トップページへ戻る

独立と平和の力を大結集する
ため戦後65年の総括論議を
              長周新聞創刊55周年にあたっての訴え   2009年11月20日付

 読者、支持者の皆さん。長周新聞は敗戦後10年目の1955年4月、いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関として創刊され、来年創刊55周年を迎えます。
 長周新聞社では、来年開催される創刊55周年記念集会に向けて、創刊以来55年の長周新聞の活動を総括すること、とりわけ米ソ二極構造の崩壊と市場原理主義改革と称されるこの20年ほどの日本社会の変化・発展、日本人民のすすむべき方向、および長周新聞の果たすべき役割について、読者・支持者の皆さんの大論議を訴えるものです。長周新聞の編集発行に携わる側は、皆さんの意見に学んでつぎの五年間の人民言論事業を飛躍・発展させなければなりません。
 1955年の「創刊の訴え」は、生まれるべき人民の言論機関の性格と任務についてつぎのようにのべています。
 「戦争はわれわれの生活のうえにいいしれない痛ましい傷痕を残し、われわれの郷土に無惨な荒廃をもたらした」とのべ、「人人は荒廃のなかから立ち上がり平和で豊かな美しい郷土を建設してゆくために、不断の努力をつづけてきたし、今もつづけているが、しかし10年もたった今日、いぜんとして明るい展望は開けない」とのべています。
 そして「労働者、農漁民、市民のすべてに生活の困難はいよいよ加わってきた」こと、「そのうえ、植民地的退廃がまき散らされ、民族文化の健全な伝統をむしばみつつある」こと、「それにもかかわらず、軍国主義の妖怪がまたしてものさばりはじめ」「原子戦争の危険すらが、民族の運命と関連をもちつつ、不気味にただよいはじめている」と情勢を評価し、「われわれはこのような状態を黙ってみていることはできない」とのべています。
 そして、「大部分の商業新聞はいずれも資本の支配下にあり」「ことの真実がゆがめられ、大衆の死活の問題がそらされる」「大衆はいおうにも口に鉄をかまされた馬のように、語るべき何らの機関も持たない」「これでは真実は泥沼の底におしこめられ、嘘がはびこり、歴史は偽造されてゆくばかりである」「われわれは真実を泥土にゆだねてはならない。いいたいことをあからさまにいい、欺瞞のベールをひきはがし、真に大衆的世論を力強いものにしなければならない。そのために必要なことは、いかなる権威にも屈することのない真に大衆的言論機関を自らが持つことである」とのべています。
 そして編集綱領として、つぎのように規定しています。
 「日本人民の新聞として、政党、政派や宗教的信条、職業などに関わりなく、真実の報道と正しい世論の組織につとめ、平和と独立と民主主義を守る。また労働者、農漁民、市民の生活を擁護し、民族文化の擁護と発展のためにつとめる」。
 長周新聞はこのように規定された任務を実現するために55年間たたかいつづけてきました。
 戦後65年、人人は戦争の荒廃のなかから立ち上がって不断の努力をつづけてきましたが、日本社会は荒涼たるものになりました。経済大国になったといっていましたが、今では散散な貧乏大国になりました。戦後の日本社会はまぎれもなくアメリカの植民地的支配のもとにあり、一握りの売国独占資本集団が目下の同盟者となって民族的な利益のすべてをアメリカに売り渡して肥え太ってきたことを示しています。
 今日の荒廃した日本社会にいたる出発点といえる第2次世界大戦はいかなる戦争であったのか、それにつづく戦後の社会はいかなるものであったのか、その論議がきわめて重要です。
 中曽根政府の土光臨調、臨教審以後、なかでも90年代の米ソ二極構造崩壊後、とりわけ小泉政府によって拍車がかかった新自由主義、市場原理と称する構造改革なるものは、日本社会を大きく変貌させました。それは日本の富を根こそぎアメリカに貢ぎ、一握りの金融独占資本が暴利を得るために、日本の労働者、農漁民、中小業者、都市勤労人民を奴隷以下のモノ扱いにし、日本社会を壊滅的な危機に陥れてきました。
