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 密着取材  角島の鰆(サワラ)漁 
 ―春を告げる魚を追って
                        2017年3月10日付
 
 春先が旬のサワラ・鰆は文字通り「春」を告げる「魚」として食卓を彩ってきた。下関市の北浦沿岸海域では冬から春にかけたこの時期、サワラ漁が最盛期を迎えている。食欲旺盛でどう猛なサワラが産卵のために群れでエサを求めて玄界灘や響灘の一帯にあらわれるといわれており、大きいものになると体長1㍍以上、8㌔㌘にも及ぶ。この北浦沿岸で釣り上げられて唐戸市場に集まってくるサワラのなかでも、近年市場や仲買人からひときわ高い評価を受けているのが角島漁協の漁師たちがとってくるサワラで、その品質の良さから絶大な信頼を得ている。生産現場ではどのような鮮度・品質保持の努力をおこなっているのか知ろうと、実際にサワラ漁に同行取材させてもらった。
 響灘沿岸では毎年サワラのシーズンになると北浦や遠くは北九州からも漁船が集結し、一日中サワラの群れを追って船を走らせる。「引き縄釣り」という漁法で、船から垂らした縄に仕掛けを結びつけて海中へ流し、海中のサワラの群れめがけて船を操縦しながら仕掛けを誘導しておこなう漁だ。「一本釣り」とも呼ばれている。
 ここで釣れたサワラの多くは、下関漁港にある唐戸市場に水揚げされる。競り落とされたものはほとんどが東京などの大消費地をはじめ、古くからこの時期にサワラを食べる食文化が根付く岡山や関西方面へ送られている。そんな唐戸市場で近年、市場関係者の誰もが一目おいているのが角島の漁師たちがとってくるサワラだ。漁協が共同出荷していることによってまとまった量が市場に出荷されるため、仲買業者にとって安心して確保でき、買い付けの際に取引交渉しやすいこともあるが、なにより高水準の鮮度・品質管理を徹底していることが大きな信頼を獲得している。そこにはいったいどんな秘訣があるのか、角島漁協の関係者や漁師たちに聞いて回った。

