トップページへ戻る

若者と共に全市的運動広げる
原爆展成功させる広島の会総会
               原爆使わせぬ使命感で団結    2011年12月5日付

 広島市東区の二葉公民館で4日、「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会(重力敬三会長)の2011年度総会が開かれた。会には、広島市内をはじめ廿日市市、府中町、呉市などから被爆者、戦争体験者、空襲体験者、被爆二世、主婦、退職者、労働者、学生など幅広い層の市民に加えて、下関原爆被害者の会、下関原爆展事務局も含めておよそ30名が参加した。会発足から10年目を迎えるなかで、若い世代の集団的な参加をはじめ全市的な運動として発展し、長崎や沖縄など全国との絆を深めた今年の活動を振り返り、全広島を代表する運動としてさらなる飛躍を誓いあう場となった。
 
 事務局も新しい体制に

 はじめに原爆死没者に対する黙祷を捧げた後、重力会長が挨拶に立ち、今年1年の奮斗に対するお礼をのべ、「66年前のあの日あのときの地獄絵は、何年たっても私たちの脳裏から消え去ることはない。千羽鶴の一つ一つに込められている憎しみと悲しみを怒りに変え、世界から一日も早く核兵器が廃絶されるようみんなで力を合わせていきたい。今年の総仕上げとして意義ある総会にしよう」と呼びかけた。
 その後、来賓として下関原爆被害者の会副会長の升本勝子氏が、大松妙子会長代行のメッセージを代読。先日下関市でおこなわれた礒永秀雄詩祭に広島から多数参加したことへの謝辞とともに、「これからもお互い、手を取り合ってがんばっていきたい」と決意をのべた。
 続いて原爆展を成功させる長崎の会の吉山昭子会長のメッセージも紹介された。
 吉山氏は、3月11日に端を発する東日本大震災と原発事故に触れ、「唯一の被爆国である日本が原爆の被害に目をつむり、今また多くの人たちが放射能によって苦しむことに歯がゆさを感じずにはおれない。親兄弟やたくさんの同級生を亡くしながらも、生き残った人たちが人一倍の根気強さと優しさをもって郷土の復興のためにがんばってきたからこそ今がある」とのべ、「核の恐ろしさを知っている広島と長崎の経験を声を大にして伝えていきましょう」と連帯の決意をのべた。
 下関原爆展事務局の竹下一氏(長周新聞社)は、2001年に旧日本銀行広島支店で初めての原爆展を開催した時期は、マスコミは「被爆体験は風化している」「語り部の会は解散」と煽り、また、原爆資料館の基調も「広島は軍都であり、原爆を受けてもしかたがない」というもので、「さまざまな障害のなかで市民がありのままの被爆体験と思いを語ることが困難な状況に置かれていた。そのしがらみを克服して活動を広げるなかで、全広島を代表する被爆市民の運動になったことに今や隔世の感すらある」とのべた。
 また、「原爆展は広島から全国に広がり、基地問題で揺れる沖縄でも毎年のように開催され、日米政府をして立ち往生させるほどの世論の高揚に貢献している。広島の会の皆さんの私心なく、平和のため、みんなのために活動するという純粋な気持ちが全市的な信頼を集める根拠になっており、そのような生き方をしたいという若い世代が増えている。来年をさらに飛躍の年にできるようともに奮斗したい」とのべた。
 劇団はぐるま座の山宮綾氏は、原爆展運動10年を舞台化した『原爆展物語』公演を始めて2年が経ち、今年は東京、広島、長崎、佐賀、大阪、山口、沖縄など各地でおこなわれるなかで「高校生や若い人たちの共感が激しく、これまで切り離されてきた全国各地の戦争体験が一つにつながり、その怒りや悲しみに触れ、平和で独立した国を取り戻せという声が共通して語られている。来年も平和運動に貢献できる舞台活動をしていきたい」とのべた。
 続いて事務局の犬塚善五氏が今年度の活動概要を報告。今年度は、1月の佐伯区民センターでの五日市「原爆と戦争展」(第4回)を皮切りに、北広島町図書館(第3回)、そごう呉店(第5回)、フジグラン東広島店、広島大学(第6回)、広島修道大学(第5回)、廿日市フジグランナタリー(第2回)、そして8月の広島市市民交流プラザでの第10回広島「原爆と戦争展」と10月までに全9会場で開催。全会場を通じておよそ5500人の参観者を集め、東日本大震災と福島原発事故による関心の高さも合わせて、学生など若い世代が活動スタッフとして加わり、被爆者とともに大きな役割を果たしてきたことを強調した。
 そのなかで、県立広島大学、広島大学や国際センターで学生や社会人への体験証言や、春・秋あわせて9校の修学旅行生、地元広島でも14校の小・中学校の平和学習でのべ70人の被爆者が体験を語るなど市内での証言活動も一段と広がったことが報告された。
 10月からは、これまでかかわってきた学生スタッフが主体となり、平和公園で街頭原爆展を毎月定期的におこなっていく活動が開始され、全国から訪れる人人や市民との交流が発展していることも紹介された。
 さらに、役員改選にともなって、これまで献身的に世話役を担ってきた次世代を事務局役員に加え、学生などの若い世代が集団的に事務局スタッフとして加わることで会の体制を一層強化し、より多くの市民が参加できる活動の飛躍につなげることが提案され、全員の拍手で承認された。

