トップページへ戻る

地方の生産つぶし何が借金解決
山口県下・市町村合併崩壊が連鎖
                農漁業の維持が真の国益      2004年5月1日付

 自治体合併の大号令が国から、県からおろされてはじまった市町村合併は、行政や議員どもが町村消滅で突っ走るなかで、各地で住民の行動が強まり、国や県当局の思いどおりにはいかず、各地で泥沼状態が広がりはじめている。山口県内では、地域を守ろうとする住民の運動や世論が強まっていることが、行政や議会をして強引な執行に踏み出させず、合併枠組みの崩壊や法定協からの離脱に追いこんでいる。

 豊関合併
 現在までの山口県下の状況を見てみると、下関市と豊浦郡四町との豊関合併は、次回5月26日の法定協議会で合併期日をふくめた4項目を了承すれば協議は終了するところまできた。しかし一方で、菊川町を除く豊田町、豊浦町、豊北町で合併の是非を問う住民投票を求める運動が活発化している。
 豊田町では3月19日から住民投票の直接請求にむけた署名運動がはじまり、有権者(5750人)の3割にあたる約1600人分が集められた。本請求が認められた場合、町長は住民投票条例案を議会に提出しなければならない。3月議会では議員提案による住民投票条例案が一度否決されており、議会が3割の住民意思を再度否決するのか、今後どのような展開を見せるか注目されている。ちなみに、4月中に合併の是非について態度表明するといっていた吉本町長は30日、議員全員協議会において、合併の是非については、議会と住民の判断にゆだねる意向を示した。今後、豊田町の動きによっては、豊関合併が崩れる可能性もおおいにある。
 豊北町でも3月議会で条例案が否決されたのを受けて、1部住民のなかで住民投票を求める動きがはじまった。5月中旬にも署名集めを開始する予定で、現在署名収集受任者(受任者以外が集めた署名は無効)を募っている。隣接する豊浦町でも住民投票を求める会が結成された。合併の是非について見解をぼかしたまま、住民投票の実施をかかげて初当選した浜岡歳生町長は、3月議会で合併推進の姿勢を発表、公約を180度ひっくり返して住民投票はしない意向を表明している。
 豊浦郡4町の住民のなかでは、農協合併の前例や現在同時進行ですすめられている漁協合併とも連動して、露骨になってきた農漁村地域の切り捨てが、生産活動によって支えられてきた地域経済を破壊していくことは明らかであり、事態打開を求める住民世論が渦巻いている。町消滅によって地域が衰退していくことを危惧(ぐ)する声は依然強いものの、これまでの歴史性もあり党利党略による運動を警戒する意見も多い。豊北原発反対斗争のように、全県民と広くつながった町民の団結によって、「国策」をうち破る力ある運動が切実に求められている。
 
 県央合併
 人口30万人以上の中核市をめざしていた県央合併は、「新庁舎位置をめぐる決裂」を表面上の理由として、4月26日に法定協休止を正式決定した。2市4町の法定協は昨年3月の立ち上げから約8割の項目について調整を終えていたが、合併協議は白紙にもどった。今後は山口市は小郡町、阿知須町、秋穂町との1市3町、防府市は徳地町との1市1町合併を模索していくことになる。もっとも市民から見れば、この合併協議は県庁所在地人口が全国でも最底辺にランクされることのひがみからなのか、もっぱら県当局が介入して「人口30万人以上の“中核都市”」ばかりが強調されている印象が強かった。市民生活がどうなるかほとんど議論のないまま、空中戦で最後は空中分解した格好となった。お膝元の広域合併でメンツをつぶされた県当局は「住民が納得するのか!」と腹を立てたが、県庁幹部以外に「納得がいかない」といって腹を立てている市民はほとんど見あたらない。「住民」は都合のよいときに持ち出される言葉だけで、だれの目から見てもはじめから「住民不在」の官制的な合併論議であった。