 角島の漁師の朝は早い 長い一日の始まり

 2月某日。まだ寒波が襲ってくるような時期だったが約束の日を迎えた。角島の漁師の朝は早い。まだ辺りは真っ暗な午前五時頃、軽トラに乗った漁師たちが港へ続続とやってくる。あちこちの船に灯りがともり、エンジン音が鳴り始める。今回同行取材させてもらったのは、この島でだれもが口を揃えて名前を挙げる一番漁(水揚げ量が一番多い漁師)の村上光宏さん、恵三さん兄弟が乗る「浩和丸」だ。午前5時半、2人がそれぞれ軽トラに乗ってやってきた。これから丸1日海上でサワラを釣り、港へ帰るのは日が沈んだ後。サワラを追う長い1日の始まりだ。弁当と飲み物を船に積み込むと、すぐさまエンジン音とともに船は港から出航した。角島から1時間ほど船を走らせて、蓋井島と吉母の毘沙ノ鼻との中間地点の漁場に向かう。
 船はスピードを上げて激しく揺れ、波を乗り越えて漁場へと突き進んでいく。まだ真っ暗な周囲の海面には、同じように角島港を出た仲間の漁船の灯りが見える。船内の無線には、漁場へ向かう他の漁船の漁師たちの「おはようございます」という声やたわいもない会話や笑い声が聞こえてくる。操業を前にした束の間の戯れのようだ。
 これだけ朝早くから漁に出かけるのには理由がある。魚はだいたい朝の日の出と夕方の日没の時間帯を前後して活性が上がり、仕掛けや餌に対して食いが良くなる。朝マヅメ、夕マヅメとも呼ばれるこの時合を逃すわけにはいかないのだ。
 空がうっすらと白んできた午前7時前、漁場に到着した。すでに40隻近い数の漁船が一帯に集結している。この海域の海底は砂地ではなく岩場の多い瀬になっており、水深は40㍍ほど。この瀬にエサを食いに来るサワラを狙う。
 サワラが泳いでいそうな棚(深さ)を予測し海中へ仕掛けを流す。初めは水深30㍍あたりの棚から狙った。船にくくりつけた縄の先にビシ(おもり)が等間隔に付いた釣り糸を装着し、10㌢ほどのプラスチックに針が付いた疑似餌を流す。疑似餌の手前には潜行板という板が付いており船をゆっくり走らせると潜行板が水の抵抗を受けて海中で左右に振れる動きをする。これにつられる疑似餌の動きが、サワラの食い気を誘うという仕掛けだ。
 これまで漁船で通った場所はすべて、操舵室のモニターの地図上に線で表示される。釣れそうな場所を船で仕掛けを曳きながら通過し、Uターンしてまた通って来た航路を引き返す。延延とこの動きをくり返しながら漁をおこなう。この日、同じ海域で漁をおこなう漁船はみな潜行板の仕掛けであるため、海上を行ったり来たりする船があちこちで列のように並んで漁をする。
 漁を始めて間もなく、「食った」と恵三さんの声がした。この日最初のサワラが仕掛けに食いついたのだ。仕掛けを低速で曳いていた船を止め、機械で糸を巻き上げていく。操舵室で船を操縦していた光弘さんが船尾でタモ(網)を持って待ち構える。機械での巻き上げから最後は手で糸をたぐり寄せると、海面にサワラが姿をあらわし、タモですくって船へと引き上げた。
 サワラには鋭い歯があるため、エラ部分をつかんで口から針を外す。釣ったサワラは甲板へ置いたまま、再び船を進めながら即座に仕掛けを海へ投入する。この時間、立て続けに八本ほどサワラが上がり、なかには5㌔以上の大きなものも釣れた。

 釣ったサワラを締める 品質保つための早業

 仕掛けを流し終わると、先ほど釣ったサワラを締める。
