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中学生の魂揺さぶる礒永作品
下関市立向洋中学校
              はぐるま座の舞台全校鑑賞    2014年2月5日付

 下関市立向洋中学校(本田耕吉校長、生徒数209人)の体育館で3日、劇団はぐるま座による小作品『礒永秀雄の詩と童話』の全校公演がおこなわれた。同校PTAが企画した行事で、1年生から3年生までの生徒全員が詩劇「中也の詩による幻想曲―修羅街挽歌」と童話「とけた青鬼」の朗読劇、「ゲンシュク」「虎」「夜が明ける」の詩3編の朗読を鑑賞した。生徒たちは初めて礒永秀雄の作品に生の朗読でふれ、終始真剣な表情で耳を傾けた。終演後、生徒たちは内からこみ上げる感動を「人のために行動を起こすことの大切さをあらためて学びました」「青鬼のように心優しく、誰もから信頼される人間になりたいです」「今回の劇は今からの人生、忘れてはならないものだと思いました」など感想文につづっている。

 同校PTA公演を企画

 上演にあたって、本田校長が今回の公演について、「PTAのお父さん、お母さんたちが、君たちに、ぜひ本格的な劇を見せてやりたい」という思いで企画され、PTAとともに二つの団体から公演費の援助を受けて実現することができたことを紹介。また、新生徒会の役員らが朝早くから体育館にシートを敷くなど事前に会場準備をおこなったことにもふれ、「たくさんの人人の協力や応援があってきょうがある」とのべた。
 そのうえで、詩人・礒永秀雄について次のように紹介した。
 「礒永秀雄さんは太平洋戦争のとき、学徒出陣で南方の戦地に送られた。そのときに一緒に戦争に向かった戦友たちがたたかいのなかで、あるいは病気でたくさん亡くなった。この戦争で日本だけでも原爆や空爆など、民間を含めると300万人以上が亡くなっている。山口県、島根県、鳥取県の方が全部亡くなるぐらいこの戦争で亡くなっている。礒永さんは九死に一生を得て帰ってきたとき、戦争で亡くなった方方の思い、立場に立って、日本の平和と戦後の復興、発展のために自分は何ができるかを考えたときに、自分は詩人になろうと決意された。そのような礒永さんの思いが込められた詩であり、物語だ。しっかり目と耳と心、3つの感性、感覚で受けとめよう」。
 真っ暗な地獄の演出による「修羅街挽歌」が始まると、会場内はシーンと静まりかえり、会場全体が吸い込まれるように礒永秀雄の世界にひき込まれていった。礒永秀雄が海底に眠る戦友たちのために歌う歌がないことに苦しみ、自分とのたたかいを通して戦友に応えて詩人になる決意をする場面では、生徒たちの間にすすり泣く声が流れた。
 続いて、山奥の鬼の岩屋を背景にした『とけた青鬼』では、登場人物の性格や気風をにじませて伝える朗読の展開に、生徒たちは身を乗り出して見入った。とくに、主人公の心優しい青鬼が鬼の世界で罰を受けながらも、村人を苦しめる代官に立ち向かいテング山をやっつけ、最後に自分が溶けていくところで深い共感の渦が広がった。
 詩では、「厳粛」という言葉の奥深さを人の生死との関係でうたう「ゲンシュク」や、厳しい現実に負けるのではなく立ち向かう精神を鼓舞する「虎」、さらには「太陽との対面の姿勢で/きょう一日は/はっきりと/きまる」と劇団員が一斉に締めくくる「夜が明ける」の一言一言を、噛み締めるように精神を集中して聞き入った。
 こうして、約1時間20分にわたる朗読公演は、郷土山口県の詩人・礒永秀雄の世界を生徒たちの魂に分け入って届けるように進行した。会場では教師はもとより、父母や学校教育に心を寄せ献身する地域の人人も鑑賞した。終演後、感動のあまり思わず立ち上がって大きな拍手を送る父兄の姿も見られた。
