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峠三吉没後50年の会・
広島文学資料保全の会

の抗議に対する下関原爆展事務局の見解

峠三吉原爆詩集 『すべての声は訴える』の完全版収録 

1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾により命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きているかぎり憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ (峠三吉)
   
序/八月六日/死/炎/盲目/仮繃帯所にて/眼/倉庫の記録/
としとったお母さん/炎の季節/すべての声は訴える など23編を収録

        発行・下関原爆展事務局  B5判 119頁   


    序

  ちちをかえせ ははをかえせ
  としよりをかえせ
  こどもをかえせ
 
  わたしをかえせ わたしにつながる
  にんげんをかえせ

  にんげんの にんげんのよのあるかぎり
  くずれぬへいわを
  へいわをかえせ



    八月六日

  あの閃光が忘れえようか!
  瞬時に街頭の三万は消え
  圧しつぶされた暗闇の底で
  五万の悲鳴は絶え

  渦巻くきいろい煙がうすれると
  ビルデイングは裂け、橋は崩れ
  満員電車はそのまま焦げ
  涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島

  やがてぼろ切れのような皮膚を垂れた
  両手を胸に
  くずれた脳漿を踏み
  焼け焦げた布を腰にまとって
  泣きながら群れ歩いた裸体の行列

  石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
  つながれた筏へ這いより折り重なった河岸の群も
  灼けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
  夕空をつく火光の中に
  下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
  焼けうつり

  兵器廠の床の糞尿のうえに
  のがれ横たわった女学生らの
  太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
  誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
  すでに動くものもなく
  異臭のよどんだなかで
  金ダライにとぶ蝿の羽音だけ

  三十万の全市をしめた
  あの静寂が忘れえようか
  帰らなかった妻や子のしろい眼窩が
  俺たちの心魂をたち割って
  込めたねがいを
  忘れえようか!


     仮繃帯所にて

  あなたたち
  泣いても涙のでどころのない
  わめいても言葉になる唇のない
  もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
  あなたたち

  血とあぶら汗と淋巴液とにまみれた四肢をばたつかせ
  糸のように塞いだ眼をしろく光らせ
  あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
  恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
  ああみんなさきほどまでは愛らしい
  女学生だったことを
  たれがほんとうと思えよう

  焼け爛れたヒロシマの
  うす暗くゆらめく焔のなかから
  あなたでなくなったあなたたちが
  つぎつぎととび出し這い出し
  この草地にたどりついて
  ちりちりのラカン頭を苦悶の埃に埋める

  何故こんな目に遭わねばならぬのか
  なぜこんなめにあわねばならぬのか
  何の為に
  なんのために
  そしてあななたちは
  すでに自分がどんなすがたで
  にんげんから遠いものにされはてて
  しまっているかを知らない

  ただ思っている
  あなたたちはおもっている
  今朝がたまでの父を母を弟を妹を
  (いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
  そして眠り起きごはんをたべた家のことを
  (一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
  
  おもっているおもっている
  つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
  おもっている
  かつて娘だった
  にんげんのむすめだった日を
   

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