 市場でサワラが評価される場合、まず「型」が重要になる。大きさもさることながら、腹から背中にかけての幅(背丈)が広く、太っているものが好まれる。サワラの大きさや太さに関しては人の手ではどうすることもできない。魚の型以外の部分で市場での評価を勝ちとるには、魚の鮮度や品質を落とすことなく出荷できるかどうかにかかっているが、これは船上での魚体処理の出来、不出来によって大きく違いが出る。
 ブリやタイなど「釣り」でとる魚は漁場から活かして市場へ持ち帰り、水槽に泳いでいる魚を「活魚」として競りにかけることで、より高値にすることが可能だ。しかしサワラは釣り上げてから弱るのが早く、すぐに死んでしまうために活かして持ち帰ることができない。従って、釣った直後のサワラが生きている状態で即座に締めることが絶対だ。
 漁船の上でサワラを締めるのは恵三さんの役割のようだ。先ほど釣り上げたサワラの尾をつかみ、大きな手鉤(てかぎ。木の柄に鉄の鈎が付いた道具)でサワラの頭を殴って動きを一瞬止める。そこでサワラの頭(脳)へ鈎を打ち込んで即殺する。エラの奥にある心臓部分にめがけて引っ掻くように鈎を入れ、血抜きをさせながら冷やすために氷水に浸けておく。ほんの数秒の早業だ。
 魚の身を新鮮に保つため、タイやブリ、アジなど最近は神経締めをする場合も増えているが、サワラの場合は神経締めはしない。弱りが早く身も悪くなりやすいこの魚は、「余計」な処理は施さずに手早く処理を済ますのが絶対条件だという。あまり手をかけすぎると逆に身に与えるダメージが大きくなり、三枚に下ろしたときに「身割れ」をおこす。こうなれば刺身などでは使い物にならない。
 手早い処理が必要となる理由は、身の品質を保つだけではなく表面の「色」にも関係があるようだ。サワラを魚屋や市場で見るときは、黒い背中に銀色の腹をしているが、釣り上げられた直後には背中は濃い緑色をしており、体全体にヒョウ柄のような模様がある。表面はぬめりが強く、キラキラと光を反射している。
 この色は、市場では「鉛色」と評される。風に当たったり空気に触れる時間が長くなればなるほど、色がどんどん抜けていき、表面の艶もなくなっていく。そのため「鉛色」は、魚体処理が手早くおこなわれ、品質が保たれている証にもなっている。
 氷水に浸けたサワラは漁のきりがいい合間を見計らって引き上げる。発泡スチロールの箱に並べたサワラの上に「パーチ」というナイロンのシートを敷く。このシートを敷くことで氷がサワラの身に直接当たって身が焼けるのを防ぐとともに、皮の表面を空気に触れさせずに色味を保つ役割を果たしている。最後にその上から氷をかけて、サワラが入った箱を船底の船穀に収納していく。漁船の上では、手早く即殺、血抜きをおこない、氷をたっぷり使って冷やすことを重視していた。
 市場の仲買人は、競りの前に市場に並べて寝かせてあるサワラの頭を手鉤で小さく持ち上げる。これは、サワラが死後硬直しているかどうかを見極める作業だ。持ち上げたサワラがしなることなく体全体が棒のように一直線に持ち上がれば、よく氷を使ってがっちりと身が固まり、良い処理がされている証だ。手鉤で持ち上げてグニャッとしなったサワラが、仮に夕方に締めた直後で死後硬直が始まっていない新鮮な「ビタ」の状態であったとしても、良い値が付かないこともある。仲買業者はがっちりと死後硬直しているサワラへの強いこだわりを持っているようだ。