 観劇の最後には、同校の白井義久・PTA会長が登壇し劇団員に感謝の言葉をのべたあと、「生徒のみなさんもきょうは心によく残ることがあったのではないか。また折があればこのような公演をぜひ直接見てほしい」と感動を込めて挨拶した。カーテンコールでは、生徒代表が花束を贈呈し団員らと固い握手を交わした。
 生徒たちはその後、教室に戻って冷めやらぬ感動を感想文に書いていた。また、公演当日の放課後、体育館の片付けをする生徒たちが、さっそく「頑張ればいいことあるよ」「青コブのように…」と口にしながら掃除するなど、感動の余韻を共有しあう様子が見られた。
 参観していた教師たちは共通して、「これまでに経験したことのない演劇鑑賞」となり、生徒たちがかつてなく真剣な態度であったことを強調している。また、生徒の感想文では、普段は自分の思いを書かない子がしっかり書いていたり、子どもたちが今後学校生活や人生を送るうえでの力にしていることが読みとられることが、感動的に語られている。
 今回の公演を企画した白井PTA会長は、「例年、文化祭のときにとりくんでいた。年に一回はいつもしているが、今回は学校運営協議会の方の勧めではぐるま座の劇にした。とても感動した。生徒が真面目に聞いているのでびっくりした。はぐるま座の方の発声もすばらしかったし、興味深いものがあった」と語っていた。
 同校の学校運営協議会の海原三勇会長は、「今後、市内、県内で他の学校でもぜひ子どもたちに見せたらいいと思う。『修羅街挽歌』も子どもたちには響いているはず。プロの劇団の朗読を聞くことで、読む力、聞く力、受けとる力につながり、学力アップにもつながると思う。普段、詩を読むという習慣がないが、人間を形成していく一番重要なときにこういうものを見せるのは大事なこと。これを見ることで人間として生きていくうえでの転機になるのではと期待している。これからの人生の糧として、生きる力にしてほしい。鑑賞する姿勢もよかった。子どもたちはきっと自分の人生と置きかえて考えたと思う。これを機に、生徒が一歩前進していただければと思う」と感想をのべていた。

 鑑賞した中学生の感想文から

 ▼「修羅街挽歌」での、戦争から戻ってきた礒永秀雄さんの気持ちがすごく表現してあり、戦友とのわかれや孤独がとても印象に残っています。私は戦争の時代に生まれていないので、ほんとうの戦争の悲しみ、苦しみ、痛みはわかっていないと思います。でも、今日の公演で戦争を体験した方達の気持ちが少しは知れたと思います。今の日本はとても平和で、どこかで戦争を忘れているのではないかと思います。戦争があって、今がある。昔の人に感謝しようと思いました。
 詩劇や童話の公演は初めての体験でした。読み方や声の強弱がすごいなぁと思いました。劇団はぐるま座の方達ありがとうございました!!(3年女子)
 ▼今日の「劇団はぐるま座公演」をきいて、はじめの礒永さんのお話である「修羅街挽歌」では、詩を読んでくださった皆様からの声の迫力、場面場面で使いわける声量や、語りかけるような朗読、みるものをみりょうしそして圧倒した。礒永さんが戦争からかえってきて、詩人になるときめ決意した詩をきいていてひしひしと感じられました。一度はどん底に落ちても、まだ生きる気力を失わずに頑張ろうとする姿が詩の中からでもはっきりと目に浮かびました。
 「とけた青鬼」では、鬼の中でも優しく人の気持ちがわかり、心の広さが朗読した中でわかりました。しかし、現実とは非情なもので人間には人間の生き方、また鬼にも鬼の生き方があり、その中で青鬼ははじめは小さい男の子をさらおうとしたけど、けっきょく小さい男の子と病気にかかっているおかあさんを見た青鬼は、男の子をさらわずに何もしないでいたのです。しかし青鬼は罪となりバツをうけて残り半日の生命で、最後は人が喜ぶことをし、自分が正しいと思った生き方は、とても真っすぐな人生を正直に生きてきた証拠なのだと伝わりました。(3年男子)
