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「よくぞ広島の心描いた劇」と
『原爆展物語』広島公演
             熱気溢れる客席の呼応   2010年4月26日付

 広島市西区民文化センターで24日、劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』広島公演(主催/広島公演実行委員会)がおこなわれ、昼夜2回で700人の観衆が詰めかける大盛況となった。広島をはじめ全国でおこなわれた原爆展運動を記録した『原爆展物語』は、原爆展運動がはじまった下関とともに峠三吉の時期の力ある平和運動を全国に発信する起点となってきた広島の市民から強い共感を集めるものとなった。
 広島公演は、旧日本銀行広島支店での第1回目の原爆展(01年)からおよそ9年にわたって広島市内外で原爆展運動を繰り広げてきた原爆展を成功させる広島の会(重力敬三会長)の被爆者や戦争体験者をはじめ、自治会長、市内各地の商店主、社会福祉協議会、詩吟団体、母親クラブ、退職者会、医師など75人で構成する実行委員会が取り組みをになってきた。
 会場には、開演2時間前から集団で訪れる年配者や親子、家族連れ、小・中・高校生などが列をつくり、県外からも訪れて、開場と同時に550の客席はほぼ満席となった。市立商業高校、美鈴ヶ丘高校、進徳女子校などの演劇部員たち数十人が実行委員とともに受付で観客を出迎え、雰囲気を盛り上げた。
 公演に先立って、重力敬三実行委員長(原爆展を成功させる広島の会会長)があいさつし、「この劇は、私たち原爆展を成功させる広島の会が広島の面目を一新するとの思いで取り組んできた原爆展運動をもとにつくられ、広島、長崎、沖縄、戦地での体験と真実を描いたものであり、平和運動と核廃絶を主体としたものだ。非常に迫力のある物語であり、広島はもとより日本全国へ伝え、原爆展運動を全国へ広げて日本を変える力となることを願っている。今回の公演が、ふたたび戦争に向かおうとする動きを押しとどめ、平和で豊かな日本を建設する上で大きく寄与することは疑いない。見ている間に知らず知らずのうちに自然に拳を握りたくなるような場面がたくさんある。最後までゆっくりと見ていただきたい」と呼びかけた。
 幕が開くと、客席は水を打ったように静かになり、舞台上で繰り広げられる原爆展運動10年のドラマの展開を見守った。とくに、第1回目の旧日銀広島支店での原爆展で、会場を訪れた被爆者たちが家族を失った経験をせつせつと語る場面や、同僚を助けることのできなかった痛恨の思いや、これまで口を閉ざしてきた被爆者がパネルを見ながら「これは私が書いた詩なんよ」と原爆で親を失った経験を語る場面では客席のあちこちで目頭を拭ったり、すすり上げる音が聞こえるなど会場全体に厳粛な空気が漂った。
 「被爆地広島でも原爆について語ることはできなかった。あれほどの体験をしながらなぜおとなしいのか。このまま黙って死んでいくわけにはいかないと悔しさを抱えて生活しておりました。原爆展を通じて、平和の心を伝えていくことを決心しています」という広島の被爆者代表があいさつするシーンでは自然と拍手が沸き、スタッフが「日銀原爆展は広島市民の中には、峠三吉の時期の平和運動の伝統が脈脈と流れていることを確信させるものでした」と締めくくると力強い拍手が鳴り響いた。
 戦地場面からはじまる2幕では、『戦友』の曲が流れはじめると客席からは口ずさむ声が聞こえ、沖縄戦の体験者をはじめ、戦争体験者の体験を聞きながら、お互いの戦争体験を語り合う姿があちこちに見られた。長崎場面では、「祈りの長崎」という虚構に覆われていた長崎市民の心底の思いが語られ、広島に比べて長崎に慰霊碑が少なく「ローマ人のような力道山の銅像やらマリア像ばかりだ」と長崎の被爆者が語るシーンで共感の笑い声が起きたり、「負けてばっかり、諦めてばかりが長崎と思うたら大間違いですよ」と被爆者から語られると「そうだ!」のかけ声とともに拍手が送られた。
 昨年の広島「原爆と戦争展」の場面では、「なにがオバマですか。一度も謝罪しないアメリカが簡単に核兵器を手放すわけがない」「今度はアメリカから召集令状が送られてくる」という被爆者や戦争体験者のセリフ、「学校は動物園のようになり、漢字が読めないのに英語を教えろといわれる」と教師が語る場面など随所で深く頷いたり、笑い声が起きるなど客席と呼応しながら舞台は進行していった。
 原爆展を見た外国人のアンケートが読みあげられ、「原爆といえばパールハーバーだ、南京虐殺だと世界中がいっているというのは大インチキだった。原爆投下者の犯罪を明らかにすれば世界中が団結できることを証明した」と語られるとひときわ大きな拍手が沸き、原爆展運動10年を振り返るエピローグ場面では「みんなで10年たったら様変わりになった。あと10年がんばったら日本は相当に変わる」「戦争で死んだものの命が返らないのなら死なないためのたたかいを命がけでやらなければいけない」と語られると力強い拍手が送られた。

