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大衆と共に日本変える質一堂に
はぐるま座60周年第2回実行委
              人民劇団再建の斗いを歓迎     2012年10月29日付

 劇団はぐるま座創立60周年記念祝賀集会の第2回実行委員会が28日、下関市の福田正義記念館で開かれた。1カ月前の第1回実行委員会以後、本紙紙面を通じたはぐるま座60周年の総括論議が発展し、創立60周年と下関移転を記念した『動けば雷電の如く―高杉晋作と明治維新革命』下関公演が市民の大運動となって前回以上の成功をおさめた。実行委員会ではその生き生きとした反響が出しあわれるとともに、舞台が大きな感動を呼んだ原動力は「人民に奉仕し人民とともに」の創立精神をとり戻したはぐるま座の自己改造のたたかいにあることが論議され、そうした新しい質を持った運動の大合流の場として来月11日の記念集会を大成功させようと、終始熱のこもった活発な論議がおこなわれた。
 
 自らの人生重ね全国で総括論議盛り上がる   記念集会の骨子固まる

 はじめに実行委員長の重谷悦彦氏(退職教師)が挨拶に立ち、「長周新聞に掲載されている総括意見を読み、この五年間ではぐるま座がどのように変わってきたか、多くの人がどのような点を支持しているかを深いところでつかむことができた。はぐるま座のなかで“人民に奉仕し人民とともに”という創立精神がウソ偽りのない形で深まり、そこから舞台が様変わりとなり、観客の強い反応となっている。“自分たちの所にはぐるま座が戻ってきた”という感想が出るし、小中高生から被爆者、戦争体験者までの“今の世の中を変えたい”という団結を促している。実行委員の皆さんとともにぜひとも記念集会を勝利させ、はぐるま座の飛躍と、私たちも一緒になって日本を変えていく運動の起点としたい」とのべた。
 続いて事務局報告がおこなわれた。第1回実行委員会以後、本紙紙面を通じた総括論議や『雷電』下関公演、また記念集会参加の働きかけを通じて、「はぐるま座が、創作、演技、普及活動のすべての分野で大衆のなかから大衆のなかへの実践を貫くことを通じて、長年あった東京崇拝の商業主義をうち破り、自己変革を続けながら“人民に奉仕し人民とともに”の創立精神をとり戻し人民劇団としてよみがえったことに、それぞれの人生や運動の経験と重ねて熱烈な支持と共感が寄せられているのが特徴」とした。とくに『雷電』下関公演では、高杉晋作や奇兵隊、農民たちが一体となって世の中を動かしていったことへの感動が共通して語られ、大衆とともに進むと同時に未来を見通すことのできる指導勢力を求め、この方向でいけば世の中を変えられるとの確信が広がっている、とした。
 そして「はぐるま座がこの5年間、内部にあった社会の片隅で安住を求め自己満足する流れ、大衆を見下す流れとは非妥協的にたたかい、社会の主人公である大衆に学び、大衆のなかにある真実を描くこと、そのためにみずからを鍛え、さまざまな矛盾と葛藤を乗り越えて創立精神で固く団結し、純化して、現実を動かし新しい時代を建設するリアリズム演劇を創造・普及してきたことが多くの人を励ましており、その方向が多くの人人の願いである」ことを明らかにし、この質への支持と「これを全国に広げれば日本は変えられる」との期待の高まりのなかで、全国的にも集会へ参加しようとの機運が高まっている、とした。
 また記念集会をこうした運動の集大成の場とするとし、以下の骨子が報告された。
▽第一部 記念集会
 ・開会挨拶
 ・実行委員長挨拶
 ・実行委員会事務局報告
 ・はぐるま座の総括報告
 ・来賓挨拶 長周新聞社
▽第二部 祝賀集会(各界各層の発言)
 ・『雷電』『原爆展物語』公演を通じて結びついた全国各地で町興しや社会を変える運動を担っている人人
 ・原爆展運動を担ってきた下関、広島、長崎の会
 ・人民教育同盟の教師
 ・沖縄から
 ・劇団創立の地・山口市や古くからの支持者
 ・市民運動、労働運動を代表する人人
 ・『雷電』下関公演の実行委員の代表や維新関係者、文化関係者
 ・青年
 ・劇団員家族
 ・はぐるま座の出し物、参加者の出し物
 続いて参加した実行委員から、『雷電』下関公演の感想や60周年運動への期待がひきもきらず出しあわれた。