 ▼私は、公演の中でも特に「とけた青鬼」が心に残っています。鬼はこわいものだけいるのではなく、心優しい鬼もいるんだなと思いました。「とけた青鬼」の中で一番印象に残っている場面は、青コブに残った残り少ない命を困っている村人たちを助けるために使ったというところです。そして、村人たちを助け、最後に札に「これが最後のえものです」と書いてぶらさげたという場面は本当に泣きそうでした。
 礒永さんの詩にはたくさんの思いがつめられていました。普通に文字で書いてある詩を読むだけでは礒永さんの思いなどが分からず、心にひびかなかったかもしれません。でも、「劇団はぐるま座」の方が心を込めて力強く朗読してくださったおかげで、とても心に残るものになりました。戦争があたえる私たちへの影響もあらためて思いしらされました。
 こういう思いをもっとたくさんの人に知ってもらい、世界が平和になればいいなと思います。今日はとてもよい一日でした! 帰って両親にこの話をして、機会があるとき、親とみに行けたらなと思います。(3年女子)
 ▼僕が一番印象に残っているのは「とけた青鬼」です。自分達が怖いと思っている鬼でも中には優しい鬼がいるというのがとてもおもしろく、さらに後半にゆくにつれて鬼としての感情、また人としての優しさがあり、とてもかっこいいと思いました。
 つのやキバなどをとられた鬼はふつうの人間となり、一人さみしく死をまつかと思いきや、村の祭りで相撲大会に出場し、村人のために一番強い力士と勝負して勝ち村人の願いを叶えてあげるという、鬼の血がながれていても優しさを忘れないのはかっこいいなぁと思いました。青鬼は気が弱くて鬼をやめさせられたけれども青鬼の気が弱い=“優しい”からだと自分は受けとめました。
 自分達は中学校生活が残りあとわずかです。残りの中学校生活は、青鬼のように、優しく、人のために自分を身代わりにする。これを目標として、中学校の最高の友達とともに、優しさを求めてすごしてゆきたいです。(3年男子)
 ▼今日劇団はぐるま座の公演を見て、一番心に残っている話は、修羅街挽歌です。なぜなら戦争の詩で、一番わかりやすかったし、表情や感情がこもっていたからです。とくに修羅街挽歌の中でも一番印象に残っている言葉は、「立て修羅! 見ろ暗い天」のところです。ここは修羅街挽歌の中で一番大きな声で言っているから印象に残りました。修羅街挽歌は戦死した人の魂が入ったように思いました。
 とけた青鬼では、青コブという鬼があと半日もたつと自然にきえるという話でした。青コブが村人のために残りのいのちをつかうという、ちょっと悲しい話でした。
 また機会があれば見たいです。(1年男子)
 ▼今日の公演は全体的に迫力があり、時々驚いていました。特に、初めのお話は内容をしっかり頭に入れてみていたら、悲しい感じになってきました。一人で限りない坂を歩き続けている中、助言をもらって詩人になった、この場面は印象的でした。そして、うたをきかせた17歳の少女、戦死した友との場面では、胸がはりさけそうになってしまいました。
 最後のお話では、恐い鬼だけでなく優しい鬼もいるんだ、と思えました。僕は、これは人でもそうなんじゃないかな、と考えました。自分の残り少ない命を自分の思う正義に使っていた鬼は印象に残りました。
 公演を見終わって、普段は映像だけど今日は違った感じで、とてもおもしろかったです。おもしろいといっても、笑えるということでなく、感動した、ということです。今日公演をして下さった「劇団はぐるま座」の皆さんに感謝します。そして、とても良い声を聞けて嬉しかったです。(2年男子)
 ▼私は今日「劇団はぐるま座」の公演を見て、戦争に行った人の深い悲しみ、孤独を教えられ人の考え方を理解しました。また、人の為に行動を起こすことの大切さを改めて学びました。
