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地方制裁する市町村合併
山口県は9市にする計画
              単独市・町は兵糧攻め    2006年7月14日付

  「平成の大合併」のやんやの騒ぎで、3232あった全国の市町村は、わずか数年で1820にまで再編された。山口県では56市町村あったのが22市町にまで再編統合され、さらに第2次合併をすすめて9つにするとされている。この間、小規模自治体にとっては過酷ともいえる交付税削減によって、国は合併せざるをえない状況に追いこんできた。尻を叩かれた自治体が慌てて合併したのは、財政破綻寸前だったからで、身売りのようなものだった。しかし「優遇措置」に飛びついて合併すると、地方交付税はさらに削られ、竹中平蔵などは「いまからもっと削る」というわけで、だまされ、 “往復ビンタ” をくらった市町村は激怒している。突き上げられた知事会などが国と喧嘩する素振りをしている。合併した市や町でその後露呈している事実は、とりわけ農漁村を抱えてきた郡部の切り捨てであり、市民・町民・国民生活の切り捨てと、行財政改革と称した負担転嫁にほかならなかった。

 医療や福祉にも深刻な影響
 山口市に吸収された町に暮らすAさんは、役場に勤める娘が、仕事を山ほど家に持ち帰っていると心配している。毎晩、夜中の12時過ぎまで残った仕事を処理しているので、身体が大丈夫だろうかと気遣う。「合併するまえ、こんなことはなかった。いまから公務員は削減されるというが、1人が背負う仕事量がもっと増えるのではないか」と不安視する。県内では、10年前に4万3785人いた地方公務員が、今年はじめには4万889人にまで減った。04年からの10年間で、さらに一般行政部門の1割にあたる500人を削減する計画を二井県政は打ち出している。
 市町村合併の進捗率は全国でも屈指の進行ぶりで、過疎地切り捨てに走っているのが特徴だ。国、県は「第2幕」としてさらに合併を推進する意向で、1回破談した美祢地域や、単独行政を維持しているその他の市町への圧力をジワジワと強めている。新合併法で県知事に合併勧告権が与えられたが、二井知事のやり方は「勧告権」は使わずに、裏の手専門。
 合併反対派が勝利した防府市長選などは、県内でも大きく注目された。推進派陣営のテコ入れに県内出身の代議士連中が駆けつけ、県議会・島田明議長なども感情むき出しで挑んだものの、市民世論が撃退した。同地域では県発注の公共事業がめっきり減ったのだと業界では大話題。島田議長は出身地域をいたぶっているのか、兵糧攻めの二井県政とタッグを組んで、面目丸つぶれとなった。「労働者の味方」などといっている連合も自民党と協力体制をしいて自滅した。
 上関町など財政基盤の脆弱なところは、交付税カットが合併誘導の手口。片山町政時代、国の内需拡大の「指導」に従って無意味な箱物をつくったため、借金返済の金ばかりかかって、新規事業どころでない。「起債してバンバン箱物をつくりなさい。あとから交付税として国が面倒見るから」といっていたのに、交付税そのものが削られて、だまされた。平生町でも県発注の土木関連事業は「ほとんどない」状態といわれ、「二井県政がイジメをやっている」と業者の声が上がっているほど。役場職員の給料カットは破格で、夏場だというのになかなかクーラーもつかないサウナ状態。
 阿武町では議員定数を8人にまで削減し、報酬は月額9万円と53%カット。助役、収入役を廃止し、行政職の給料カットも実施した。だが2000年には約19億円あった交付税が4億円以上も減額となり、人口約4000人の町は苦しい行政運営を迫られている。