 被爆者の意気込み増す 若い世代に触発され

 質疑の口火を切った男性被爆者は、「今年起こった大震災と原発事故は、天災とはいえない人為的な災害であり、一般的に核廃絶や戦争反対を唱えるだけではなく、身近に存在する原発の廃止を訴えていく必要性を痛感させられた。また、若い人たちとの交流が平和公園での街頭展示活動につながり、それに取り組む若い人たちの熱意に引き寄せられるように私も毎回参加している。パネルを見てもらった人と話をする活動を若い人たちが一緒にやり、直に学んでくれることは大きな意義がある。このような活動を広げて、みんなの声を集めていけば必ず原爆も原発の廃絶も実現できると確信している。これまで以上に会員みんなが力を合わせて活動を力強く進めていきたい」と意気込み高くのべた。
 スタッフとして参加した男子大学生は、「平和公園での街頭展示には、秋田や大阪など全国各地から来た人たちが足を止め、たくさんの修学旅行生たちも感想を書いてくれた。注目度も高いので、継続していくことが効果的だと思う。来年は卒業して社会人になるが、今後も広島の会にかかわっていきたい」とのべた。
 女子学生たちも、「広島で育った者としてこれから真剣に学んでいきたい」「この会で広島や全国で平和活動をされていることを初めて知り、広島県民として恥ずかしい思いがした。これからは自分も積極的に参加していきたい」とはつらつと意欲をのべ、参加者からは大きな拍手が送られた。
 今年初めて参加した婦人被爆者は、「5月の呉原爆展に友人に誘われて参加し、パネルを見て初めて本当の戦争の姿を知り、腹が立って仕方がなかった。この65年間、何をしていたのか。真の平和とはなんなのか。自分の認識がすべてひっくり返って、平和ボケして安気に過ごしてきた自分自身に本当に腹が立った。誠実に平和のために活動するみなさんの真剣な顔つきに触れて、自分もその背中を追いながら若い人たちと手をつないで頑張ります」と強い衝撃を込めて語った。
 事務局スタッフの男性労働者は、来年も地元の北広島町で原爆と戦争展を開催することを明かし、「東北では震災と原発事故の収束のメドすらたたないなかで政府はTPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加を決めている。この国民無視の対応が許せない思いで一杯だ。この日本がこれからどう進もうとしているのか、どうしたらこの深刻な状況を変えていけるのか、同世代の親たちや若い人たちと一緒に真実を知らせ論議を広げていきたい」と決意を語った。
 また、新しく事務局役員となった婦人からは、「8年間、被爆者の方方に付き添い歩いて教わったことと若い人たちの力とを結びつけ、来年はこれまでより一歩踏み出して成果ある年にしていきたい」と決意が語られた。
 世代を超えて心の通う交流が続くなか、来年もさらに原爆展運動を精力的におこない、広島の本当の声を代表して全国、世界に広げるために奮斗することを参加者全員で誓い合って散会した。

トップページへ戻る