 下関市のPTA関係者は「今回の『雷電』下関公演は、小中学生から年配者まで見るときの真剣なまなざしが際立っており、感動したという意見がものすごく多かった。それは舞台を演じるはぐるま座が、この五年間で人民劇団として生まれ変わり、全国を回って練り上げられ研ぎ澄まされた舞台を届けたからだ。記念集会ではこの5年間の総括を報告してもらい、今後下関を拠点に全国に発信していく再出発として、他の劇団にはないような力を発揮してほしい」とのべた。
 下関原爆被害者の会の会員からは、『雷電』公演への感動とともに、先日5人の被爆者で長門市の仙崎小学校を訪れて修学旅行の事前学習で被爆体験を語り、子どもたちとの感動的な交流になったことが出された。「3年生50人の前で話したが、“日本人をモルモットにするとはどういうことか”“どうして原爆が広島と長崎に落とされたのか”“アメリカは謝ったのか”と鋭い質問が次次に出た。“日本はいまだにアメリカにおさえつけられている、沖縄の暴行事件を見てもそうだ”と話した」「終わった後、音楽の練習を見てくれというので行ってみると、ものすごくはきはきして歌っていた。“さよなら”と手を振って別れるとき、目頭が熱くなった。子どもたちからいっぱいいろんなことを教わった」。
 下関市民の会の婦人会員からも、「誘った人が“本当によかった。また誘ってほしい”“東京の劇団とは全然違って、心にすごく響く劇だった。舞台幕も声もすばらしい”といっていた。舞台で“百姓とゴマの油……”とあったように、私たちも今の政治によってしぼられているが、負けずに頑張っていこうと元気が出た。それもはぐるま座の俳優がその役になりきっているからで、つくりものでない舞台になっているからだ」とのべた。別の婦人会員も「奇兵隊と高杉晋作の絆が強い。私も市民の会のみんなと団結して頑張っていきたい」と発言した。
 小中高生平和の会の教師は、「午前中、高杉晋作ゆかりの史跡巡りをした後に観劇した。小1から高3まで、子どもたちは劇を食い入るように見た。一番印象に残っているのが奇兵隊の団結力で、“チームワークがいい”“それを支えているのが高杉だ”という。大田絵堂の戦いでは命がけで正義のたたかいをやる美しさを感じ、米俵を持ってくる農民に証文を渡す場面など今の社会にないものとして深く心に残っている。今の時代の子どもが持つ鋭さで劇を受けとめている」とのべた。
 続けて「それはこの間、はぐるま座が“人民に奉仕し人民とともに”の創立精神をとり戻す斗争に立ち上がり、一人一人がそれをくぐって自己を改造し、俳優も舞台づくりもオルグも一体となって成し遂げてきた成果が、作品となって人人を感動させたと思う。全国の世の中を変えたいと願う人人が合流して、60周年を全国的な大交流の場とするならすごいことになる。教育戦線も人民に奉仕する思想に立ち、子どもや父母の側に立ってとりくんだ鉄棒実践を通じて、“こういう教育を待っていた”という強い反応が出ている。それがはぐるま座の方向と一つに結びついている。また仙崎小のとりくみでは、子どもたちは学校の枠内では育たない、被爆者・戦争体験者と結びついて育っていくことが示された。私たちは“教育から世の中を変える”と決意したが、今まさに団結してその方向に動き始めた。それが先の子どもたちの願いに応えることだ」と発言した。
 宇部市の小学校教師も「子どもたちは、ウダウダいいながらなにもしない山県らと対照的に、高杉が農民を団結させ真っ直ぐに目標に向かっていく姿がかっこいいと持ちきりだった。また功山寺決起は80人だったが、まわりが次次と立ち上がっていくことに拍手したといい、正しいことを貫く信念が多くの人を動かすことに感動していた」とのべた。そして「教育同盟が組合主義との斗争に立ち上がるなかで、はぐるま座の斗争から、人民に奉仕するとはどういうことか、文化・教育が果たす役割はなにかを教えられてきた。逆上がり全員達成のなかで、子どもたちが力をあわせ、仲間の成功を自分のことのように喜べるのは、『原爆展物語』のスタッフの精神であり、『雷電』の奇兵隊の精神だ。“教育から世の中を変えていこう”という僕たちの気概は、高杉の気概だ。はぐるま座の全国公演と、僕たちの体育実践全国化の運動が一緒になって、世の中を変えていく大きなうねりをつくっていけると思う」と発言した。