 一方では戦後の社会主義国が崩壊し、日本の労働運動をはじめ各戦線の人民運動は大きな停滞をしてきました。このなかで、峠三吉の原爆展運動に代表される新しい質の人民運動が生命力を持って発展してきました。戦後六五年の総括のなかでも、とりわけこの20年あまりの日本社会の変化・発展とそのなかでの人民の世論と運動の発展方向について、大いに論議することが重要です。
 小泉政府で頂点に達した新自由主義改革・規制緩和によって、日本社会はホリエモンに象徴されるような金融詐欺師が好き放題に暴利をむさぼり、その一方で社会の富を生産しこの社会を支える労働者をはじめ各階層の生産人民を失業と貧困に追い込みました。貧富の格差はひどいものとなっています。
 労働者は不況になるとモノのように捨てられる非正規雇用にし、子どもを育てることもできず労働者の後継ぎを不要と見なす政治が進行しました。労働者のいない資本主義社会というのは資本主義の終わりというほかありません。
 日本の農業は、高い農業資材と輸入自由化による安い農産物価により、壊滅の危機にさらされています。農村部は役場も農協も店もなくなり人が住めないようになっています。農業のない国、自国で食料生産ができない国、飢餓が現実問題になるような国になっています。漁業もまた同じです。
 中小業者、商店は大企業、大型店に絞め殺されるように、つぎつぎと首つりに追い込まれる状態となっています。
 教育、医療、福祉、介護など社会的に保障すべき分野はことごとく、自己責任、民営化と称して切り捨てられ、社会的弱者や長生きするものは国賊のような扱いとなりました。
 日本の学力レベルは世界一といわれてきましたが、教育の機会均等主義を否定し、「新学力観」といって来た結果、今では九九や分数、漢字がわからない子どもたちがふえ、日本の未来を担う人材の破壊が深刻に進んでいます。大学は大企業の付属研究所のようになり、学問の破壊と学生の低学力は著しいものとなっています。
 文化をめぐる植民地的退廃は目に余るものがあります。民族的な歴史、文化の切り捨てが度はずれたものとなっています。
 そして、自由競争といいながら国家的な統制が強まり、戦争が現実問題となっています。この戦争は、アメリカの国益を守るため、アメリカ本土防衛の核ミサイルの標的にし、日本全土を核攻撃の盾にするというものであり、再び原水爆戦争の戦場にしてアメリカのために日本人の命を差し出すというとんでもないものです。そして日本の若者を食っていけないようにしてアメリカの戦争のための肉弾に仕立てようとしています。
 新聞、テレビ、雑誌、インターネットなどは、意図的に植民地的な退廃文化を氾濫させ、民族的人民的な文化の伝統を破壊しています。とくにこのようななかで商業マスコミの悪質さは誰もが経験しているところです。小泉元首相やホリエモンのようなモノをほめそやし、批判するものは袋だたきにし、アメリカや独占資本集団の道具として世論操作に明け暮れ、人人の利益を踏みにじっていることは誰もがいまいましく思っているところです。
 戦後六五年、まさに民族の危機が進行しています。われわれはこのような状態を黙ってみていることはできません。あらゆるまやかしを拒絶し、大衆がいいたいことをあからさまに発言し、現実をあるがままにあらわした真実、社会の進歩発展に合致した正しい世論の形成につとめる大衆的な言論機関の役割が今こそ重要なときはありません。
 長周新聞は創刊者である福田正義主幹が逝去して以後の八年間、内外の「進歩派」の仮面をかぶったあらゆる修正主義イカサマ潮流とたたかい、福田主幹が打ち立ててきた各面にわたる長周新聞の歴史的な経験を学び、実際活動に具体化する努力をしてきました。
 日本の原水爆禁止運動は世界の平和運動の中心となっていましたが、それがどうしてつぶれていき、そして今どうして再建されているのか。戦後の民主勢力といわれた中に、「日共」宮本集団などのアメリカ民主主義を進歩と見なす現代修正主義裏切者潮流があり人民運動の内部から人民を分断し、人民運動を破壊してきたこと、この影響を取り除かなければ人民の運動を日本社会を変革する力のあるものにすることはできないことを数多く経験してきました。
 1999年に下関で始まった峠三吉の原爆展運動は、福田正義主幹が広島を中心にして組織した1950年8・6平和斗争の路線を継承し、下関から始まって、広島、長崎市民のなかで最大の市民権を持った運動となり、全国、全世界に影響を広げてきました。この運動は、既存の原爆団体と一線を画することによって両市民の運動になりました。この運動は現在、劇団はぐるま座によって「峠三吉・原爆展物語」という劇にされ、全国に発信することになっています。
