トップページへ戻る

町民の底力で転換始めた上関
上関原発めぐる1年
                推「反」談合の支配突き破る     2007年12月21日付

 中国電力の上関原発計画は、年をこせば浮上から26年目となる。上関では、「国策」として国、県、中電が推進し、インチキな「反対勢力」までかかわって、原発騒動が長期に続いてきたが、この1年で大きな転換点を迎えた。町民のなかでは、原発終結世論が強まり、10月の町長選では、推進とニセ「反対」両方をつかった支配構図を突き破る投票行動となった。また、中電が選挙とりくみをせず、うしろに引き下がった姿も明らかとなった。上関を巡るこの1年を振り返ってみた。

 「現地責任」で逃げ図る中電

 上関町民のなかで今年最大の出来事は、10月末におこなわれた町長選であった。町長選では、推進派組織もインチキな「反対派」組織も、町民を動員する力をなくしてしまい、分解状態になったのが特徴となった。
 町長選を巡っては、山戸氏や岩木氏など「反対派」幹部が、候補選定を延延と引き延ばしたあげく、告示2週間前になって擁立断念を決定。無投票にして、推進派柏原町長を助けるという大裏切りに動いた。ところが、全町的に「候補を出さないことは、反対をやめる意味だ」との世論が沸騰。とくに祝島のなかで「候補を出せ」の声が強まり、山戸氏の息子である孝氏が立候補した。
 選挙戦は、候補選定以上に奇妙な様相となった。推進派柏原陣営は、「圧勝」「7割から8割の獲得」を叫んで回る一方で、票を動かすような選挙運動は低調。過去最高得票を目指すというのに、下部組織への動員もかけず、柏原一族以外の推進派は事務所からも排除した。「反対派」の側は、組織としての運動をまったく機能させず、アリバイだけの立候補で、負けるための選挙をやっているという姿を町民にさらすこととなった。
 しかし、町民のなかでは、表面に表れた推進柏原氏対反対山戸氏の選挙構図をこえたところで、原発の早期終結と町民団結回復を求める世論が動いていった。ところが、選挙結果は、得票率で見ると推進派が初めて6割をこえて67%、反対派が33%となった。選挙直後、ガックリした町民もいたが、祝島や室津、上関など町内の交流が進むなかで、「数字がおかしい」という世論が圧倒することとなった。
 町民のなかで実際の力関係は拮抗状態だったとの勝利感が強まるのと反対に、選挙終盤まで「圧勝」を叫んでいた推進派幹部、「反対派」幹部はそろって元気をなくす結果となった。
 さらに町長選だけでなく今年1年のなかで、従来はGHQかCIAばりの監視体制をとり、原発を推進してきた中電や県の対応がすっかり冷め切ったものとなり、「上関の自己責任」「現地おまかせ」体制となったことも特徴となった。
 選挙期間中推進派陣営は「圧勝すればすぐに原発ができる」「(原発争点では)最後の選挙」と叫んでいたが、選挙から2カ月余りがたって原発計画が進むような動きはない。中電の寄付金によって、温泉保養センターを建設する話や、山口地裁岩国支部で神社地裁判の訴え却下などがあるものの、計画本体にかかわる実質的な進展はないのが実際となっている。
 逆に、延期の連続できた詳細調査の期間は、11月末といわれていたものが来年8月までとなり、裁判で係争中の共有地などでは調査自体に手をつけられない状態であることなどが明らかとなった。推進派幹部のなかには、「11月末には埋め立て申請が出る。そうすれば補償金も入る」と豪語する人物もいたが、その動きもない。また中電は、11月になって広島本社にあった原子力部門を島根県に移転。「原子力本部」を立ち上げて、島根県を重視する姿勢をうち出している。
 原発計画を巡っては、用地買収の問題、漁業権の問題など条件だけを見ても、課題は山積み。神社地裁判といっても、地裁の話であり今後、高裁、最高裁と続けば塩漬け状態となる。最高裁までいっている共有地訴訟もあり、2年後の2009年に1号機着工の見込みはない。

