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町民派立てば勝利できる情勢
上関町長選挙
              拮抗なら中電の巻き返し不能    2007年9月17日付

 上関町長選の告示10日前になって、「反対派の会」は山戸貞夫氏の息子を立候補させるといっている。ズルズル引き延ばしたあげくに、立候補断念、無投票を決めたが、町民の大きな批判の前にあわてふためいて「仕方なく」立候補させるというものである。選挙は、推進派が現職柏原氏と、反対派の看板で親類にあたる山戸孝氏(30歳)という加納派同士の争いというわけである。

 町民の代表を立てる運動を
 山戸氏の息子の立候補は2つの側面を持っている。1つの面は、無投票によって反対派の瓦解を印象づけ柏原推進町政を守るという意図が失敗したこと、すなわち町民の反対の力の強さを示したという面である。もう1つの面は、候補者が町民蔑視の2代目世襲で加納派の仮面「反対派」であり、町民が嫌うという点では他に比較できない人材だということであり、第3の候補が出るのを押しとどめ、反対派を負けさせるための立候補だという面である。
 しかも、15日に決めたといわれるが、テレビのテロップで流れただけで、16日になっても正式発表をして町民に知らせることはしない。仕方なく出たという姿勢で、選挙をやるまともな構えではない。まだ展開次第では取り下げの意図を持っているのかという疑問も抱かせている。反対と口でいうが行動は別というたぐいである。
 上関の町民世論は大転換のなかにある。推進派と反対派の両方の上の方の実権を握り、町民を争わせ分断して中電に町を売り飛ばすという加納派による25年のしかけを打ち破り、町民の団結を回復して海と山を守り、郷土の平和を取り戻そうという町民の世論はわき上がっている。アメリカのいいなりになって日本本土を戦場にした戦争をやろうとしたり、柏崎の地震で原発がみな壊れるような事態のなかで、上関にまだ原発をつくってくれというものは数えるほどしかいない。そのような町民の根本要求を代表する候補を押し立て、25年の流れを転換させるのが町民の切実な願いである。
 この間「上関の反対は崩れた」といわれ、「推進は突っ走るのみだ」と叫ばれてきた。このなかで、町民の実際の意志と力を示すことが選挙の第1の意義である。反対派は4割といわれてきたが、今回それを上回ることがあれば中電には深刻なダメージとなり、これまでのように突っ走ることはできなくなる。拮抗状態になれば、それを挽回する力は中電にはもはやないことを証明することになる。
 今度の町長選では、加納派選挙の枠に閉じこめられるのではなく、それを突き破る全町民の力を結集すること、とりわけ町民を代表する第3の候補を押し立てることが重要な課題である。あと告示まで1週間であるが、そのような候補があらわれるなら、全町を奮い立たせ勝利できる可能性がある。これは、全然分裂ではなく町民団結である。山戸選挙の方が町民分裂なのだ。山戸候補では拮抗状態にまで押し返すのはきわめて困難だが、第3の候補があらわれるなら、推進派と仮面「反対派」の2人を向こうに回して勝利する可能性があり、少なくとも柏原推進派票を5割以下に追い込むことは確実といえる情勢にある。そのような町民の下からの運動をつくること、立候補締め切りの告示日午後五5時まで第3の候補擁立の努力をすすめることが求められている。

