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わざと学校荒れさせる強権
下関川中中学教科教室
             父母・教師の理解求めぬ異常   2007年6月20日付

 下関市の川中中学校の移転にともない、帰属するクラスをなくし700人が毎時間学校中を大移動する「教科教室型」校舎を建設する計画を、下関市・江島市長の意向で松田雅昭教育長が、親や地域の意見を無視して強権的に進めようとしている。親たちの反対意見が吹き荒れた11日の地元説明会以後、あくまでごり押ししようとする市教委の態度に、川中校区の父母や地域だけでなく、全市内的な教育問題として「松田教育長は解任させろ」という尋常でない怒りが噴き上がっている。
 説明会を終えて親や地域のなかで語られるのは、「教育長は地域や親の理解を得られない学校を強制的につくってどうなるのか。教育は失敗したといって修正がきくような一過性のものではない」「みんな同じことを心配していた。あれだけ反対が出たのに、なぜ少しぐらい考えようとしないのか」という意見である。川中地区の親や地域の声に聞く耳を持たず、学校現場を担っている教員の意見を聞かないで、強権的にやれば絶対に失敗するという強い危惧(ぐ)である。
 教育委員会は、説明会は「反対の人ばかり集まっていた」といって、『川中中建設広報』なるアリバイ報告を全保護者に配布。「新中学校では、教科教室型学校運営を採用し、平成22年度4月に開校」といきなり発表した。それを見て初めて子どもたちが近い将来通うことになる川中中の計画を知った父母も多く「いったいどうなるのだろうか」の声が上がっている。
 地元説明会が開催されて以後、川中小、川中中では参観日があったが、母親のあいだでは説明会の様子や教科教室型の話が広がっている。川中小の母親は、「親のなかで賛成をいう人がいない。今、川中小学校は6年生が大変だと話になっている。そんななかで国語や美術、理科などを専門的に勉強するといっても、自分たちの子どものことを想像したら、難しいのは火を見るよりも明らか。勉強も大事だけれど、中学校では人の道を外れないように、心の問題などをやってほしい」「中学校は義務教育だから、いろんな子どもがいるなかで人間関係を築いていくことが勉強より大切だと思う」と語られる。熊野小の親のなかでも小学校高学年が大変な状態であるのに、教科教室になったらどうなるのかの不安が語られている。
 なかには、教科教室になったら失敗するのはわかっているからと「中等教育学校や梅光に行かせようか」とか「引越ししようか」などの話が親のなかで真顔で語られている。
 川中中学校では一昨年4月、生徒が校内で自殺するという痛ましい事件が起こって以後、2度とあのようなことが起こらぬよう教師や地域の努力が続けられてきた。「川中中通信」を発行し地域に学校の様子を知らせたり、学校では休み時間、教員の見回りを強めたり、教育相談をおこなうなど生徒の精神面や規則正しい学校生活を重視している。また地域を回っている教師の姿を住民は見ている。

 教科教室計画契機に荒れる 生徒指導否定の産物
 一方では生徒指導上の現状として、「1部のクラスで授業と授業のあいだの休み時間に教師が不在にならないように措置をとっていたり、異学年や他のクラスにはできるだけ行かないようにという指導をしている」「欠席者が1学年で20人ぐらいいる。遅刻も多く、親に連絡をとろうとしても連絡がとれない。1時間目のあととか、午後からとか、給食を食べにくるだけの生徒もいる」という状況も語られている。登下校の子どもたちの様子を毎日見ている地域住民、現状を知る教員や父母は、川中中では「点数より社会性をもったまともな人間を育ててほしい」という教育への思いが圧倒している。
 このような学校の状況は、文科省が「個性重視」「子どもの自主性」といって、子どもを自由に放任し、教師の指導性を否定してきた結果であり、全国の学校で共通する問題である。しかし、5、6年前までは「市内ではしっかりした方だ」といわれていた川中中学校が極端に荒れ出したといわれるのは、5年前の2002(平成14)年度に突然川中中学校の教師に「教科教室」型校舎計画が押しつけられたことが要因となった。
 2002(平成14)〜2003(平成15)年度にかけて、教師を動員して連日夜9時、10時までの研修が続いた。全国の学校に視察に行けば、どこも小規模や中規模校であり、大規模校ではやっていない。視察に行った多くの教員は、「これでは川中中では無理だ。確実に実験校になる」という強い危惧を持っていたが、その教師の意見は吸い上げられることはなかった。
 その後用地取得の未解決などで計画がとん挫したが、2004(平成16)年度の人事でこれまで長年地域との関係を積み上げてきた教員を教科教室に異を唱えたとして移動させてしまい、若い臨時採用の教師を多く入れた。
 その年の4月にはクラブ指導の熱心な教師で父母からも信頼を得ていた教員に対して、商業新聞が「体罰」を騒ぎ、教師を萎(い)縮させ指導性をなえさせた。その翌年の2005(平成17)年度4月には女子生徒が校内で自殺するという痛ましい事件が起こり、建て直しを続ける過程でマスコミが徹底的に教師の指導性破壊を続けた。荒れる原因をつくった松田教育長は、現場責任を決めこみ、教師や父母、地域の奮斗で現在にいたっている。

 クラスなくし競争煽る典型 下関全体の問題
 教科教室は「生徒の自主性を育てる」といって、クラス集団をなくし、「能力に応じた教育」で子ども間の格差を広げることになるし、子ども同士をバラバラにして、生徒指導をできなくさせることが危惧されている。
 市内の教師のなかでは、市教委がいう“説明”がいかに机上の空論で現実離れしているか、子どもにとってなにが大切かが語られている。「教師は各教科のブースに常時いて子どもの様子に目が行きとどくというがそれは違う。今は朝の会や授業が終わって職員室に戻り、“あの子の様子がおかしい”と表情や様子を伝えて教員同士で連携をとりながら授業もやっている。子ども同士のつながりもだが、教員の連携も希薄になる」「教科教室が学級の教室になるというが、学活で時間がのびても、次の授業の生徒が待っていれば落ちついてできず、昼休みなど教科教室に調べものに来る子どもがいれば、落ちつく場所がない」。
 「移動で他学年の交流ができるが、金の貸し借りや物がなくなったりなどが現実に起こっているのに、あえて懸念されることをやる必要なない」「今でも4時間目が体育のときは、給食エプロンを持っていき、授業が終わればそこから給食室に行っている。今でもやっているのに、それを毎時間700人がやってどうなるか」などと語られ、「川中中の先生もみな同じ思いですよ」と話されている。
 この状況のなかで教育関係者ならだれもが失敗すると危惧している教科教室型に、川中校区の子どもを有無をいわさず投げこむという、教育委員会の異常さにみなが怒っている。
 この教科教室問題は、川中校区だけにとどまらず「下関の教育行政がこのような非教育でいいのか」という下関の子どもの教育を守る問題として、教育関係者だけでなく市民のなかで大注目である。なにがなんでも大規模校に「教科教室型」を押しつけるのは、「全国初」が大好きな江島市長のやり口であり、山口県初の中高一貫の中等教育学校の導入、県内初の長府高校への総合学科導入など、教育再生を叫ぶ安倍首相の実験台であることは明らかである。「自分の名をあげるために、私たちの子どもを犠牲にしないでほしい」という強権行政への父母や地域の怒りの声は大きくなっている。

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