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●張学良兵変の歴史性 (1936年12月17日〜23日、門司新報連載) (一部掲載) 支那人民戦線派の勝利今や必至 ときが経過するにしたがって、学良の要求条項は全支的に拡大しはじめた。これは必然的な趨勢であり、これを引きとめることはいかなる力といえどもできないのである。これをもし引きとめる力がありとすれば、歴史の歯車を後へ引き戻す反動力にしかすぎない。そしてそのような反動的な力が、人類の歴史をつうじて、かつて勝利を貫徹したことはないのである。すなわち、最初からのべたように、学良のクーデターは、一張学良の「思いつき」でもなければ、かれの政権獲得の手段でもなく、現在の支那に生起し澎湃として全支をおおいつつある人民戦線の勢力が、学良という1人の男によって、中央政権との対立を具体化したものであり、したがってこれは下からの叫びであり、力である。かりに学良がこのような兵変を起こさなかったら、と人はいうかもしれない、が、かりに学良が兵変を起こさないとしても、蒋介石を代表とする中央政権は内部からすでに崩壊しはじめていたのである。学良の蜂起はこの内部崩壊を早めることになったにすぎない。澎湃たる人民戦線の波は、蒋介石のいかなる弾圧にも、いかなる仮装的統一にもかかわらず、窮極において反蒋的であり、反中央政権的である。このようなたとえが許されるなれば、徳川幕府の崩壊はその封建制度の内部的崩壊であり、徳川政府いかに反封建的なものを弾圧したところでいかにもなりがたく、つぎからつぎへと崩れ、ついに勤王派の蜂起によって、完全に覆されてしまった、そのようなものであるともいえよう。これは歴史の流れであり、時代の推移であり、これを後へ引き戻すことはできないのである。勤王派のだれとだれが武力的に強かったからとか、佐幕派のだれだれが弱かったから、というような偶然論的な問題ではないことは周知の事実である。したがって登場人物の力とか、その他いろいろな偶然的な理由がもっと違った形であらわれたら、倒幕の時日は少しばかり前後したかもしれないが、けっしてそれは3代将軍や4代将軍あたりではけっしておこなわれなかったであろうと同時に同様、明治末期まで遷延するようなこともありえないのである。学良兵変を明治維新に比敵することはたぶんに語弊を招く恐れがあるが、そのような歴史的流れとして、ここに列挙したにすぎないのである。 学良が強力であるか、用兵が上手であるか、ということはこの兵変の運命のうえに重大なる関連を持つであろう。しかしただそれのみによって事態を認識することはできないと同時に、以上になんらの関係を持つことなく、蒋介石および中央政権が崩壊することは時日の問題であり、否定できない事実なのである。かりに学良がまったく敗北をきっすることがあっても、かならず第2第3の学良によって中央政権は倒されるのである。現段階の支那はまさにそのような地点に立っているのであり、ここにこそ学良兵変の不可避的な歴史的事大性が横たわっているのである。 人は支那という国は理解できぬわけの分からぬ国である、というが、それは支那をまったく知らないことを証明するにすぎない。支那といえども日本と同様に世界の1つの環として歴史とともに流れ、時代とともに変遷することに変わりはない。ただそれぞれの国の経済的歴史的特殊性によって、どのような相貌をもっているかの相違にしかすぎないのである。 しばしばわたしののべ来たった学良の歴史的本質性は、ときとともに混沌たる時局のなかに姿を押し出しつつある。人民戦線の波濤は、学良の兵変を一学良の兵変に終始させるわけはないのである。第3章でも書いた廣西派の学良支持、中央政府反対の声明をはじめとして、15日には上海の学生救国会もまた、 学良討伐絶対反対 政府の改組断行 対日即時開戦 容共連ソ政策の実行 等等学良の主張と軌を1つにした決議をしたし、全国救国会においても同じく大会を開いて同様の決議をなした。そしてこれらが、積極的に学良支持運動のなかにみずからを投じている。その他上海、北平の支那の二大文化の中心地においてこれと同様の運動が積極化し、学生インテリの指導的層がほとんど全市人民戦線の旗幟を鮮明にし起ち上がりつつあるのである。支那インテリゲンチャが学良側につくということは、ただたんに反中央であるがゆえではなく、学良とイデオロギーを1つにするにほかならない。そしてこれらの指導層が学良支持、反中央であることは、中央の運命をいよいよもって明らかにするのである。しかも肝心の中央は2つの対立によって、その対立は分裂の危機に直面している。中央の内部にすら蒋介石一派の現状維持派と孫科、馮玉一派の人民戦線派が、ときの推移とともにその対立を深めつつある。何応欽を現在の代表とする蒋介石直系は、宿命的に学良討伐を急ぎつつあるが、討伐が積極化した日には、必然的に孫科、馮玉らの人民戦線派の巨頭連がその旗幟を鮮明にし学良側に立つことは必至である。その他閻錫山、廣西派の活動が積極化すれば、現在の中央の力は、民衆の支持なき無力を、現実にまざまざと見せつけられるであろう。民衆の支持なき政権はいかなる時代、いかなる国においても健全でなく崩壊の運命を持つものである。 事態が急速なる回転をはじめると同時に、すべての中間的介在は許されなくなる。全世界の各国が対立の摩擦とともに、おのれの進むべき運命に向かって急ぎ、赤か?黒か?の2つの陣営に積極的に参加しつつあるように、一支那の国内においてもこれの例外であることなく、2つの戦線に積極的に移行するのである。そして現在の支那の経済的政治的必然性において、わたしは人民戦線派が勝利を得ると考えるのである。 わたし自身は蒋介石、何応欽については新聞紙上に発表された経歴以上に知らない。同様に張学良についてはそれ以上に知らない。が、歴史は個人によって動向するものではない。1つの国家の流れは、その国の内包する諸矛盾の対立と相剋によって、1つの必然の道を歩むものである限り、支那人民戦線の勝利を否定することはできないのである。ここに学良の妥協案を中央が容れると容れないにかかわらず、また中央が討伐を最後までつづけるかあるいは学良と妥協するかに関係なく、学良をふくめての人民戦線派で勝利を占めることを予想する理由があるのである。 |
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