の芸術だ」とのべている。
 詩祭のとりくみは、今の社会のなかで生活する人人の生きていく糧となり、未来を展望しまっとうな生き方を激励する新しい文化・芸術を創造する契機になろうとしている。


 没三五周年記念・礒永秀雄詩祭のプログラムと、展示作品

 【プログラム
 @実行委員長挨拶(佐藤公治)
 Aメッセージ「礒永秀雄のこと」(礒永天志)
 B詩劇「修羅街挽歌」(劇団はぐるま座)
 C朗読「十年目の秋に」(恩田廣孝)
 D「礒永先生の思い出」と歌唱「室積中学校校歌」(大楽義人、岩城英行) 
 E朗読「ゲンシュク」(広島と長崎の大学生)
 F朗読「鬼の子の角のお話」(北九州小学校の子ども・教師・父母)
 G朗読「虎」「一かつぎの水」「ただいま臨終!」(小中高生平和の会)
 H紙芝居「とけた青鬼」(萩朗読の会)
 I感想発表「おんのろ物語」など(山口県と北九州の小学生)
  ……休憩……
 J朗読「核をかついで去れ」(沖縄県婦人有志)
 K朗読「まるい背なかへ」(劇団はぐるま座団員)
 L影絵「桃太郎」(会社員有志)
 M朗読「真金になるまで」(原爆展を成功させる広島の会)
 N朗読「夕焼けの空を見ると」(下関原爆被害者の会)
 O朗読「夜が明ける」「連帯」(下関市民の会)
 P朗読「新しい火の山に想う」(長周新聞社青年)
 Q礒永秀雄子息・泰明氏紹介
 R閉会挨拶(柳田明・実行委員会顧問)
 【展示部門
 ▼書
 「八月の審判」抄(運天清正・沖縄県書道美術振興会顧問)
 「夕焼けの空を見ると」抄(道岡香雲)
 「新しい火の山に想う」抄(津田峰雲・日展書家)
 「さて」(石川幸子・下関原爆被害者の会)
 「室積中学校校歌」(大楽義人・元室積中学校校長)
 短歌「礒永詩祭に」(歌・吉本幸子、書・石川幸子)
 ▼絵
 小中高生の感想画
 版画「ガジマル」「さがりばな」(伊計光義・うるま市文化協会顧問)
 紙芝居「鬼の子の角のお話」「とけた青鬼」(田中義雄・光市元教員)
 ▼感想文
 山口県と北九州の小学生
 ▼パネル
 「礒永秀雄の世界」と写真〈礒永泰明氏提供〉展

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