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自民党の凋落浮き彫りに
山口県議選挙
             翼賛野党の無力さも露呈    2007年4月9日付

 山口県議選は、岩国米軍再編や上関原発、漁協合併、市町村合併などをごり押しし、県民生活と鋭い対立をして暴走劇を繰り広げてきた二井県政とオール与党県議会に激震を与える結果となった。政党不信は全国とも共通したあらわれとなったが、争点が鮮明だった地域や切り捨てが著しい旧郡部選挙区では自民党候補が大苦戦するか落選し、威張りちらしてきた支配勢力の権威崩壊を印象づけた。また、対抗する政治勢力としての野党の貧弱さが、衰弱している自民党を助けた格好にもなった。

 艦載機移転容認候補が落選・岩国
 米軍岩国基地への空母艦載機部隊移転を最大争点にした岩国市・玖珂郡区では、容認を全面に押し出した旧市内出身の自民党2候補が大差をつけられて落選した。市民の強力な基地反対世論を示した。
 選挙戦には、自民党から現職の橋本尚理氏、新人の河谷慎司氏、郡部出身で現職の畑原基成氏と山手卓男氏、民主党から新人の吉敷晶彦氏、旧由宇町長で無所属新人の槙本利光氏、「日共」集団から再選を狙う久米慶典氏の7人が立候補し5議席を争った。
 そのなかで落選したのは、自民党の橋本、河谷の2氏だった。橋本氏は移転容認を前面に打ち出し、「反対すれば金がもらえない」と叫んで回ったほか、自治会連合会の会合でも批判が強かった。岩国市議会副議長で桑原議員らとタッグを組み、移転容認の暴走をしていた藤生の河谷氏も批判世論をかぶった。これによって、旧岩国市内には、自民党県議はいなくなった。自民党としては郡部を地盤にする畑原氏と山手氏がなんとか議席を確保した。
 橋本氏は、米軍住宅転用を巡り、地区民の反対が噴いている愛宕山地域の自治会長の1人で、住民の応援によって当選してきた関係であるのに、「基地も強化して、米軍住宅も愛宕山にもってこい」と県議会で旗を振ってきた。自治会長仲間からの「住民のことを考えないと選挙でこまるぞ」との度重なる忠告も聞き入れず裏切ったため地区民から見放されることとなった。同じく河谷氏も「国や県とのパイプ役になる。経験を活かし難題に立ち向かう」と反対世論が強い藤生地区住民に容認姿勢で立ち向かったため、落選となった。旧郡部自民党議員2人は、強硬な容認姿勢を打ち出さずに当選した。

 熊毛郡区・陰謀じみた裏技の模様
 中国電力の上関原発計画を最大争点にして、自民現職で県連副会長の吉井利行氏と「原発反対」を掲げる小中進氏の2人が争った熊毛郡区では、吉井氏が当選した。原発反対世論が根強く、吉井氏の大票田であった熊毛、大和両町が合併によって抜けたため、「激戦間違いなし」と見られていたが、フタをあければ、4800票あまりの大差がつき、住民は「なにがおこったのか?」と首を傾げる結果となった。
 吉井氏が1万2370票とったのにたいして、原発反対を掲げた小中氏は7534票。町別に見ると
上関町 
 吉井 1815票
 小中  954票
平生町 
 吉井 4775票
 小中 2832票
田布施町
 吉井 5780票
 小中 3748票
 吉井氏の陣営は、熊毛郡から、原発推進県議がいなくなるかどうかのメンツのかかった中電が、平生町や田布施町まで進出して、あらゆるつてをたどり圧力をかけてまわる「上関選挙方式」を実施した。それにしても、票の出方が不思議といわれているが、旧社会党出身の平生町長・山田健一氏の後援会も、このたびは公然と吉井氏を応援。吉井陣営には、当たり前のような顔をして、山田後援会の幹部連がたむろした。
 また上関町内でも、「反対派」幹部がほとんど選挙応援で動かなかった。後援会の入会案内や告示後のお願い葉書もあまり送らず、告示後も「反対派」幹部などはまともに選挙活動をしなかった。そのため「はじめから勝つつもりがないのでないか」「ワザと負ける選挙をやっている」と批判されていた。ここには中電の原発選挙に特有の陰謀じみた「裏技」が使われた模様で、やがて明るみに出るものと見られる。
 漁協合併や米軍再編問題、高校再編問題、自治体合併による切り捨てに批判が高まっていた大島郡区では、現職・柳居俊学県議が辛うじて当選。「第2の夕張にするな」と主張していた黒田壇豊氏が接戦に追いこんだ。自民党の大票田であった地域において、住民が下から選挙戦を突き上げ、揺さぶる結果となった。
 柳井市では、県議会副議長の長谷川忠男氏が、民主党から出馬した無名の新人に僅差に迫られる苦戦ぶり。自民が2議席を確保していた光市では、貞兼氏が落選した。