 予算は大幅カット・だまされた合併自治体 住民負担は増
 単独町政・市政だけでなく、合併自治体も「行財政改革」の真最中だ。交付税が減額されたために予算カットしているのである。「緊縮予算」として今年度も全国で1兆円の交付税予算が削られた。まるで詐欺にあったような心境を職員たちは口にする。「合併したら面倒を見る」といっていたのに、削減されっ放しなのだ。特別交付税の削減率も全国平均10%とされている。
 周南市では、今春から旧市町でばらばらだった下水道料金が統一され、平均約16%の値上げとなった。新南陽に住んでいる住民は21%の負担増。上水道も新南陽の割安価格にあわせていたのを来年度までに徳山並に値上げする。水道事業の民間委託といった案まで浮上している。ゴミ袋は排出量に応じた手数料を代金に上乗せする有料化案が検討されている。
 下関市と合併した豊北町など旧郡部では、介護保険料が値上がりして老人たちを泣かせてきた。豊北町では中学校を大慌てで統合させ、スクールバスを出すといっていたのに約束がホゴにされたことから、自転車通学の生徒が事故死するという痛ましい事件も起きた。夏の一大イベントだった郡部の花火大会などは、公共事業の執行権限がなくなった途端にスポンサーの対応が冷ややかになった。
 萩市と合併した隣接の須佐町では、合併まえは小学生以下なら医療費が無料だったが、「小学生未満」に医療費補助の対象が切り替わった。
 旧役場の「スリム化(人員削減)」はすさまじく、旧熊毛郡大和町のように20人程度に職員が激減した「支所」もある。近々、「室積支所(光市)くらいになる」予定だ。下関市では豊田支所が「勝山支所と同等」という位置づけで、豊北町、菊川町、豊浦町にしても、将来的には10数人態勢になると見られている。
 山陽小野田市では、埴生にある青年の家の閉鎖が取り沙汰されたが、地域の要求もあってとりあえず待ったがかかっている。赤字の山陽オートの事業は、民間に委託する話が浮上している。旧山陽町で建て替えが約束されていた中学校は、財政難を理由に統合される計画へと変わった。
 医療・福祉にも影響が出ている。旧山陽中央総合病院(町立)は急患の受け入れをやめて、旧小野田市立病院が拠点になる配置へと切り替わった。県東部でも、旧大和町立病院が光市民病院に吸収されてなくなると問題視されている。合併自治体がそれぞれ持っていた自治体病院の存続が危ぶまれている。長門地域などは、急患が出ても対応すらできない状況が現実問題になっている。自治体が赤字覚悟でやるからこそ市民・地域住民の健康をバックアップできていたのが、財政問題を理由に運営がままならない方向へと向かうことになった。

 人住めぬ町に変貌・生活の為の機能解体
 行財政改革の嵐が吹きすさぶなか、なんでもかんでも合併・統合させ、効率化といって人減らし、賃金カットがおこなわれ、行政資産の叩き売りや民営化が顕在化しはじめた。もっとも、道州制が論議されるなかで「最大の無駄」と叩かれるのは県当局で、水産部は今春廃止され、県下に置かれていた事務所・出張所は大幅に削減された。
 北海道に次いで道路網整備率が全国2位と誇っても、道沿いは草ボウボウで、刈る人間もいなければ金も出ない。郡部の県道などは危険極まりない状態となった。
 山口県内を見ても、身を寄せ合った合併自治体すら地方交付税や補助金を削られ、住民負担の増大や職員削減へと駆り立てられている。とりわけ町や村などの農漁業を生業とした田舎地域では、役所だけでなく、農協も漁協も合併や店舗統合で消え、将来的に郵便局もなくなりかねない。銀行も見切りをつけてATM化する流れとなっている。生活をバックアップしてきた機能がつぎつぎに解体され、人の住めない地域へと変貌しようとしている。

 借金の原因は放置・財政破綻「再建」のペテン 上層部は金余り
 政府は1999年4月に、市町村合併特例法を施行した。合併すれば、財政支援するとした「アメ」を盛り込んで、合併しなければ地方交付税が減額になる「ムチ」でひっぱたいて、自治体解体を迫った。そうして市町村は合併に追い立てられた。合併特例法が期限切れになったのを受けて、昨年4月からは人口1万人未満の小規模自治体の合併を促す新市町村合併特例法が施行された。小規模自治体のほとんどが自主財源が乏しいという弱みから、交付税をさらに大幅に削減するなら財政的にたちゆかなくなり、合併に雪崩を打って向かうというやり方である。
 この合併・行財政改革は、財政破綻を「再建」するためとしてやられてきた。現在、国には「800兆円の借金がある」とされている。これは国家の債務で、国債である。これに国が出している短期証券や短期の債務を加えると、880兆円になる。さらに地方財政の借金、地方債などが205兆円ある。これら国と地方の重複分をのぞいた総額は、あわせて1093兆円にもなる。
 こうして、「危機的な財政状況をどう乗り越えるか」「国民負担の上昇をおさえるために行わなければならない」という論じ方がなされてきた。しかしこの1000兆円を超える借金は、だれがどのようにしてつくったのかという問題は闇の中に葬られるという、理解し難い構図になっている。
 日本国内で低金利政策をとりつづけ、内需拡大政策によって財政支出を増やしてきたのは、アメリカの要求にほかならない。金がないのに、国債を発行し、バンバン公共事業や箱物利権をさせたが、やればやるほどアメリカ経済は膨張し、財政も黒字になる一方で、日本の政府債務は巨額になり、財政は破綻するというシカケとなってきた。
 アメリカに資金を供給する巨大銀行や大企業は史上空前の利益を上げるまでになった。自治体や庶民の暮らしに金が回らない一方で、上層部には金がじゃぶついて困るほど余っている。そうした金はファンドなどに回って、多くが米国ファンドに流れており、ギャンブル経済が横行しているのである。
 政府の試算によると、「平成の大合併」によって10年後には歳出を1兆8000億円抑えられるとしている。一方で、法人税を減税した12兆円分を消費税によって補うといったことも、平気でやられている。国民や地方を経済制裁して、富める者はますます富める状況をつくりだす、極めてインチキじみた「改革」というほかないのである。

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