 なかでも印象に残ったのが「ゲンシュク」です。「ゲンシュク」、なんとなくはイメージできますがはっきりと何かはわかりませんでした。
 イメージとして静かなピンと空気が張りつめているようなものかなと思っていました。でもこの公演を見て、それだけじゃない、人の感情も「ゲンシュク」になれるんだと思いました。人の命をまえにしたとき、「シュンとした悲しい気持ち」の中の「命をムダにしない気持ち」、こういう気持ちを持つことこそが人の感情の「ゲンシュク」なんだと思いました。
 「ゲンシュク」は多くても少なくても悲しい、だからこそ常に心のどこかにこの気持ちをおいておくべきだと思いました。今日の公演は私にとってとても良いものになりました。(2年女子)
 ▼私が今回この公演を見て感じたことは、一人一人の出演者のみなさんが一つ一つの言葉に「魂」を込めて言っていたことです。本をもちながら発表するときも手に力をこめてギュッと力強く本をもっている手はふるえていて、それだけの強い思いがこめられていることがわかりました。それと自分が何かを言う少し前から表情をつくってすごいなと思いました。
 例えば青鬼が驚くセリフの前では、目をみひらいて驚く表情をつくっておいてセリフを言いだし、感情がこもったセリフとして受け取られました。こうして出演者のみなさんが工夫して演じてくださったおかげでこの礒永秀雄さんの考えていることを強く感じる事ができました。改めて戦争のおそろしさを劇団のみなさんから伝えてもらい、私たちも何らかの形で戦争の事を語りついでいかなければならないという意思がもてました。
 そして「とけた青鬼」では自分の残り少ない人生の中で自分をぎせいにしてまで村人を助けようとする青鬼の心の大きさを私も見習いたいなと思いました。この公演を見ることができたおかげで多くの事を学び、これからの私の人生の中で大切にしなければならないことをえられたのでよかったです。(1年女子)
 ▼最初、戦争の体験を詩にかくということは自分にはできないといっていたけど、仲間がかけてくれた言葉でかくことを決意していたのを見て、自分の意志だけではなくまわりの気持ちも受け入れるべきなのだなあと思いました。また、戦争の体験を詩にかくことで、戦争とはどういうものなのかわからない人にも伝わるだろうし、戦争がどれほどの悲しみをうばっていくのか伝わると思います。
 私は今回この劇を見て学んだことはたくさんあります。戦争の話だけでなく、それを伝える表現力、見ている人に印象づけることなどです。
 戦争を経験したことがない私でも戦争のおそろしさが今回改めてわかりました。戦争の話だけでなく、とけた青鬼のように人を思いやる力はどれほど大事なのかも学びました。人になにかしてあげると必ず自分に返ってくるという言葉があるように私も青鬼のように心優しく、だれもから信らいされる人間になりたいです。
 今回の劇は今からの人生、忘れてはならないものだと思いました。(1年女子)
 ▼僕が、一番心に残った作品は、とけた青おにです。青コブが、ツノモギ、歯ぬき、つめ切りのけいにされて、残り半日を村人たちのために、誰かのために使うということは、やはり、すごいことだと思いました。この作品は、まるで作者の礒永秀雄さんの戦後を歌ったような物語でした。
 一番最後の夜が明けるでは、人生そのものを歌っているのではないかと思いました。
 最後に礒永さんの詩を聞き、彼の生き方、感情などに心が打たれ、涙が出てしまいました。戦争が終わった後、気力をなくした自分に語りかける礒永さんの姿、「俺は、詩人になる」という言葉も印象に残りました。
 礒永さんのように、自分自身の人生を見つめなおし、これからを生きてゆくというのもいいなと思いました。(1年男子)


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