 世代超えて熱い交流に 現代重ね深い感動

 終演後の見送りでは、俳優たちの手を握ってお礼をいう被爆者や現役世代など熱気溢れる交流となった。「仕事の関係でこれからは国民資産もアメリカに吸い取られる方向になっている内実はよくわかる。劇でいわれていたように、片隅で文句をいっているだけでなく、国民が力を合わせてどうやって行動を起こしていくのか考えないといけない」と感想を語る証券会社社員や、「現在の日本がどこからおかしくなっているのか、戦争から考えるとよくわかる。学校は本当に動物園のようになっているが、子どもの荒れには社会的な背景がある。教師もふくめて被爆者や戦争体験者の苦労を知り、自分の困難を乗り越えていくような教育をやっていかないといけない」と語る教師など、現役世代の熱い反応が目立った。
 ロビーでおこなわれた感想交流会には、戦争体験者から高校生までおよそ40人が参加する熱気を帯びたものとなった。
 広島の会役員の男性被爆者は、「この会に参加して七年間、原爆展を通じてさまざまな人と話をしてきたが、今回の公演は私たちの思いと全く同じだった。演劇という手法で伝えてもらうことで、私たちの心が本当に伝わったものと思う。これからも同じ目的に向かって手を携えて進みたい」と感動をのべた。
 満州青年義勇隊の男性は、「相当に研究された劇だった。東京、大阪、沖縄、特攻隊、そして満州事変にはじまる中国戦線。そこに送られた国民がどんな悲惨な目にあったのかが表現されていた。私たちも慰霊碑をつくり、毎年慰霊祭を続けてきたが、自分たちだけのことではなく、戦争によって犠牲を受けた人たち、平和を願う人たちが集まって戦争をくい止めるために力を合わせていく必要がある。戦後は公務員として戦後処理にかかわったが、戦争をやればその処理には100年はかかる。若い人たちがわが国の繁栄のために、戦争を起こさないようにがんばってほしい」とのべた。
 別の戦争体験者の男性は、マーシャル群島ミレー島に送られ、半数以上の兵士が亡くなった経験を語り、その時に生き残った戦友たちが布に記した寄せ書きを披露。また、米機グラマンから撃ち込まれた弾丸も見せ、「これと同じものが自分の背中を貫通している。昨年、戦地で死んだ友が再三夢に出てきて“俺たちにかわって広島や長崎の人たちにお詫びしてくれ”といわれた。戦地では10人に6人が餓死した。今の若い人にこんな苦しい経験を二度とさせたくない」と激しく思いをのべた。
 公演成功のために尽力した広島の会の婦人被爆者は、「台本を読んで胸に突き刺さるような感動を受けた。はじめて舞台を見て、これまでの経験が思い出され胸が熱くなった。この公演を全国でやっていけば日本は変わるし、変えていただきたい!」とのべ、「自分も残りの人生をかけて被爆者としてできる限りの努力をしていきたい」と感極まって決意をのべた。
 府中町の男性被爆者は、「原爆で戦争が終わり、平和になったといわれ、4、5年前に広島に来たエノラゲイの機長も“われわれが正しい。広島の人には謝らない”とはっきりいっていたが、これが正しいのかどうか。アメリカのいうことを鵜呑みにして信じ込むのではなく、真実を知り伝えていかなければいけないと思う。私は原爆に二度と遭いたくないし、人にも遭わせたくない。私たちの信念を劇にしていただいたことをうれしく思う」とのべた。
 東広島からきた男性は、「戦争を知らない世代だが、真実は本当の体験者の声、市民の声の中にある。それをまとめて聞かせてもらい、先の戦争は何であったのか、いま焦点になっている普天間をはじめとする米軍問題をはじめ、どうして政治が狂っているのか、その根源について考えるきっかけになったと思う。核をなくすという問題も、黙っているのではなく、みんなが声を合わせなければ実現はしない。若い人にもどんどん真実を伝え、行動を促していくことを私たちが担っていかなければいけないと考えさせられた。それを代弁してくださった劇団をこれからも応援したい」とのべた。
 呉市の婦人被爆者は、小学6年生で被爆した経験をのべ、「幕開きから鳥肌が立ってきた。原爆で両親を失った子どもたちが防空壕で生活し、進駐軍を見ると“ハングリー”といってチョコレートをもらっていた屈辱を思い出した。一人ではなにもできないが、10人から100人と束になっていくことで大きな力を発揮することができる。私たちが一人で語る以上に、この劇をやってもらうことでどれだけの力があるかと感じた」と感極まってのべた。
 受付を手伝った高校生からも「感動して涙が出たが、自分の中で理解できない部分も多く、もっと知ってもっと行動していきたいと思う」「お祖母ちゃんが被爆者だがこれまで話を聞いてこなかった。これから学んでいきたい」と涙ながらに感想が語られた。
 広島の会の男性被爆者からは、「私たちの思いを十分に劇に取り入れていただき感謝している。この劇にあるように広島の会は現在85人で原爆展運動を広げてきたが、これからさらに発展させていくために若い人たちに伝えていく被爆者、それを受け継いでくれる若い人に一人でも多く参加していただきたい」と広島の会への参加が呼びかけられた。

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