 加納派支配破る力結集
 選挙は、世の中の常識でいう「候補者が主人公」で、「候補者の人気投票」というものではない。選挙は加納派を使った中電、国、県にたいする、町民のたたかいである。町民の味方は全県、全国の人民である。豊北町で反対を掲げておした藤井町長は自民党安倍派であった。しかし豊北町では、町民の下からの反対の意志と運動があり、その力があらゆる権力、金力の攻撃を打ち破って選挙を勝利させたし、安倍派町長をして反対を貫かせ、撤回させる力となった。町長であれ、議員であれ、下から縛りつける町民の力があれば、反対を貫かせることができるし、それがなければ取り込まれ裏切るというのは日本中の常識である。今度の参議院選挙と安倍首相の内閣放り出し事件を見ても、いかなる権力者よりも、大衆の力がもっとも強いことをまざまざと教えた。「政治は万事幹部の思い通りで下下はそれに従うだけ」というものではないのだ。
 岩木氏や山戸氏ら加納派「反対派」が意図する方向は、柏原氏を勝たせ、反対派が負けるための選挙をやるというのは明らかである。これは4年前の加納対山戸、柏原対山戸の選挙で苦い思いをさせられた経験である。選挙はこのような中電、加納派の意図に対する町民のたたかいとなる。このなかで、仮に第3の候補が間に合わなかったとしても、そのように結集した町民の力は、山戸氏を使ってその票を増やす力になる。それは彼らへの支持を意味するものではなく、逆に彼らの意図に逆らった町民の下からの確かな表明であり、かれらの大敗北を意味することになる。町民にとって好き嫌いを乗り越える高い政治性を要求されるが、それで票が増えたら町民の反対は圧倒的大多数であることを意味する。
 町民にとっては、まさに町の主人公としての力を結集することが第1の課題である。25年を振り返り、意図的に争わされた町民同士の団結を回復し、平和な郷土を取り戻す団結をつくることが課題である。とりわけ「崩れた」などといわれる祝島の住民が、全町を回って、「いまさら負けるわけにはいかない」という姿勢を知らせ、全町民との心を割った論議と交流をやることは、全町民が願っている。かつて推進派といわれた人たちも、「祝島のおばちゃんたちを負けさせてはならない」とどこでも語っている。全町で、隣近所、親類同士、それぞれの地域内、そして各地域を全町的に結んで町民の論議を広げ、町民の下からの団結の力を強めること、この運動のなかで加納派にかわって町民を代表する信念を持った政治的なリーダーをつくり出すことが最も重要な課題である。その力が、中電の意図をくむ加納派支配を打ち破り、郷土の正常化を実現する力になる。
 そしてこのたたかいは、どこでもインチキな革新勢力の裏切りによる権力支配を突き破ろうとしている全国の人民を激励する先駆的なものになる。25年鍛えられた上関町民の底力が発揮されることは疑いない。