 電力会社巡る情勢激変
 条件だけではなく、上関原発を建設するどころではない中電側の事情がある。この25年のあいだに、原発を進めてきた電力会社をめぐる全国の情勢も大きく変わっている。
 最大の変化は、規制緩和の流れによって電力自由化が始まったことであった。自由化によって、発電事業には製鉄会社や石油会社など国内企業、外資までも参入できるようになった。また、「規制緩和」によって原発建設などでかかる買収金なども、すべて電気料金に上乗せできていた「総括原価方式」の特権も没収された。新規企業に需要を奪われ始めている中電にとって、莫大な投資を必要とする原発を新規に建設することなど、たまったものではない。
 また、ニューヨークテロ事件以後から、アフガン、イラクへの自衛隊派遣や、米軍再編、自衛隊を米軍の指揮下におく戦争準備がある。上関近隣の岩国では、基地を2倍に拡張し、愛宕山も米軍住宅にしようとするなど、極東最大の基地化が進行している。現在国は、国民保護といって全国の自治体に、核ミサイル攻撃まで想定した計画をつくらせている。原発は真先に標的になる第一級の軍事施設となっており、そんな時に米軍基地のすぐそばに原発をつくることは、警備の面から見ても大矛盾という事情もある。
 さらに、今年、大地震による柏崎刈羽原発の破壊があった。専門家からは、日本は地震の活性期に入っていると指摘されている。古い地震基準で建てられた全国の既設原発は、総点検と大補修をせざるをえない。また、新規に原発建設をする場合には、耐震性確保や活断層調査などのために、建設費がふくれあがることは確実となっている。
 島根原発を抱えている中電も、1、2号機の補修に費用がかかるうえ、建設中の3号機の設計見直しなどにも莫大な費用が必要。上関に投資する余裕はない。広島あたりの中電関係者のなかでは、「島根への投資に精一杯。電力自由化もあって、上関どころではない」というのが、話題になっている。表面上では詳細調査をやりすぐに原発はできるようなことをいっているが、建設の意欲性はないというのが実際である。
 上関原発計画も、計画断念となった他の原発計画と同じように、埋め立てぐらいまででストップするすう勢が強まっている。中電や国、県の意向は、用地、漁業権などは利権として維持しながら、ズルズルと放置して上関町を崩壊するに任せること、責任を現地推進派に押しつけ逃げることが、想定されるコースとなっている。町長選での中電の冷めた対応と、その後の動きはそれを浮き彫りにさせるものとなっている。

 全町団結の機運広がる
 町内ではこの1年のあいだに、25年にわたり原発計画を引っぱってきた推「反」幹部談合の支配構図は崩壊することとなった。町民のなかでは、表に出た推進派だけではなく、「反対派の顔をした隠れ推進派」の両方が機能し、重要な局面でいつも裏切りばかりをやってきたこと、町民を対立させ町を衰退させてきたことが、深刻な論議となった。
 長期にわたり反対運動の拠点となってきた祝島では、漁協合併などを契機に運動の転換が始まった。「反対派」幹部が裏切り、推進派から「祝島が崩れた」の大合唱が起こるなかで、初めに反対の声を上げた農民をはじめ、長期のデモなどの行動をしてきた婦人、住民などが下からの行動を強めた。推進派に転じたのは、当初「反対」を掲げた漁民のほんの1部分であり、「ここまで頑張ってきて負けるわけにはいかない」「25年の苦労を水の泡にすることはできない」の世論が広がった。
 島民のなかからは、これまでの運動を振り返って、どうして反対運動が衰退してきたのか、どうすれば勝てるのかが鋭い問題意識となった。原発を推進してきたのは中電だけではなく国、県であったが、県の部長が来たときには島をあげて歓待していた。「祝島だけが反対すれば、原発はできない」「幹部にすべてをまかせておけばいい」というのは間違いであることなどが語られている。
 原発は国策との対決であって、漁業権を巡る島の利害だけではなく、全町、全県、全国との団結が必要なことなどが、「豊北との違い」として論議となった。また、協力できるはずの島民同士が対立させられていたことや漁業では生活することもできないような兵糧攻め状態が、中電や国、県側から意図的におこなわれてきたことなどが明らかとなった。
 島内では、反対運動の実権を握って島民を攻撃してきた部分が、今では公然と推進の行動をとり、その実権派は元元が加納派推進派であることなど、「補償金つり上げ」のためのインチキ反対派が暴露されることによって、推進・反対に分断されていた島民の団結回復が切望され、原発の早期終結に向けた動きが始まった。
 同様の論議は、「反対派」幹部の裏切りが明らかとなるなかで、全町的にも強まった。25年のあいだ“隠れ反対派”として頑張ってきた町民や、長年推進派できた町民のなかで、もうけたのは推「反」問わず1部の幹部だけであったこと、大多数の町民はだまされて利用されたこと、そのために町が衰退してきたことなどの交流が始まり、町民の原発離れが顕在化した。
 また、町民のなかでは、艦載機部隊移転に反対し、国の圧力にも頑強に抵抗する岩国市民の行動が注目を集めた。そして、町が衰退してきたのは上関だけではないこと、全国的な構造改革、地方切り捨てのなかにあって、国策の原発があった上関は全国の典型となっていることなども論議となった。
 そのようななか町長選を前にして、「原発の早期終結」「町民の絆の回復」「町の正常化」を求める世論は圧倒的となった。それは祝島では、推進派とされてきた人人の多くが、個人的な感情を捨て、原発が島を混乱させた原因だとして、反対の投票行動となった。長島側でも、多くの町民が「原発は終わりにさせよう」の投票行動をする動きとなり、実質は拮抗状態に持ち込む力を示すこととなった。
 上関の情勢は大きく転換を始めており、中電が主導する原発の終結、生殺しを許すのではなく、町民が主導してメドのなくなった原発計画を早期に終結させ、全町民の団結を回復して、町の正常化を進めることが最大の課題となっている。それは、米軍再編と頑強に抵抗する岩国市民や広島湾岸一帯の核攻撃基地化に反対する広島市民、地方の切り捨てに反対する全国の動きと結びつくものとなっている。

トップページへ戻る