 柳井地域
 はじめから上関町のあつかいをめぐってむずかしい動きを見せていた柳井地域は、枠組みが崩壊して以後、柳井市と平生町による田布施町の引っぱりあいに進展し、田布施町の寺田幹生町長は町長を辞職するといったり、やっぱりやめないといったりで大騒動している。田布施町では住民投票がおこなわれる動き。県当局としては原発建設に見こみのない上関町をいずれ柳井・平生に吸収させる意向が働いているとみられる。枠組みが崩壊して以後、県は合併重点支援地域として送りこんでいた県職員を柳井広域法定協からさっさと引き揚げさせた。そして法定協事務所は柳井総合庁舎から追い出した。県の意向どおりに進展していないことは明確で、こぢんまりとした小規模合併の光市・大和町、そして単独の下松市に平生町・田布施町がくっつくのだとか、第2、第3波の合併話もされている。

 宇部・小野田地域
 市と町村が合併する場合、郡部が飾りもののように吸収される位置にあることが、共通している。広域合併が崩壊した宇部地域では、なにをはばかることなくマンモス行政・宇部市が楠町を編入合併で吸収し、すべて宇部基準で合意。4月16日には知事に合併申請した。知事は「県としては(宇部小野田地域は)2市2町での合併になればいいと思っている。より広域的な中核都市づくりにこれからも努めてほしい」と広域合併による小野田市・山陽町もふくめた中核都市実現をなお促した。吸収される楠町住民のなかでは不安や不満がくすぶっている。合併期限を優先してすすめており、懸案の議論は先送り。今年1月の住民投票で宇部市との広域合併(吸収合併)をはねつけた小野田市・山陽町の合併協議も簡単には進行しない状況にある。

 美祢地域
 美祢地域は今年に入ってようやく法定協が立ち上がったばかりで、ほとんど進行していない。

 萩地域
 萩地域では阿武町と須佐町が3月末に法定協からの離脱を表明し、萩市とそのほかの1町4村で5月に法定協を新しく立ち上げる予定。

 岩国地域
 岩国地域からの広域合併から離脱して単独町制をうち出した玖珂町には、財政面で国、県からのイジメがさっそくあらわれている。四月に発表された今年度予算では地方交付税が前年度比で6000万円減、臨時財政対策債が1億500万円の大幅減。前年度決算見こみ比で交付税、臨時対策債を中心に2億3600万円減となった。植野町長は2月町長選で単独町制をかかげ、合併推進をかかげる候補を破って初当選したが、さっそく行財政運営にたいして「三位一体改革」と称した予算削減のムチが飛んできた。住民アンケートでは63・8%が合併反対の意思を示しており、議会や行政が往生している。

 周南市
 昨年四月に合併して誕生した周南市(徳山市、新南陽市、熊毛町、鹿野町)では、住民無視で合併をすすめたことへの怒りが圧倒的な市民世論となって議会解散運動に反映。直接には市議報酬をめぐって反発が強まっていた。有権者の3分の1を上回る6万5216人分の議会解散請求を受けて、4月26日に市議会解散の是非を問う住民投票が告示され、5月16日に投開票を迎える。賛成が過半数ならば市議会は即日解散となり、40日以内に出直し市議選(定数34)がおこなわれる。
 旧市町の78人(その後辞職したものもおり、現在64人)で構成されていた新市議会は定数34人となることで、出直し市議選がおこなわれた場合に鹿野町や熊毛町は草刈り場となることは明らかで、都市部から離れた山間部の住民意思はいずれにしても少数派で圧殺されていくことが問題視されている。
 県当局がもともと計画していた広域合併は、中核市として頼みの綱にしている豊関地域がどうなるかを除いてのきなみ崩壊した。単独を選択する自治体のほかにも、合併しろといわれるからしかたなくこぢんまりと合併する市町村がふえている。合併協議が行政や議会の上層部だけで終了間際にあっても、最終的にどうなるかはどこもわからない。いま以上に合併崩壊は連鎖していくと思われる。
   