 新候補切望する声 上関町内で論議活発化・25年無駄にできぬ
 今月30日に町長選が迫る上関町内では、反対派の中に、推進を助ける役割としての加納派が計画的に配置され、町民を分断・支配してきたことについて、町民のなかで大世論となっている。
 今月8日に「反対派」幹部が候補擁立断念を決定してから、無投票様相で動いてきた町長選は、15日の夜になって、祝島の山戸氏の息子孝氏が立候補することになったとされている。同日、祝島で開かれた集会で決定されたといわれているが、夜遅くテレビのテロップで流れただけで、全町民への公表はなく、長島側の反対派住民への連絡もされていない。
 町民をビックリさせたのが人選で、山戸氏の息子が出馬すると聞いて「ええっ!」と驚いたり「はあ?」と首を傾げたりする人ばかり。本人がまだ30代になったばかりで験もなにもないが、それ以前の問題として、父親の山戸氏は漁業権の放棄や漁協合併など、裏切りの代表格として町民から評価されている人物だからだ。
 町内では、「息子だけは絶対ないだろうと話しになっていた。こんな直前に出して選挙の準備も全然出来ない状態なのに、山戸の息子では、20年続いてきた6対4の割合を自分から崩すようなものだ」(室津、60代男性)。「反対で1番儲けてきた山戸の正体はみんな知っている。これでは、推進に見切りをつけて、反対で動こうという人も動けなくなる」(祝島住民)。「4前の選挙でも、親戚同士でまともな選挙の格好もなかった。初めから負けるために出るようなものだ」などと語られている。「反対も世襲制では、町民をバカにしている。ボンボン政治で失敗した安倍と同じじゃあないか」という声もある。
 町内では、祝島でも長島側でも25年の騒動を振り返りながら、新しい候補の登場を願う声が強まっている。
 祝島の80代の住民は、「推進と反対で、あれだけケンカをしなければ島の様子もまったく違ったはずだ。中電と金が欲しかった加納派が島も町も混乱させた。今はその力もなくなっているが、町民の反対の思いは変わっていない。昔の“反対派”みたいな運動ではなくて、上関のために町民が協力して原発を終わりにさせる運動をつくらないといけない」と語る。
 原発反対を必死で取り組んできた婦人の1人は、「初めの原発反対がおかしかった。なぜ説得して仲間にするやり方をしなかったのかと話になっていたが、推進と反対でケンカさせるような仕組みになっていた。でも、自分の生活は2の次にして、命がけでやってきた私らの思いは、変わっていない。候補を出さないということは25年を無駄にするもので許されないとみんないっていた。ここまできて、負けるわけにはいかない」と話した。
 老婦人の1人は、「祝島で金田や山戸たちがやってきた反対運動は、まともな反対でなかったことがはっきりした。親戚でも推進派と反対派はつきあうなというのを町民に押しつけたり、推進派の家の畑を荒らしたり、卵や豆腐を投げつけられた家もあった。全部、金田や山戸ら加納派がやらせたことだ。原発うんぬんよりも、人の道に反することをしたことが1番許せない」と当時を振り返る。
 そして、「その幹部が今度は選挙を放棄して、反対派の町民も裏切ろうとしている。やったにせよ、やられたにせよ人をさんざんな目にあわしておいて、自分たちだけいいことをして裏切るのなら、まじめについていった下のものは黙っていない。祝島は下から反乱が起こりますよ」と語気を強めて語った。
 「推進派」とされてきた住民の1人は、「私たちの本音は原発反対だった。しかし、一心会に入らなかったりということで攻撃された。ここまできて反対といってきた上の方が、本当は推進で、町民は反対も賛成もなかったことがよくわかった。魚価や漁協の運営の話を聞いても、人を食い物にするものじゃないか。必死で運動してきたおばさんたちの気持ちもよくわかる。責めるつもりはないし、人を騙してきたやり方に腹がたってしかたないんだ」と語った。

 祝島住民との結束機運拡大
 室津の60代の男性は、「結局、加納派に町民は振りまわされた。室津でも、お初穂を出すなといって林宮司を攻撃したのは加納派だったし、山戸も肝心なところで裏切るばかり。一般の町民がグチャグチャにされてしまった。でも、祝島のおばさんたちは、純粋だろうし、あのがんばりは尊敬している」と話す。
 70代の婦人は、「河本先生の息子は、育ててもらった恩も忘れて裏切るし、外村も平気で推進になる。反対から裏切るばかりで、なんでだろうかと思っていたが、そういう仕掛けだった。人の道を外れているし、ここら辺で終わりにしないといけない」と語った。
 以前は推進だったという上関の婦人の1人は、「町民は騙されていた。良いことをしたのは、推進も反対も上の者だけで、みんな一族の一繋がりだった。昔から、加納派といえば都合のいい方向に動き、信用ならないといわれていたんです」と語る。
 「反対派」として、町民をバカとか乞食のように呼んでいた人たちが、補償金の時期になると当然のような顔をしてコロリと変わった。また昔の推進は盆、正月に景品を少しもらう以外は無償だったが、「一族の人たち」が出てきたころから、日当1万円などが出るようになり、「推進の中身も変わった」と話した。
 そして、「25年を振り返ってみれば、町民にとって良いことは1つもなかった。騙されて振りまわされてきた祝島のおばさんたちが1番可哀想だし、原発反対で町を良くしようと動く町民は、多いと思う」といった。

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