 長周新聞はこの間、原爆展・原水禁運動を軸にして、28年目を迎える上関原発阻止のたたかい、岩国の米軍基地撤去の市民の運動、下関の安倍代理市政とたたかって市民生活を守る運動、また教育運動などに力を入れてきました。いずれも大衆的な社会変革の世論は巨大なものとなってあらわれています。そしてこれらの運動の発展は、インチキな革新勢力と一線を画し、福田主幹が貫いてきた精神を具体化することによって発展してきたことが特徴です。
 長周新聞の活動において、文化・芸術・イデオロギー面を強めること、労働運動の再建に役割を果たすことは、今後突破すべき重要な課題です。
 劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』の創造と、それにつづく『原爆展物語』の創造はリアリズム芸術路線の成果です。それは福田主幹の芸術路線を具体化したものであり、長周文化面が果たすべき方向性も示しています。滅亡していく反動的なイデオロギーを批判し、社会を進歩発展させていく人民のイデオロギーをくっきりと描き上げ、人人を激励していく文化・芸術の発展のために長周新聞が役割を果たすことはきわめて重要です。
 労働運動が、この社会をよりよいものにするために力を発揮するようにすることはきわめて重要な課題です。戦後の労働運動は原水禁運動の主力となり、60年安保斗争の主力となって、国の平和と民主主義と独立のために政治を動かす力を発揮しました。しかし高度経済成長、所得倍増のかけ声の下で、企業の成長に依存して経済的な要求を満足させる改良主義、自分たちの損得が第一で他の人人を犠牲にしてもかまわないという企業主義、経済主義が蔓延し、今では多くの労働組合は資本が労働者を抑えつける道具のようになってきました。市場原理主義といって金融資本・大資本の好き勝手がまかりとおり、集団が協力し合って社会のためになるものを生産する労働の原理が侮蔑され切り捨てられてきました。労働の価値を復権させることは、政治はもちろん教育や文化をはじめ、荒廃したこの社会を立て直す根本の問題です。労働運動を破壊するあらゆる仕かけを暴露し、国の政治を動かす最大の力を持った勢力として、労働運動を立て直すことは重要な課題です。
 福田主幹が打ち立てた長周新聞の立場と路線は、一切の日和見主義、修正主義潮流とはまったく異なったものです。現在の勤務員の経験では、人民大衆こそがこの社会を進歩発展させている主人公であること、したがって一切の私心を捨て、人民に奉仕する思想に徹して、大衆の中に入り、大衆の生活と斗争に学び、そのなかに影響している支配階級の欺瞞を取り除き、大衆の歴史的社会的な体験のなかに流れる本当の世論を形にし力にする、という立場を貫くことです。大衆の中にある松明を集めて大きな灯台にするという立場です。そして、自分たち自身の自力更生・刻苦奮斗の精神で、何もないところから、大衆の力を確信し、新しいものを創り上げていくという立場です。あらゆるウソ・欺瞞を暴露し真実を貫くということです。大衆を見下して、説教したり、自己主張をする傲慢な思想は長周新聞においてはもっとも蔑視するものです。
 世界も日本社会も、戦後史の大転換期を迎えています。総選挙の投票行動にあらわれた人民世論は歴史的な大転換を遂げつつあることを証明しました。このような2010年代を迎える大激動大再編の情勢のなかで、福田正義主幹が創刊した長周新聞の果たす役割は決定的なものがあります。長周新聞の活動を、広島、長崎をはじめ全国に広げなければならず、独立、民主、平和、繁栄の日本の実現を目指す幾千万大衆の願いを全国的に結集するために活動の大飛躍をしなければなりません。
 長周新聞創刊五五周年記念集会に向けて、人民言論活動の飛躍・発展のために、読者拡大へのご協力と共に、読者・支持者の皆さんの総括論議を繰り広げていただくことを訴えるものです。
                             2009年11月
                                             長周新聞社

 

トップページへ戻る