 過去最低を更新 県全体の投票率は58%
 山口県全体の投票率は、過去最低だった前回の59・67%からさらに下がって58・13%と「記録」を更新した。
 もっとも低調だったのは下関市選挙区で、前回から7・31%も下がり、51・53%となった。盛り上がった今年二月の下関市議選は61・09%だったので、10ポイント近くも落としている。有権者の約半数にあたる11万4000人の有権者が棄権した。市民のなかでは「票の持って行き場がない」といわれ続け、期間中も候補者の存在感が薄かった。誰もが似たりよったりで争点が不透明であった結果が、市民に見放される形で露骨にあらわれた。
 当選者のなかで得票をガタ減りさせたのは、自民党林派の石崎幸亮氏で、前回9852票だったのから7699票に。豊浦郡を地盤にした吉田和幸氏も、前回の1万430票から7405票となり、3000票以上も大幅に減らした。自民党に鞍替えした磯部のぶ子氏は落選。低空飛行合戦の結果、6230票で有福精一郎氏が当選する結果にもつながった。
 ちなみに、今年2月におこなわれた下関市議選で「日共」の5人は、1万3465票の得票だった。水野純次氏は旧郡部が選挙区として加わったにもかかわらず得票を伸ばせず、1万1759票にとどまった。
 自治体合併をめぐって二井県政や自民党県政と衝突していた防府市選挙区では、自民党県議団の幹部でもあった斉藤良亮氏が落選し、合併反対を唱えた渋谷正氏が初当選した。県議会のボスとして君臨してきた島田明議長も1000票近く得票を減らして、なんとか当選。昨年の防府市長選から引き継いだ争点が再燃し、市民の根強い合併反対の世論を反映した。
 美祢市美祢郡選挙区では、自民党県連幹事長の森中克彦氏が大苦戦。二井知事のお膝元ではわずか1600票差の接戦となった。長門市選挙区でも、農林水産委員長の自民党・大西倉雄氏が無所属新人に800票差に迫られながら、かつがつ当選。下松市選挙区では自民が確保してきた2議席が崩れ、守田宗治氏がなんとか1議席を得るにとどまった。自民同士の生き残り選挙となった萩市選挙区は、旧郡部を地盤にした自民党・小河啓祐氏(吹田派・元副知事)が落選した。山口市選挙区では自民現職・宮川英之氏が落選した。
 改選前の会派ごとの議員数は自民党が36人だった。絶対安定多数といわれる議席数を確保し、そこに二井知事を支持する立場の民主・連合の会や公明党も野合して、実質のオール与党議会と化してきた。本会議では96年の二井関成知事就任以来、提出する議案がすべて原案通り可決されてきた。
 改選後の自民党は26人にまで減少するなど、厳しい県民の審判となった。7月の参議院選挙の前哨戦としては、極めて意味深い結果を突きつける選挙となった。

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