 広島、宮崎、沖縄等でも期待 下関市内も反響強く

 はぐるま座からは、記念集会への参加の働きかけのなかでつかめた反響について報告された。
 広島県では、原爆展を成功させる広島の会の人たちのなかで「(原水)禁か(原水)協か」といわれるなかで本当の思いが語れない広島の厚い壁を、下関から始まった原爆展運動がとり払い、広島の面目を一新させる大運動になっていった確信が語られるとともに、はぐるま座がこの五年間の斗争をのりこえた団結力で『原爆展物語』の舞台を創造し全国で普及していることに激励され、「自分たちも被爆者としての使命をまっとうしていきたい」と論議されている。集団での参加が予定されている。長崎県では長崎の会の被爆者とともに、『原爆展物語』公演を通じて出会った教師たちのグループも参加を検討している。
 宮崎県では、『雷電』『原爆展物語』公演で結びついた人たちで全県交流会をおこない、そこで60周年記念集会の呼びかけをしたところ、牛を飼っている30代の農民が「TPPに反対して日本人の食を守るためには、既存の組織に頼っていてはだめ。自分たちが高杉や奇兵隊の精神で結束すれば町を変え、日本を変え、世界平和につながる。そのためにもより多くの人と結びついていきたい」と代表参加を決めるなど、集団で参加する。
 また下関市でも、『雷電』を見た文化団体関係者のなかで「なによりも心が伝わってきた。“私は声が悪いから”という教室の生徒さんにも、“文化は技術でなく、心で描いていくものだ。『雷電』の舞台がそうだった”と話している。末長いおつきあいをしていきたい」(詩吟)、「高い志と舞台にかける情熱が伝わってきた。つくりものでなく、世の中を変えるという気持ちでやっている劇団だからこそ心をうつ」(大正琴)と語られ、はぐるま座下関移転への歓迎の気持ちとともに記念集会への期待が語られている。
 ある劇団員は「劇を見た人を再び訪ね、感想を聞いている。劇をやって終わりでなく、市民のなかに入ってともにとりくみ、またその反響を共有して、これからも下関の発展のために運動をつくっていこうという姿勢で下関市民との新しい関係をつくらせてもらっている」と発言した。
 さらに沖縄からの参加者は、「2年前の『原爆展物語』公演が大きな転機だった。沖縄だけでなく、広島、長崎、全国を結んだ戦争の真実、だれがなんのために戦争をやったのかが描かれ、人人と結びついて大きな力を発揮している。記念集会には沖縄から八人が参加を予定しているが、そのなかの被爆者が最近、“荒れている”といわれる中学校で280人の生徒の前で被爆体験を語った。子どもがシーンとして真剣に聞いたことに教師が驚いている。沖縄では孤立していた被爆者が、沖縄戦体験者と一緒に原爆展運動をとりくみ、確信になっている」とのべた。
 論議が熱を帯びるなかで、下関市のPTA関係者がマイクを握り、「60周年記念集会は大きな転換点になると思う。はぐるま座が創立当初の精神、すなわち福田精神を忘れていたところから、この五年間、外ではわからないたいへんな苦労をして改革し、人民劇団として人民に奉仕するという精神に立ち返ってやるんだと大きく生まれ変わってきた。この5年間の教訓は55年に匹敵する大事なものがあり、ぜひ今後につなげてほしい。記念集会は“この5年間ではぐるま座はこう変わった”と伝えるいい機会であるし、また今後、全国どこへ行ってもその思いを伝えていってほしい。60周年で出る多くの意見を真剣に受けとめて、今後に生かしてほしい」と力を込めて語った。
 長周新聞社からも「はぐるま座がこの五年間の激烈な自己変革をへて古いしがらみを一掃したことに深い感動が語られており、そういう劇団だったらぜひ記念集会に行きたいと語られている。その期待に実行委員会も応えないといけない。集会が公明正大さ、透明な美しさ、未来を見据えた結束力を体現してこそ、大多数の人人の期待に応えられる。既存の政治勢力がすべて自然消滅し反動化しているなかで、『雷電』『原爆展物語』の質を鮮明にすることこそ大多数の人人が結集できる保証だ」と発言があった。
 教師は「礒永秀雄詩祭、福田正義没10周年に続くはぐるま座60周年は、今年最大の重要なとりくみだ。みんなが思っていることを堂堂といえる、と同時に厳粛さをもった集会にするためにともに奮斗したい」とのべた。市民の会の会員も「市民の会も“私心なく30万市民のために”と同じ質の斗争をやってきたので、はぐるま座の斗争にすごく共感がある。多くの人人の中に入り、市政を変え、日本を変えることができるし、集会をそういう場にしたい。もっと多くの人に呼びかけたい」と発言した。
 最後に重谷実行委員長が「はぐるま座60周年を成功させ、その後の大飛躍につなげるため、実行委員が先頭に立って、団結して頑張っていきたい」と締めくくった。

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