 市町村合併とはなにか 地方をつぶせば国は崩壊
 市町村合併というのは、現在全国に約3200ある地方自治体を解体するためにおこなわれている。東京・霞ヶ関あたりの役人が「国は財政難でたいへんなのだから従いなさい」、抵抗する市町村には「地域エゴで考えるな」「予算をおろしませんよ」といった調子で、抗しきれないような印象を与えつつ進行させている。実際の事情がどうであれ強制的に追い立てている。それはアホな官僚の卓上の「算数」が、アメリカに吸いとられてこしらえた赤字国債や不良債権処理をごまかすだけにすぎない。
 合併、つまりは市町村の解体が実際には地方自治をなくし、地方生活の破壊につながることは明らかである。そしてもっとも直接的には農業や漁業など地方で零細な営みを守っている第一次産業を発展させるのでなく衰退させることは疑いない。この国は3000以上からなる地方自治の集合体であり、空洞化しつつある工業のほかに、その地方の農業や漁業など生産によって富が生み出されて成り立っている。東京だけに国があるわけではなく、ましてやマネーゲームや金融投機で国が存在しているのではない。
 山口県内で見ても近年、農民には農協合併、漁民には漁協合併で、零細な生産者を束ねてきた共同体の解体をすすめている。それは「人間の末端細胞に血液が流れなくなるようなもの」といわれている。漁民や農民には金融投機の失敗としての負担をツケ回して、あるいはその預金に手をつけて金融機関を延命してきた。それは机の上から富は生み出されず、漁業生産や農業生産そのものが原資を生み出すからにほかならなかった。搾取するものは生産によって成り立っているにもかかわらず、生産そのものを破壊するというのは、本末転倒であり、よほどアホな役人が考えることというほかない。自治体合併も同じように地方経済を振興せずして、国家財政もなにもあったものではない。地方を切り捨てた結果として生き残った「東京」もつぶれるほかない。

 下からの国民世論圧殺
 また、重要なのは地方自治の放棄が、町村民や市民、県民、そして国民世論の圧殺、つまり「主権在民」の放棄であり、「民主主義」の破壊であり、中央集権国家に時代を逆行させることは黙認できないことである。
 明治以来のこの国の天皇制官僚主義機構は、下からの国民の要求を徹底的に圧殺し、極端な上からの中央集権による支配をすることで、世界にも珍しい存在であった。それは明治維新革命の不徹底性から必然的に発生した自由民権の運動などをことごとく圧殺して、大弾圧のファッショ的強権によって、ついには破滅的戦争へとおし流してゆくという道行きをとっていった。年寄りが「合併は国を号令一家にする」と心配しているのは、とりわけ戦争でものもいえずひどい目にあった苦い経験と無関係ではない。
 戦後、戦争もファシズムもいけなかったということで、曲がりなりにも日本国憲法は「主権在民」を確認した。そして地方自治も登場した。ところが、この地方自治も、もともと戦後日本を占領したアメリカ占領軍の考えが、民主主義の装いをしつつ実は日本の独占資本を育成し人民を収奪しようということに真意があって、またアメリカ占領者によって育成されて復活した日本の独占資本が人民収奪の支配権を確立していったという事情のなかで、「戦後民主主義」は装いだけになった。そして五九年たった日本社会は、小泉純一郎のような首相が「人道復興支援」とか「非戦斗地域」とかテレンパレンの二枚舌を使って、国民の圧倒的な平和擁護の世論を押しきり、アメリカの石油略奪戦争に自衛隊を下請参戦させるような、世界的にもデタラメなアメリカ従属国家になった。
 今日の地方自治体が地方自治をどれだけ持ち得ているか。ひとたび「合併」の号令がかかれば、行政から議員にいたるまでが例外なくその方向にむかって走りはじめる現状がなにをものがたっているか。行財政からすべてが、がんじがらめに中央にひき回され、実は自治でもなんでもないことである。
 地方をなくす市町村合併にたいして、容赦のない抵抗運動を連鎖的に広げること、そのような県民運動を発展させて自治体合併はもちろん、漁協合併に待ったをかけることが切実に求められており、対置して地方経済の振興と農漁業振興を要求する運動と世論を盛り上げることが、今後の地方の発展にとっても重要な問題になっている。

トップページへ戻る