  昼間の漁は我慢の時間  無線での励まし合い

 「入れ食い」といっても過言ではないほど好調だった早朝の漁から一変して、昼間の漁はアタリがパッタリ止んだ。操業を開始して間もないとき、光宏さんが「この漁は待つ時間が長くて暇やから」といっていたが、その意味が分かった。
 操舵室の魚群探知機にはサワラの反応がまったくない。同じ場所を、船で仕掛けを曳きながら行ったり来たりをくり返すが反応はなし。糸を少し巻き上げたり送り出したりして、海中で仕掛けが通過する棚を変えたりもしたが、なかなかうまくはいかない。仲間同士の無線の情報を聞いてみても、釣れない時間帯はどの船もだいたい釣れていない。こういう時間帯は仲間同士で「どっちが先に釣るか勝負しようか」などと、無線で連携をとりながら励ましあったり、発破をかけあいながら漁を続けていた。仲間が釣っているのを聞いて奮起したり、逆に励ましたりという海の上での仲間同士の関係性が少し垣間見えた。
 しばらくたって、光宏さんが「気分転換に」といって仕掛けを変えることにした。海中で仕掛けに動きを出すためにとり付けてある潜行板の種類を変えた。するとすぐさまサワラが食いつき、嬉しい一本を釣り上げた。
 潜行板も板の形によって動き方が変わる。潮の流れ、仕掛けを曳く船のスピード、ビシの間隔や重さなど、全ての要素がうまくかみあい、狙った棚に仕掛けを通し、なおかつその日のサワラの活性や何をエサにしているのかを見極めて疑似餌を選び、初めてサワラが食いつく可能性が高まる。食いが悪い日はとくにその微妙な差で釣果に大きな違いが生まれるという。海の状況やその日の魚の気分を想像しながら、人間が自然や魚の都合に合わせていく作業の連続だ。うまく読みが的中したら釣れるが、そうでない場合は相手にされない。魚との根比べ、知恵比べのような世界にも思えた。願望ではなく、長年の経験に裏付けされた感覚をもとに自然に働きかけ、挑んでいく漁業という仕事のすごさを見た気がした。
 釣れない時間帯にみなが頭を悩ませている間、村上さん兄弟の父親・和弘さんの船の無線からは何度か「食った」という情報が入ってきていた。同じ仕掛け、同じ場所で仕掛けを曳いていても釣果の違いを生み出す「何か」がある。操舵室で船頭を担う光宏さんも何度か「弱ったなぁ」「海のことはわからん」と頭を悩ませながらの漁が続いた。
 潜行板を変えて一匹釣れたが、またしばらくアタリは止まった。そこでまた仕掛けを引き上げ、今度は潜行板の海中での動きを抑えることにした。あまり激しく仕掛けが動いても、魚の活性に合わなければ興味を示さなくなるのだという。
 仕掛けを投入すると、すぐにアタリがあった。しかし食いつかない。「当て逃げ」と呼んでいた。だが、アタリがあるということはサワラが興味を示している証拠で、期待感が高まる。程なくして仕掛けにサワラが食いついた。この策が功を奏し、立て続けに3本の釣果があった。
 食いが悪い停滞期に、操舵室で無線の情報や海の様子などを考慮しつつ打開策を考え出し、何度も的中していることに驚いた。また、考え抜いた挙げ句出した答えで釣果が出ても、その後釣れなくなれば一つの策に執着せずにあっさりと打ち切って次の新しい手を打って釣果を上げていく。認識を次から次へと切り替えて、魚が釣れる“正解”に向かって策を講じていく。
 乗船取材する前、光宏さんは「釣れた場所なら他人には教えるが、仕掛けは身内でもなかなか聞くものではない。聞かれれば教えることもあるが、自分も聞きたくない。よく釣れる仕掛けを他人から聞いて、そのとき真似て釣れればそれでいいかもしれないが、教えてくれる人がいなくなり、一人になったときに他人から教えられた知識や技術しか残らないようでは、それから先困るのは自分だ。自分で考えて覚えてつかむしかない」と話していた。
 島のベテラン漁師も「釣れない時期はだれでもある。今でもサワラ漁に出て丸1日漁をやって2箱という漁師もいる。何がだめで釣れないのかが分からないなかで、何をやっても釣れないときがある。悔しいだろうし必死の思いで船に立って漁をしていると思う。だが、釣れない時期を経験すること、苦労する時間は絶対に必要だ」と話していた。「若いときの苦労は買ってでもしろ」につながるものを感じた。
 釣れない時間帯にどういう手を打つか。実際に光宏さんが打った手も「勘」に近いものだったのだろうと思う。しかし、それは潮の流れや仕掛けの特徴、釣れている他の船の傾向に、これまでの研究と経験を重ねあわせて導き出した答えであり、経験を通して頭の中の引き出しを増やし、現場の状況にあわせて応用していくことができるかどうかにかかっているのだろうと思えた。

 「鳥が突っ込んだ!」 夕方に状況は一変

 午後の漁は夕方まで渋い時間帯が続いたが、日没前の5時頃に状況は一変した。「鳥が突っ込んだ!」と恵三さんが声を上げた。海面を見てみると、少し離れた場所で海鳥が海面に向かって飛びこんでいく。表層に鳥のエサになる魚の群れが浮いてきている証拠だ。サワラがエサを求めて近くに来ている可能性も高い。急いで潜行板の仕掛けを巻き上げ、表層近くを狙うタコのようなゴムの疑似餌に針がついたものが等間隔に7本付いた仕掛けに切り替えた。この仕掛けは船にくくりつけて曳くのではなく、海に流して手でしゃくりながらサワラの食い気を誘う。恵三さんが右手、左手と仕掛けを持ち替えながら力強く仕掛けをしゃくっていく。
 今年は不漁続きで、まとまって鳥の群れが海面に出たのはこの日が初めてなのだという。周囲の船も鳥の存在に気づいたのか、エンジン音があちこちで高鳴り、鳥の群れをめがけて一斉に動き出す。この変化に乗り遅れれば釣果は見込めない。どの船も仕掛けを変え、鳥の群れを追い始めた。緊迫感が高まり、船同士の間隔も狭まっていき、現場がにわかに慌ただしい雰囲気に包まれる。
                                          (つづく)

 

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